キツネ狩りの歌

 

 黄昏れ時にジングルベルもヤマタツのクリスマスイヴも流れはしないが、昼過ぎから降り始めた雪は

城下町を白く塗り替え変えていた。

 最近町の中の数ヶ所に出来たパーキングエリアならぬ停獣場にランティスの精獣エクウスが悠然と

降りてくる。

 「おっそーい!私たちを雪女にする気なの!?」

 先に降り立ったランティスに姫抱っこで下ろして貰っている光に、マントに付いたフードを目深に被った

海が苦情を言い立てた。

 「ごめんなさーい。『町に行くならついでに…』って、出かける間際にクレフに呼び出されちゃって…。

セフィーロに小鳥の栄養剤なんて売ってるの?地球ならアリだけど…」

 「そら、みんながみんな薬草に明るい訳やあらへんし、小鳥屋覗いたらなんぞあるんとちゃうか?」

 「『立ってる者は親でも使え』というのは、セフィーロでもありなんですのね」

 元・名家のお嬢様かつ次期・王妃になる予定(国王夫妻がいない現在、実質的にはフェリオ夫妻が

国王、王妃に相当するのだが、フェリオはいまだに戴冠式を渋っていた)の風の身も蓋も無い言いように、

導師を敬愛するプレセアが擁護した。

 「導師はお忙しいから町に出る暇もないのよ」

 「クレフの親って…!私のほうがずっとずっと若いもん!!」

 相変わらず反撃ポイントがズレている妻の頭をぽむぽむと叩いてランティスが言った。

 「早く戻れたら迎えにくる…」

 「アレックスもいるから平気だよ?」

 「酔ってひとりで乗るのは危険だ」

 「そんなにへべれけになるまで飲まないったら。クレフのリクエストのなんとかってキノコ、探すの

大変なんでしょ?」

 「……『夜になるとほの白くひかる』と言われても、こう世間が白くてはな…」

 ため息混じりのランティスの吐息も寒さで白い。

 「すぐに見つかるといいんだけど。いってらっしゃい」

 衆人環視の中でキスが出来るたちではない光が小さく手を振ると、ランティスはひらりとエクウスに跨がり

雪降る夜空へと駆け出した。

 「あーもう!こんな寒い中待たしといて、まだイチャイチャしよるんやからかなんわぁ。なぁなぁ、さっきから

気になっとったんやけど、ヒカルお嬢さまの襟巻き、めっちゃええ感じやん!地球の≪みんく≫?それか

≪ちんちら≫やろか?えろうあったかそうやないの。うちもラファーガにクリスマスプレゼントに欲しいて

おねだりしたらよかったわ…」

 海がちょいちょい持ち込む地球のファッション誌は、カルディナの物欲を大いに刺激しているらしい。

 「チ、チンチラ…?」

 地球のチンチラと言われて、猫のほうを思い浮かべた光が引き攣りつつ、『滅相もないっ!』とばかりに

ふるるるるっと首を横に振っていた。

 「話はお店へ歩きながらにしましょ。だいたいカルディナったら薄着過ぎるのよ。それに頭が見えてる

じゃない。ブルーフォックスだわ。光って動物好きだからフェイクファー派かと思ってたけど、本物なのね、それ」

 「本物とか偽物とか、解るのか?海ちゃん」

 「貿易商の一人娘…、ううん、これでも同期じゃピカイチのバイヤーなのよ?解りますとも!結構グレード

高いと見たわ」

 「柔らかそうで、撫でたくなるような毛並みですね」

 ゴージャスな格好にうるさいカルディナと友二人の褒め言葉にニコニコ上機嫌な光はその襟巻きの頭を

撫でていた。

 「みんながベタ褒めだよ。凄いね」

 小さな子供がぬいぐるみと戯れるが如きその態度を四人が怪訝そうに見ていると、風もないのにしっぽが

パタパタと振れた。

 「い゛っ!?」

 「まぁ…!」

 「う、動いてるわよ、それ…。襟巻きにした祟り!?」(モコナへの折檻もほどほどにw)

 「悪い虫避けにランティスがみょうちきりんな魔法でもかけてったんかいな??」(ヒドい言われようだな…)

「海ちゃんのお見立て、ちょっとだけハズレ。ブルーフォックスじゃなくて≪炎狐≫ファイアーアーレンスだよ。

うちのアレックス」

 「でぇぇっ!?うっそー…」

 「あの、いつも光さんがお城から町まで乗って行かれる半精半獣の…?」

 「たいがいやんちゃくれのうちの双子が泣いてビビった、あの馬鹿でかいヤツやてか…?」(ついでにご面相が

凶悪やとは、当獣の前なので言いそびれたらしい)

 「ずいぶん小さくなってるのね。重くないの?ヒカル」

 「お友達の家の猫ちゃんより…っていうか、ほとんど重さを感じないよ。でも動物を抱っこしてるみたいに

ふわふわして暖かいの。大きさは結構自在になるみたいで、この間なんて、手の平サイズになってすっごく

可愛かったんだよ♪ね?」

 光に同意を求められると、その襟巻きはまたパタパタとしっぽを振っていた。

 

 柔らかな灯りが零れる店のひとつから、人待ち顔の少女が出てきて、四人の姿を目ざとく見つけて大きく

手を振り叫んだ。

 「ヒカルお姉ちゃんたち、遅いよーっ!みんな食べ始めてるんだから」

 「遅くなってごめんね、ミラ」

 「こんばんは。もう他の皆さんはお揃いなんですね」

 「遅刻犯は光よ。ペナルティーとしてここは光のおごりってことで…」

 「え゛え゛え゛ーっ!?貸し切りで20人以上いるのに、絶対無理〜〜っ!」

 ミゼットはまだ準備段階で、光はいわば専業主婦状態、自分自身の収入はゼロの身だ。ランティスの

俸給から生活費を賄っている現状で、他人様におごる程の余剰金は持ち合わせていない。

 「ヒカルのおごり!?ほな、店の倉庫空になるまでガンガンいくで!いざとなったらランティスがはろて(払って)

くれるて♪」

 確かにそのぐらい払ってくれるだろうが、光の中にはそれを良しと出来ないものがある。みんなにご馳走する

なんて言えるのは、ちゃんと自分で稼いでからだ。

 ボン☆キュッ☆バンのナイスバディから想像もつかないほど、カルディナは飲むほうも食べるほうも底無し

だった。どうやってこの事態を切り抜けようかとたらりと冷や汗の光の手を生真面目なプレセアがぐっと握った。

 「こうなったのも導師のご用向きのせいですもの。私が半分持つわ」

 「プ、プレセア…!?」

 確かに15分ばかり遅刻したのは悪かったと思うが、会費制のハズなのになんでこんなことになるんだ…と

光が反論するより先に、カルディナが店にいたミゼット準備会や果樹園で働く娘たちに宣言した。

 「みんなバッチリ聞こえとった?今日はヒカルとプレセアのおごりやて!女ばっかりの無礼講やし、遠慮せんと

ジャンジャンいくでーっ!!」

 ワーッともキャーッとも言えない歓声が上がり、光とプレセアのおごりというのは既定の事実となったのだった。

 

 風たちが脱いだマントやケープが壁際のフックに掛けられる中、海がくるりと光を振り返った。

 「光のそれ、マズいんじゃない?」

 海が指さしたのは光の襟巻きだ。

 「だよねー。いくら襟巻きのふりしててもフックに引っ掛けちゃうなんてあんまりだよね」

 困り顔の光に海がカクンっとこけかける。

 「そうじゃなくて!レストランに連れ込んじゃマズいんじゃないかって言ってるのよ。飲食店ってだいたい

動物お断りでしょ?」

 「アレックスは動物じゃなくて半精半獣だよ。それにここには何度か来てて、マスターもこのコ知ってるから

大丈夫。お店で揉め事起きないようによく睨みを利かせてるよ。(ランティスも一緒なら用心棒倍増?)…あ、でもおっきな

狐が苦手な人もいるよね」

 大きいからというより、むしろみなそのご面相に恐れをなすのだ。

 「あ、いいこと思いついた! アレックス、On my palm!(手の平にのって!)!」

 襟元から外したアレックスに光が命じると、くるりと一回りする間に手の平サイズまで縮んでいた。

 「ミニチュアというものは、何にせよ愛らしさが湧き出ますわね…」

 よその家のペットを掴まえて酷い言い草もあったものだ。

 「もう少しちっちゃくなれる?…うん、そのぐらいでいいよ」

 そう言って光はみなに背を向けつつ、『こ、こそばゆいからじっとして!』ときゃははは笑いながらゴソゴソ

していた。

 「これなら怖くないよね?」

 かつて悪ガキに≪絶望的扁平胸≫と評された光は大胆にも真紅のベアトップドレスを着ていた。地球の

形状記憶ビスチェがこれでもかーっと寄せて作った谷間に、キツネの顔のブローチのふりをしたファイアー

アーレンスが収まっていた。(ランティスには内緒な方向で・・・w)

 「なんちゅーことを…」

 カルディナは開いた口が塞がらないらしい。

 「だって大きいままじゃ怖いって言われるし、ちっちゃくして足元に置いてたら踏んづけちゃうじゃないか。

アレックスのごはんはおうちであげるから、勝手に手を出しちゃダメだからね」

 「『ごはん』で思い出したわ。導師のおつかい、先に済ませないとお店が閉まるわよ、ヒカル」

 「じゃ先に行ってくるよ。すぐそこだしこのまま…」

 「何言ってるの!風邪引いちゃうわ。私のマント羽織りなさい」

 手にしていたマントを海が光に羽織らせた。

 「うわぁ、あったかいね。ありがと、海ちゃん。じゃ…」

 「ヒカル、ちょい待ち!それこそアカンやろ」

 「ほへ?」

 「小鳥の餌だけやのうて、生きてる鳥かてぎょうさん(=たくさん)おる店やろ?そんなとこにアーレンス

連れてったらエライことになるんとちゃう?」

 「小鳥さんたちに大興奮のファイアーアーレンスさんのタガがついつい外れてみなさん焼き鳥…では、

少し困りますものね」

 ・・・いや、少しどころか大いに困ります妃殿下。

 「ブローチ…じゃなくてキツネは置いていきなさい」

 「ウチが大事に預かっといたるよってに!」

 確かに招喚契約を交わしていない光では、万一の事態が起きても最終奥義の精獣戻界を使えないのだ。

 「うーん。じゃ、カルディナ持っててね」

 胸元から外したアレックスをカルディナに預けると、光とプレセアは買い物に出掛けて行った。

 

 寒い中をやってきた城の者たちに希望のウェルカムドリンクを振舞いながら、何かを探すようなそぶりをしている

ミラに風が尋ねた。

 「どうかなさいました?」

 「プリメーラさん、来てないんだなと思って…」

 ミラとプリメーラの仲がいいとは思わなかったものの、あまりにしょんぼりとしているので海があわてて

付け加えた。

 「光が誘ったときはOKしてくれたんだけどね。あとになって『その日は妖精仲間との先約があったから』って

断られちゃったの。またそのうち遊びに来るわよ、きっと」

 「ヒカルお姉ちゃんとプリメーラさんが喧嘩した訳じゃないんだね?」

 「喧嘩?そんなことはありませんわ」

 主にプリメーラが一方的に難癖をつけても、暖簾に腕押し、ぬかに釘・・・のほほんとした光はまったく

取り合っていない、というより喧嘩を売られても気づかない場合がほとんどなのだ。

 「よかった。それならいいの」

 「…なんで喧嘩してるやなんて思うたん?」

 「ううん、別になんでもないよ!」

 いつかのプリメーラの頼みごとの話を第三者にしていいものかどうか判らないし、ミラとすれば『光から

プリメーラを誘った』という事実が判れば十分だった。あとのことは二人の間のことなんだから黙っていようと

ミラは思った。

 

 

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