ハネウマライダー act.2 見習い魔法剣士(前編)
それはまだザガートとランティスがクレフに弟子入りして一年と経たない頃。魔法の修行と並行して、
クレフの兄弟子にあたる魔法剣士・メルツェーデスから剣術の手ほどきを受けつけつつある兄弟だったが、
弟のランティスはある必要性に迫られ最近少し焦っていた。兄のザガートには精獣が居るが、ランティスは
まだ精獣との契約を結ぶことが出来ずにいた。五歳の年齢差があるのだから、何でも兄と同じように
出来ると思うのがそもそも間違いなのだが、魔法剣士志望なのに騎乗する精獣が居ないのでは、どうにも
格好がつかなかった。
人を乗せられるタイプの精獣は総じて好奇心が強く(野次馬?)、ランティスの招喚魔法に応じて顔出しはする。
顔出しはするのだが、彼らは好奇心の強さ以上に気位が高く、招喚した者が六歳にもならない子供と知ると、
鼻で笑って戻界していくのだった。契約不成立はすでに片手の指を越え、『意志の力で、今すぐザガート
ぐらいに大きくなる…』と言い出したのを、よってたかって引き止める今日この頃だった。
「確かに不可能な話じゃないけど、そんな不自然なやり方は賛成出来ない」
ザガートの言葉に、メルツェーデスもうんうんと頷いている。
「そうそう!見てくれがでっかくなったところで、中身は変わんねぇぞ。そのほうが目も当てられん」
「そんなに慌てずとも、魔法の修行も剣の修行もまだまだ始めたばかりだろう?招喚魔法のような大技
よりも、基本的な自然・元素魔法を極めることが先ではないか?」
保護者三人組の至極もっともな言葉の矢が、グサグサと幼いランティスに突き刺さっていた。
ランティスは導師クレフの意見を聞き入れ、まずは自然・元素魔法の修得に勤しんだ。『修得する』とは
いっても、学習さえすれば何でも出来るという訳ではない。自然・元素魔法は『魔法に選ばれる』などとよく
表現されるように、持って生まれた質で修得出来る魔法も自ずと決まってくる。ごく稀にほぼすべての属性の
魔法を修得出来る者がいるが、そういった者だけがクレフのような『導師』になれるのだった。あるいは、
セフィーロのすべてを支える、たった一人の存在に――。ザガートは父・クルーガーから受け継いだ闇の
属性に秀でており、ランティスは母・キャロルから受け継いだ雷の属性に飛びぬけた力を発揮し始めていた。
「紫の瞳のクルーガーとザガートは闇、蒼い瞳のキャロルとランティスが雷…。瞳の色と持って生まれた
質は、やはり関係が深いと思うか?メル」
ザガートやランティスの魔法の修練の様子を遠目で見ていたクレフが、隣でクレフが入れたお茶を
味わっているメルツェーデスに問いかけた。
「俺とお前は蒼い目だが多属性だぞ?まぁ、何が一番得意かと聞かれたら雷かもしれんが…。気になる
なら研究でもしてみりゃいい」
メルツェーデスの気のない返事に、クレフも肩を竦めた。
「まぁ、だからどうという程のことでもないんだが…。それにしても、どうしてランティスの精獣招喚はああも
上手くいかんのだろうな」
「そうは言うが、あの歳で精獣が応じて出てくるだけでも大したもんだと思うぜ。魔獣を招喚出来る者なら
稀にはいるようだが」
「確かにな。だが本人には言うなよ。慢心されては困る」
「おーおー、師匠みたいなこと言ってんなぁ、クレフ」
からかう口調のメルツェーデスを、クレフがじろりと睨んだ。
「みたいじゃない。私は間違いなくあやつらの師匠なんでな。何より、兄弟同様に育った者たちの忘れ
形見だ。一人前にしてやりたい」
「トーラスのクルーガーとキャロルの血を引いてるなら、放っておいたって一人前の魔導師にはなるさ。
お前もセフィーロ最高位の導師なら、一人前以上にしてやるんだな。次の世代を背負って立つぐらいの」
「――クルーガーとキャロルがトーラスの者だと言った覚えはないが?」
「聞いた覚えはねぇよ。だがあのランティスのサークレットには、ほとんど遮蔽されているが普通とは
違う…、俺達の知らない魔法の気配がある。そんなもの扱えるのはトーラスの者だけだ」
やれやれという風にクレフは大きなため息をついた。
「精獣のことは…、悔しがってはいるが、根本的にはあいつの選り好みが問題なんだろ」
「フューラが二回、グリフィスが三回、アバルトが一回…。アバルトが招喚に応じるなど、私でも初めて
見たんだぞ。いったい何が気に入らんのだ」
「あいつが一番欲しがってるのは、俺やザガートが招喚するフェラーリだからな。だいたい招喚する者の
レベルに応じて契約できる精獣もクラスアップしていくもんだが、最初からいきなりフェラーリを望む身の程
知らずの顔を見てやろうって、向こうもぞろぞろ出てきてるんだろ」
「跳ね馬≪フェラーリ≫か…。確かに魔法剣士が騎乗するのに、それ以上相応しい精獣はおらんだろうが、
あれは精獣のなかでもとりわけ気位が高い。他より抜きん出てるとはいえ、あんな幼い子供との契約になど
応じるものか」
お茶のカップを置いて立ち上がったメルツェーデスが、軽く関節を動かしながら笑った。
「そういうこった。だから当分連敗記録更新は確定だ。師匠のお前としては立つ瀬がないだろうが…。
あいつがどこまで初心を貫き通せるか、俺としてはちょっと見物だがな。おーい、お前ら、そろそろ剣の
練習始めるぞーっ」
ランティスの背丈ほどもあるツヴァイヘンダー(両手剣)を振り回すメルツェーデスの後姿を見送りながら、
クレフは亡き父譲りのランティスの頑固さを少々呪わずにはいられなかった。
師の言葉に従いしばらく魔法と剣の修行に専念していたランティスは、連敗記録六のままで七歳の
誕生日を迎えた。
「七歳の誕生日に七回目の挑戦…?何か意味があるのか」
公用で何かと忙しく、招喚の立会いをメルツェーデスとザガートに任せがちだった導師クレフも今日は
同行していた。
「私が最初に精獣との契約を果たしたのは七歳の時でしたから、いけると思ったのかもしれませんね。
もちろんフェラーリではありませんでしたが…」
最近導師クレフについて公の場に出る機会の多いザガートは、一人称が『僕』から『私』になり、口調も
丁寧になっていた。それを真似て『私』と言い出したランティスは、メルツェーデスに「似合わねぇから
やめろ」と貶され、「じゃ、『俺』!」と言っては、「十年早いっ!」と頭に拳骨を落とされていた。
少し離れて三人が見守る中、水面に満月の姿を映した精霊の森の泉のそばでランティスは招喚魔法を
唱えはじめた。
「――我が名はランティス。
魔導師クルーガーとキャロルの血の流れを受け、
導師クレフの導きを給いし者なり。
異界に住まいし聖なるものに、
招喚の契約を求めん。
出でよ!!」
清冽な水を湛えた泉の中程から、同心円状に波紋が広がりはじめる。その真ん中で、はじめはごく小さな
光点だったものが、爆発的に体積を増やし巨大な閃光の球体になり弾け飛んだ。そこに現れたものは、
泉の水面が硬い大地であるかのごとくに蹄を鳴らしていた。
「ヒュウ♪虚仮の一念、だな…」
メルツェーデスがこの場に不似合いな、不謹慎な口笛を鳴らした。
「葦毛…?いや、白毛のフェラーリですね。これで成立すればいいのですが…」
ザガートの懸念は、導師クレフの指摘によって不安要素を増した。
「見ろ!ハネウマはハネウマでも、あれは…!」
珍しい純白の跳ね馬≪フェラーリ≫と思われていたその身体から、左右に広がる大きな翼が実体化
し始めていた。
「あーあ、羽根馬かよ…!!ツイてないな、ランティス。ありゃあダメだ…」
本来、跳ね馬は翼などなくとも宙を駆けてゆく存在だ。並み居る精獣たちの中でもとりわけ気位の高い
跳ね馬、その跳ね馬のなかでも特に気位の高い個体が、こうして翼持つ姿になったり一つ角を持つ姿に
なったりするのだった。ちなみに一つ角を持つ個体は、女性としか契約を結ばないとも言われている。
念願のフェラーリを目の前にしたのもつかの間、そのフェラーリが翼持つ姿に変化してしまったのに
戸惑いつつも、ランティスは魔法の詠唱を続けた。祭祀用の宝飾のついた短剣で、左手の中指の先を
切り血を滴らせ、じっと真っ白なフェラーリを見据える。
「――我が名とこの血において、
白き翼持つ聖なるものフェラーリに、
招喚の契約を求めん。
応酬せよ!!」
魔法の師であるクレフが、剣術の師であるメルツェーデスが、そして血を分けた兄であるザガートまでもが
七度目の契約不成立を確信しつつあったとき、奇跡は起きた。
ランティスの指先から滴る赤い血を、純白のフェラーリがぺろりと舐めた。
契 約 成 立
そうしてランティスは念願の精獣フェラーリを手に入れた。
精獣との契約が成立したからといって、それで一生安泰なわけではない。ことにまだ子供のランティスは、
振り落とされるのは当たり前、時に高い樹の上に放り出されて自力で降りる羽目になったりと、なかなかの
仕打ちに見舞われていた。そればかりか応酬するにあたわずとみなされれば、不名誉な契約破棄も
ありえるので、魔法に剣にとランティスの修行にもいっそう精が出ていた。
メルツェーデスの栗毛、ザガートの黒鹿毛、ランティスの翼ある純白のフェラーリが城の中庭に並び降り
立つ姿は、仕事の手を止めても窓から覗き見る者が少なくないほどの壮観だった。ことにランティスの
精獣はその比類なき姿が人々の目を惹いてやまなかった。
「人気ものだな、お前の精獣は」
メルツェーデスがくすくす笑いながら渡り廊下の柱のほうをちらりと見遣った。柱の影にゆらゆらと揺れる
ウェーブのかかった金色の長い髪と、裾の長い白いドレスが見えていた。
「隠れてるつもりかな、あれで…」
ため息混じりのランティスをザガートがたしなめた。
「ランティス。姫君相手なのだから、口を慎め」
「小さい子は苦手だ」
そう言って肩を竦めたランティスに、メルツェーデスとザガートが呆れたように顔を見合わせる。
「お前が一番歳近いんだろが」
「よくこっちを見てるから、こいつに興味あるんだろうなとは思う。でも声かけたら逃げてくし…」
「お前、姫君にまでそんなぞんざいな口の利き方をしているんじゃないだろうな?」
「そのぐらい弁えてる」
「まだ小さい姫君だから、はにかんでるんだろうさ」
セフィーロ王家の≪小さな姫君≫――ザガート・ランティス兄弟がクレフに弟子入りするよりも前に生まれた
姫君なのに、いまだ二、三歳といった風情だった。セフィーロでは実年齢と見た目は必ずしも一致しないが、
王家の血筋で、これほど幼いうちから一致しないのは、ある一つの可能性を示唆していた。
「そう遠くない将来、柱の継承があるかもしれんな…」
「メル、少々不謹慎な発言ではありませんか」
声を落として諌めたザガートに、メルツェーデスはこともなげに答えた。
「なければないでめでたいと思えばいい。覚悟ぐらいしておけってこった」
「他人事みたいだね、メル」
十にもならないランティスはそこまで考えてなかったのか少し困惑顔だった。
「きっぱり他人事だ。もしあの姫が継承するなら、脇を固めるのはお前らの世代に決まってるだろが」
「簡単に継承と言っても、その前に柱の試練があるのです。あのように幼い姫君には、あまりに荷が
勝ちすぎる」
ザガートの紫の瞳が気遣わしげに翳った。
「だが他の誰も、その運命(さだめ)を代われない。たとえセフィーロ最高位の導師といえども、だ。ならば、
支えていくしかあるまい?その覚悟をと言ってるんだ」
いつも少しちゃらけた物の言い方をするメルツェーデスの真面目な説教に戸惑いつつも、二人の少年は
しっかりと頷いていた。
SSindexへ ハネウマライダー act.2 見習い魔法剣士(後編) へ
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
オリジナルキャラ
メルツェーデス…魔導師から魔法剣士にジョブチェンジした変り種。ランティスが魔法剣士をめざすきっかけにもなったクレフの兄弟子
クルーガー、キャロル…辺境の村に住み禁呪の解読に携わっていたランティスらの両親
グリフィス…グリフォンのような姿のクレフの精獣
アバルト…さそりのような姿の精獣
フェラーリ…馬のような姿の精獣。フェラーリのエンブレムは跳ね馬とも呼ばれる
このお話の壁紙とペガサスのイラストはAmourPegasusさまよりお借りしています