ふたたび出逢う君に…  vol.4

 

 

 

 「行ってきまーす!」

 元気よくそう言って玄関を飛び出していく光を、覚と優の声が送り出す。

 「気をつけて行っておいで」

 「たまには兄とドライブに行こうよ、光ぅ…」

 部活のない日ぐらいドライブに連れ出してやろうと思っていたにもかかわらず、一向に家に居ない光に優が泣きを

入れていた。

 シャカシャカと歯磨きをしていた翔が首を捻った。

 「あいつ、毎日どこに行ってんの?覚にぃ」

 それらしきことをもごもごと言う翔を覚がたしなめる。

 「お行儀が良くないよ、翔。優もいい加減に妹離れしなさい。光だっていつまでも子供じゃないんだから」

 「ま、まさか男とデートなんてことは……」

 そう言いながら冷や汗を垂らす優と、「ま、まふぁか(まさか)」と同じく青くなった翔に、覚はパンっと大きな音で

手を叩いて注意を呼び戻した。

 「光は大怪我をした友人のお見舞いに行って、話し相手になってるだけだよ」

 その友人が男であることはやっぱり黙っておくべきなんだろうなと、覚は弟たちの注意を他にそらした。

 「ほら、さっさと支度をしないと、もう稽古の子供たちが来る時間だ。それに優、今日は道場を手伝う日だってこと、

忘れてるんじゃないだろうね?」

 夏休み中、長兄の手伝いをすることで多少の小遣いを稼いでる二人としては、それをきちんと果たさない訳には

いかない。聞きたいことは山ほどあったものの、時計を見ると慌てて準備にかかる優と翔だった。

 

 

 

 「おっはようございま〜すっ!」

 今朝も元気いっぱいでセフィーロに飛んできた光を、プレセアとカルディナが広間で出迎えた。

 「おはよう、ヒカル。毎日ご苦労さま!」

 「おはようさん!今日で6日連チャンやなぁ。トウキョウたわーはタダやないっちゅーて聞いた気ぃするけど、

アンタまだ稼いどらんのに、大丈夫なんか?」

 ゼニカネにうるさい浪花(なにわ)のアキンド…もとい、金銭感覚の異様にしっかりしたカルディナの言葉に、

光は冷や汗をかいていた。

 「どうしてカルディナがそんなこと知っているんだ…。貯めてあったおこづかいがあるから平気だよ。でもそれ

ランティスには言わないでね」

 上目遣いで拝み倒す光にカルディナが苦笑する。

 「しゃあないなぁ。ほなそのかわり、今度安ぅて美味しいもんこうて(=買って)来てや♪」

 贅沢な高級グルメをご馳走してもらうのも大好きだが、「安くて美味しいモノ」にもカルディナはうるさかった。

 「うん!じゃ、ランティスんとこ行ってくるよ」

 挨拶もそこそこに、光は広間を飛び出していく。足音が遠ざかるとカルディナが盛大なため息を吐きだした。

 「ハァ〜、今日も助かった…。ランティスがあないな状態の上に、導師までおらんようになったら、ホンマきつぅて

かなんわ…。お嬢さまが毎日来て嬉しいんは、ランティスだけやあらへんな…」

 「確かにヒカルがここに来るだけで、こんなに楽になるなんてね」

 ≪柱≫一人ではなくセフィーロを愛するみんなで支えていく……エメロード姫の悲劇を傍近くで見てきたクレフや

ランティスたちは、光のその決断を歓迎した。

 だがこれまで≪柱≫一人に頼りきっていた物を分かち合い担うということは、並大抵のことではなかった。何しろ

抱えるのは≪世界≫という名の巨大な重荷なのだ。

 ≪柱≫の座を降りたとはいえ、光の力はやはり絶大だった。本人になんの自覚がなくても、ただそこに居るだけで、

プレセアたちは肩の荷が軽くなるのだった。日頃、クレフやランティスが光の来訪に敏感なのは、もしかするとこの

変化のせいなのではないかと思ってしまうほどだった。

 普段プレセアたちがそれに気づかないのは、桁外れに精神力の強いクレフやランティスがより多く負担してくれて

いたからだろう。(元≪柱≫候補のイーグルも居るには居るが、そもそも精神消耗が主因の病で療養中なので、

セフィーロを支える負担が彼にかからないようにクレフが結界を張っていた。)

 記憶を失ったランティスはそれに上手く対応出来なくなり、ずっと酷い頭痛に苛まれていた。「少し肩の力を抜け」と

クレフに諭されてはいたが、十日近く経っても慣れられないようだった。これにより事実上ランティスが脱落し、魔術と

幻術の共同研究もこの時期を外せずクレフがファーレンに出向き、ラファーガもその警護に同行している為に、居残りの

城の主要メンバーの負担が飛躍的に増えていた。

 理由はよく解らないものの、自分が居るとランティスの体調が良くなることを知った光が日参してくれることになり、

プレセアたちも一息つけていたのだった。

 「でもヒカルのナツヤスミも今日までの筈よ。明日からはまた苦行の日々ね」

 「アンタの武器庫にあるハンマーかなんかでどついたったら、ちょっとは思い出すんちゃうやろか…?」

 手許にハンマーがあれば即実行しかねない様子のカルディナの不穏なオーラは、遠く離れたランティスの背筋を

粟立たせるにも充分な迫力だった…。

 

 

 

 何度ラファーガに注意されても光はついつい城内の廊下を走ってしまう。少しでも早くそばに行きたい気持ちが本人も

気づかぬうちにそうさせているのか、単に元気いっぱいでエネルギーが有り余っているのかは誰にも判らない。廊下を

走る当然の弊害として、光は曲がり角で誰かに思いっきりぶち当たってしまった。

 「わあっ!ご、ごめんなさいっ!!」

 「大丈夫か?相変わらず早いな」

 「うん!おはよう、フェリオ」

 「今日も一人で来たのか?」

 「ゴメン。一度くらい風ちゃんたち誘えばよかったね」

 「誘ってもヒカルはランティスにかかりっきりだしな」

 からかい混じりのフェリオの言葉も、天然系の光にはあまり効果がない。

 「だってランティスは怪我人さんなんだもん。いろいろ話してれば記憶が戻るかもしれないし」

 「――このまま戻らなかったら?」

 「…ランティスもその可能性を考えてるみたいだ。もし思い出せなくても、いま話してることを知識として積み重ねることが

出来るから、無駄にはならないと思うんだ。いろんな仕事をみんなにおっ被せちゃってるんじゃないかって凄く気にしてるよ、

ランティス」

 「やれやれ、くそ真面目なとこは変わんないな。もともとランティスにあれこれ押し付け過ぎだったんだ。こんな時ぐらい

引き受けるさ。ただなぁ…」

 フェリオはそこで言葉を切って、額の上あたりをかりかりと掻いた。

 「何か困ってるのか?」

 「ランティスが出来ないしラファーガが留守だから、いま俺が剣術指南やってるんだ」

 「どうして困るんだ?フェリオもかなりの使い手じゃないか。この間ランティスも言ってたよ。『知らないうちに立派な

剣士になられてた』って」

 フェリオは少し目を見開いて、肩を竦めた。

 「手合わせするたび、けなされまくってたぞ、いつも」

 身長と変わらぬほどの大剣を自在に操るフェリオだが、自己流であるが故の欠点が見え隠れしていた。フェリオ流とも

いえるぐらいほとんど完成してしまっているので、全体にどうこうするより、欠点を見据えて直させる方向でランティスは

きつい言葉を使っていたのだろう。

 「そりゃランティスやラファーガには敵わないよ」

 「よく言うよ。お前がラファーガを倒したのは知ってるぞ」

 「あはは、まぐれだって」

 「まぁそれはいいとして、いま来てる奴らはほとんど初心者ばっかりなんだ。だから俺が変なクセ付けちゃマズイなと

思ってるのさ」

 「ああそれでか…」

 覚だって入門したての子供たちには基本をしっかり叩き込んでいるし、警察官などの上級者にはいざという時に

犯罪者と戦えるように、少し変則的ともいえる実戦的な稽古をつけていた。

 「教えるような腕前じゃないけど、手伝おうか?」

 「いまランティスからヒカルを取り上げたりしたら、あとが怖いから遠慮しとくよ」

 「別に怒らないと思うけどなぁ」

 怒るというより光の心配をするか、手合わせの相手に妬くかのどちらかだろうとフェリオは思った。顔も名前も記憶に

なかったにもかかわらず、やはりランティスにとって光は特別な存在になっていた。再会当初こそぎくしゃくとして、

らしくもなく風がぴりぴりする程だったが、光が通い詰めるようになってからは不機嫌オーラがすっかり影を潜めていた。

カルディナなどは、「どないしてランティス手なづけたんやろ」と、まるきり魔獣と魔獣使い扱いをしていたものだ。

 「ヒカルはランティスのほうを頼む。どうしても手に負えなかったら、助っ人頼むよ」

 「うん。じゃあフェリオも頑張ってね!」

 ぶんぶんと手を振って、光はまた廊下を駆け出していた。

 

 

 

 「ランティス、おはよう!……って、あれ?居ないや」

 中庭に飛び込むなりそう言った光は、いつもなら噴水の縁に腰かけて待っているランティスが見当たらないのに

首をかしげた。

 「今日は部屋に居るのかな…?」

 「ヒカル、ここだ」

 ランティスが呼ぶ声にきょろきょろと見回すと、あのお気に入りの枝の上にランティスの姿があった。

 「そんな高いところ、どうやって登ったんだ!?」

 木に駆け寄った光が、ランティスを見上げて目をまん丸に見開いていた。

 「精獣を招喚して、この高さまで上がらせた」

 「もう、エクウスも止めてくれればいいのに…」

 「≪エクウス≫?」

 「あ、ランティスの精獣に私が名前つけさせて貰ってたんだ。そこに行ってもいい?」

 「ああ。いま、エクウスを…」

 「招喚しなくていいよ。ジーンズだし、自分で登るから」

 勝手知ったる光はするすると木をよじ登り、ランティスの隣に腰を下ろした。

 「ずいぶん木登りが上手いな。お前の世界ではみなそうなのか?」

 ほんの少し苦笑いの風情のランティスに、光は顔を真っ赤にして答えた。

 「あのっ、多分、女の子は普通やんないよ。私は凄くおてんばなほうだと思うし、子供の頃から兄様たちと一緒に

遊んでたから、つい、その…っ」

 恥ずかしそうにぺしゃんと垂れたネコミミをランティスが優しく撫でた。

 「これぐらい出来る者でなければ、魔法騎士など務まらなかったんだろう」

 「姫は…?エメロード姫は木登り出来たのか?」

 突拍子もない光の質問に、ランティスが顎に手をあてて考え込む。

 「・・・・・・・・・お仕えする以前は王城でお見かけするぐらいだったが、そういうことが出来るようには見えなかったな」

 「魔神を手に入れる旅の途中で何度も私たちを助けてくれた姫は、幼くてとても儚げな感じだった…。だけど、

私たちにザガートを倒されたあとの姫は……、ラファーガより、ザガートより、誰より強い大人の女性だったよ。

大切なものの為になら、人って思いもかけないこと出来るのかもしれない…」

 「ヒカル…」

 なし崩しに気分が沈みそうになるのを振り払うように、光は自分の頬を両手でパンっと叩いてぷるぷるっと

二、三度首を横に振りランティスに向き直った。

 「それよりも!どうしてこんなところに上がっちゃったんだ?腕も脚も折れたままなのに、危ないじゃないか!」

 小さな子供のいたずらを叱るような光に、ランティスがぼそりと答えた。

 「いつもの場所に居たんだが、遠くから甲高い声で俺を呼ぶ奴が来て…」

 「甲高い声?カルディナとプレセアと広間に居たし…誰だろう?」

 「少し嫌な予感がしたからここへ移った。姿を現したのは妖精のようだったが…」

 「妖精?…えっと、このっくらいのサイズで、うっすらピンクのひらひらのスカートで、ミントグリーンの長い髪の……?」

 ジェスチャークイズでもするように、両手を動かしながら光がランティスに尋ねた。

 「そんな感じだったな。知っているのか、ヒカル」

 がっくりと頭を落としたあと、苦笑いで光が答えた。

 「それきっとプリメーラだよ。セフィーロが崩れかけてた頃にランティスが助けてあげてから一緒についてきてるって

言ってた。精霊の森から帰ってきたんじゃないかな。プリメーラは回復魔法使えるから、顔を合わせたら治して貰えたのに、

どうして…」

 「何故といわれても・・・妖精族に関わるのは、少し気が進まなかった・・・」

 星見の夜のティターニアの森で二人を囲んでをたくさんの妖精たちが飛び回っていてもランティスは嫌がるようなそぶりは

見せなかったし、彼がこんな風に人(ではないけれど)の好悪を口にするのは初めてだった。はた目に見てもどうにもそりの

合わなそうなラファーガに対してさえ、ランティスが否定的な発言をすることはなかった。

 「ランティス…」

 「精霊の森にしろ沈黙の森にしろ、妖精族は当然のようにいるのに何故だ…?背筋が粟立つような、あのぞくりとする

感じはいったい…」

 「背筋が寒い…?風邪でも引いたんじゃないのか?ランティス」

 ぐっと身体を捻って左手をランティスの額に伸ばした光のTシャツ越しの、ささやかだが柔らかなふくらみがランティスの

腕に当たる。

 「んー。熱は……、ない、かな…?」

 まるで気にする風もない光とはうらはらに、ランティスのほうがどうしたものかと戸惑っていた。

 「ヒカル…。……腕に、当たっている…」

 「え…?あっ、ごめんなさいっ!こっち骨折してるほうだ…っ!」

 「いや、そうじゃなく…」

 痛めた腕に負担をかけたと勘違いして大慌てで身体を離そうとした光がバランスを崩し、ランティスはとっさに腕を

伸ばしたが、いかに光が軽くとも折れたままの左腕ではとても支えきれず、自由の利かない身体では光を胸に

抱きこんで落ちるより術がなかった。

 

 

 

 光の身体を傷つけないようにしっかり抱きしめていたランティスの腕をもがいて緩め、光はやっとの思いで上体を

起こした。

 「ランティスっ!?ランティス、しっかりして!」

 「…くっ……」

 ずきんずきんと脈打つような肋部の痛みと、愛しき者の悲鳴に近い叫びにランティスの意識が呼び戻される。

ゆっくりと開いた蒼い目が捉えたのは、ふわふわと柔らかな紅い髪と、ぽろぽろと涙の止まらない紅玉の瞳。

何をそんなに泣いているのかと尋ねたいのに、胸の痛みですぐには話せそうになく、ランティスはその頬に右手を

伸ばし、一言だけ呟いた。

 「ヒカル……」

 

 ――それは本当にささやかで、光以外では気づけないごく微妙なニュアンスの違い――。

 

 「ランティス…っ!」

 泣いている光の頬に触れるまではいいとして、光の涙がぽたぽたと自分に落ちてくることから、どうにもおかしな

体勢でいることにランティスがようやく気づいた。小柄な光ではランティスの両肩に手をついて身体を起こすのが

精一杯で、見ようによっては光が押し倒しているようなものだった。

 『……そういう趣味ではなかったはずだが…。何がどうなって……?』

 とりあえずこの状況を説明できそうなものは、目の前の光しかいなかった。

 「訊いても構わないか?魔物退治に出ていたはずなんだが、どうして俺はこんなところでヒカルに押し倒されて

いるんだ…?それに、何を泣いてる?」

 「私のこと、解るんだね…?本当に…」

 「おかしなことを訊くヤツだ…。シドウ ヒカル、17歳になったばかり。これは誕生日とインターハイ二連覇の

祝いになった…」

 質問したはずが逆に聞き返され戸惑ったものの、自分の右肩を押さえつけている光の左手首をやんわりと掴んで

ランティスはそう答えた。

 「…っく、いつものランティスだぁ…。よかった…っ」

 身を投げ出すようにしがみつき、光はランティスの頭をぎゅっと抱きしめた。前後関係の把握も出来ず、当たる

当たらないどころのレベルではない状況にありったけの理性をかき集めつつ、落下の衝撃で痛んでいた肋骨が

さらに軋んでしかめっ面にりながらも、ランティスは泣きじゃくる光をこわれものを扱うようにそっと包み込んでいた。

 

 

 

 ふたたび聞こえ始めた遠くから彼を呼ばわる声に、見つからぬよう祈りつつ。。。。。

 

 

 

 

                                              2010.9.19

                                        The first anniversary

 

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☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

 

1周年記念のわりに、相変わらずラブ度が低いです。すみません(^.^;

ラブ度が低いのはCbs&Crsの仕様です!・居直り(殴&蹴)

嵐さんのMonsterから記憶喪失ネタを思いついて書き始めましたが、

これが「課外授業」に続くとなると、ホントに怪我ばっかしてますね

(ま、アニメ版よく怪我してたし、いっか←いいのか!?)

きっと、大殺界だったんですよ、ランちゃん

(セフィーロにあるのか?地球からうっかり持ち込んじゃったのか…?)

Monsterはランティス側のイメージ曲で、

光ちゃん側の深層心理的イメージ曲はFayrayさんの Baby if, です

 

一からやり直し≪初心者マーク≫ってことでこの壁紙なんですが

くっきりハート型の葉っぱはクローバーじゃないと知ったのは

つい最近です(モノ知らずでして…汗)

 

――カタバミの花言葉 ≪輝く心≫――

 

 

 

            このお話の壁紙はさまよりお借りしています