課外授業 vol.2 〜紅葉の森で〜
先にバルコニーに着いた光が、晴れ渡った秋空を見上げていた。
「んー、いいお天気!外に行くのにもってこいだね」
「…精獣招喚…」
魔法剣をかざしてランティスがそう唱えると、黒い馬のような姿の精獣が現れる。
「エクウス!元気だった?」
頻繁にランティスが招喚するその精獣に名前がないことを知ると、光が「名前をつけさせて!」というので任せたら、そういう
名前に決まってしまった。地球の言葉で「馬」を意味するらしいのだが、「馬」に「馬」と名づけてどうするのかと思いつつ、光の
することなのでランティスは黙って受け入れていた。
「ヒカル、本はしまったほうがいい」
「落っことしたらいけないもんね」
ランティスに言われるまま、光は植物図鑑をグローブにしまう。ランティスは光を抱え上げて先にエクウスに乗せると、自らも
ひらりと飛び乗った。
「しっかり掴まっていろ」
「ふふっ。ランティスのほうがしっかり掴まえてくれてるよ」
そう笑いながら、ランティスの背に右腕を回し、光はぴたりと寄り添う。それを待って、ランティスが大きく手綱をさばき、
エクウスはセフィーロの空へと駆け出した。
セフィーロ城をぐるりと取り囲む絶えることのない涌き水と、その一部を覆うように広がる草原をエクウスはあっという間に
飛び越していく。
「あの草原、前より広がってる…?」
エメロード姫の消滅で崩壊寸前だった頃は、涌き水の滝に囲まれていただけで、城の出入り口から直接歩いて出られるような
陸地は存在しなかった。やがて新しい『柱』に選ばれた光がその座を降りた頃から、避難していた人々の『自由に外へ出たい』
気持ちや、『お茶会の時に上陸するのが意外と大変』という三国関係者の要望がいつの間にか草原という形になっていった。
「最初は子供の遊び場程度だったが、今ではファーレンの童夢を最大全長のままでも着陸出来るぐらいだ」
「今なら三隻並んでも余裕有りそう?前はよくじゃんけんで決めてたよね。ジェオはいっつも負けちゃって。たいていアスカか
タータが勝ってたっけ」
クスクスと思い出し笑いしている光に、ランティスが訂正を入れる。
「ジェオは姫たちに譲ってたんだ。NSXには小型揚陸艇があるからな」
「そっか。みんな元気かなぁ。なかなか三国の人たちとタイミングが合わなくて、しばらく顔見てないから」
「ジェオたちは昨日まで滞在していたんだが。残念だったな」
「あと一日待ってくれたら」
「ザズともう一人が、切実にそう言っていた」
「もう一人?」
「今回はレディ=エミーナ…大統領夫人も来ていたんだ」
「大統領夫人ってことは、イーグルの母様?」
「ああ」
「ふぅん。子供が遠くで療養してるんじゃ、心配だよね、きっと」
「…心配しているわりには、『城下町に行きたい』と、毎日ごねられたが」
辟易したようなランティスは、ふと翳りがさした光の表情に気づかない。
「…こんなふうに、エクウスで?」
「いや、移動はホバーだ。護衛はSPにも出来るが、要は案内役だな。あの人は昔から人使いが荒い」
ランティスの言葉に光は小さく安堵の息を零すが、彼女自身、何にそんなに安心したのかはよく判らなかった。
「イーグルに逢わないまま来ちゃったから、明日はお見舞い行かなきゃ」
「今朝は起きなかったな。やはり疲れたんだろう」
「なかなか『起き上がる』まではいかないね。約束果たせるのはいつかなぁ」
「イーグルと…、何か約束したのか?ヒカル」
二人が自分の知らない秘密を持ったことに、ランティスは動揺の色を隠せない。
「うーん…聞いたら、きっと気分悪くなると思うよ?」
『聞かないほうが気分が悪い』とも言えず、ランティスはふたたび光を促した。
「俺には、言えないことか?」
「言えなくはないけど、こんなところで話して大丈夫かな。ショックで気絶したりしない?」
この俺が気絶するほどショックを受ける?俺の知らない間にイーグルとケッコンの約束をしたとでも言い出すのかと、
ランティスは眉間にしわを寄せつつ大きく息を吐き出した。
「大丈夫だ…(多分)」
「あのね、イーグルがちゃんと起きたら、まずセフィーロ中を巡って、それからファーレン、チゼータ、〆はオートザムまで
行って二人で…」
「それは…、シンコンリョコウというやつか…」
悄然としたランティスの口許から零れた言葉は、エクウスで空駆ける風音に紛れて光には届かない。
「『飛びっきり甘いもの食べ尽くしちゃおうワールドツアー』やろうね、って」
「…!」
光の言葉に一瞬安堵したものの、ランティスにはまだ疑問が残る。
「お前たちの甘いもの好きは知っているから、いまさら気分は悪くならないが…?」
「ホントに?私もイーグルもセフィーロの甘味どころ知らないから、『ランティスに案内してもらおうか』って話してて…」
「――すまない、それは他の奴に頼んでくれないか…」
「あ、やっぱり…?だから気持ち悪くならないかって聞いたのに…。ランティス、本当に苦手なんだね、甘いの」
「付き合えなくて、悪かった」
「謝らなくてもいいよ。好き嫌いは仕方ないもの。そのかわり今日は他のことに付き合ってもらってるし。てゆか、
私が強引にくっついて来ちゃったんだっけ」
「いや、ヒカルがいれば薬草摘みも退屈しなくていい」
「退屈なの?なんだか面白そうなんだけど」
「特別に面白いものでもない。弟子入りしたばかりの頃は、よく行かされたものだが」
「…兄様と、か…?」
微かに語尾が震えたことに気づいて、ランティスは光を抱く腕にぐっと力を入れた。その意図を酌んで、光がランティスの
胸に顔を埋める。
「言っただろう?ヒカルが気に病むようなことは何もないと」
「ランティス…」
「あれだけの事態を引き起こして、お前たちを無関係な戦いに巻き込んだ張本人でも、俺自身にはザガートを恨む気持ちはない。
だがお前が今でも泣いているなら…、エメロード姫との幸せなどとても祈ってはやれない」
「それはかわいそうだよ。きっと、ああすることでしか、お互いの想いさえ認められなかったんだもの。それに…」
口をつぐんだ光を、ランティスが気遣わしげに覗きこむ。
「あの戦いがなければ、私、ランティスにも、他のみんなにも逢えなかった。それまでなかったことになるのは…、そんなのは
イヤだ」
「ヒカル…」
もしも自分が光にとっての唯一人の男であったなら、こんなところであろうと構わず口づけたい衝動に駆られたが、光の心の
行方はまだつまびらかではないので、ランティスはふわふわとした赤い髪に顔を寄せるにとどめた。
沈んでしまった空気を変えようと、下界の景色にランティスは目を向ける。
「沈黙の森だ」
その言葉に誘われて、光も視線を上げた。
「ここも見るたび広がってるね。やっぱり前みたいに魔法はダメなの?」
「基本的には使えない」
「クレフやランティスは平気?」
「集中すれば精獣招喚ぐらいはなんとかな」
「やっぱりランティスって凄いな。ねぇ、あれは?ずうっと向こうのほう、あの辺の稜線だけ赤いよ」
光が指差すほうをランティスが目で追った。
「あれは山火事なんかじゃないから心配ない」
「うん、それはなんとなく判ってるんだけど…」
「この二、三年、あの稜線の向こう側はどういう訳か多くの木々の葉が赤や黄色になってしまうんだ。導師にも報告はしたが
『病虫害ではないようだ』と言われたので様子見している」
「…段々ああいう色になって、もっと寒くなったらほとんど葉が落ちる…?」
「どうして判った?」
少し目を見開いて、ランティスが光に訊き返す。
「セフィーロでは見たことなかった気がするけど…、紅葉してるんじゃないの?」
「コウヨウ?」
「あれ見に寄る暇はない?現物みたら判るかもしれない」
「じゃあ行ってみよう。気になってジュケンベンキョウに手がつかなくなると困る」
「もう!そんなに子供じゃないよ」
光の可愛らしい膨れっ面を見て、ランティスが苦笑する。
「大人はそんな顔をしないものだが。喜怒哀楽がはっきりしているほうが、ヒカルらしくていい」
「うーん、すごく微妙なんだけど、褒められたと思っとく」
「さぁ降りるぞ」
稜線を回り込んで、紅く色づいた木々の合間にエクウスが降り立った。
地面に降り積もった枯れ葉がエクウスの足元でかさかさと音を立てる。近くの枝の真っ赤に色づいた葉の一枚に光が
そっと手を伸ばす。
「ちょっとゴメンね」
枝から伸びた茎の付け根に光が軽く触れるだけで、はらりと赤い葉は落ちていく。光はきょろきょろと見回して、次の目当ての
ものを見つけた。
「あそこのね、まだちょっとだけ緑が残ってる葉っぱに触りたいんだ」
光のすることを訝しげに見守りながら、ランティスはエクウスに少しだけ上がるように指示を出す。
「あなたもちょっとゴメンね」
そう言いながら、枝から伸びた茎を押すが、こちらはまだしなりがあった。ふたたび真っ赤な葉に手を伸ばしては、軽く触れて
葉を落としている。
「広葉樹ばっかりだし、やっぱり紅葉だと思うな…。あれ変なダジャレになっちゃった」
とは言え、唯一の聞き手には何がなんだか全く通じていなかった。
「コウヨウするからコウヨウジュと呼ぶのか?」
光はふるふると首を振って、グローブからシャープペンシルとルーズリーフのバインダーを取り出した。馬上で手を離すと
不安定になってしまうので、ランティスはエクウスを降下させ、光の手を取って地上へと降り立たせる。光は枯葉の上に体育
座りすると、自分の膝を机代わりにして、シャープペンシルをカチカチとノックした。
「広葉樹っていうのは、こういう『広』い『葉』っぱを持った『樹』をさす言葉なんだ」
光は一文字ずつ書きながら、ランティスに文字の意味を指し示す。
「で、『紅葉』っていうのは広葉樹の葉が寒くなって落葉する前に、『紅』い『葉』っぱになるって意味なんだ。『黄』色くなる
『葉』っぱの場合は『黄葉』って書くの。全部音が同じだからややっこしいけど」
「書くものを貸してくれないか」
「はい」
「これが『広』い『葉』の『樹』で、これが『紅』で、こっちが『黄』…だな?」
光が書いた文字の横に、確認しながらランティスがセフィーロの文字で注記を加えている。
「そうだけど。やっぱりセフィーロの文字は難しいな。これ筆記体?えーと、いくつかの文字を繋げて書いてる?」
「走り書きだから、これで覚えるな。そういう勉強は城にいる時にやり直そう。あぁ、ジュケンが終わってからだが」
「…そうする」
「では、この木々の状態は心配ないんだな」
「多分ね。でも別の意味では気になるよ。クレフもランティスも知らないってことは、昔の…、エメロード姫の頃のセフィーロには
なかったってことじゃない…?」
「ヒカル…」
「私は話でしか知らないけど、昔のセフィーロは常春の国だったんだよね?なのに、夏が過ぎて、秋が深まって、もうじき
冬になる…。私の住んでる日本と同じに」
ランティスは立ち上がると、木々の合間を歩きながら光に答えた。
「セフィーロはこれまでの永遠に変わらない状態から踏み出したんだ。変化はあって当たり前だろう?」
「でも、だからといって日本と同じにならなきゃならない理由はないよ」
「セフィーロを閉ざしていた結界が無くなって、常夏のチゼータ、年間を通してセフィーロより涼しいファーレン、それよりさらに
気温の低いオートザムとの交流が増えた分、影響も受けている。気温の推移としては間違ってないと思うが?」
「でも…」
「それに、変わらないものもある。これがティアナ、傷薬になる薬草だ」
膝を折って摘み取った草を示すと、光は立ち上がってランティスに駆け寄っていく。光が植物図鑑を取り出しページを探し
始めると、ランティスが手を伸ばしてティアナのページをさっと開いた。
「どこに何が載ってるか覚えるぐらい見てた?」
「そうだな」
「わりとリアルな絵だよね。えーっと、これがティアナっと」
直接書かずに、ポストイットに[ティアナ-傷薬]と書き込んでペタリと貼り付ける。
「じかに書いたほうがよくないか?それはもうヒカルの本なのだから、遠慮することはない」
「でもランティスにとっても大切な本なのに悪いよ」
「ヒカルが使いやすいようにすればいい。本に書き込みをするのが嫌いな性質(たち)なら無理にとは言わないが」
「ううん、自分の教科書なんかはいろいろ書き込みしてるよ」
ランティスは光の手からシャープペンシルを取ると、まず自分から図鑑に四角い囲みと、印をを入れた。
「この部分が『ティアナ』という言葉だ。ここに効能と使い方が書いてある」
今度は光がランティスの囲んだ『ティアナ』という文字列から線を引いて、[ティアナ]と書き込んだ。
「この本は、きっと辞書にもなっていくね。セフィーロ語-日本語の辞書に」
「そうなったら、時々見せてもらってもいいだろうか?俺もヒカルの使うニホンゴを学びたい」
「じゃあ、私が向こうに帰るときは、ランティスに預けてくことにするよ。まずこれを探せばいいんだね?」
光はランティスが摘んだ草を見本に、周囲を探しはじめた。
「このセレナの木の根元近くに生えてることが多い」
「セレナの木も、この本にある?」
「樹木は後半だな…。これが『セレナ』だ」
ランティスはさっきと同じように、『セレナ』の文字列を四角く囲んだ。光は[セレナ]と書き込みながらランティスに尋ねた。
「ティアナはどうやって使うの?傷口に貼り付けるのかな?」
「火傷には貼り付けている。切創や裂創なら、刻むかすり潰すかしてから直接傷口につける。潰したものを飲めば、
傷の治りが早くなる」
「なるほど。じゃあ、旅してるときなんかは、潰すための道具も持ち歩いてるの?」
光はランティスの話を一生懸命書き取っていきながら、思いつくままに疑問点を尋ねていく。
「いや、あんな物は邪魔になるから持ち歩かない。自分に使うなら噛んで潰せばいいことだからな。ああ、言っとくが
ティアナはかなり苦いぞ」
ティアナは苦い、と書き込みながら、光は思案顔で答えた。
「そんなに邪魔になるかなぁ…。せいぜいこのぐらいの大きさでしょ?」
光が手で空間を作ってランティスに示すが、ランティスのほうは首を捻って、光からシャープペンシルを借りて、
絵を描き始めた。
「形はこういうのだ。ヒカルの世界で使うものとは違うんだろう」
「あー、それも見たことがあるよ。漢方薬の薬局に置いてたっけ。[薬研(やげん)]って言うんだけど、あれは持ち歩けないよね。
私が言ってるのは、乳鉢や乳棒っていって、このぐらいの大きさのお碗みたいなのに、専用の棒を押しつけて潰してくんだ」
「そのぐらいの大きさなら持ち歩けそうだな」
「今度見本を持ってくるよ。そうしたらプレセアがもっといいもの考えてくれるかもしれないもんね」
「そうだな。ヒカル、そこに群生してるのがヴェロッサだ。毒消しになる」
開かれた図鑑のページと見比べて光が手を伸ばそうとすると、ランティスが光の手首を掴んで止めた。
「グローブをしてるときは構わないが、素手では触るな。毒消しになる草だが、毒に侵されてない状態で触れるのは良くない。
一時的なものだが、麻痺が出る」
「そう言ってるランティスが素手じゃないか…。あれ、右手の周り、ぼんやり光ってる?」
「殻円防除の応用だ」
「結界にも使えたよね、殻円防除って。魔法騎士の魔法と違って応用効くんだなぁ。えーっと、[ヴェロッサ-毒消し]っと。
これはどうやって使うの?」
ヴェロッサを摘み取りながら、ランティスが答える。
「ティアナと同じだ。潰して傷口に直接つけたり、飲んだりする」
「毒って、なにかに刺されるとか、かな?魔物に咬まれるとか…?」
「セフィーロの魔物は人の心の不安や恐怖心の具現化だから、毒を持ったようなものはいない。毒があるのは一部の植物、
あとは魔獣だ」
「魔物と魔獣…。うーん、区別がつくようなつかないような」
「気配が違うだろう?それが読めなければ…、倒したあと、残骸が残るのは魔獣だ。あれは生き物だからな。魔物なら
倒せば消えてしまう」
「あ、なるほど。なんとなく判ったけど、生き物とは…、あんまり戦いたくないな」
眉を曇らせた光の髪を、ランティスが左手でくしゃりと撫でる。
「ヒカルは優しいな。城や城下町あたりに魔獣が出ることはまずない。沈黙の森や、こういう辺境のほうが魔獣の生息率は高い」
「だから防具も無しじゃダメなんだね」
「魔獣の中には、人に馴れやすいものもいる。アスコットが招喚するようなやつだな。だが、毒を持ってるような魔獣は人に
馴れないし、かなり狂暴だから躊躇ったらこちらがやられる」
「そっか。それなりの覚悟してなきゃ、ふらふら出歩いちゃいけないんだ」
「そういう点では、トウキョウより厳しいか?」
「どうかな。東京に魔獣はいないけど、野獣みたいな人間はたまにいるよ。倒せない分、こっちのほうが性質が悪いかも」
「ヒカルが倒せないほど強いのか?」
「私だっていつも竹刀を持ち歩いてる訳じゃないからね。それに被害にあっても反撃しすぎちゃうと、法律上『過剰防衛』…
やりすぎってなっちゃう場合があるんだ。だから、一撃離脱かな」
「理不尽な法律だ…」
「私もそう思うけどね。…あ、あんなところになんか実がなってる!あれ、食べられる?わぁ、栗みたいなのが落ちてるっ!
これは食べられる!?」
「樹になってるのはラウム、下に落ちてる棘のある実はステラだな。どちらも載っていると思うが」
光の手から図鑑をとって、ランティスがページを繰っていく。ラウムとステラのページを開きながら、それぞれの名前を囲んでいる。
「ラウムはそのままじゃなく、果汁を絞って飲み物に混ぜる。ステラも生ではダメだ。さっきから食べられるかどうかばかり訊くのは、
おなかがすいたのか?ヒカル」
微かに笑ったランティスに、光は慌てて言い訳をした。
「あのっ、そんなことないんだけど、たまたま地球の食べられる実に似てるから、どうなのかなぁって。地球では『実りの秋』とか
『食欲の秋』っていって、美味しいものを美味しく食べられる季節だったりするし、えーと…、ちょっとだけすいたかな…」
「頼まれていた分の薬草はある程度摘めたし、そろそろ昼にするか」
「うん!」
光がグローブの中からピクニックバスケットと水筒を取り出し、きょろきょろと場所を探していると、ランティスがマントを外して
ばさりと広げた。
「ここに座ればいい」
「汚れちゃうよ」
「洗えば済む」
「んじゃ、お邪魔します。でもさすがに靴は脱がせてね」
マントの外でブーツを脱いで上がりこみ、光はピクニックバスケットの蓋を開け、飲み物を用意した。
「はい、ランティス。あったかいお茶どうぞ」
「あぁ」
受け取ったお茶を口にしたランティスをじっと見ていた光が、不意にくすくすと笑い出した。
「どうした?」
「ご、ごめんね、いきなり笑っちゃって。なんだかおままごとしてるみたいだなぁと思って」
「オママゴト?」
ランティスのほうは訳が解らないという風に首を傾げている。
「セフィーロではおままごとってない?てゆか、普通女の子しかしないからランティス知らないのかな。地球のちっちゃい子の
『ごっこ遊び』のひとつなんだ。おもちゃの食器なんかを使って、家事の真似事とかするの。で、役割分担があるんだよね。
お父さん役とか、お母さん役とか…。今なら、ランティスがお父さん役で、私がお母さん役状態かな。あ、子供役がいないけど」
「…それも、ケッコンが前提なのか…?」
「おままごとしてるときには考えたこと無かったけど、そうなんじゃない?100%とは言わないけど、おままごとのベースに
なってるのは『結婚して家庭を築いてる』状態だと思うし。『あなた、ご飯の用意も出来てますよ♪』…とか言ってね」
プレセアの用意してくれた地球のサンドウィッチに似た食べ物を手にして、光がランティスに差し出した。
「…『あなた』…?」
受け取りつつも微妙に固まっているランティスを見て、自分の言った言葉を思い返した光が真っ赤になって顔を覆う。
「わっ、私ったら、変なコト言っちゃってゴメン!こんな年になってやるもんじゃないよね、あははははは」
「いや…、そういうヒカルも可愛い…」
肝心なところをぼそぼそと呟きながら、『出来ればごっこ遊びでないほうがいい』とは言い出せないランティスだった。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
レディ=エミーナ…オートザム大統領夫人の通称。トヨタエスティマエミーナより
ティアナ…傷薬になる草。日産ティアナより
セレナ…その根元にティアナが生えている樹木。日産セレナより
ヴェロッサ…毒消しになる草。トヨタヴェロッサより
ラウム…緑の実の果汁を飲用等に使う。ライムのようなもの。トヨタラウムより
ステラ…イガイガに包まれた木の実。栗のようなもの。スバルステラより