j u m p ! vol.2
相変わらず仏頂面のランティスが、何かの気配を感じて顔を上げた。
「ヒカル…?」
「お前な、そういう現実逃避は危ないぞ」
王子の言葉にしかめっつらで応え、ランティスはまだ気配を探っていた。光ひとりだけなら、
ごくごく近い気を持った者と間違えることも絶無とは言い切れないが、魔法騎士の三人揃って近い
気を放つ者が現れたりするだろうか。しかも現れかたも唐突なら、消えかたもひどく唐突だった。
「ヒカルは、てゆーか三人とも今頃ケンシュウリョコウのハズだよね」
「お茶会のとき『タビノシオリ』とかいうやつを楽しげに見てたよ」
お茶会にはほぼ欠かさず出席しているフェリオが、アスコットの言葉に補足した。
「それは解ってるんだが…」
「まあ、予定外に姫たちの謁見まで入っちまったが、気を遣う相手じゃないだろ?しょっちゅう
お茶会で顔を合わせてるんだし」
ぷぷっと吹き出しながら、アスコットがまぜっかえす。
「お茶会の五回に二回はランティスがすっぽかしてるけどね」
「人聞きの悪い…。仕事の都合だ」
二回のうち一回は昼寝だろとフェリオがツッコミを入れようとしたとき、シャーンとシンバルが鳴り
響いた。
「タトラ姫さま、タータ姫さま、おなぁり〜!」
姫付きの女兵士の声に合わせ、ひざまずいていたフェリオたちが右手を胸に当て頭を垂れる。
幾重にも重ねられたカーテンの向こうから、チゼータの二人の姫たちが現れた。
「本日は国王在位三十周年記念式典にご列席賜りありがとうございます。セフィーロからは
遠かったでしょう?フェリオ王子」
「このような良き日にお招きいただき慶賀の念にたえません。長きにわたりチゼータを治めて
おられる陛下は、私にとってはよき指針であられます」
タトラの言葉に王子らしく祝辞を述べたフェリオに、タータが喚いた。
「ああもう、お前らまで堅っ苦しいのはやめんかいっ!肩凝ってしゃあないっちゅーねん!」
「タータったら、こ・と・ば・づ・か・い!」
「姉様っ!でも祝辞を聞くために呼び止めた訳じゃないじゃないか!」
「うふふ、それはそうね。遠路はるばるお越しいただいたあなたがたに、素敵なプレゼントが
ありますのよ。お入りなさい!」
タトラがパァンと手を打ち鳴らすと、姫たちが出てきたカーテンの向こうから背中に赤い箱を載せた
青い象がのしのしと入ってきた。
『あれは…』
心でつぶやいたフェリオにランティスが答えた。
『変化(へんげ)はしているが、姫たちの精霊だな』
『あれプレゼントされても、…ちょっと困るよね』
確かにアスコットの言うように、あれを招喚することにはランティスも抵抗感が大ありだった。
『三人に二つじゃ数が合わない…』
首を捻ったフェリオにランティスがつぶやいた。
『第一、守護精霊はチゼータの王族とともに生まれるものと聞く。それを他人に渡しはしないだろう』
疑問符飛ばしまくりの三人の前まで来ると、青い象は絨毯のようにひらべったく広がった。一体
何が始まるのかと見つめる三人の前で、びっくり箱のように赤い箱が開き、三人の娘たちがポンっと
放り出された。
「わぁっ!ええっ?!ランティスっ!?」
「いやーっ!ア、ア、アスコット?!」
「きゃっ!フェリオ!?」
「…!」
「ヒューッ!これはこれは♪」
「うっ、鼻血が…っ」
六人の反応にニヤニヤしているタータが言葉を口にする前に、ランティスが動いた。
「失礼!」
ランティスは大きなストライドで歩み寄る間にマントを外すと、両腕で身体を隠すようにへたり込んで
いる光をふわりと包みこむ。羞恥心から涙ぐんでいる少女に、ランティスは耳元で優しくささやいた。
「もう、大丈夫だから」
小さく頷く光をお姫様抱っこで抱え上げると、ランティスはいたずらな姫たちをひと睨みしてさっさと
謁見の間を出て行った。
「あらぁ、気に入ってくれなかったのかしら」
小首を傾げたタトラにフェリオが笑った。
「いやぁ、あいつは朴念仁ですから、洒落が通じなくて…。俺はフウの新たな魅力を発見
出来ましたよ」
「フェリオったら…」
フェリオの言葉に風は頬を赤らめる。
「アスコット、暑さでのぼせちゃったの?」
「え?あ?そうかな。ははは…」
不覚にも海の大胆な姿に鼻血を出してしまったアスコットは、海のピント外れな言葉に笑って
ごまかしていた。
地球でいうところの南国ムード満点のジャングルのような中庭までくると、光がランティスを止めた。
「ランティス!ランティスってば!」
「どうした?ヒカル」
「謁見、放り出してよかったのか?」
「もともと姫たちとの謁見は予定外だ」
フェニックスの木モドキの根元に光を下ろすと、ランティスも隣に座った。微かに濡れた睫毛に
触れて、ランティスが苦笑する。
「お前たちのケンシュウリョコウのコースには、チゼータまで入っているのか?」
「まさか。旅行先にタータやカルディナみたいな言葉を話す地域があってね、飛べるかどうか
冗談半分で実験したら、ホントに飛べちゃったんだ。ただ姫たちのお風呂に落っこちたから、服が
ずぶ濡れになって、いま乾かしてもらってるとこ」
「無茶なことをするやつだ」
「ごめんなさい」
上目遣いにランティスを窺う光の愛らしさに、それ以上は何も言えない。
「いや。…あまり贈ったことはなかったが、きらびやかな装飾品も似合うんだな」
もしも自分が柱制度に疑問を抱かないままで、光が歴代同様の柱であったなら、その身を飾る
宝飾品を献じずにはいられなかっただろう。柱の座に就いた時でさえ、光には王冠のひとつも
なかったけれど。
「そうかなぁ?着け慣れないから重くって。『謁見』っていうから、てっきり国王陛下のところに
連れていかれるのかと思ったんだ。それで正装させられてるとばかり…。でも、逢えてよかった」
「…ヒカル…」
まっすぐに見つめる紅玉の瞳が静かに閉ざされると、ランティスは光を抱き寄せてくちびるを重ねた。
抱き寄せられた拍子にマントが肩からするりとはだけ落ち、光は慌てて両手で掴んで巻き付けようと
したものの、ランティスの身体ごと巻いてしまっていた。
『ええっと、わ、私、ビキニだけでランティスに抱き着いちゃってる…っ!?』
ビキニ姿を見られた時以上の恥ずかしさにあわてふためく光を構いもせず、ランティスはジタバタと
もがく光のくちびるをむさぼり続ける。
「んん、ふっ…」
バレンタインデーに初めて教えられたとろけるような深くて甘いキスに、光は思考力を奪われていく。
いつも優しく頬を包んでくれるその掌の大きさも、しっかりと抱きしめてくれるその腕の逞しさも、
光は十分に知っているはずだった。それなのにいま剥き出しの背中や肩に触れるランティスの
大きな掌と逞しい腕の熱さに、光はもうどうしていいか解らなくなっていた。
『この腕に抗うことなんて、出来ない…』
光を抱きしめる左腕にいっそう力がこもり、右手は背中の一点で踏み越えるかどうかを少しだけ
躊躇っていた。そしてランティスの右手が動きかけたとき、大音量のシンバルに二人だけの世界は
ぶち壊しにされ、二人はビクリと身体を離した。
「迷子のお呼び出しを申し上げます。獅堂光さま、ランティスさま、お連れのかたがお待ちです。
至急、姫さま謁見の間までお戻りください」
「光ーっ!服が乾いたから帰るわよ〜!」
「ランティス!NSXで送ってもらうんだから、とっとと戻ってこいよ!」
「いくらヒカルの姿が悩殺的でも、その気になっちゃダメですよ〜!」
南国の鳥に擬装されたスピーカーから流れる声に、光とランティスは期せずして同時にがっくりと
うなだれた。
「風ちゃん、海ちゃん…。イーグルまで酷いや」
「王子はともかく、イーグルまでどうして…。スピーカーであんなこと言うな…」
図星だっただけに、言いふらされたのがグサリと痛かった。
「…これだからチゼータは…」
苦々しげにつぶやいたランティスの両手を包んで、光が笑いかけた。
「戻ろっか?」
「そうだな」
光が包んでいた手を解いて、ランティスは両手で頬を包みこみ、額に、顎に、両頬に軽くくちづけた。
「旅の安全を祈るまじないだ」
「じゃあ、私にもさせて…」
光は小さな両手でランティスの頬を包み、額に、顎に、両頬にと小さなキスを贈る。
そうして二人は手を取り合って、旅の連れの待つ場所へと戻っていった。
光とランティスが姫たちの謁見の間に戻ると、海と風は一足先に着替えを済ませていた。
「あ、二人ともずるいよ!」
「光がランティスと逃避行なんかしてるからよ」
ぷーっとふくれっ面になった光に、海がしれっと言い放つ。
「あちらの控えの間でお着替えなさいな」
「はい」
タトラに促され、ランティスのマントで身を包んだまま控えの間に姿を消した光に、イーグルが呟く。
「ヒカルがチゼータの衣装を着ているところを、僕も是非とも拝見したかったんですが…。あ、
そんなに睨まないでくださいよ、ランティス」
「いまここで雷を落として欲しいなら、素直にそう言え」
「それは遠慮します。三国間の外交問題に発展しかねませんからね。…でも、惜しかったなぁ…」
「何か言ったか?」
「いえ、別に」
イーグルとランティスの言い合いをタトラがにこにこと聞いていた。手早く着替えて出てきた光が、
綺麗に折りたたんだマントをランティスに手渡した。
「これ、ありがとう。私たちは姫の専用スペースから飛ぶから、今日はここでお別れだね」
「今度はセフィーロで逢おう」
大きな手で光の柔らかな髪をくしゃりと撫でながら、ランティスも別れを告げた。
「ヒカル。次はオートザムに飛べるポイントも探してくださいね」
「危険なことを唆すな、イーグル!」
「あははは、叱られちゃったね、イーグル」
「いや、ヒカルにも言っているつもりなんだが…」
光たちならきっとそのうちやるだろうと、なんとなく思わなくもないランティスだった。
「フウ、またな」
「来週末には伺いますわ」
そこここで、遠距離恋愛の恋人達がしばしの別れを惜しんでいた。
「アスコット、もう鼻血は大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ。ウミも旅行楽しんできてね」
「じゃあ、またね!」
大きく手を振りながら光たちはタトラ姫たちに先導されて謁見の間をあとにした。
NSXの発進準備待ちの間、コマンダー私室でイーグルはランティスをもてなしていた。
出されたお茶に手もつけず瞑目していたランティスが、ふと微笑を浮かべた。
「いま、帰ったようだ」
「チゼータ訪問を固辞しないでよかったですね、ランティス?」
二人の不在の間に王子にでもいきさつを聞いたのか、イーグルがにこにこと笑っていた。
「まったくだ。何を思いつくか判ったもんじゃない。危険なところに出たらどうする気なのか…」
「それでもなんとかなりそうな気はするんですけどね、あの三人なら…。それはそうと、ランティス」
淹れられたお茶のカップに目線を落としていたランティスが、イーグルのほうに視線を上げる。
「あまり目立たない色なんですけど…、ヒカルのリップグロス、付いてますよ」
とっさに拳でぐっとくちびるを拭ったランティスに、くすくす笑いながらイーグルがフォトフレームを
ミラーモードにして差し出した。額は前髪で隠れて見えないものの、両頬と顎に薄く小さなキスマークが
残されていた。
「…これは、旅の安全を祈るまじないだ」
「へぇ、そんなおまじない、セフィーロにありましたっけ?」
いかにも疑ってますという風情のイーグルの視線に、ランティスはふいっと顔を背けた。
「お前が知らないだけだろう」
「ふうん。でもまぁ、それならそのままにしておいたほうがいいですね。いっそオートザムまで
そのまま来ませんか?」
「…イーグル…」
「冗談ですよ。でもザズに見つかるとうるさいですから、セフィーロにつくまでここで籠もってて
下さいね。僕は艦橋に戻ります」
シュンっとドアが閉じる音を聞きながら、ランティスは天を仰いだ。
「これでまた、当分からかわれるな…」
大阪のランドマーク・通天閣がふたたびまばゆい光に包まれて、展望台に三人の娘達が姿を現した。
「無事到着っ!」
「所要時間は…、1分ほどでしたか」
「さぁ、光!約束どおり有名店のたこ焼き、おごってもらうからね!」
おごってもらう気満々の海に、光が苦笑した。
「その前に、お昼ご飯に串かつ食べに行こうよ」
「通天閣界隈の名物ですものね」
「ふっふっふっ。お店はバッチリ調べてきてあるわ〜。行きましょ!」
海が手にしたグルメガイドを覗き込みながら、三人は地上へ降りるエレベータへと消えていった。
「ああっ!」
「どうかしたの?獅堂さん」
翌日、高野山へと登る町石道をふうふういいながら歩く途中で素っ頓狂な声をあげた光に、
同級生が声をかけた。
「通天閣で、望遠鏡覗くの忘れてた…」
「やだ、何しに通天閣に行ってたのよ」
くすくす笑う級友に、光はペロリと舌を出した。
「えへへ。ちょっと、ね」
2010.2.14
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
新世界…通天閣のお膝元界隈のこと。異世界の親戚じゃありません(念のため)
東京タワーからセフィーロへ飛べるなら
古都つながりで京都タワーからファーレンへ
大阪弁つながり(笑)で通天閣からチゼータへ飛べるんじゃないかと
ふと思ったことがひとつ。
(オートザム向きのカッコいいハイテク感のあるところ、どこかありますか?)
それに加えて、ランティスx光同盟に参加されている
落霞紅[ラオシアホン、Louxiahong]さまの ここから で拝見した
「土地の水」という作品にインスパイアされました。
(作中のイーグル同様、画面のこちらで大爆笑しておりました)
ランティスには確かに着て欲しくないチゼータの民族衣装ですが
それを光ちゃんに着せちゃったら、さぁ、どう出る?みたいな
(人前に出したくないけど、自分だけならOK的な…←そりゃそうか・笑)
それにしても、躊躇ってたばかりにまたオアズケです(爆)
チゼータっぽい感じが欲しくて色々探してこんな壁紙を選んでみました
もっと薄い色のパターンもあったんですが、こっちのほうがらしいかなと…
あえてこの色調を選びました
ちょっと読みづらいかもしれません(≧≦)
文字色を変えればよかったのかな、うーん…
こちらの壁紙は壁紙TANK さまのをお借りしています