課外授業 vol.1 〜連れていって〜
――光・高校二年秋。
日本の暦で土曜日にあたる今日は、あの少女たちがやって来る。導師に急な用事を言い付けられ、『よりによって、
何故今日言うのか』と内心ぶんむくれ(かなり不機嫌になり)つつ、それを見透かしたかのようなクレフに
『ああ、出掛けるのはヒカルの顔を見てからで構わないぞ』と言われ、素直に(笑)光を待つランティスもそこにいた。
「お前が広間で長居するのは、ヒカルを待つ時ぐらいなもんだよな」
明らかにからかう口調ではあるが王子相手に「うるさい」とも言えず、ランティスは聞こえないふりをしてだんまりを決め込む。
「ウミは今日、シフォンケーキっていうのを焼いてきてくれるって言ってたっけ。お茶は何が合うかなぁ…」
普段は魔獣たちの世話や、果樹園の手伝いに出掛けることの多いアスコットも、そわそわと落ち着かない。
そんな三人の姿を見て、テーブルに茶器の用意をしていたカルディナがけらけらと笑った。
「まぁ、なかなかよそでは見られへん取り合わせやなぁ。ことにあの無愛想な兄ちゃんが、わざわざヒカルを待ってるやなんて、
なんやいまだに信じられへんわ」
「カルディナ、ランティスに聞こえるわよ!」
そうたしなめるプレセアの声も、ランティスの耳にしっかり届いていた。
いつもなら中庭の木かイーグルの部屋で待っていれば、広間で軽くお茶をしたあとに光のほうから顔を見せてくれるが、
出掛けなければならないのでそれを待っている時間がないのだ。
広間にひかりの粒子の柱が現れたことに、真っ先に気づいたのはやはりランティスだった。ひかりの粒子はやがて三人の
娘の姿になる。
「「「おはようございま〜す!」」」
「いらっしゃい!今日も元気いっぱいね」
「んーっ!逢いたかったわぁ、お嬢さまがた!」
王子以外が強烈にヤキモチを焼くであろうことを確信しつつ、カルディナはガバッと三人を抱きしめる。真ん中に居て、
しかもちっちゃい光がカルディナの胸にばふっと埋もれていた。
「うぷっ!カ、カルディ…」
バタバタ暴れる光を見兼ねて、歩み寄ってきたランティスがカルディナの肩をつつく。
「いい加減にしないとヒカルが窒息する」
「たいそうやなぁ。そないに睨まんでもええやん!これはウチの愛情表現なんやから。キモチは態度で示すもんやで」
意味ありげにフフッと笑うカルディナの前で、ぷは〜っと酸素を取り込んでいた光がランティスに笑いかけた。
「ありがと、ランティス。今のはホントに苦しかったから助かったよ。あれ?でもここで逢うのは珍しいね」
光の赤いふわふわした髪をくしゃりと撫でて、ランティスは柔らかく微笑む。
「出掛ける前にヒカルの顔を見たかった」
光たちが来る前に仕事で不在にしていることはあっても、来てから出掛けるのはあまりないことだった。(だいたい
そんな時に用事言い付けたら怖いし・笑)
「何かあったのか?」
「いや。導師に頼まれて薬草などを摘みに行くだけだ」
「そういうのって、お弟子さんの仕事じゃないの?」
きょとんとしてネコミミを出している光に、ランティスは真面目に答えた。
「破門された覚えはないから、まだ弟子のうちに入っているんだろう」
「いや、なんて言うか、もっと下の、入門したてとかの…」
「俺より下で、いま城に居るのは…、アスコットぐらいか」
「アスコットが弟子入りしたのって、このニ、三年じゃないの。その間はいないの?」
少し呆れたような海に、アスコットが苦笑した。
「導師って結構短気だから続かないんだよね」
「お弟子さんが、ですか?」
小首を傾げる風に、フェリオが笑って答えた。
「いや、導師もだ」
「あははは。そういえば、招喚されたばかりのとき、私達もよく怒鳴られたよね」
光はあっけらかんと笑っているが、セフィーロを救う為に呼びつけた魔法騎士にまで短気を起こしていたのかと、フェリオと
ランティスが呆れたように目交ぜする。
「僕がまだ薬草類の見分けをちゃんと出来ないから、導師はランティスに頼んだんだ」
「昨日摘んで来たの、ほとんど間違えてたもんな」
フェリオにそう言われてアスコットが言い訳する。
「でも、あれ魔獣には効くんだよ?」
「アスコットはずっと魔獣のお世話ばかりしていたんですものね」
海がニッコリ笑いかけると、アスコットは照れて俯いてしまう。
「アスコット、お前ランティスに同行してちゃんと教えて貰ったらどうだ?」
フェリオの提案にアスコットは首を横に振った。
「今日、明日は果樹園の収穫があるから行けないんだ。薬草もすぐに欲しいみたいだし…」
「あのね、ランティス。私、一緒に行っちゃダメかな?薬草とかのこと勉強したい」
「「光(さん)!」」
「少し遠出になるから、お前たちがトウキョウに帰る夕方までには戻れない」
光はスポーツバッグを持ち上げてランティスに笑いかけた。
「今日はお泊りだから、少しぐらい遅くても平気なんだ!」
「光は受験勉強が先でしょ?」
「そうですわ。二時間のお勉強が済んでからが自由時間ですよ」
「薬草摘みは明るいうちじゃなきゃ出来ないけど、受験勉強は夜中でも出来るよ。それに…」
ランティスたちに聞こえないように、海と風の耳元でささやく。
「先生がセフィーロのこと何にも知らないんじゃ、やっぱりマズイじゃないか」
それは先々学べばいいんじゃないのと思いつつ、先に海が折れた。
「言うわねぇ、光も」
「じゃあ、光さんがお帰りになったらやりますからね」
「ありがと、海ちゃん、風ちゃん」
スポーツバッグの中から筆記用具を取り出して、小脇に抱えて光が立ち上がる。
「海ちゃん、カバンお願いしていい?」
「はいはい」
「お待たせっ!ランティス、行こっ!」
「ちょっと待て。城下町に遊びに行く訳ではないから、その格好ではダメだ」
「じゃクレフに防具授けて貰ってくる!…ってその前にプレセア、私の剣は?」
「魔法騎士のグローブの中にあるわ」
「ありがとう。ここよりクレフの部屋のほうがバルコニーに近いから、やっぱり一緒に行こう!ランティス」
光は躊躇いなくランティスの右手を掴んでぐいぐい引っ張るが、人前で手を繋がれたランティスのほうが幾分慌てていた。
自分が光を抱きこむのは人前でも平気な癖に、光からアクションを起こされるのはどうやら不慣れらしい。
「そんなに引っ張らなくても…」
「光ーっ!!外泊は禁止だからねーっっ!」
二人の背中に海が大きな声で叫んだ。
「なんちゅーか、ものごっつぅラブラブに見えるんやけどなぁ、ヒカルとランティス…」
お茶の用意をしながらためいき混じりにそう言ったカルディナに、やはりためいき混じりで海が答える。
「でも相変わらず自覚はないのよねぇ、光のほうは…」
「ヒカルのあのイノセント加減はもはや罪だよな。ランティスが気の毒になってくる」
「あら、そうでしょうか?ランティスさんはそういうところも含めて、光さんのことをお好きなようにお見受けいたしますわ」
「ま、確かにな。あいつらのことはあいつらに任せておくさ」
「そうそう。こっちはこっちで、お茶にしましょ♪」
そうして広間の人々は、不在の二人を肴にしつつお茶の時間を満喫することにした。
――導師クレフの部屋
連れ立って訪れたランティスと光の話に、クレフが目を丸くしていた。
「ヒカルも薬草摘みに?」
「うん!セフィーロのことも勉強したいなと思って。ランティスに無理に頼み込んだんだ」
無理にでなくとも、光に請われれば否とは言わない愛弟子の想いを知っているクレフがくすりと笑う。その弟子はと言えば、
『余計なことは言わないでください』オーラを醸し出して、師に険しい視線を送っていた。
「確かに外へ出るのにその格好ではまずいな。魔法伝承!!」
光の全身が炎の渦に包まれ、やがてその炎が治まると、グローブや革鎧が光の身体に備わっていた。
「これならいいでしょ?ランティス」
「あぁ。では行こうか」
「ランティス、少し待て」
クレフが立ち上がり、部屋続きの蔵書庫へと入っていった。
「どうしたんだろう?」
「…」
光と黙って首をかしげたランティスの二人が顔を見合わせているところに、二度ほどノックしてプレセアが入ってきた。
「間に合ってよかったわ。ヒカル、お昼に二人で食べなさい。飲み物も用意してあるから」
「お弁当作ってくれたの?!プレセア、ありがとう」
「すまない」
「あなたはろくに食べなくてもそのまま仕事しちゃうんでしょうけど、ヒカルは育ち盛りなんですもの。ちゃんと食べなきゃ、ね。
グローブにしまっていくといいわ」
「うん!」
ピクニックバスケットと水筒が光のグローブに吸い込まれたとき、クレフが戻ってきた。
「来ていたのか、プレセア」
「ヒカルたちのお弁当を届けに。そして導師にはウミお手製のケーキをお届けに」
「ありがとう、プレセア。ランティス、これを持って行くといい」
クレフは蔵書庫から持ってきた一冊の本をランティスに手渡した。ランティスは少し驚いたような顔で、その本をぱらぱらと
めくりはじめた。
「『子供のための植物図鑑 セフィーロ編』――俺が子供の頃に使っていたものなんて、まだ持ってらしたんですか」
「ランティスが使ってたの?見せて、見せて!」
光はランティスに渡された本を大事そうにめくっていく。
「旧セフィーロ城にあった蔵書は、すべてここに移してある。私の私的所有物というより、セフィーロの歴史そのものだからな」
「絵が多いのは楽しいんだけど、文字はさっぱり判んないや…」
「説明する者なら同行するじゃないか、ヒカル」
クレフの言葉に、光がランティスの顔を見上げ、ランティスは光にこくりと頷いた。
「その本はお前たちで好きにするといい。ランティスが持つもよし。ヒカルが持つもよし」
「必要なら、ヒカルが使えばいい」
「私がもらってもいいの!?ありがとう、大切にするよ」
光は満面の笑みをたたえて、自分のものになった本を宝物のように胸に抱え込んでいる。
「早く行こう、ランティス!行ってくるね、クレフ、プレセア!」
「では失礼します」
導師に一礼して、待ちきれずに部屋を飛び出した光のあとをランティスは追って行った。