KO★A★LANTIS

 

 光が兄の結婚式の為にセフィーロを留守にする間、休みを取ったランティスが一人息子と

留守番をしているはずだったが、辺境の村から厄介な魔物の襲来の報告を受けて出向く

事態に陥っていた。フェリオ一人では面倒をみきれない三人の子供たちの世話を手伝って

いたプレセアが、『三人も四人も変わらないから預かるわよ』と笑って申し出てくれたので

それに甘えたが、魔物退治を片付け、夕刻に城に戻ると別の厄介ごとが持ち上がって

広間はにわかにばたついていた。

 「安請け合いしたのにごめんなさい。ちょっと目を離した隙にレヴィンに逃げられたわ」

 「……ああ、居場所は判ってる」

 人並み外れて気配に敏いランティスにはレヴィンが広間に居ないことは織り込み済み

だったが、報・連・相に細かい親衛隊長のラファーガにとりあえず先に報告しようと思った

だけだ。

 現場報告も帰城報告もマメとは言い難かったランティスだったが、帰還直後なら口頭で

済ませるのに、後回しにしたが最後、最近はいちいち書面で出せと言い出すので余計な

手間を食わされる前にと渋々応じている有様だった。

 慌てるふうもなくラファーガへの報告を済ませるとランティスは中庭へと降りた。

 導師クレフらが結界を張っているセフィーロ城だから子供一人でもそうそう危険はない。

まだ木登りも出来ないのでせいぜいが転んで擦り傷か青あざを作る程度だし、男の子

なのだからそのくらいは日常茶飯事だ。(光も幼少時はそんな調子だったようなので

女の子でも大差ないかもしれないが・笑) 親が傍に居ようと怪我をする時はするものだ

というのが、ランティス夫妻の共通の認識だった。

 

 特に意識して連れてきたつもりも無かったが、レヴィンにとっても中庭はお気に入りの

場所らしく一人機嫌良く時折低く飛ぶ小鳥を追いかけていた。

 「とうしゃん!」

 目ざとく父を見つけたレヴィンが転がるように駆けてくる。

 パパ呼ばわりされるのはどうにも落ち着かないので、ラファーガ家の長男トルネオの

ように『父上』と呼んでほしいランティスだが、まだ舌が回らず光が『父様』と言うのを

真似しつつ『とうしゃん』呼びになっていた。

 「亨(とおる)=レヴィン、広間を出てはいけないと言っただろう?約束を忘れたのか…?」

 どこまで理解出来るか判らないが、いけないことをしたと認識させない訳にはいかない。

 「ご…めん…なしゃい」

 父が息子をフルネームで呼ぶのは叱る時だとの認識は出来ているらしい。びくんと

肩を竦めたものの、泣き出さないのは誰に似たのか見上げた根性だ。

 ランティスよりも細くて柔らかな黒髪をくしゃくしゃとかきまわし、しょんぼりとうつむいた

我が子を抱き上げて目線を合わす。

 「お前が勝手にいなくなったせいでプレセアが心配していた…。他に遊びに行きたく

なったのなら、黙って出掛けないで、行き先は言っていくこと。わかったか?」

 「ぁい・・とうしゃん」

 普段なら光が言い聞かせるところだが、不在とあらば致し方ない。 『ランティスが

無口なほうなのは判ってるけど、まだ少ない言葉で言われたこと全体を推し量れるはず

ないんだから、レヴィンを躾ける時はちゃんと言葉を尽くしてね。これからどんどん言葉を

覚えていく時期でもあるんだもの』というのは、幼い子供を相手するキャリアにかけては

ランティスの遥か上を行く妻からの申しつけだった。

 物心ついた頃から周りには大人しかいない生活を送っていたランティスは、口数が

少なかろうと言わんとする意味を大人たちが勝手に解釈してくれていたのだと、指摘されて

初めて思い至る有様だった。

 「あのね、とぃしゃん、ぎゅーすぅ」

 からかうように近くを飛び去るカラフルな小鳥にレヴィンが手を伸ばすが、ことごとく

逃げられている。まだ舌っ足らずな息子の言葉を咀嚼して、ランティスが静かに諭した。

 「小鳥は捕まえるものじゃない。お前が力任せに握ったりしたら小鳥は怪我をしてしまう

だろう? 手を振り回さずに、大きな声を出さずにじっとしていろ」

 噴水の縁に腰掛け、膝に乗せたレヴィンの両手をランティスがそっと戒める。待つほども

なく、馴れた小鳥たちがランティスの肩や腕に舞い降りて、レヴィンは目をまんまるに

見開いていた。

 「人さし指だけ伸ばして、そう。ゆっくり手をあげて、大きな声は出すんじゃない…」

 言われるままに指を伸ばした小さな手にランティスが大きな手を添えてそろりと目の

高さまで上げると、その細い指に一羽の小鳥がちょこんととまった。

 ピルルルル、ピピッ♪

 すぐ目の前で歌うようにさえずる小鳥にレヴィンは満面の笑顔だ。ランティスにそっくりと

評されることの多いレヴィンだが、こうしてにこにこしているときは光の面差しが映りこむ。

「かぁいいね、とぃしゃん」

顔を近づけた幼子の前髪を小鳥が啄(つい)ばむと、驚いたレヴィンが「わぁ!」と声をあげて

しまい、その声に驚いた小鳥は大きな木の葉陰へと逃げていった。

 「あー、とぃしゃん・・・」

 「大きな声を出してはいけないと言ったろう?」

 「ぁい・・。とぃしゃん、ごめんなしゃいすゅ」

 泣きそうなのをこらえてそういう息子の頭を撫でて、ランティスが立ち上がった。

 「許してもらえるといいな」

 小鳥が姿を消した樹の下までいくと、レヴィンが生い茂る葉を見上げた。

 「とぃしゃん、ごめんなしゃい・・・」

 ピチチチチ、ピルルルル…優しい鳴き声が降ってくるが、レヴィンはまだ不安そうな顔をして

ランティスを振り返った。

 「これから小鳥のそばで大きな声を出さないようにすればいい。出来るな?」

 「・・・ぁい」

 そう返事はしたものの、名残惜しいのかレヴィンはまだ葉陰に小鳥の姿を探している。

 「…樹に、登ってみるか?」

 「うん!・・・ぁい!」

 『返事は《はい》』と叱られる前に慌てて言いなおすと、ふっと微笑ったランティスが息子の

頭をぽむぽむと撫でてやっていた。

 

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