風の愛情物語

 

 

 黒髪碧眼の剣士と別れ際に交わした言葉が鮮やかに脳裡に蘇り真っ赤になった光が

言い返す。

 「ランティスは朴念仁じゃないったら!」

 「あら、私、『ランティス』って名前は出さなかったけどぉ?」

 さらりとした蒼い髪を揺らしてふふふっと笑う美少女を、しまったとばかりに

バッテンになった口をおさえた光が恨めしげに睨む。

 「海ちゃぁん…。そういう海ちゃんはどうなんだ? 今すぐ招喚されても平気?」

 光からその切り返しが来るとは思わなかった海が目を見開く。静かな澄んだ湖を

思わせるフロスティブルーの瞳と深い森から見つめるパロットグリーンの瞳がふいに

よぎって、海はあわててかぶりを振った。

 「ううん。…パパにもママにもまだ何も話せてないから、突然招喚されて帰れなく

なったら困るかな」

 海にとっては不意に浮かんだ面影と同じぐらいに答えの出ていない問題の一つだけを

口にしてみる。以前の二度の招喚の時、三人の旅のあいだ東京の時間は止まっていた。

だからといって次もそうだとは限らないし、また東京に戻ってこられる保証もない。

 「それは……私もまだ兄様方に話せてない…」

 たとえそれがセフィーロを救う唯一の手段だったのだとしても、自分達の犯した罪が

赦されていいことだとは思えない。その拭い去れない罪悪感がノヴァという存在を生み、

デボネアにつけいられる隙を許してしまったことを悔いてなお、それらは光の中で完全に

消化されてはいない。

 チゼータ、ファーレン、オートザムとの争いをも経て、セフィーロの皆の力も借り、

イーグルの喪失という手痛い犠牲を払ってそのデボネアも打ち破った。三人そろって

美しい景色を取り戻したセフィーロの姿を見ることは出来たが、それぞれに国内問題を

抱えていた他の国のその後のことも気にかかっていた。

 「…きっとね、足りないのよ、いまの私達…」

 ずっと遠くを見つめたまま海がぽつりと零した。

 「やっぱり風ちゃんも居なくちゃダメか…」

 「それだけじゃない気がするの。さっき言ってた覚悟もそうなんだけど……、いま

セフィーロに行って、いったい私達に何が出来るのか…とかね」

 彼らは何かを為して欲しいなんて望んではいないかもしれない。「ちょっとお茶を

しに寄ってみたのよ」という流れであっても構わないのかもしれない。

 けれど自分自身がそれで良しと思えるのかと問われたなら、二人とも首肯出来ない

だろう。

 「私はもっともっと強くなりたい。戦う為にじゃなく、いつでも皆を護れるように」

 「そんなの親衛隊長に任せときゃいいのよ」

 「いくらランティスが強くても一人で国全体カバー出来る訳ないじゃないか!」

 ここでも出るのはその名前なのかと、海が少し意地悪くからかう。

 「あら…ラファーガも親衛隊長だったと思うんだけど…。ランティスの後任の」

 「ひ、一人でも二人でも無理だったら!」

 また引っかかってしまったとばかりに赤面しつつ、少しふくれっ面で光が言い返す。

 「そういう海ちゃんはどうなんだ? セフィーロに行けたら何がしたい? 新しい

セフィーロの為に何が出来る?」

 「う…。何が出来ると問われると辛いわね…。でも漠然と思うことならあるわよ。

鎖国同然だったから、外貨稼げるようにちゃんと策を練らなきゃとか。あの国の人、

なんだかのほほんとしてそうだったから、チゼータやオートザム相手だといいように

丸め込まれちゃいそうなんだもの…」

 そこに悪意はなかろうが、交易となればいかに交渉で優位に立てるかがポイントに

なってくる。そういう駆け引きめいたことにセフィーロの民はあまり慣れていなさげだ。

 「フェリオは結構駆け引き上手じゃないか?」

 「あのねぇ、王子が一から十まで出張る訳にはいかないでしょが」

 「そっか、そうだね。……王子様ならいずれは王様になるのかなぁ、フェリオ…。

そうなったら風ちゃん大変だ」

 王室外交なるものがあるのはTVで見て知っているが、いまの自分達とは遠くかけ

離れているようにしか思えない。

 「いつ招喚されてもいいように、その為の勉強でもしてるのかもしれないわね」

 「遠くばっかり見てないで、目の前の目標からクリアしなくちゃダメだよね。私も

もっと頑張ろ!」

 「じゃ、帰ろうか」

 また跳べなかったことへの落胆に、いつもほどにはしょげていない二人の後姿が

人ごみに紛れていった。

 

 

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