恋するしっぽ vol.2

 

 「こりゃあずいぶん遠くまで来たもんだなぁ…。さてと、どこにいる……?」

 ごちそう目当ての契約ではあるが、スパーキーたち妖精族とて、たとえ『出来損ない』の落第レベルでも

一応の柱がいなくては困るのだ。とりあえず向こうの夜が明けるまで、生命が危険に曝されないよう、適当な

子守役を見つけておけばいい……。スパーキーは周辺の様子を窺っていた。

 

 

 

 

 

 朝の食事を済ませ、細かな家事に一段落をつけたあと、いつものように母子三人で村はずれの丘に出向く。

よく家族四人で楽しい時を過ごしたそこに眠る大切な人・クルーガーに花を手向け、しばしとどまり想い出を紡ぐ。

もうじき五人家族になり、もっとにぎやかになるはずだった。二人の息子には厳しくしていたけれど、娘が生まれ

たりしたらめろめろになっていたんじゃないかしらなどと、いまさら考えてもしかたのないことに想いを馳せる。

 もう姿を見ることも、声を聞くことも、抱きしめてもらうことも叶わないけれど、あの子たちの中にも、私と、あと

十日もすれば産まれてくるこの子の中にも、きっと、ずっとあなたはいるから…。

 花を編み上げた冠は、あなたがお父様から戴いたサークレットのよう。今は私が身につけているけれど、

いつかは子供たちの誰かに…。

 「ランティス、いらっしゃい」

 「なぁに?母上」

 振り返ったランティスが、小動物のように駆けてくる。

 「これを被ってみて。――ふふ、やっぱり似合うわ、ランティス」

 駆け出した弟が転びはしないかと見ていた心配性なザガートが、その姿にため息をつきながら戻ってきた。

 「母上、また花冠なんか被せて…。ランティスは男の子なんですよ?お前も、少しは怒れ」

 

 ≪あ…。これ、いつか見た夢だ…≫

 どうしてまた同じ夢を見ちゃったんだろう。ランティスがまだちっちゃい頃のことなんて、ほとんど聞いたことも

ないのに…。

 白い花冠を母に被せられたランティスが、後頭部を触りながらふいにこちらを振り返った。弟の仕種に怪訝な

顔をした兄が尋ねた。

 「どうしたんだ?ランティス」

 「髪の毛、引っ張られた…。兄上がやったの?」

 「…この場所からどうやって?」

 母を支点に直角二等辺三角形になる立ち位置で、後頭部どころか鼻の頭をつつくのがせいぜいだった。

 「兄上はもう魔法を教えてもらってるから…」

 まだ修行をさせてもらえない自分に対する苛立ちと、めきめき腕を上げている兄への羨望とが、その声の

うちにないまぜになっていた。

 ≪ふふっ。ランティス、なんかかわいい≫

 きょろきょろと見回したあと、一直線にこちらに駆けてきたランティスの身体が泳いだように見えて、その場に

いた誰もが焦った。

 ≪わぁっ!≫

 「きゃっ!」

 「だから走るなと、いつも言ってるだろ…」

 「捕まえたっ!!」

 ≪にゃっ!?捕まった!!≫

 

 ひざまずいたランティスが両手で抱え上げたのは、地球でいうバーマンの子供のような小さな生き物だった。

両脇を支えて持ち上げられて、それはくすぐったくてしかたがないようだった。

 ≪やだっ、くっ、くっ、くすぐったいよ、ランティスっ。…あれ、子供のランティスに抱っこされてる私って…?≫

 みゃあみゃあ鳴きながら暴れるそれを、ランティスは腕の中にしっかり抱きなおした。

 「さっきからなんか声がすると思ってたんだ」

 「あら、ちっとも気づかなかったわ」

 「…なんだそれは。タント≪たぬき≫にしては、おかしな毛色だな」

 ≪たっ、たっ…、なんでたぬき?!ひどいっ、あんまりだっっ!≫

 耳をピンと立てて、前足を突っ張り背中を弓なりにして、ふぅぁぁ!とそれは紫の瞳の少年に猛抗議していた。

ちっちゃいわりに一人前な怒りかたに、ランティスが笑った。

 「タントとは呼ばれたくないみたいだよ、兄上」

 ≪わぁ…子供の頃のランティスって、こんなに屈託なく笑ってたんだ…≫

 ランティスはよしよしといいながらまぁるい背中を撫でていた。けれども光がよく知っている撫でかたと違い、

子供だけにこのランティスは結構容赦がなかった。

 ≪うみっ!毛が絡んじゃってるから、引っ掛かって痛いってば、ランティス≫

 にゃあにゃあ抗議の声を上げる光にランティスの母が近づいてきた。

 「ランティスったら、もっと優しくしてあげなきゃダメでしょう?きっとお腹を空かせてるのよ。お家に帰れば

何かあるわ」

 さっきお城で大人のランティスにたらふく食べさせられたばかりで満腹のはずだった。ランティスは残せばいいと

言ってくれたが、食べ物を粗末にしてはいけないとの覚の躾が厳しかったので、かなり無理矢理詰め込んで

食べきっていた。おかげで試合で疲れているやらお腹がくちくなっているやら、ランティスの膝に座らせてもらって

リラックスできるやらで、星見をしながら寝入ってしまって、気づくといつかの夢の続きを見ているという感じだった。

 「母上、その得体の知れないタント≪たぬき≫もどきを連れて帰るんですか?もうすぐ一人増えるんですよ」

 ザガートは明らかに拾って帰ることに反対していた。

 ≪だからっ!!たぬきじゃないってば!≫

 たぬき呼ばわりに抗議の声を上げる光の頭を、ランティスの母は何度も優しく撫でていた。

 「にぎやかになっていいじゃないの。私はキャロル。あなたを抱っこしてるのがランティスで、あの子がザガート。

うちの子になる?」

 ≪あ…、ちょっといつものランティスの撫でかたに似てる、かも…≫

 「僕も面倒見るから」

 そのランティスの面倒を見てるのは僕なのにとザガートはため息をついたが、結局二対一で押し切られて

しまった。

 家に帰ってからもザガートは、我、関知せずの態度を変えなかった。庭に置いてあった桶に、身重の母の

代わりにランティスが冷たすぎない程度のぬるま湯を用意する。ランティスがしっかり支えて、キャロルが

どろどろの身体を丁寧に洗っていった。光はくすぐったくてしかたなかったが、「お家に入る前に綺麗にしましょうね」

と言われては、我慢するしかなかった。

 「ほら、汚れが落ちたら器量よしさんじゃない。女の子みたいよ…」

 ≪うんうん、男の子っぽいしゃべりかたするけど、女の子だよ〜!≫

 うみ〜っ!と精一杯同意の気持ちを込めて鳴き声をあげてみる。

 「名前考えてあげなきゃね」

 「僕が考える!」

 ふかふかのタオルで水気を取ってもらったあと、光はプルプルプルっと自分でも水を飛ばした。

 「わっ!そんなに飛ばすなって!」

 ≪あ、ごめんなさいっ!つい…≫

 申し訳なさそうに鼻をこすりつける光の頭を、ランティスはわさわさと撫で返した。

 「お前、なんて呼ばれたい?」

 ≪私は光なんだってば〜っっ!≫

 んなぁ〜うと一生懸命何かを訴えているのはなんとなく解るものの、何が言いたいのやらランティスには

さっぱり伝わっていないようだった。

 「もうちょっと考えよう…。ほら、窓辺で日向ぼっこしてるといいよ。そのほうがよく乾くから」

 そう言ってランティスは光を抱き上げると窓辺に座らせた。鉢植えの花に前脚でちょっかいを出した光の頭を、

ランティスはまたくしゃくしゃに撫でていた。

 ≪やだ、ランティス。髪の毛(?)くちゃくちゃにしないで〜っっ!≫

 「こら!花にいたずらしちゃダメだろ?やんちゃだな…」

 ゆらゆら揺れる花に条件反射的に手(前脚?)を出した光は、ランティスに叱られてしゅんとしていた。

 ≪ごめんなさい。…大人しく寝てます≫

 光は魅惑的な鉢植えに背を向けると、くるりと丸まって眠ることにした。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・

 

   ・・・・・・雨の音・・・すごい土砂降りなんだ・・・・

 あの日の夜から、ずっと雨ばっかり・・・・

 

 

  日課のお昼寝から目が覚めたら、外はすっかり陽が落ちていた。夢の中だと思っていた雨音は現実のもの

だった。丸まった状態からうーんと前脚と後ろ脚を突っ張るように伸びをして起き上がると、光はトンっと床に

飛び降りた。ここに連れてこられた日の夕飯前に、キャロルが首輪代わりに結んだ白いリボンについた青い鈴が

シャララ…ンと涼やかな音を立てた。光はちらりと鏡に映る自分の姿を見て、ふさふさの尻尾を振ってみた。

 ≪ザガートがたぬきって言ったの、これじゃ仕方ないかも…ね≫

 地球でいうシールポイントのバーマンの濃い色の部分が光の髪の色になっていた。よくもまあ、こんな奇妙な

ものをキャロルとランティスが連れ帰る気になってくれたものだと、いまさらながらに思ってしまう。そうでなければ

ずっと雨の中でずぶぬれになっているところだった。

 ≪ランティスの瞳みたいな青い鈴……。もらったブレスレットにちょっと似てるかな≫

 夢を見ながらいろんなことを考えているものだなぁとぼんやりしていると、鈴の音に気づいたキャロルが顔を

覗かせた。

 「お腹が空いて目が覚めたの?もう夕ご飯よ」

 キャロルは光にそう声をかけたが、あまり顔色が良くないように思えた。

 ≪あれ…?体調良くないのかな…。それとも灯りの加減かなぁ≫

 光が通いなれたセフィーロ城と違い、ここはいくつかの蝋燭の灯りだけなのでやや薄暗くはあった。みぃぁぁと

気遣うように見上げた光に、キャロルはただ柔らかな微笑を返した。母子三人の食卓のそばでご相伴に預かり、

舐めた前脚で顔を洗いながら光は身づくろいをしていた。

 ≪ランティスっていつも母様のお手伝いしてるんだよね…。えらいなぁ。ふふっ≫

 身づくろいも終え、香箱を組んだ姿で洗い物を片付けている二人のほうを眺めていた光は、キャロルの周りの

奇妙なものに気づいた。

 ≪黒っぽいもやもやしたものが、ランティスの母様を包んでる…。あれは、何……?≫

 そばにいるのに見えないのだろうかと怪訝に思い、光は立ち上がって歩いていくとランティスの足許で鳴いた。

 ≪ランティスってば。母様の周りにある黒いもの、なんなの?ランティス、見えてないの??≫

 うなぁぁぅ、んなぁぁぅと足許に纏わりつきはじめた光に、ランティスはくすぐったそうに笑っていた。

 「こら、そんなにくっついてたら、踏んづけちゃうよ。よせって…」

 ガシャンと食器の割れる音のしたほうに視線を向けたランティスと光は凍りついていた。

 「母上?母上!?」

 流し台に縋るようにして膝をついていたキャロルの足許に血だまりが出来ていた。

 ≪う、産まれるのかな…。でもなんか違うような気がする…。いまザガート呼んでくるからっ!≫

 夕食後は魔導書を読むのが習慣のザガートの部屋へ、光は駆けていった。扉に爪を立ててガリガリと引っ掻き

ながら、光はみぃゃぅぅぅと声を張り上げた。

 ≪ザガート!母様の様子が変だから出てきて!!ザガートってば!!≫

 「…いい加減好かれていないのが解らないのか?僕には関わるな」

 ため息混じりにそういったザガートの耳に、ランティスが母を呼ぶただごとならぬ声が聞こえてきた。

 「母上…?」

 駆け出したザガートを追って、光も急いで台所に走っていった。少し意識の戻ったキャロルをベッドに寝かせた

あと、ザガートは急いで身支度をしていた。

 「薬師を呼びに行ってくる。お前はその間、母上についてるんだ。出来るな?ランティス」

 「うん」

 吹きつける風雨に逆らうように扉を開けると、ザガートは土砂降りの雨の中へと消えていった。

 ベッドに仰臥するキャロルの周りの黒いもやは、さっきよりも濃くなったように光には思えた。かたわらに

ひざまずいたランティスは金色の鎖のついたなにかを胸元から取り出し、母親の手に握らせながら懸命に声を

かけていた。

 「母上!もうすぐ兄上が薬師さまを呼んでくるから、しっかり…」

 そんなランティスの姿を見ながら、光のほうも泣きそうになっていた。

 ≪拾ってもらったあの草原もだけど……こんな場面も前に夢で見た気がする…。あれは…高校に合格した

ばかりの頃……。あの時、私、夢見てたんだよね…?いま見てるのも夢なんだよね??でも、もし夢じゃ

なかったら……。本当に何かが起きて、私が過去に飛ばされてたんだとしたら、ザガートはこれきり母様に

逢えなくなる…。そして、ランティスが一人っきりで……!≫

 扉を開けるすべを持たない光は、他の部屋へと走っていき、外に出られるところがないかを片っ端から

探していった。光は閉め忘れられていた浴室の窓から飛びだすと、招喚した精獣フューラでかなり遠くまで

行ってしまっているザガートのあとを追いかけた。

 ≪ザガート、行っちゃダメだっっ!ザガート!!≫

 何かが気にかかったのか、ふとフューラを止まらせたザガートに光は懸命に叫んでいた。

 ≪待って、ザガート!家に戻って!!≫

 風雨に紛れて自分を呼ぶ声が聞こえたような気もしたが、一刻も早く薬師を連れ帰るのが先だった。

 もう少しでフューラの尻尾に爪を引っ掛けられそうだと思ったとき、猫の姿をした光は小さな落雷に打たれ、

そのまま意識を失ってしまった。 直近への落雷に驚いたように一瞬ザガートが振り返ったが、すぐに気を

取り直してフューラを急がせ闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 「やれやれ。あのちびさんはタイムパラドックスも知らんのか…。あまり勝手なことをしてもらっちゃ困るよ。

……、さぁて、どこへ弾き飛ばしちまったかねぇ?」

 そうぼやきながら、ずぶ濡れのスパーキーもその場から姿を消した。

 

 

 

 

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この辺のお話は「a long time ago - side LANTIS」とクロスオーバーしています -

 

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