恋するしっぽ vol.1
誰かが鼻の頭をつんつんとつついていた。
「みゃ…。も少し寝かせて…」
くるみこまれたブランケットがあったかくって、安心してもたれられて、座り心地はちょっとゴツい気もするけど、
耳元でとくんとくんと規則正しく響く音がさらに眠気を誘うから…もう、ちょっとだ…け……。
大きいほうには森の外で魔物に襲われたときに助けて貰ったこともあるが、挨拶のひとつもない新参者の
ちびはとても起きそうにもなかった。
うすばかげろうのような透けた羽根を持つそれは虹色のステッキを取り出すと、そのちびの紅い髪に星屑の
ような銀色の粉を振り撒いた。その時ようやく大きいほうが人ならぬ者の気配に気づいたが、もう手遅れだった。
振り撒かれた粉のせいで、ブランケットならぬマント越しでも光の身体がひかりはじめたのが解るほどだった。
「ヒカルっ!」
事態を察知して咄嗟に光の身体をぐっと抱きしめようとした腕は空を切り、胡坐を組んでいたランティスの足の
上に、光の左手首につけてやったばかりのブレスレットだけが落ちていた。拾い上げたブレスレットを握りしめた
ランティスがその妖精を睨みつけた。
「ジータ、何の真似だ…?」
ジータはフイッと顔を背け、そんなジータにため息をつきつつ、その連れのスパーキーが執り成した。
「あのちび、挨拶もなかったし」
「ちびではなくてヒカルだ。疲れて寝入ってただけだろう。あれは礼儀正しい娘だ。起きれば挨拶ぐらい…」
ランティスから顔を背けたままでジータが断じた。
「ふんっ。あいつは人殺しだ。あのちびが先の姫を手にかけたことは、森のみんなが知ってる」
いやに妖精たちが光の周りを飛び交っていたのはそのせいだったのかと、ランティスは苦い表情を浮かべた。
「ヒカルは…、望んでそうした訳ではない」
「お前だって兄を殺されたんだろう。それなのに、あのちびに懸想したりして…」
「姫にもザガートにもその覚悟はあった。こちらの勝手で魔法騎士を押し付けられて、ヒカルたちがどれほど
苦しんだと思う!?」
「…」
黙したままのジータの代わりにスパーキーが答えた。
「…ジータは歴代のうちで一番エメロードを気に入っていたから」
「そのエメロード姫の後をヒカルは…」
「あんな出来損ない、このセフィーロの≪柱≫だなんて認めない!時空の向こうで苦労するがいいさ!」
そう言い捨てて姿を消したジータの言葉に唖然としたランティスは、その場に残ったスパーキーを問い詰めた。
「時空の向こうだと…?いますぐ、ヒカルを無事に返せ!ヒカルにもしものことがあれば、尊ぶべきいにしえの
種族の末裔(すえ)といえど容赦はしない…」
怒気をはらんだランティスの声にスパーキーは肩を竦めた。
「創造主≪モコナ≫にも剣を向けてたもんなぁ、あんた。朝陽がこの森を照らせば魔法は切れる。そうすれば
ここに戻ってくるさ」
「無事に、だ!」
「それは保証の限りじゃないな。――もしもワシに頼み事があるなら、それなりの代価が必要だ。判るだろ?」
「…代価は何だ?」
「ふむ。………ごちそうで手を打とう」
「ごちそう?」
妖精族にとってのごちそうとは何だと怪訝な顔をしたランティスに、とんでもない注文が突きつけられた。
「ワシの好物は『記憶』だ。幸せな記憶はとろりと甘くて旨い。とりわけ苦しみ、悲しみを乗り越えたあとの幸せは
まったりとして極上の美味だ。あんたの話通りなら、さぞかしいいもの隠してるだろうな、あのちびさんは…」
「ヒカルには手を出すな!」
「なにも丸ごと喰わせろなんて贅沢は言わんよ。ちょいと忍び込んで、美味しいところを味わうだけでいい。
別に記憶が全くなくなる訳でもないし、傷も残らんさ」
「それでも、だ。ヒカルには指一本触れるな!記憶が欲しければ俺のをくれてやる」
「あんたの?女の子のほうが好みなんだがねぇ…」
ランティスの表情がいっそう険しくなり、右手が背中の魔法剣の柄を握ったのに気づき、スパーキーが慌てて
答えた。
「ま、あんたもなかなか波瀾の人生のようだから、いい味してるだろう。手を打とう」
とりあえずの交渉成立にランティスが小さく安堵の息を漏らした。
「なら、いますぐヒカルを返してくれ」
「それは無理だ。ジータの魔法を破るのは厄介だからな。ちびさんが時空の向こうにいる間、ワシが見ていて
やろう。≪妖精王アバロンの名にかけて!≫」
「…なんだそれは…」
「んあ?『妖精の誓約』を知らんのか?!」
「あいにく人間なんでな」
スパーキーは意味深な目つきでランティスの顔を見つめていた。
「ふぅん……。『妖精の誓約』は妖精同士の破るべからざる約束だ。妖精王アバロンの名に誓っておいて
それを破るなんざ、妖精の風上にもおけんからな。命がけの約束ごとだぞ。ありがたく思え」
「人間相手なら破ってもいいなんて抜け穴はないだろうな…?」
「おやおや。性格荒んでるねぇ…。お前のサークレットに免じて、対等な存在とみなしてやろう」
なぜここで父の形見のサークレットを引き合いに出されるのだろうと疑問に思いつつも、いまは交渉成立の
ほうが重要だった。
「判った。ヒカルを頼む…」
「あんたはここで朝まで待ってな。ごちそうは一仕事の後でいただこう」
そう言い残すとスパーキーもひかりの粒子になって消えていった。
そしてランティスはティターニアの森で、長い長い一夜を過ごすことになる――。
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ジータ…ティターニアの森に住むいにしえの種族の妖精。トヨタ アルテッツァ・ジータより。ジータは小旅行の意味。
スパーキー…ジータと同種族。トヨタ スパーキー(ダイハツ アトレー7のOEM)より
妖精王アバロン…古典の「夏の夜の夢」での名前はオーベロンでしたね(^.^; トヨタ アバロンより。
こんなところで≪妖精の誓約≫を知ったらしい、です(笑)←後にプリメーラに持ち掛けました。