IF YOU vol.1
八月八日 ―― 獅堂 光、二十歳。
光がランティスと出逢ってから、これが六度目の誕生日。今日だけは絶対にランティスと一緒に過ごしたいと、光はずっと
以前から心に決めていた。
セフィーロに来るようになってから、誕生日は家族と祝う年とセフィーロのみなに祝ってもらう年と半分半分ぐらいになっていた。
優や翔は文句を言っていたが、覚が理解を示してくれていたからこそ叶えられたことだった。
セフィーロ城の広間に、きらきらした光の柱が現れ、その光はやがて三人の娘達の姿になる。広間でパーティの準備をしていた
カルディナが、その姿をいち早く見つけて駆け寄ってきた。
「あぁ、やっと来た!待ってたんやで。ヒカル、二十歳の誕生日、おめでとうさん!」
いつも情熱的なカルディナは、光達がセフィーロを訪問するたび熱烈歓迎してくれる。(毎週末訪れてるようなときもそれは
変わらない) スキンシップが豊かなほうなのでハグは日常茶飯事で、ことにちっちゃい光はカルディナの豊満なバストで
窒息しそうになることもしばしばだ。
「今日はまた、いつもとちごうて、えらい色っぽいやないの。こぉんなヒカル見たら、ランティスもクラクラするんちゃう?」
うふんっと意味深に笑ってひじ鉄をするカルディナに、光は真っ赤になって否定する。
「そ、そ、そんなつもりじゃないてば!」
「この場は女ばかりなんだから、素直に白状なさい、ヒカル」
プレセアが言うように、今、広間に居るのは光達のほかはカルディナとプレセアだけだった。
「ランティス達、出かけてるの?」
「心配せんかて、こんな特別な日にあの兄ちゃんが出掛ける訳あらへんやろ。別室で会議しとるだけや。殿方連中は」
「忙しいのにお祝いしてもらうの、悪いみたいだ…」
「何言ってるの。みんなヒカルが大好きだからお祝いしたいのよ。それにしても、ヒカルにしてはずいぶん思い切ったわね、
そのドレス」
「光が自分で選んでちゃ、ここまで弾けられないわ。光の希望も取り入れつつ、私が見立てたのよ」
いかが?と自慢げな海に、光が慌ててつつ、けれども恥ずかしげに小声で付け加える。
「わ、私はその、真っ白な、ちょっとだけウェディングドレスっぽいのがいいなって言ったけど、これはかなり、えーっと…」
「はいはい、照れない、照れない。このぐらい大胆な格好なら、その気になると思うんだけどなぁ。イマイチ読めないのよね、
ランティスって」
うーんと唸っている海に、にっこり微笑みながら風がとりなす。
「光さんのことを、とてもとても大切なさってるんですわ」
「あら、じゃあフェリオは風を大切にしてないとでも?」
暗にそういう間柄であることをからかわれた風が頬を染める。
「そんなことありませんわ。いやな海さん」
「王子とフウは歳が近い感じやから、自然にそないなれたんやろうけど、ヒカルとランティスはあれやからなぁ…」
ランティスによる『ケッコンしたいやつはいるのか?』発言と、それに対する光の『ランティスとイーグル!』発言は、
怒り心頭のプリメーラに言い触らされて、セフィーロ城のみなの知るところとなっていた。それを聞いた頃、カルディナなどは「ヒカルに
プロポーズやなんて、ランティス、そりゃアンタ犯罪やで」と思ったものだ。(怒らせると怖いので、もちろん面と向かっては言えなかったが)
やがて光の気持ちが誰の目にも明らかなほど真っ直ぐにランティスへと向かい始めて「両想い」になってからも、恋人同士というより
子供と保護者というのが実態に近い感じだった。同い年の海や風よりどうにも幼く見えてしまう光と、地球人の二十代半ばから
後半ぐらいに見えるランティスでは、「これが日本なら、間違いなく青少年保護条例違反容疑でランティスが職務質問されるわね」と
海に言われる有様だった。
「別にね、そういうことしたいって訳じゃないんだけど…、まだ子供だと思われてるのかなぁ」
しょんぼりとした様子の光が可愛くて、カルディナが豊かな胸にぎゅうっと抱きしめる。
「プリティでキュートなヒカルにこないな顔させるやなんて、ほんまにしゃあない朴念仁やなぁ、ランティスは」
「俺が何かしたか?カルディナ」
開け放たれていた広間のドアのところに現れたランティスに、際どいことを話していた光達は幾分慌ててしまっていた。ことに光を
抱きしめていたカルディナは、たとえそれが同性でもランティスの機嫌が悪くなることを知っていたので余計に焦っていた。自分の
身体の影になっているドレスアップした光をよく見せようと、踊り子らしくくるりとターンして、左手で光の右肩を押してランティスのほうに
トンと軽く突き飛ばしたとき、しゅるりとさやかな音を立てて、シルクサテンのリボンがほどけた。
「きゃあっ!」
光があらわになりそうな胸元を押さえてペタリとへたり込み悲鳴を上げるのもどおりで、カルディナの腕輪が引っ掛けてほどいて
しまったのは、光のホルターネックになったドレスの、前身頃をうなじで止めていたリボンだった。
あまりのアクシデントに見ていたカルディナ達はもとより、ランティスも完璧に硬直していたが、光の悲鳴を聞きつけたラファーガ達の、
「何かあったのか!?」と足早にこちらへ急ぐ気配に、真っ先に我に返って行動を起こしたのはランティスだった。大きなストライドで光に
歩み寄ると、さっとマントを広げてラファーガ達の眼に入らぬように覆った。覆いこんでいる本人も光のほうを見ないように目をそらし、
そらした先で目が合ったプレセアに、「すまないが直してやってくれ」と溜息混じりで頼み込んだ。
プレセアがリボンを結び直す間、カルディナは光の手をとって平謝りに謝っていた。
「ヒカル、わざとやないんよ!堪忍して、な?ランティスも堪忍や」
「大丈夫だよ、カルディナ。私こそこんなぐらいで騒いじゃってゴメンね」
「何故、俺にまで謝る…?」
「そら、こないなことしてええんは、ランティスだけやろうから、一応な」
「…」 (そんなことをしたことはない、とも言えない…)
「カ、カルディナ!?」
さっきの話まで持ち出すのではないだろうかと、光はどぎまぎしてカルディナを止めにかかる。
ランティスより遅れて(というより、光逢いたさにランティスが協調性の欠片も無く、一人でさっさと来ていただけというべきか)広間に
姿を見せたラファーガやフェリオが、マントを広げてそっぽを向くようにして突っ立っているランティスに、怪訝なまなざしを送る。
「さっきの悲鳴はなんだ?」
「何やってんだ?ランティス」
ラファーガやフェリオが口々に問うが、ランティスはそっけない。
「別に…」
少し遅れてやって来たクレフやアスコットも何事かと目を丸くしている。
「ヒカル、もう少し背筋を伸ばしてみて。はい、もう大丈夫よ」
プレセアは光のホルターネックのリボンを綺麗に結び直してやった。
その声に誘われてようやく視線を光に向けたランティスが、光の手を取って立ち上がらせる。
「ありがとう、プレセア。ランティスもありがとね。…えーっと、その、こんにちは」
まだ動揺してるのか、困惑顔のランティスにたじろいだのか、光のあいさつもなんだか間が抜けている。
「…それは、ずいぶんと物騒な服だな、ヒカル」
「「物騒って…」」
女性陣の脱力したようなつぶやきが広がるが、それを意に介するランティスではなかった。
「何か羽織る物は無いのか?」
そう光に問い掛けるランティスに、海が横から口を出した。
「それはそのままがいいのよ。さっきみたいに何かひっかけたりしなきゃ、ほどけたりしないわ」
まだ渋い表情をしているランティスが、自分の白いマントを外した。
「あのね〜、こんなにちっちゃい光が、馬鹿でっかいあなたのマントなんて羽織れるはず…」
せっかくの見立てにケチを付けられた海が抗議の声を上げかけて、ランティスのマントをふんだくる。縦に横にと見分すると、
パッと顔を輝かせて風を呼び寄せた。
「風!ちょっと手を貸して。ランティスは邪魔になるから離れてて」
「いったい何をなさいますの?」
衆人環視の中、光は少し戸惑い顔で海と風にされるがままになっている。海はマントの縦横を変えると、綺麗にタックをとりながら、
マントの留め金具を使って形を整えた。
「これならどう?ランティス」
「あぁ」
「ウチが原因やねんけど、…なんやエライ路線が変わってしもうてへんか?ウミ」
「魔法騎士の時とは少し感じが違いますけど、でも、どこかで見かけたような…。そうですわ!紀元前マケドニアの少年王、
アレクサンダー大王のようですわね」
海は小声でつぶやくカルディナにウインクして、小首を傾げて微笑んでいる風には人差し指を立てて振ってみせた。
「さっすが風!鋭いわね」
「ア、アレクサンダー大王…?」
一大決心をして着慣れない服を纏い、挙げ句の果てがコスプレ扱いではあんまりだと茫然としている光に海が耳打ちした。
「あのままだとランティスがフリーズしちゃうから、少しめくらまししときなさい。せっかくの誕生日なんだもの、ギクシャクしてちゃ
楽しくないでしょ?二人きりになってからマントを返せばいいのよ」
「わかった。ありがと、海ちゃん」
コホンとひとつ咳ばらいをして、導師クレフがみなに声をかける。
「主役の衣装が整ったところで、始めるとしよう。ヒカル、二十歳の誕生日おめでとう!」
「「「おめでとう!」」」
口々に祝うみなの声に、光は少し恥ずかしげに隣に立っているランティスを見上げる。優しいまなざしに促されたように、
光はみなに向き直りペこりとお辞儀した。
「ありがとうございます。セフィーロのみんなにお祝いしてもらえて、すっごく嬉しいです」
「二十歳っていうのは、大人の仲間入りってことなんでしょう?お酒もOKなのよね?」
果実酒のデキャンタを捧げ持ってプレセアが問い掛ける。光はランティスの許可待ちとばかりにふたたび彼の顔を見上げた。
(こんなところが「子供と保護者」と言われる所以なのだが本人には自覚が乏しい)
「飲みなれてはいないのだろう?少しだけな」
「うん!ほんのちょっとだけね、プレセア」
「わかってるわ。ランティスもいかが?」
「いや、俺はいい」
城内の者はみなランティスの妙な酒癖を知っている。それでも勧めるのかとばかりに、ランティスは軽くプレセアを睨んだ。
ペロッと舌を出して、プレセアが朗らかに笑う。
「睨まなくてもいいでしょう?お酒はヒカルに少しだけ、ね」
「ランティスも飲めばいいのに。このあとお仕事?」
「いや…」
「ランティスはなぁ、ヒカルと二人っきりのときしか、飲みとうないんやて」
「どうして?」
カルディナの言葉に猫耳を出してきょとんとしている光を差し置いて、海がランティスに突っ掛かる。
「ちょっとぉ、いくら恋人だからって、酔い潰して…なんて、感心できないわよ」
「ちゃうちゃう!潰れるのはヒカルやのうてランティスのほうや」
「カルディナ!」
ランティスがじろりと睨んでみても、手綱を握る光が隣にいるときなら怖くないとばかりに、カルディナはその視線をあっさりと受け流す。
「前にオートザムの人らが来てたとき、あのちっこい兄ちゃん…えーと、なんちゅうたかな」
「ザズのこと?」
光の助け舟に、カルディナがポンと手を叩く。
「そやそや、そのザズに騙し討ちでえろう飲まされて、イーグルに抱き着いたまんま離れへんかったんや」
出来ることなら知られたくなかった悪癖を光に知られてしまったランティスは、眉間を押さえて溜息をついている。
「ランティス、お酒に弱かったんだ…。ちょっと意外かも」
「暴れる方よりはよろしいのではないかと…」
「それならあんまり外で飲むわけにいかないから、仕事の接待しなくてすむし、いいんじゃない?」
三人娘三様の受け取り方で、海などは完璧に日本のビジネスマンかなにかと勘違いをしている。
「セッタイ?酒を飲みながら仕事をするのか…?」
仮に光とともに東京へ飛べたとしても、自分のような酒癖があっては仕事に就くのも覚束ないのかと、ランティスは半ば真剣に
考え込んでいる。
「みんながみんなやってるわけじゃないよ。うちの兄様は接待なんかしないし…」
「そりゃ光のところは、道場だから特別よ。普通の会社員なら当たり前にやってるわ」
「ランティスは会社員なんかやらないからいいんだってば。そんなに気にすることないんだから、ね?」
光が呆れなかったことは良しとしても、こんな風に庇われるのはどうにも情けない気がするランティスだった。
プレセア達の心づくしの料理や海の手作りバースデーケーキでセフィーロ城の人々に祝ってもらったあと、広間をあとにして
廊下を歩きながら、ランティスはいつものように光を外へ連れ出してやろうなどと考えていた。
「ランティス、もうこれ取ってもいいかな?」
光はランティスに借りた白いマントをほっそりした指先でつまみ、ひらひらとさせている。
「あぁ」
肩のところでタックを止めていた飾りを、カチリと音を立ててランティスが外してやる。外されたマントを丁寧に畳み終えると、
光はくっとランティスを見上げた。
「あのね、大切な話があるんだ。…ランティスの部屋に行ってもいい?」
何かを思いつめたような光のまなざしに戸惑いながら、ランティスは光の肩を抱いて自分の部屋へと向かった。