ハネウマライダー act.1 白馬の王子様
――光、海、風 高校三年を控えた春休み
セフィーロで長らく療養中だったオートザム軍の元・セフィーロ攻略最高司令官、イーグル=ビジョンが
名実共に起き出して約三ヶ月。軍務に復帰することが正式に決定し、帰国する前に光と約束した
『飛びっきり甘いもの食べ尽くしちゃおうワールドツアー セフィーロ編』を実行することになった。
イーグルとランティスの間では、どういう訳か甘いものなどこれっぽっちも縁のない(というよりあまり
近づきたくもない)ランティスに案内をしてもらう約束が出来上がっていたようだが、城から城下町への
足となるNSXの小型揚陸艇の定員の都合でランティスはパスということになった。定員がどうあれ、
ランティスならば精獣を招喚すればそれで済むはずなのだが、あからさまにホッとしているランティスに、
光も無理強いは出来なかった。結局のところ、案内役は頻繁に風とお忍びで城下町へと出歩いている
フェリオが務めることになった。
城下町で一番人気のある甘味処でめいめいにセフィーロの甘味を満喫したところに、店の主が声を
かけてきた。
「お人違いでしたらご容赦願いたいんですが…、そちらの紅い髪のお嬢さんは、よく魔法剣士の
ランティスさまと城下町においでになってませんか」
「え?あ、はい。たまに」
「おや、意外に外にも連れ出してるんですね」
イーグルがくすくす笑い、海は厳しいチェックをいれた。
「時々集合が遅いと思ったら、町まで出てるせいなのね、光」
「まぁ、嫌でも目につく取り合わせだわな。下手すりゃあいつ、誘拐犯?」
「酷いよ、ジェオ!ランティスはそんな悪人顔じゃないったら!」
「ちょっと無愛想でいらっしゃるだけですわね」
「もう、風ちゃんまで…」
「ヒカルはランティスにとって、とても大切な女性(ひと)なんですよ」
イーグルが店の主人にそう紹介すると、光は耳まで真っ赤になっていた。そんな光を好ましく思ったのか、
主はにこやかな笑みを浮かべて言った。
「それなら是非お目にかけたい物があります。すぐ近くの私の家にお立ち寄りになりませんか?」
いったい何だろうと顔を見合わせたものの、六人の意見は全員即決だった。
「ご迷惑でなければ、すぐにでも」
ぞろぞろと甘味処の主人の後をついて歩く異国の服の者たちを物珍しそうに見るが、フェリオ王子に
気づき、人々が慌てて会釈する。
「お忍びがバレバレのようですね、王子」
「べつに忍んでるつもりもないしな。本当は昔のラフな格好で出歩きたいんだが、導師がうるさくて」
「まぁ、フェリオったら」
「こちらです。どうぞお入り下さい」
外の明るさから建物内の薄暗さに慣れた目に飛び込んで来たのは、沢山の絵画だった。
「ちょっとした美術館ね。肖像画ばかり…?」
ぐるりと見渡した海がつぶやいた。
「私の母は城に出入りする絵師でした。先の混乱で大半は失いましたが、無事なものをこうして保管して
いるんです。宝玉にしまうにも数に限りがありましたから、収納庫にあったもっと昔の物は諦めざるを
得なかったんですが…」
主の説明を聞きながら絵を見ていた光が、ある大きな絵の前で立ち止まった。
「まるで…王子様みたいだ…」
初めて出逢った頃と同じ黒い鎧の立ち姿。左腕に手綱を掛け、その手は優しく精獣に差し伸ばされていた。
右手には青白い刃が煌めく魔法剣。身体は正面よりやや斜交いで顔だけ仕方なく絵師に向けている風情の、
少年から青年へ踏み出したばかりのランティスがそこにいた。
「うわーっ、しかも白馬の王子様じゃない。ていうかペガサスの王子様?惜しかったわね、光」
海の言った聞きなれない言葉に、フェリオが聞き返した。
「ぺがさす?」
「私たちのところでは…、翼ある馬のことを、ペガサスとか天馬とか呼んでいますのよ。想像上の生き物
ということで、絵でしか知りませんけれど」
「『白馬の王子様』って、何か特別な意味合いがあるように聞こえましたが…」
イーグルが首をかしげ、本物の王子はまぜっかえした。
「跳ね馬に乗れない王子ならここに居るぞ。あれは気性が荒くて契約者以外乗せやしないからな」
「『王子』ってのはただのたとえよ。『頭脳明晰で格好良くて、運動神経抜群で、強くて優しい素敵な人が
いつか迎えに来てくれたらいいな』って、ま、私たちの国の女の子のちょっとした願望ね」
海の説明にかなり呆れつつ、ジェオもしみじみとランティスの絵に見入っていた。
「すっげー願望だな…。しっかし、よくあいつが絵のモデルなんか引き受けたよな」
「嫌々ながらだって、立ち方に滲み出てますが」
絵の前に立ったイーグルがくすくす笑っていた。
「魔法剣士の認承式で飾る為に、契約している精獣と魔法剣と一緒に描かれる慣例があるんですが、
ランティスさまの場合はいろいろと特別でしてね」
「ああ。導師に伺ったことがある。『あいつは認承の試練無しで認められた唯一人の魔法剣士だ』ってな」
「『認承の試練』?魔法剣士になる為の試験がありますの?」
風の疑問にフェリオが答えた。
「条件を満たしているかの確認だな。騎乗出来る精獣と契約していること。魔法剣を自在に使えること。
魔物討伐等の実績があること。最初の二つは城のお歴々の前で披露するんだが、あいつはもう日常的に
やれてたし、魔物討伐も朝飯前だったから…。認承されようがされまいが、実質的に魔法剣士になってた
らしい」
「ふふっ。なんだかランティスらしいや」
絵の中のランティスに見蕩れたままの光が柔らかい笑みを浮かべた。
「契約している精獣って…、ランティスが白いペガサスを喚んだのなんか記憶にないんですが」
「いまの、黒いやつしか知らねぇな」
「確か、同時に同種の精獣とは契約出来ないはずだ」
イーグルとジェオの言葉を補うようにフェリオが付け加え、彼らの疑問に甘味処の主が答えた。
「魔法剣士の認承式自体滅多にないことですが、試練から認承式まで一月ばかりはあるそうなんです。
ところがランティスさまは試練無し。しかも認承式の十日ほど前に『当人には内緒で肖像画の準備を
進めてほしい』とクレフさまからお話が来たらしくて。だからこの時も『王族からのご依頼があったので、
珍しい翼ある跳ね馬を描かせて下さい』と無理にお願いしていたんですよ。そんな精獣と契約している
方は他にはおられませんでしたから」
「こんなでかい絵を十日でって…、導師も無茶を言うなぁ」
「白い羽根馬とランティスさまのお顔と体格を素描して、認承式に身につけられる真新しい鎧を御当人より
先に見せていただいて、ようやく仕上げたんですがね。…お納めできなかったんです」
「こんなに素敵な絵ですのに…、何故?」
「母の下絵の後、認承式の直前に精獣が漆黒の跳ね馬に変わったからですよ。王子も仰ったように、
すでに契約を解いた精獣との絵では仕方ありませんからねぇ」
「ペガサス、どうかしちゃったのかな…」
「いえ、その後も城では見られたようです。どなたかに譲る為に契約を解かれたんだそうで…。度量の
深い方ですな。羽根馬など見るのも稀な精獣ですのに。結局、慣例の肖像画も無しで済まされたそうです」
「それもあいつらしいな」
「身内贔屓と笑われるかもしれませんが、絵の出来としては良かった。だから処分するのも忍びなくて
こうして保管していたんです。よろしければお持ちになりませんか?」
「私が…?」
「お嬢さんか、ランティスさまのお手元にあるのが自然かと」
主の提案に黙り込んでしまった光の顔を、イーグルが不思議そうに覗いた。
「あれ?ヒカルなら一も二もなく欲しがると思ったのに…」
「うん、かなりね。でも…」
「遠慮してるの?光」
海の言葉に答えないまま、光は甘味処の主人に尋ねた。
「んー。あの、ここって、誰でも見に来られるんですか?」
「常時開けてる訳じゃありませんが、ご希望があればいつでも」
「この絵のペガサス…、翼のある跳ね馬は珍しいんですよね」
「実物を描いた物となると、ほとんど無いでしょうな」
「だったら、このままここに――」
「光さん…」
「私がお城に持って帰っても、ランティスは人目につくところに飾りたがらないと思うんだ」
じっと絵の中のランティスを見つめたまま光がそう言うと、ジェオとイーグルが同意した。
「ま、そうだろな」
「あのなりで恥ずかしがり屋さんですからねぇ」
「素敵な絵なんだもの。私とランティスしか見ないんじゃもったいないよ。セフィーロの人の手の届く場所に
置いてるほうがいい」
「それはある意味『カッコイイ彼氏を見せびらかしたい』心理?」
軽く肘鉄砲を食らわせる海に、光は真っ赤になっていた。
「もう、海ちゃん!?」
「崩壊前の文化財があまり残ってないのは確かだ。たとえ創師が再生しても、やはりオリジナルとは違う
からな」
「そうだよね。私たちの国にも失われた物は沢山あるんだ。オリジナルが現存している場合は大切に
保護してる」
「判りました。この絵はこのままお預かりしておきます」
「今度はランティスと一緒に見に来ます」
「そういう面白そうなイベントは、僕も是非見たいですね」
「おいイーグル、デートの邪魔してやんなよ…」
呆れ果てているジェオに構わず、イーグルが店主に尋ねた。
「写真撮らせてもらって構いませんか?」
「シャシン?」
地球のデジタルカメラに似た機器をジェオが取り出し、光を試し撮りして主に見せた。セフィーロでは
見かけないものに感心しつつ、絵の主は撮影を許可してくれた。
「希望のサイズに出力してあげますよ、ヒカル」
「じゃ、このサイズで東京の部屋に飾りたい!」
大それた希望を口にした光に、海と風の待ったがかかった。
「待ちなさいよ!こんな馬鹿でかい物持って、東京タワーうろつく気!?」
「丸めてもかなり大きいですし、シワが入ってしまうかもしれませんわ」
「そ、それはいやだ。どうしよう…」
心底困った顔をしている光に、イーグルが苦笑した。
「しょうがないですねぇ。国に戻ったら特殊素材に出力しましょう。そのかわり、しばらくお預けですよ?」
「うん!気長に待ってる」
小さな美術館を後にしてセフィーロ城に戻る途中で光が言った。
「あのっ、今日、絵を見たこと、ランティスには内緒にしてほしいんだ」
「そんな物があると知ったら、城下町に寄りつかなくなりそうですからね、あの人は…」
光の提案にイーグルがくすりと笑った。
「しばらくは受験勉強優先ですから、美術館デートは当分先になりそうですね」
「合格してからのお楽しみにしておきなさい、光」
「そうする。あ、そうだ、イーグル」
「はい?」
「軍務に復帰したからって無理しちゃダメだよ。ジェオ、ちゃんと見張っててね」
「心配性ですねぇ。今日だけで五回は聞いてますよ、ヒカル」
「おう、任しとけ。強力な助っ人がいるから大丈夫だ」
「助っ人?ザズ?」
「いやいや、雷落とすのが得意なヤツが毎月オートザムまで来るからな」
オートザム-セフィーロ間の定期連絡の為に、これまではイーグルの見舞いもかねてジェオたちが毎月
来ていたが、NSXではやはり大掛かりになってしまう。三ヶ月に一度、導師クレフの診察を受けにイーグルが
セフィーロを訪問しなければならないとき以外は、ランティスのほうがオートザムに出向くことに決まっていた。
「じゃ、ランティスによくお願いしておかなくちゃ」
「勘弁してください。ヒカルにそんなお願いされたら、週一ペースでオートザムに来そうで恐ろしいです」
「そのぐらいでちょうどいいんじゃないか?イーグルの場合…」
「王子まで…」
城近くの草原に小型揚陸艇が降下するのと同時に、エクウスに乗ったランティスと魔獣ワイバーンに
乗ったアスコットが降りてきた。
「ただいま〜!っていうか、お帰りなさい!ランティスも出掛けてたの?」
「ああ」
「導師のおつかいでね。ウミ、新しいお菓子のヒントは見つかった?」
「うーん。全体的に甘めだったから、まずはもう少し甘さ控えめにしたいわね」
「甘い物は甘いからいいんですよ?」
諭すようなイーグルに、海はぴしりと指をさした。
「そういうセリフはね、体重計の数字を気にしたことのない人にしか言えないのよ!」
「海ちゃんが正しい!」
うんうんとしみじみ首肯する光をランティスがいきなり抱き上げた。
「きゃう!ランティスっ?!」
「そんな心配が必要な体重とも思えないが…」
ネコミミがぴょこんと飛び出している光を見て、イーグルがにっこりと笑った。
「ヒカル、ランティスの特技を教えてあげましょうか?」
「特技?」
「ランティスは抱えてる荷物の重さを、かなり正確に言い当てられるんですよ」
「うそぉっ!?」
抱き上げられたまま暴れた光をおろしながら、ランティスは『余計なことを教えるな』オーラ全開でイーグルを
睨んでいた。頭上で意味ありげに飛び交う視線に、当然光だけが気づかない。
「…というのは、冗談ですよ。やだなぁ、いくらランティスだって、そんなきわどい特技はありませんって」
光以外の全員がそんな言い訳を右から左に受け流す。NSXの艦外照明が灯り始めたのを見て海が言った。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね。新学期の準備もありますし」
「イーグル、ホントに無理しちゃダメだよ。ジェオもランティスも、しっかり見張っててね」
「ヒカル、それは言わない約束では…」
微かに引き攣った顔のイーグルの頭をジェオががしっと抱え込んだ。
「任しとけって。ランティスとばっちり監視するからな」
「広間まで送ろう。あまり遅くなると兄上に叱られるぞ」
「僕達は一旦NSXに戻るので、ここでお別れです。そうですね、次はヒカルの誕生日ぐらいに会えれば
いいですね」
「うん、じゃあ八月に!」
三組の恋人達をしばし見送り、イーグルが言った。
「さて、お留守番だったザズにセフィーロの銘酒を届けてやりますか」
「おう」
二人は小型揚陸艇に乗り込みビークルモードに切り替えるとNSXへと戻っていった。
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