春 咲 小 紅  -Fuu-

「チケット二枚…。お財布、ハンカチ、ポケットティッシュ、リップにミラーに櫛…携帯電話。大丈夫ですわね」

自分の部屋でもきちんと確認しているのだが、これも慎重派の風の性分。自宅のエントランス(『玄関というよりは

こう呼ぶのが相応しい』とは海の談・笑)でもう一度確かめ、大きな姿見で全身のコーディネートと後ろ姿をチェックして

いると、姉の空が緩くアールのついた階段を下りてきた。

「あら、風さん。お出かけ?」

「はい。お姉様に戴いたルノアール展に、学院の…お友達と参ります」

開催当初に行ったものの、もう一度行くつもりでチケットを手配した空だったが、急な予定変更で行けなくなって

しまい妹に譲ったのは二人分…いつもの仲良し三人組で行くには一枚足りない。ほんのり淡く艶やかな妹の

くちびるに空が優しく微笑った。

「学院のお友達と、ね」

その笑みが訳知り顔にでも見えたのか、風が頬を染めて慌ててつけ加えた。

「『先輩』なんて堅苦しい敬称は嫌いだとご本人がおっしゃるんですもの。ですから『お友達』です」

「うふふふ。私は何にも言っていませんのに、おかしな風さん。お夕飯までにはお帰りになる?今日は

お父様もお母様もお揃いだから」

「もちろんです。では行って参ります」

「いってらっしゃい」

 

約束の15分前に待ち合わせ場所に着いた風だったが、相手はすでにそこにいた。

「はよっす!ずいぶん早いな」

「おはようございます。フェリオ…こそ」

『先輩』呼ばわりもいやなら『さん付け』もあまり好きじゃないからと、釘を刺されていた風が少しつっかえ気味に

そう言った。

「休日ダイヤだとちょうどいいバスがなかっただけさ。レディを待たせる訳にはいかないからな。学院とは反対

方向だったよな?」

下調べをしていたのだろう、フェリオが胸ポケットから切符を取り出し、一枚を風に差し出した。

「あの…Suicaお持ちじゃなかったんですか?あれをお持ちならわざわざ必要なかったんですよ」

「そうだったのか?何しろまだ通学ルート以外で公共交通機関を使えないおのぼりさんだからな。それに

こいつなら言えば記念に貰えるって聞いたぞ。国に帰ったら姉上にも見せてやりたい。自動改札や自動券売機

なんかご覧になったら、さぞ驚かれるだろう」

「お国から出られたことはないんですの?お姉様は」

「イギリスには少しばかり留学していたよ。ただずっとハイヤーの送迎つきだったって言うから、地下鉄や

赤い二階建てバスも乗られたかどうか…」

「箱入りでらっしゃるんですね。自由がなくて大変そうですけど」

「それでも≪運命の人≫はちゃっかり見つけたんだぜ。しあわせになるためのきっかけなんて、案外どこにでも

あるんじゃないかって、最近しみじみ実感してるしな」

意味ありげな視線を寄越すフェリオにぱあっと頬を赤らめた風がすたすたと改札に歩きだす。

「週末ですもの。早く行かないと混み合いますわ」

「待てよ、フウ」

慌てて追いかけたフェリオはICカードをかざす時と違い小さな切符をふんだくるが如き自動改札に驚きつつ、

それをくすりと笑って見ていた風と並んで階段を上がって行った。

 

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Station Aquarium公開にともない、一部改稿しました(2011.5.22)