星に願いを
♪さぁさぁのは、さ〜らさらぁ、のぉきばにゆれるぅ♪
順番待ちの子供たちが口ずさむ「たなばたさま」の歌を背に、笹の葉に細く切った折り紙で作った
カラフルな輪っかやぐりんとひっくり返すと楽しい形になる飾りを結わえつける光のそばで、なかなか
決められなかった子供たちが短冊に願い事を書いていた。
「『パパとママとベイサイドマリーンランドにいけますように』ふふっ、ベイサイドマリーンランドに
行きたいんだ?」
「うん!かいぞくおうアドベンチャーやるんだ!」
「『かわいいにゃんこがほしい』猫ちゃん欲しいの?猫ちゃんは生きてるからちゃんとお世話を
しなくちゃいけないんだよ?出来るかな?」
「できるもん!」
「ひかるせんせーはおねがいごとしないの?」
バイトの身ではあるが、指導員の立場の光は先生と呼ばれるのでくすぐったくて仕方がない。
「みんなが作ってくれた飾り、つけ終わったら書くよ」
「なにおねがいするのー?」
「わかった!『カノジョができますように』だ!」
「もう…。何マセたこと言ってるかなー。だいたいカノジョは変でしょ!?私、女なんだよ?」
「おかしくないよぅ。うちのママ、『かじぜんぱんこなしてくれるヨメがほしい』って、よくいってるもん。
ママもヨメもおんなのひとだよね?」
「あははは、は…」
保育園に預けられる子供たちの家庭では、母親もバリバリ働いている場合が多い。仕事に追われ、
後回しになりがちな家事を夫に手伝ってもらえなければついそういう愚痴もこぼれるだろう。子供は
案外その手のことをするりと覚えてしまうのだ。
「んじゃあ、『カレシができますように』だ!」
「みんな失礼すぎるよ。私にだって彼氏は居るんだからね!!」
「うっそだー!」
「そんな嘘つかないったら」
「すんごいモノズキがいたんだ…。よかったね、ひかるせんせー」
もう何をどう言っていいのやら、光は園児たちにいいようにからかわれている。
「光ちゃんもいちいち答えなくていいのに…」
プロの保育士である先輩がくすくす笑っている。
「す、すみません。つい…」
「でも彼氏が迎えに来たりしたことってないわよね。お兄さんたちが口うるさいなら園の帰りに
デートに行っちゃえばいいのに…。子供たちの前でいちゃいちゃは困るけど、車で迎えに来て
もらうぐらいなら、厳しく言われたりしないわよ、ここ」
なまじ自宅に近い保育園でバイトをしているものだから、特殊な(笑)家庭事情が筒抜けだった。
確かに常勤の保育士さんが彼氏に迎えに来てもらっている姿は何度か見かけたことがある。
羨ましいと思わなくはないが、それが叶わないことは光が一番よく知っている。
「えーっと、あの、いわゆる遠距離恋愛っていうやつなんで、そういうのは無理なんです」
「そう。それは大変ね」
「慣れてますから」
光がおつきあいしている相手は海と風以外は誰も知らない遠い世界に住まう黒髪碧眼の魔法剣士
……はじめから遠距離だったし、他人に信じてもらおうとも思わない。ただ、家族にだけは…いずれ
得心してもらわなくてはならないが。手紙も電話もメールも届かない遠い異世界に住む男と生涯を
ともにしたいと願っている光を、失踪だ誘拐だと騒がれては困る。信じて送り出してもらえるのが
ベストだとは思う。だが誰しも自分が見たことも聞いたことも無いものはにわかに信じられらない
ものだ。だからせめて得心はして欲しいと光は考えていた。事故や事件に巻き込まれたとか、
悩みを抱えて失踪したとか、そんな風に見当違いな心配をかけたくなかった。大学を卒業する
までにはきちんと考えなくてはと思いつつ手を動かして飾りつけをおえると、園児の一人がピンクの
短冊とペンを光にさしだした。
「はい!ひかるせんせーのぶん!」
光が何を書くのかと園児たちがわらわら集まってきていた。
「どうしたの?みんな」
「ひかるせんせーなにかくの?」
「『カレシができますように』、だよね?」
「えー、『カノジョができますように』、だよぅ」
「だから、間に合ってるってば!」
「『おいしいもの、いっぱいたべられますように』にきまってるよ」
「『もっとおっきくなれますように』だよね」
「あ〜の〜ね〜!どれもハズレ!!」
「「「えーっ!?」」」
ポンっと油性ペンの蓋を外すと、丁寧な文字でさらさらとしたためる。
大好きな人と、ずっと一緒にいられますように☆彡
「『…きなと、ずっとにいられますように』…???」
「漢字飛ばしちゃ意味が解らないよ。『だいすきなひとと、ずっといっしょにいられますように』って、
書いたんだよ」
「ひかるせんせーへんなのぉ!『およめさんになれますように』って、いえばいいのにぃ」
「お、お嫁さん!?いや、あの、それは…まだ大学生だし、きちんとプロポーズされてないし
…あつかましいかなって…」
「『うれのこりのクリスマスケーキはおいしくないから、25さいすぎたらなげうりだ』って、テレビで
いってたもん!ひかるせんせーてんねんだから、いまからあわてたほうがいいよ」
「…だ、誰が投げ売りですってぇ〜!」
子供にまで天然系呼ばわりされて落ち込んでいる暇もない。すでにアラサー世代に突入した
先輩保育士がこめかみをひくつかせている。
「先生っ!こ、子供の言うことですから。世はキャリア志向ですってば」
「光ちゃんはいいわよ…。さっさとキープしてるんですもの。この仕事ってどうしても出逢いが
少なくて…」
「先生、またあとでお茶でも!子供たちが聞き耳立ててますから」
後半をこそこそと耳打ちしながら、この手の相談事に向かない自分の性格が思いやられる光は
かりかりと頬を掻いていた。