IF YOU  vol.2 

 

 カーテンが開け放たれたままだったランティスの部屋には、皓々とした満月の月明かりが射し込んでいた。

 「うわぁ、満月だとこんなに明るいんだね。部屋の灯りつけなくてもいいぐらい」

 誕生日だからだろうか。広間ではゆっくり見るどころではなかったが、服装さえいつもの光とはかなり雰囲気が違っている。

うなじのところで大きなリボン結びを作っているホルターネックの、透けそうに薄く柔らかな風合いの白いワンピース。その

あらわになった華奢な肩のラインが、月明かりを纏うように煌めいてランティスをひどく落ち着かない気分にさせる。落ち着かない

けれど、このままずっと見ていたい、それよりもいっそのこと抱いてしまいたいという熱情がランティスの中でせめぎあい、窓辺に

佇む光に近寄れないでいた。

 「お城の外、きらきらしててすごく綺麗だよ、ランティス」

 その光の声で呪縛を解かれて、ようやくランティスが窓際へと歩み寄った。

 エメロード姫亡き後の荒廃した世界で避難所の役割を果たしていた城は、光が柱制度を無くした新生セフィーロでは「みなで

世界を支えていく象徴」として存在している。光達が「クリスタル細工みたい」と表現するその外観が、月明かりを反射して

幻想的でさえあった。

  「外に出ればもっとよく見えたと思うが…。それより、話があるのだろう?ヒカル」

  光からの「大切な話」…彼にとっては天と地ほどにも違う両極端な結果をもたらすに違いない決定的な言葉が彼女の声で紡ぎ

出されるのを、ランティスは静かに待った。

  体温が判るほどの、けれど、ほんの少しだけ離れて背後に立つランティスの気配を感じながらも、光は視線を外に向けたまま、

まだ言葉を口に出来ずにいる。

  重ねられてゆく沈黙の時間に、ランティスの中では不安要素ばかりが鮮明に浮かび上がる。出逢った頃から「テイキシケン」や

「ガクネンマツ」で、光達がしばらくセフィーロに来られないことはたびたびあった。二回あった「ニュウシ」のうち、「ダイガクニュウシ」

に至っては、一年近くもそんな状態が続いた。ようやくセフィーロに来て「やっとランティスに逢えた!」と満面の笑顔を見せてくれたと

思っても、いくらも話をしないうちに、病が重かった頃のイーグルのように、ランティスにもたれたまま死んだように眠り込んで一日が

終わることも多くあった。

 

 

  光達には光達の世界でやらなければいけない役割がある。家族のうちでは娘として、学校へ行けば友達として、社会の中では

学生からやがては一人前の大人として、某かの仕事を選び働いていく。

  高校の卒業式より遅かった第一志望の大学合格の知らせを受けて、一人でセフィーロに飛んできた光に聞かされたことが

ランティスの脳裡に甦る。中庭の、光が呼ぶところの「お昼寝の木」に並んで掛けながら、彼女はぽつぽつと話しだした。

 「大学に行くのは、セフィーロでいうなら弟子入りに近いかな?あ、ホントに弟子入りするお仕事もあるんだけどね。だいたい

高校の間にやりたい仕事の方向を見極めて、それに合わせた大学へ行くんだ」

 「ヒカルもやりたい仕事が決まっているのか?」

 「昔とは…、セフィーロに来る前とは違ってきてるけど。年長さんぐらいから漠然とやりたいなと思ってた仕事は出来なくなっちゃった

から。あ、年長さんっていうのは、中学の前の小学校6年間よりも前に行く、幼稚園ていうのに通う上の学齢のことなんだけどね」

 「俺が導師クレフに弟子入りしたぐらいの頃だな」

 「そういえばそうだね。ランティスは魔導師になりたかった?」

 何気ない光の言葉に、ランティスがしばし考え込んでいる。

 「どうだろうな…。ザガートはなりたがっていたと思うが。死んだ両親が魔導師だったこともはっきりとは判っていなかった気もするし」

 「それじゃ真面目にお茶淹れる気にはならかった…かな?」

 ペロッと舌を出してからかう光に、心外そうにランティスが溜息をついた。

 「ヒカル…、あの時と言ってることが違ってないか?」

 『ランティスはなんにも悪くない。ね?』――四年前のことなど、光は忘れてしまったのだろうかとランティスが考えていると、

あの日と同じように、彼の右手を光の両手が包みこんだ。

 「兄様に連れられて仕方なく来たなら、もしかして反抗したくなっちゃったのかなと、ちょっと思ったんだ。第一反抗期には遅い気が

するけど、セフィーロの人は長生きだから、少しずれてても当たり前って感じだし」

 ランティスには意味不明な光の言葉の中から、聞き取れたものを問い掛ける。

 「ダイイチハンコウキ?」

 「あぅ…。セフィーロには反抗期って無いの…?児童心理学はこれから勉強するんだけどなぁ…。うーんとね、産まれてから親の

言葉を理解出来るようになってしばらくは素直に言うことを聞くんだけど、段々自我が芽生えると片っ端から逆らいたくなる時期が

来るの。それの最初のが第一反抗期…って、こんな説明で判る?」

 「なんとなく判った。別に反抗したつもりはなかったが…」

 「じゃ、やっぱりランティスは悪くないね」

 「ヒカルはジドウシンリガクをやりたいのか?」

 「児童心理学はやりたいことの為の勉強の一つなだけだよ。高校の進路指導の先生には『お前の成績じゃ絶対無理だ』って

言われてた第一志望の国立に合格出来たのは、風ちゃんにかなりポイント絞って教えてもらったおかげなんだよね。風ちゃんが

文系に進路変更してくれてて、すごく助かったもん。ホントに頭が上がんないや。でもいくら国立大学の学費が安くても、先々を

考えたらバイトもしたいし、なるべく実習もしておきたいし…。私が五人ぐらい欲しいかも。分身の術って魔法はないのかな?」

  これから予想される忙しさに一人で百面相している光の横顔を、どこか寂しげな表情で見ていたランティスが微苦笑する。

 「そんな魔法はないし、あちらでは魔法を使えないのだろう?」

 「うん。だからちゃんと自分で頑張るしかないんだよね。自分で選んだことなんだから」

 光の赤いふわふわとした髪に軽く指を滑り込ませて、ランティスが静かに尋ねた。

 「もう、あまり来られなくなるのか?」

 「そんなことっ…。できれば週末には来たい。でも実習入ると日曜の行事もあるから、来られないこともたくさんあると思う。

…そんな中途半端な関係じゃ嫌かな、ランティスは」

 不安げに答えを待つ光をランティスはしっかりと抱き寄せる。

 「お前に出逢うまでに費やした時間に比べれば、五年や十年なんてどうということはない」

 「五年って…、それじゃダブってるよ。あ、そんなこと言っても判んないか。あのね、ちゃんと四年で卒業出来るように努力するから、

もう少しわがままさせてね」

 「わがままとは思わないが…。お前達の世界では、たった四年で修行が済むのか」

 とりあえず了承してくれたことに安堵しつつも、ランティスの疑問に光がくすっと笑った。

 「その辺がこちらの修行と違うとこかな。大学では基本的な勉強して、それから少し実習やって、資格試験と卒業論文にパスする

ところまでしかやらないんだ。あとは現場で実践あるのみ、だよ」

 「魔導書の基礎を押さえて、魔法詠唱を少しして、それで魔物退治に行けと…。なかなか過激だな」

 自分の立場に置き換えて考えているランティスに、光が苦笑した。

 「あっちにはそんな危険な職業って、めったにないから」

 

 

 そんな回想に囚われていたランティスの耳に光の呼ぶ声が届く。

 「ね、ランティス…。私って何?」

 『何』という光の言い方に、ほんの一瞬、ランティスの中にある言葉が浮かび上がるが、それを意志の力で押さえつけて光に

問い返す。

 「何、とは抽象的だな」

 「ランティスにとって、何かなってこと」

 「いまさら聞かなければ判らないのか?ヒカル」

 「判ってるつもりだけど…、もしかしたら私の勝手な思い込みかもしれないし、それだったら迷惑になっちゃうから」

 大切な話があると口にするからには何かを心に決めてきたとばかり思っていたのに、なぜこんなにも光は揺らいでいるのだろうと、

ランティスには不思議なほどだった。それでもそんな光が愛おしくてたまらないランティスは、彼女の背中越しに抱きすくめてささやき

かける。

 「『ケッコンしたいやつはいるのか?』と、お前に尋ねたあのときから、俺の気持ちは変わらない」

 「…じゃあ、もう一回訊いて」

 「ケッコンしたいやつはいるのか――?ヒカル」

 「ランティスと…」

 まさかあのときと同じように続く名前があるのかと内心穏やかでないランティスだったが、さすがにそれはなかった。

 「セフィーロで、ランティスと一緒に生きていくって決めたから。大学卒業したら、ずっとランティスのそばにいてもいい?」

 光を抱きしめていた腕の力を緩めて自分のほうへ向きなおさせると、片膝をついてランティスは光の手をとった。 

 「ヒカル…、お前の家族が出られなくても、きちんと結婚式を挙げよう」

 ひざまずいて改めてプロポーズの言葉をくれたランティスの姿に、「なんだか外国のお話みたい」などと頭の片隅で余計なことを

考えながらも、やっとここまできたんだという想いが光の心にあふれてきて、涙の雫になってこぼれ落ちる。その涙に焦ったのは

ランティスのほうだった。

 「ヒカル!?俺は何かお前を傷つけるようなことを言ったのか…?」

 どんなに危機的な状況でも動じることのない歴戦の魔法剣士なのに、どうしてこんなに慌てているんだろうと、光はおかしくなり

くすりと笑った。

 「やだなぁ、嬉しいから泣いてるんだよ」

 「ヒカルは泣き虫だな」

 「泣き虫は嫌いか…?」

  「いいや…」

 ランティスの大きな右手が光の左頬を撫で、耳の下を掠めてうなじへと回される。これまでに見たことがない、ランティスの痛いほど

真剣な、熱を帯びたまなざしが、光を甘く射竦める。

 「愛してる」

 低く優しい声が告げた最後の音は、重ねられた唇を震わせて砕け、さらに深く激しい口づけが、光の身体から立っていられない

ほどに力を奪ってゆく。おずおずとランティスの背中に回された光の両手が、縋るようにぎゅっと服を掴むと、それを合図にして

ランティスは白い大きなリボンを解いた。

 

 

 

 

 右の二の腕と脇腹のこそばゆい感覚にランティスが目を覚ます。くすぐったさの訳は、彼の腕の中で規則正しい寝息を立てている

光の吐息に揺れる髪が触れるせいだった。閉じきっていないカーテンの隙間から射し込む月明かりが、一糸纏わぬ姿のままの光の

肌の白さを浮き立たせている。軽く背中に触れるとさすがにひんやりとしていたので、左腕を目いっぱい伸ばして、押しやられていた

ブランケットを掴み取り、光の身体に掛けてやった。

 「う…うん」

 小さな呻き声とともに、光の呼吸がふいに乱れた。起こしてしまったのかと、ランティスは少し息を詰めて光の様子を窺う。

 「…いやだ…」

 ブランケットを掛けたのが嫌だったのだろうかと考え込んだランティスの耳に、光の口から零れた言葉が突き刺さった。

 「姫を殺すのは…いやだ…っ」

 ヒカル、と声をかけようとして、ランティスはその言葉を飲み込んだ。光はいま、六年前の悪夢の只中にいるに違いなかった。

それならば自分の声は、光に自分とよく似た声の兄・ザガートをも思い出させてしまうかもしれない。兄弟だから似ていて当たり前

ぐらいに思っていた自分の声に、ランティスは今日ほどもどかしさを感じたことはなかった。ある日突然見知らぬ世界へと招喚され、

それでもその世界を救うためならと剣を取り戦った少女。縁もゆかりもないその世界を救うために、その手を血で汚さなければ

ならなかった少女。その少女・光は出逢ったばかりのころ、ザガートを手にかけたことを詫びていたが、詫びねばならないのは

むしろ自分のほうだとランティスは思っていた。もしもザガートがエメロード姫を愛さなければ、たとえ愛することを止められなかった

にしても、心に秘めたままでさえいれば、魔法騎士が招喚されるようなことにはならなかったかもしれないのだから。

 だがランティスにしても、とてもザガートのことを責められたものではなかった。エメロード姫亡き後の柱を巡る戦いの中で、

いつしか光に心惹かれていた。新たな柱に選ばれた光は、彼から唯一の肉親を奪う原因になった柱制度をなくし、喪いかけた

親友をも彼の手に取り戻してくれた。それだけでも充分すぎるほどなのに、光は心さえ寄せてくれた。愛するものと心通いあう

ことは、ランティスの孤独な心を癒してくれた。けれどもそれと同時に、あれほどつらい目にあったセフィーロに自分に逢うために

やってくる光が、ランティスにはひどく痛々しくも思えた。本当ならセフィーロで起きたことなど、光は忘れてしまいたいのだろうに、

忘れてしまったほうがどんなにか楽だろうに。

 『ケッコンしたいやつはいるのか?』――あのころ、愛するがゆえにそう訊ねた気持ちに嘘はなかった。けれど、時間が経つにつれ、

「どうして自分の心にしまっておけなかったのか。これではザガートの二の舞ではないのか」と悔いる気持ちも生まれていた。愛して

いるから、光のすべてが欲しい。愛しているから、光をすべてのかせから解き放ってやりたい――二律背反する自分の望みに折り

合いをつけられず、ランティスは今日まで光を抱けなかった。

 『セフィーロで、ランティスと一緒に生きていくって決めたから』――光のその言葉に、ランティスはもう自分を抑えておくことが

できなかった。そしてそれは光も同じで、お互いがお互いを望んでようやく結ばれたはずなのに、一番目を背けておきたかった

事実をランティスはいきなり突きつけられてしまった。

 それでも構わない、とランティスは思った。記憶でも失わない限り、たとえセフィーロに来なくなったとしても、光は一人で悪夢と

戦い続けなければならないのだ。ザガートの罪とエメロード姫の哀しみをその身に引き受けて光が苦しんでいるのなら、その苦しみ

ごと光を受け入れていけばいい。それはたった一人の兄のために、守っていくはずだった姫のために結局何一つ出来なかった

自分の罪でもあるのだから。そしてそれ以上に――。

 「つっ…」

 突然走った胸の痛みと、二の腕を濡らす冷たさにはっとして、ランティスは光の顔を見る。

 「…ごめん、なさ…い、ラン、ティス…」

 光がしがみつくようにランティスの胸に爪を立て、眠ったまま泣いていた。噴水の傍で出逢ったあの日のように、夢の中で詫びて

いるのだろうか。ランティスは身体の向きを変えて、しっかりと光を抱きしめ、暗示にでもかけるように小さな声でささやきかける。

 「お前が詫びるようなことはなにもない…。だから、いまは、眠れ」

 「…う…ん」

 胸に顔をうずめるようにした光の呼吸が穏やかになりまた深い眠りに落ちていくまで、ランティスはずっと光の髪を優しくなで続けていた。

                                                 

 

 

 

 

 

                                                     2009.10.3

 

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あ★と★が★き

チャット会ネタばかりで恐縮です(^.^;

「ランティスと光ちゃんの『はじめて(はぁと)』は、いくつなら許せるか?」みたいな話になりました

アニメ版の両想いラブラブモードでも、光ちゃんが14歳ではちょっと犯罪だろうと(爆)

コミックス版の年齢はどう数えればいいんだという、若干の疑問はありますが

93年に中二・14歳だった光は96年になっても「ランティスとイーグル!」発言してるんですよね(汗)

ランちゃん、君の前途は多難だ・・・

 

という訳で、光ちゃん二十歳までオアズケです(オアズケ言うな?) 

 

おりしも今日は中秋の名月ですね

SANAさまのところでのチャット会で月見どころではないかもしれませんが

ランティスの部屋を照らしていたような満月が見られるでしょうか・・・(*'‐'*)ウフフフ♪

 

タイトルの IF YOU ですが…

(あんまりタイトル考えずに書き始めたりするので、up少し前まで「いまは おやすみ」としてました。

判る人には判るかもしれませんが、機動戦士ガンダムのアルバムに入ってたヴォーカル曲です)

改題したのも、実は他のアニメのヴォーカル曲だったりします

レイアースより2年ぐらいあとに放送された「天空のエスカフローネ」という

やはり異世界に飛ばされてしまった女子高校生が主人公の物語がありました

(これでも金髪の美青年騎士より、黒髪の亡国の王子のほうがご贔屓だった私・汗)

ワルシャワフィル演奏による菅野よう子さん作曲のサントラが素晴らしくて、結構CD買ってましたね

(レイアースのサントラは持ってないくせに・をい)

 

IF YOU この動画の29:00から流れます。興味があればどうぞ   歌詞はこちらで見られます