花束を、貴女に…

 

 控えめに近づいてきたチゼータの女官がタトラに耳打ちしてその場に控えた。

 「ブラヴァーダの準備にもうしばらくかかるんですって。どうしましょう?」

 「んじゃ、ウミの新居が見たいな。もう城から越したんだろ?」

 名案だといわんばかりにパチンと指を鳴らしたタータに海が慌てていた。

 「それはまた次にしてー! お客様迎えられるほどまだ片付いてないの。落ち

着いたらお披露目のガーデンパーティ開くから」

 「しゃあないなー。そのかわりプラグのパイと、ココナッツプディング用意

しといてな♪」

 「ハイハイ。ココナッツミルク、仕入れとくわ」

 「ウミんとこがおあずけやったら、ちょこっと街まで行こ! ジェオ、

セフィーロもええ店チェックしてるんやろ?」

 知らないだなんて言わせないという顔のタータに、頭をガリガリ掻きながら

ジェオが苦笑する。

 「お供しましょう、お嬢さん。ザズ、俺がいなくても…」

 「解ってらぁ!! NSXの出港準備、バッチリやっときゃあいーんだろ!?

どうせオイラなんかデートの予定無いからなっっ」

 「……無いのは相手だろう……」

 よせばいいのに余計な一言を呟いたランティスにザズが右ストレートを繰り

出すが、すいと避けられ空振っている。

 「ちぇっ! どいつもこいつも言ってろってんだ! 世の中には独身貴族って

言葉もあるんだからな!」

 独身貴族の境地に達しているとは思えない口ぶりのザズにイーグルがくすりと

笑った。

 「『残りモノには福がある』そうですからね。素敵な女性が現れますよ、その

うちに」

 「それにはまず仕事をバッチリ差配出来る男にならなきゃな。色気は二の次、

三の次」

 「解ってるっつの! 街でもどこでもとっととデートに行けよ! そのかわり

発進時刻に遅れたら置いてってやるからなー。へへーん、だ!」

 ジェオにあっかんべーをして、ザズか駆けていく。

 「なンだ? あいつ…。反抗期かね?」

 「子供扱いするとまた怒りますよ」

 「それじゃあ、タトラ姫。妹君をお預かりして参ります」

 腕を取られて照れながらも律儀に頭を下げるジェオにタトラは笑顔で答えた。

 「うふふ。あとでちゃあんと返してねー♪ タータ、留守番のお姉ちゃんへの

お土産は甘い物でよくってよ」

 ちゃっかりしたことを言うタトラに、タータはひらひらと指先を振っていた。

 「はいはい。ジェオ、行こ!」

 二人が出かけると、旅行用に着替える新郎新婦が控え室に戻ることになり、

他の者にはお茶でも振る舞おうとクレフが皆を誘った。

 それぞれに歩き出す中、立ち止まったままのイーグルにタトラが声をかけた。

 「どうかなさいまして?」

 小首を傾げたタトラに、イーグルは手にしたままの物を示した。

 「これ、どうしたものかと思って…。僕が持ってるのは…どう考えても違う

でしょう?」

 「あらあ、よくお似合いでしてよ?」

 タトラが楽しげにクスクス笑っている。

 オートザムきっての、いや、四か国合わせた中でも右に出る者のない美丈夫

なので、花嫁のブーケを手にしても妙にサマにはなっていた。

 「花は嫌いじゃありませんが、ブーケとなるとさすがに、ちょっと…」

 「あんなふうに言ってましたもの。タータはもう受け取らないと思いますわ。

あの様子だとフウもきっとダメね」

 風から光へ、光から海へと繋がってきたしあわせのリレーをここで自分が

途切れさせてしまうのは、もったいないような申し訳ないような気がして、

イーグルはひとしきり考え込んでいた。

 『イーグルぅ! タトラぁ! お茶入ったよーっ!』と遠くから呼ぶ光の声に

『はーい、すぐ参りますわぁ』と応えるだけ応えて、タトラはまだイーグルの

そばに佇んでいた。

 「お国にどなたかいらっしゃらないの? 貴方からの花束なら、ウェディング

ブーケのいわれを知らなくても歓ぶかたは多いでしょうに……」

 「それはどうだか……。でも、確実に言えることがあります。…僕がこれを

渡したいと思う相手は、いま、オートザムにはいません」

 含みを持たせたイーグルの口ぶりに、外の景色を映していたタトラの瞳を

縁取る長い睫毛が僅かに震えた。

 「じゃあその方にお渡しになればいいのに……」

 「情けない話ですが、その女性(ひと)に受け取って貰えるかどうか自信が

ないんです。その女性が心を寄せていてくれることに気づかなかった訳じゃない

のに、僕はずっと応えないままでいた。もうとっくに匙を投げられているかも

しれません」

 「そんなことおっしゃって…。オートザムのイーグル・ビジョンの誘いを袖に

するのは、きっとどこかの魔法騎士さんだけだと思いますわ」

 「……本当に、そう思いますか?」

 視線をそらしていたタトラの瞳の奥を覗き込むような仕草のイーグルに、

マルーンの髪が揺れた。

 「わたくし、その場しのぎの嘘なんてつきません…」

 自分の想いに封をして告げずにいたことは嘘とは呼ばない筈だ。少なくとも

その場しのぎなどではない、吐き通す覚悟の嘘はいつか自分の中で真実になって

しまうかもしれないものだった。

 「貴女がそう言ってくれるなら、僕も一歩を踏み出せそうです。このブーケ

……受け取って貰えますか? タトラ」

 「え……?」

 いくつかシミュレートしていた範囲を越えたイーグルの言葉にタトラはえも

いわれぬ表情を浮かべていた。

 「僕も貴女もこの花束に籠められた意味を知っています。そのうえで、僕は

貴女にこれを贈りたい。・・・いまさらですか? タトラ」

 戸惑いを隠せないタトラを見詰めるイーグルの瞳は、あくまで穏やかだった。

 「いまさらだなんて、そんな……。あの、でも、わたくし、…貴方よりも

少し…」

 「あれ、知りませんか? チキュウのことわざにこういうのがあるんです。

『年上の女房は金の草鞋を履いても探せ』ってね。僕ぐらいぼーっとしてると、

しっかりした伴侶を見つけたほうが回りも安心してくれるというものです」

 「わたしが『お姉ちゃん』だから…?」

 姉妹喧嘩でよく見せる上目遣いの潤んだ瞳に、イーグルが慌て気味に付け

加えた。

 「あ、いえ、もちろんそれだけじゃあないですよ。小春日和みたいな暖かさ

だとか、凪いだ海のような穏やかさだとか、そういう雰囲気も含めて…」

 思いがけず崩れたポーカーフェイスに、タトラも笑みが零れた。

 「そういうことでしたら…」

 ためらいがちに胸元で広げられたタトラの両の手のひらに、色鮮やかな

ブーケがそっと託される。

 「『お茶が冷める!』と導師に叱られる前に行きましょうか、タトラ?」

 さりげなく差し出されたイーグルの腕に、タトラもそっと指先を絡めた。

 「叱られるより先に、驚かれてしまいそうですわね」

 「ええ多分。でもきっと祝ってもくれると思いますよ? あの人たちなら…」

 

 

 セフィーロ城がこの日何度目かの歓声に包まれるまで、あと数十秒。。。

 

 

 SSindexへ                          2013.3.20up   

                       

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

 

 これでようやく、当サイト推奨カップルが出揃った・・・かな?

         このお話の壁紙はさまよりお借りしました