花束を、貴女に…
「フウやヒカルのとちごうて、エラいカッコええ系やったなー、ウミの
ドレス…」
聖堂ならぬ広間の外で、新郎新婦の退場待ちのタータが呟いた。
「うふふふ、そうねぇ。でもとっても素敵だったじゃない。タータも
そろそろ着たくなったんじゃなくって?」
ニコニコと尋ねるタトラにタータは真っ赤になって言い返す。
「あ、あ、あ、アホなこと言わんといてーや! 姉様差し置いてそないなこと
出来んに決まっとるやろ!?」
「・・ヒドいわ、タータ。相手のいないお姉ちゃんにそんなこと言うの…?」
ハンケチをキュッと噛んで涙目になっているタトラに、わなわなとタータが
言い返す。
「相手がおらんのとちごぅて、選ぶ気、あらへんだけやろ!? 父様や母様が
山のように持ち込む縁談に知らん顔してるのは、姉様のほうやないか! 頭の
エエ奴も、顔のエエ奴もよりどりみどりやのに、ぜーんぶ蹴っ飛ばして…」
「タータったら、言・葉・遣・い。…仕方ないでしょう? どなたにも心を
揺さぶられなかったんですもの…」
「そやかて跡取りの問題があるんやし、ええ加減婿取り考えなアカンやろ?」
外交に出張るのがもっぱらタトラ・タータ姉妹ばかりなので二人姉妹だと
思われていたチゼータの姫君たちだが、地球でいうところの一夫多妻制なので、
実は母違いの弟妹が数人いるらしい。タトラとタータは第一夫人の第一子と
第二子にあたり、姉弟妹の筆頭格であるのだ。生母の家格から言っても、この
二人のどちらかがチゼータ王家を継いでいくものというのが国内外の一般的な
見解ではあった。
「ばあやにも言われているわ、そんなこと。でも心振れない方と添い遂げる
なんて出来そうにないんですもの。お相手がちゃんと決まっているタータが
私より先に婚儀を執り行っても、別にいいと思うのよ?」
タトラが僅かながら心動かされた相手は一人だけいる…、とタータは踏んで
いた。ただ、当時その相手には密かに心を寄せる相手がいたし、それを知って
いたタトラがこれといった意思表示に出ることもなかった。
その相手の想いが叶わなかったことはタトラもよく知っているが、だからと
いって傷心につけいるような真似をする筈もなく。それぞれの立場で社交辞令を
交わすばかりの距離を保っているように見えた。
セフィーロ侵攻とその後の和睦を経て各国との交流を重ねるうち、オートザム
大統領令息でありセフィーロ侵攻作戦指揮官を務めていたイーグル・ビジョンの
片腕として随伴していたジェオ・メトロに惹かれ、交際をすっ飛ばして婚約を
申し入れるという離れ業をタータはやってのけた。
領土拡大を旗印にした侵攻作戦中はブラヴァーダで星の海を渡り歩いていた
タトラとタータも、本国へ帰れば籠の鳥だ。好ましく思う相手がいたからと
いって、ちょっとデートに…ともいかない、やんごとなき身なのだ。
ジェオのほうもタータを憎からず思っていたこともあり、チゼータ側の事情も
十二分に斟酌して、一足飛びな婚約は奇跡的に成立した。
婚約者と、ということであれば、出かけても目くじらを立てられることもない
ので、そこからようやくもう一歩ふみこんだ相互理解を始めるという逆転ぶり
だった。
姉貴風を吹かせる訳ではないが、長子らしく下の子の面倒見のよいタトラは
我を通すということがない。タータらのわがままを時に窘めながらにこにこ
聞いているのがほとんどだ。
王位継承の序列の第二位にある自分が異国の要職にある相手を選んでしまった
ことで、タトラの選択肢を狭めてしまったのではないかとタータは密かに気を
揉んでいた。
「魔法騎士のお嬢さんたちはこれで全員かたづいちゃいましたねぇ…」
少し離れて立っているイーグルの感慨深げな呟きに、タトラがクスクス
笑った。
「まぁ。『かたづく』だなんて…。荷物じゃありませんわよ?」
「荷物扱いしたつもりはないですよ。導師クレフがいつもそのように愚痴を
零しておいでだったので、つい…。妃殿下とヒカルはダイガクを出るかどうか
ぐらいでお嫁に来ていたのに、ウミだけ随分遅いと…」
「ヒカルやフウはきょうだいがいるようですけど、ウミは一人娘ですもの。
きっとご両親のことが気がかりだったのですわ」
ランティスやフェリオ王子、そしてアスコットはいずれも天涯孤独の身の上
だったので地球で暮らすことも厭わなかったのだが、魔法騎士三人娘以外は
誰一人次元の壁を越えることが出来なかった。
時の止まった地球で光と柱の座を闘ったイーグルならあるいはと思われたが、
やはりその堅き扉は開くことがなかった。
その彼女らでさえ、セフィーロの者の血を引く子供を宿したままでは飛べない
らしく、一番実家に頼りたい時期に里帰り出来ずにいた風は、こちらの者らの
手を借りて妊娠出産を乗り切っていた。
「遠いところですからね…。だけど子供はいずれ巣立つもんです。自然の摂理
からいけば、親のほうが先に寿命が尽きるんだし、一生おぶって貰う訳には
いかないんですから。…ああ、僕は危うく親より先に寿命が尽きるところでした
けどね」
誰かからツッコミが来る前に、イーグルが付け加えて苦笑する。
「どんなに遠くても、幸せでいるなら喜んで貰えると思いますよ」
「そうね…」
聖堂の扉が開け放たれ、荘厳なパイプオルガンの調べが奏でられる中、
アスコットと腕を組んだ海がしずしずと姿を現した。
外で待っていた一同をくるりと見回し、海はタータの立ち位置を確かめる。
目が合うとタータはぶんぶんと海に手を振った。
「ウミーっ! 上手いこと投げてや〜!」
「解ってるってば。私のコントロールを信じなさーい!」
『花嫁のブーケを受け取ると幸せな花嫁になれる…』風のブーケは光の手に、
光のブーケは海の手に渡り、地球の言い伝えに信憑性を持たせていたので、
タータもあやかりたいと思っているらしい。この場で次に華燭の典を挙げそう
なのはタータあたりだろうということで、そんな流れになっていた。
間合いを確かめた海が皆に背を向けて目を閉じる。
「ちゃあんと受け取ってよ〜! せーの!」
「やーっ! そぇ、るーちゃんのぉ!!」
ブーケが海の手から離れた時、甲高い子供の声ととも突風が巻き起こり、
タータに届けられるはずだったブーケがバルコニーの外へと飛んでいく。
「おっと!!」
タンっと手すりに足を掛けたイーグルがブーケを手にしてバルコニーの外へと
落ちていく。
「キャッ! なんてこと…!」
タトラが思わず悲鳴を上げたが、シュルンと放たれた極細のワイヤーが
バルコニー上部の飾りに巻きつき、それに牽かれてイーグルがふたたび姿を
現した。
「驚かせてすみません。小さな子もいるから、今日はちゃんとランティスが
バルコニーの下に殻円防除を張り巡らせていたんですよ」
「フェリツィアさん、『勝手に魔法を使わない』と昨日もお約束したばかり
でしょう?」
「だって…、だって…」
母に叱られたフェリツィア姫はみるみる目をうるませていた。
「イーグル、怪我しなかった?」
相変わらず慣れないヒールでおっかなびっくり駆けてきた光が心配そうに
見上げた。
「大丈夫ですよ。ランティスの魔法は完璧ですから」
「フェリツィアにはヘッドドレスをアレンジしてあげるからって、式の前にも
約束したでしょ?」
軽く屈み込んだ海が、親友の一人娘を諭している。
「あー…、もうええし。ウミの気持ちだけ受け取ったっちゅーことにしとく
さかいに、それはちぃ姫さんにやったってー」
タータの言葉にフェリツィアの顔がぱあっと輝くが、それならと差し出そうと
したイーグルの手を風が遮った。
「甘やかさないでくださいな。泣いてごねればなんでも聞いてもらえるなんて
思わせたくありませんから」
イーグルにぴしゃりと言いきると風はフェリツィアに向き直る。
「フェリツィアさんが聞きわけのないことばかりおっしゃるなら、お帽子も
お断りしてしまいますよ?」
「うううっ……。ごめ…なしゃい、おかぁしゃまー」
「風ったら宣言通りのスパルタねー」
「…だね……」
海と光は思わず顔を見合わせて苦笑していた。予想以上にフェリオが娘に
デレデレで甘やかしてばかりで、ちっとも躾けに協力してくれないから自分が
きちんとしなくてはと風が常々言っているのを二人は聞いていたからだ。
「庶民には理解んない苦労があるみたいよねぇ」
「…ランティスが普通の人で良かった…」
この国唯一の魔法剣士が果たして普通の人と呼べるのか、はたまた一度は柱の
座にあった光がこのセフィーロの庶民と言えるのかいま一つ釈然としないものも
あるが、海は小さく肩を竦めるにとどめた。
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フェリツィア姫…フェリオ王子と風の第一子。日本名は留(るう)。シュコダ社フェリツィアより。