KO★A★LANTIS

 

 「ごめんね、今日は海ちゃんも疲れてるのに…」

 「いいのよ。ただでさえ大荷物な日にこんなバカでっかい物押し付けちゃったの、

うちのママなんですもの。それにこれ見てどんな顔するか楽しみだしね」

 あえて《誰が》と明言しないのは友情のなせる業だ。

 「前に海ちゃんから貰ったのよりずーっと大きいから、びっくりすると思うなぁ。ふふっ」

 小柄な光は引き摺らんばかりの白い大きな紙袋を両手に提げているので、海の母親が

父と二人良い子で留守番をしているであろう光たちの一粒種の為に用意してくれた

お土産まで持てずにいた。

 風のほうでは三人の子供たちが留守番なので、その大ぶりなお土産も三つあり、トータル

四つのそれのために東京タワーまで優と翔が荷物持ち兼見送りについてきたほどだ。

 「取り残された優さんたち、びっくりしたでしょうねぇ」

 「話はしてあるし、覚兄様も説明はしてくれてたけど…。普通、初めて見たら驚くよね」

 初めてセフィーロに招喚されたときの光たちはあてどない自由落下に大パニックを

起こしたものだったが。

 東京とセフィーロを繋ぐ次元通路のある広間ではフェリオが子供たちともども風の

帰りを待ち侘びていたので、三つの大荷物はまたたく間に捌けた。

 海自身も両手に白い大きな紙袋を提げていたが、小さな姫君たちの遊び相手をしていた

…というよりともだちの魔獣ともどもいいおもちゃにされていたアスコットに我が家の分を

さっさと渡して少し身軽になっていた。

 「…それにしても…近来稀に見る重量だわよね、これ…」

 「ごめんね、重くって」

 「光が謝ることじゃないでしょが」

 「でも選んだの覚兄様たちなんだし…」

 獅堂家的にはカタログギフトも有りだろうが、やはり先方の家柄的には不都合があったの

だろう。もっともカタログギフトを貰ったところで、セフィーロに住まう身にはおいそれと

オーダーも出来ないし、小さな子供を置いてそうそう里帰りする訳にもいかないので

『現物支給』のほうがいっそありがたい。

 本来ならば自分の家の分だけ持って帰るはずが、オートザムのイーグルや城下町に住む

ミラからも祝いを預かっていった為に、そのお返しとして引き出物を持たされているのだった。

確かにイーグルやミラにはあまり目にする機会もない珍しいもの揃いかもしれない。

 顔を見たこともなければ逢うこともないだろう覚たちの為に、イーグルはオートザム国内で

人気のデザイナーのフォトフレームを贈ってくれていた。光とランティスの結婚式で花嫁の父

ならぬ兄・覚の代わりを務めたイーグルだったので、そこはかとない親近感を抱いていた

らしい。

 海からプリザーブドフラワーの作り方を習ってマスターしていたミラはセフィーロに咲く花で

コサージュや花冠を用意して光に託していた。それらはお色直しのドレスにもよく映えていて、

ミラにも見てもらおうとたくさん写真に収めてきた。

 「海ちゃんの母様がセレクトしたドレス、どれも素敵だったよねぇ…」

 「花嫁が美人だと何着てもサマになるわぁ。覚さんも流石よね。紋付袴が似合うのは予想

してたけど、フロックコートやタキシードもバッチリだったじゃない」

 「あははは、そう?すっごく落ち着かなげだったけどね、控え室では。紋付袴のほうは結構

着慣れてるから、うち」

 「あの色打掛の友禅、人間国宝の作って聞いたわよ」

 「たまたま母様の知り合いなだけだよ、お茶席っていうか、母様日ごろから和装だし。ほら、

私がこっちでプレセアに仕立てて貰ったドレスで済ませちゃったからちょっと寂しかったみたい。

向こうのおうちも和装も捨てがたいと思ってたみたいで、どんどんお色直しが増えちゃったん

だって」

 「ドレスから引き出物の品までご注文戴きましてまことにありがとうこざいました」

 恭(うやうや)しく一礼した海に光が慌てて頭を上げさせる。

 「う、海ちゃん!私じゃないったら」

 「だって覚さんたちと話すチャンスそんなになかったんだもの。それにね、ママが仕事を

楽しんでるのを実感してちょっと安心したから…」

 兄や姉が東京にいる光や風に較べ、セフィーロのアスコットの許に嫁ぐ一人娘の海に何の

憂いも無かったと言えば嘘になる。婿養子を熱望はせずとも、よもや声を聞くこともままならぬ

異世界に嫁に出すとは両親とて予想もしていなかっただろう。それでも風が嫁ぎ、光が嫁ぎ、

なかなか踏み切れないままでいた海の背を両親は優しく押してくれた。

 『ママが見立ててきたドレスを持って、彼のところにいらっしゃい』

 もともと夫の商用旅行に同伴することの多かった海の母親は、そのセンスの良さを活かして

レディースブランドを手始めに、子供服、ベビー用品と様々な商品を扱うセレクトショップを

立ち上げていた。ただセンスが良いだけでなく、娘に着せたい、孫に贈りたい目線で上質な

ものが揃えられていた。

 プレセアやカルディナが地球通貨を獲得したい時のグッズ販売も、海がセフィーロに嫁いで

からはそちらの一部門に編入して貰っていた。

 里帰りの折にそんな話をちらりと聞いてはいたものの、気がかりには違いなかった。

 今日の結婚式にも海まで招待されるとはまったく思っていなかった。花婿・花嫁の妹である

光や風とは違う。彼らの妹の友達に過ぎないのだから。晴れて義理の姉妹となる親友二人を

心ひそかに羨ましく思っていたら、意外な理由からお招きを受けたのだ。

 『ずっと両家の妹たちとの絆を結んでくれていた架け橋だったから』

 友達に頼まれたからやっていたに過ぎないことをそんなふうに感謝されるとは思っても

みなかったし、ある伝言と偶然がきっかけで覚と空の二人が親しく言葉を交わすように

なっていたなんてことはもっと予想外のことだった。

 式に招かれたこと自体驚きだったが、その結婚式に海の母親が関わっていたことはさらに

大きな驚きだった。光らと花嫁の支度を覗きに行ってみれば、そこに甲斐甲斐しく着付けの

最終確認をする海の母の姿があったのだから。

 「目がまんまるよ?海ちゃん。その顔が見たくて内緒にしていたんだけれど。うふふふ」

 打ち合わせの為、何度も顔を合わせていた覚と空には口止めを頼んでいたらしい。

 海も嫁いでしまってからは、三人とも里帰りはそれぞれに慌(あわただ)しかった。ことに

子供を置いてくる光や風はほんの数時間滞在するのがせいぜいになっていたので、なかなか

他の二人の家まで寄る余裕もなく、覚や空が代わりに互いの家や龍咲家への近況報告を

引き受けていた。老け込むような年代ではないにしろ、両親だけにしてしまって海が気に

かけていることを妹たちから漏れ聞いていたからだ。

 国内のだけにとどまらず海外にもショップを開いた頃から少しその交流範囲が広がり、

いまではすっかり家族ぐるみというか、母親同士のネットワークが確立されていた。海外に

開いたショップのコンセプトは日本のよき文化の紹介にも重点を置いていて、その点で光の

母親はうってつけの人材だった。鳳凰寺家が迎える海外の要人にも茶席のもてなしは

たいそう評判がよく、都合がつくかぎりその要望に応えていた。風の母親も茶道の心得は

もちろんあるが、家元手ずから点てる一服を味わう機会というのはそうそうあるものではなく、

場の和やかさがいっそう引き立てられるのだという。

 式の合間、まるで旧知の間柄のように和気藹々と語らっている母親たちの姿に、光たちの

ほうが目をぱちくりさせたほどだった。

 

 

                              NEXT