j u m p !
「光〜!こっち、こっち!」
「海ちゃん、風ちゃん!お待たせっ!」
「大学の新入生研修旅行でお会い出来るとは思いませんでしたものね」
「京都ならともかく、大阪ってのがイマイチなんだけど」
ふて腐れたような海とは対照的に、光はニコニコと笑っている。
「私、大阪来るのは初めてだから楽しいよ。串かつ屋さんに行くのも楽しみだし」
「京都では三人の日程が合わなかったんですもの。それに街ゆく人達の言葉で、なんとなく
チゼータにいるような雰囲気も味わえますわ」
「タータやタトラは元気かしら」
「しばらく会ってないもんね」
遠い異世界の姫君たちにしばし思いを馳せたあと、海が急かした。
「自由行動時間とは言え、大学の子に無理言って来てるんだもの、サクッと目的を果たしましょ」
「じゃあ、通天閣にLet's go!」
三人娘は浪花のランドマーク、通天閣へと向かった。
ことの発端は些細なことだった。三人の通う大学の学部は、たまたま同じ時期に西日本方面の
新入生歓迎の研修旅行が予定されていた。セフィーロでのお茶会のあと、三校の研修旅行の
しおりを見ていた海が最初にそれに気づいた。
「あら、関西での自由行動日、三校とも同じじゃない。それに、みんな大阪にいるのね」
「じゃあ、あちらで逢うこともあるかもしれませんわね」
小学生のようにピンと右手を挙げて光が言い出した。
「はい、はい、はい!スケジュールあわせて、通天閣に行こうよ!」
「つーてんかく?何よ、ソレ」
綺麗な眉を寄せた海に、風がにっこりと笑いかける。
「大阪で言うところの、東京タワーのようなランドマークのひとつですわ。でも、特別なものは
なかったように思いますけれど…」
「私、高いところの展望台から望遠鏡で眺めるのが大好きなんだ!」
そういえば初めて出逢ったときもやっていたし、ランティスに空駆ける精獣エクウスで連れ出して
もらうのが好きなのはそのせいかと、海と風が得心する。
「しょうがないわね。こればっかりは同じ班の子の承諾が要るから即答は出来ないけど、その
方向で調整してみるわ」
「私も同行の方々にお願いしてみますわ」
「やった!私もグループの子にお願いしてみる。上手くいくといいなぁ」
そうして三人で都合をつけて、今日の会合に至った。
「海ちゃん風ちゃんはこのあとどこに行くんだっけ?」
「私は、このあと新大阪から新幹線で東京に戻りますの」
「私は夕方から京都で『舞妓さんとお茶屋遊び体験』よ。そのあと神戸からのんびり船旅で沖縄
行き、帰りは飛行機で東京に戻るの」
「うわぁ、お金持ち私立はやることが凄いね…。私は京都、奈良と行って、このあとは和歌山だよ」
「わ、和歌山ってどこだっけ?」
「海さん、地理は苦手ですか?和歌山は大阪の南に位置しておりますのよ」
にこりと指摘した風に、海がウッと詰まる。
「で、和歌山で何見るの?」
「高野山で修行だって」
「はぁ?」
「ウチの主任教授が上のほうの人と知り合いらしくて、精神修養しに行くんだよ。瞑想したり、
写経したり…。24キロほどの町石道(ちょういしみち)っていうのを8時間ぐらいかけて歩いて
高野山に登って、山頂で修行して、またそのあと熊野古道とかいう山道を9キロほど歩くんだ」
「それは…、なかなか体力勝負な研修旅行ですわね」
「船で移動するのもかったるいのに、山道を歩くですって?光の大学じゃなくてよかった」
「でも、そのあと白浜温泉やのアドベンチャーワールドにも行くんだよ」
「まぁぁ!なんて巨大な河豚の提灯!!私、串かつよりもてっさのほうが食べたくなってきましたわ」
関西の河豚の名店のワンボックスカーほどもある巨大な看板に目を瞠った風がそんなことを言い
出すと、海と光が慌てて首を横に振った。
「ゴメン、風ちゃん!まだバイトも始めてないから、私、そんな贅沢できないよ」
「てっさなら東京でも食べられるでしょ、風!ここはディープに新世界を攻めないと…」
「仕方ありませんわね。今回は諦めますわ」
「あ、あれだよね。東京タワーよりずいぶんちっちゃいんだ」
「東京タワーと違って、本当に街の真ん中にあるんですね」
「今日はいいお天気だから、眺めもいいだろうなぁ」
「遠くまで見えるといいわね」
5階の展望台まで上がると、足の裏を掻くとご利益があるという不思議な神様・ビリケンさんが
台座に納まって三人を出迎えていた。
「足の裏触られて、くすぐったくないのかなぁ…」
もっともなようなとんちんかんなような光の疑問に、海が苦笑した。
「神様だからいいのよ、きっと。それより何をお願いするの?」
「特にご専門はないようですわね。それならやはり留年せず卒業でしょうか」
小首を傾げた風に、海が軽く肘鉄砲を食らわせた。
「よく言うわ。風なんて一番余裕のクセに」
「私は真剣にお願いしておくよ。この際、神様でも何でも頼りたいもん。高校の進路指導の先生
にも担任の先生にも、『奇跡はいつまでも続かないぞ』って言われちゃったから」
「光ったらものすごい高望みだったものね。ダブらないように神様頼って頑張んなさい!」
グサグサと突き刺さる海の言葉にしょげ気味の光に、風が慌てて声をかけた。
「あ、ほら、光さんのお目当ての望遠鏡がありますわよ」
「土地勘ないし、どこが見えてもイマイチ解らないと思うんだけど」
「あはは、そう言われちゃうとあれなんだけど。でも、なんか楽しくない?初めて東京タワーで
出会った時、私が望遠鏡覗いてて、風ちゃんが追加の料金出してくれたんだよね。なつかしいなぁ…」
「それで光が風にお礼を言いに行こうとしたときに、私が横切ったんだっけ?」
そしてまばゆいばかりの閃光に包まれて、三人の異世界冒険譚が始まったのだ。つらいこと、
悲しいこと、大好きな人たちとの出逢い、――そしてたったひとりの大切な人を、それぞれがみつけた。
「ここで三人が手を繋いで、チゼータに飛べたら面白いのになぁ」
のんきに笑う光に海が苦笑した。
「そんなにあちこち繋がってる訳ないじゃない」
「試してみますか?」
「本気で願わなきゃダメだよ?海ちゃん風ちゃん」
そして三人は手を繋いで目を閉じる。
「「「チゼータへ!!」」」
その日の夕方の関西ローカルニュースは、通天閣周辺の怪光現象を大きく取り上げていた。
まばゆいひかりに包まれた瞬間、風が呟いた。
「一度目のエメロード姫と二度目のモコナさんの招喚のときは、クレフさんの精獣のフューラさんが
迎えに来てくださって、その後はずっと城の広間に飛んでいましたけど…、チゼータに飛んだ場合、
いったいどなたが迎えてくださるんでしょう…?」
「風っ!!そういう疑問は、手を繋ぐ前に口にしてーーっっ!」
「大丈夫!きっとなんとかなるって。姫たちの精霊が助けてくれるかもしれないよ」
「光の『大丈夫』は信用できないわっ!だいたい、私はあのマッチョは嫌いなんだってばぁぁぁ!!」
目もくらむようなひかりが収まったときには、もう三人の眼下に水面が広がっていた。
「わあっ!」
「いやーっ!」
「きゃっ!」
ザッパーンっっ!!と三人がド派手な水しぶきを上げるのを見て、その場に居合わせた二人の
女性が目を丸くした。高高度から水面に叩きつけられる衝撃はなかったものの、覚悟する間もなく
水に落とされたせいで思いっきり水を飲んでしまい、三人揃って涙ぐむほどゲホゲホとむせ返っていた。
「ゲホッゲホッ、あ、あったかいね、ゲホッ、ここの水。お風呂みたいだ、ゲホッ」
まだ目を閉じたままむせている光が、至極的確なことを言っている。
「足がつく深さで、コホッ、助かりましたわ」
風は着水の衝撃で眼鏡を飛ばしてしまい、手探りで探しながらそう言った。
「これのどこが、ゲホゲホッ、大丈夫なのよぅ、光〜っっ!」
まごうことなく見覚えのありすぎる三人の闖入者に、その温かい水場の主のひとりが叫んだ。
「お、お、お、お前らは、どっからわいて出とるんじゃいっっ!?」
「タータ!こ・と・ば・づ・か・い!」
人差し指を立ててのほほんと笑ってる姉姫タトラに、妹姫タータが噛み付く。
「姉様ぁ〜っっ!」
聞き覚えのある声とやり取りに、ようやく落ち着きを取り戻した三人が目を向けた。
「タータ!タトラ!うわぁ、ひさしぶりっ!」
「まぁ、本当にチゼータに来られたんですね」
「これはやっぱり大阪弁つながりってことなのかしら…?もしかしたら、どこかにオートザムや
ファーレンに飛べるスポットもあるんだとか…?知りたいような知りたくないような…」
唸っている海をよそに、突然降ってわいた三人に動じることなく、タトラはニコニコと笑っていた。
「お風呂に入るときには、お洋服は脱いだほうがいいんじゃないかしら?」
「ごっ、ごめんなさい!ところで、ここは本当にチゼータなんだね?」
「あのなぁ、どこかも解らずに飛び込んできたのか?ここはチゼータ本国宮殿の私たち専用の
露天風呂だ。冗談抜きで、お前ら、どこからわいて出たんだ?」
「私たち、地球でタータさんとよく似た言葉を話すかたの住んでいらっしゃる地域に居たのですけれど、
そこから試しに飛んでみたらここへ出てしまいましたの。本当に飛べるとは思ってませんでしたから、
突然失礼致しました」
風がタトラに深々と頭を下げて非礼を詫びた。
「うふふ、あなたがたがお客様ならいつでも大歓迎よ。そのお洋服はこちらで乾かして差し上げますわ。
せっかくですから、あの方たちにもお逢いになるとよろしいんじゃなくて?」
「「「あの方たち?」」」
誰のことだろうと顔を見合わせた三人に、姉姫はいたずらっぽく笑った。
「お逢いになれば解りましてよ。乾くまでの服はこちらで用意させるわね。うふふふっ」
いったい何をたくらんでいるのか、タトラはとっても楽しそうに笑っていた。
「お前な、仮にも国賓として招かれてるんだから、その仏頂面をなんとかしろ」
普段より装飾品の多い正装に身を包んだ明るい緑の髪の王子が、背の高い、やはり正装に身を
包んだ黒髪の青年に小声で言った。
「そんなつもりはない。これが地顔だ」
国の最高位の導師の名代、兼、王子の護衛を命じられたときから、その黒髪の魔法剣士はかなり
機嫌が悪かった。
「ファーレンはそうでもないのに、なんでかいつもこっちは嫌がるよね、ランティス」
王子の随員として同行している大きな帽子をかぶった少年がくすっと笑って、ランティスと呼ばれた
黒髪の男にジロリと睨まれ口を噤んだ。
その三人の男とは、チゼータ国王在位三十周年記念式典に招かれたセフィーロ国のフェリオ王子と、
導師クレフの名代の魔法剣士ランティス、そして随員を仰せつかった招喚士アスコットだった。
「まぁ、ご在位三十周年なのですか?それはおめでとうございます」
「それでなんだかにぎやかなんだね」
「今日は記念式典のある日だからな。各国からの来賓が祝ってくれているんだ」
誇らしげにそう告げたタータに、海はまだぶつぶつ文句を言っていた。
「…ううっ、せめておなかの出てない服にして欲しいわ、ホントにもう…」
三人が貸してもらった服は、当然のことながらチゼータの民族衣装だった。海は胸ぐらいまでしか
隠れない青い超ミニTシャツに、白くて透けそうな生地の前が短く後ろのやや長いミニスカート、
風は緑を基調としたタトラの色違い、そして光の格好はといえば、赤を基調としたタータの色違いで、
しかもスカートにもならないひらひらはタータのものより遥かに短く、ほとんどビキニ同然の姿だった。
「海ちゃんのはまだマシじゃないか。私なんかビキニなんだよ!?ビキニっ!」
「なんやその言い種!私とおそろい着るんが気に入らへんっちゅーんか?!」
自分の服装をけなされたように感じたタータが光に食ってかかった。
「タータったら…、お・こ・と・ば♪」
その場を和ませてるのか、火に油を注いでいるのかよく解らないタトラの言葉も終わらないうちに、
慌てて光が言い繕った。
「タータはスタイルいいから、この格好が似合うんだ。私なんか出るとこ出てないから、うっかり腕を
上げたら、トップスずれちゃいそうなんだもん。おへそが出るぐらいなら私は気にしないから、
海ちゃん取り替えて!」
「いやよ!私もその格好はちょっと自信がないわ」
わいわい言い合う二人を見守るタトラに、姫付きの女兵士が近づいて告げた。
「姫様、謁見のお時間です」
「ありがとう」
近侍ににこりと微笑むと、タトラはどこから取り出したのか小さなシンバルをシャーンと打ち鳴らした。
「はぁーい!そこまでよ!謁見の時間だから着替えてる暇はないわ。そのままで行きましょうね」
ホッとした表情の海と、べそでもかきそうな光を交互に見て、風は困ったような笑顔を浮かべていた。
姫たちの少し後ろを歩きながら、相変わらず情けない顔をしている光を二人が宥めていた。
「海水浴に来てると思われればよろしいのではありませんか?」
「…ビキニなんて着たことないよ」
「ほらほら、いつまでもそんな顔しないで。国王陛下との謁見ともなれば正装しない訳に
いかないんだしさ」
あれからさらに装飾品を山ほどつけられ、正直重たいぐらいだった。 大きな扉の前で姫たちが
くるりと三人に向き直り、声高らかにのたまった。
「「いでよ、我が守護精霊、ジン!」」
「んぎゃ、マッチョ喚ばないで〜!」
「室内に収まるんでしょうか」
「相変わらずキメポーズやるんだね…」
精霊たちを動かすために舞いはじめた姫たちを見て、風がしみじみとつぶやいた。
「私たち、与えられたのが魔神で助かりましたわね」
「同感だわ」
「あははは…」
姫たちの舞いが終わると、青い精霊は象に、赤い精霊は馬車ならぬ象の背の箱に姿を変えていた。
「さぁ、あなたがたはこの箱に入ってくださいな」
ニコニコと告げたタトラに、海が引き攣った。
「うっそー!それだけは…」
「もう謁見の時間なんだ。細かいこと、気にすんな」
「こちらの謁見の作法なのかもしれませんね」
「郷に入っては郷に従え、だよ。海ちゃん、諦めよう」
「光があんなこと言い出すから〜!」
「大阪に戻ったら、たこ焼きおごるよ」
「約束だからね」
そうして三人は文字通りの箱入り娘になってその扉をくぐった。
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