HAPPY COME ON ♪

 

 「あのね、ランティス。近場でわりとおとなしいドラゴン見られるとこないかな?

ニューイヤーカードの写真を一緒に撮れるような、さ」

 内心『来たな…』と思いつつ、今年のランティスはいつになく余裕だった。

 「そこに居るだろう」

 光が淹れた香茶を片手に、読んでいる古文書から目も上げずにランティスが答えた。

 「そこ?…どこ??」

 「暖炉の横」

 光がそちらを見遣ると置物のように座り込んでいた半精半獣のアレックスがしっぽを

ひとふりした。

 「もう…、狐じゃなくて龍、ドラゴンだってば」

 「反対側」

 「反対側…?あーーーーーーっ!」

 大声を出した光に指さされて、青、緑、赤とトーテムポールかだるま落としのように

積み上がって眠っていたサーヴァント≪使い魔≫のミニドラゴンがボンッと弾んで

転がり落ちた。

 自分のほうに転がってきた緑の風龍をアレックスがしっぽではたいてさらに転がして

遊んでいる。

 「アレックスったら、そんなことしちゃだめじゃないか。おどかしちゃってゴメンね」

 足元まで転がってきた赤い火龍を抱き上げた光がしっかり抱えてなにやら考え込む。

ランティスの隣で絵本を読んでいたレヴィンがとととっと歩いてきて、光の服のすそを

つんつん引っ張った。

 「ママぁ、だっこーっ!」

 光の腕の中にいる火龍に妬いたレヴィンがぐずると、ランティスが静かに息子を

フルネームで呼んだ。

 「亨(とおる)=レヴィン…」

 ランティスがフルネームで呼ぶのは『カミナリを落とすぞ』のサインだった。叱られて

びくんと肩を縮こませたレヴィンがうーっと唸って言い直す。

 「母様、だっこ」

 「ランティスってば…。まだちっちゃいんだから『ママ』でもいいじゃないか。レヴィンは

そろそろ寝る時間だね。歯磨きしてねんねしよ?」

 暖炉脇に火龍を戻すと、光はレヴィンを抱き上げてリビングを出て行った。

 

 

 翌日、親子三人で連れ立って市(いち)へと買い物に出かけた光はよろず屋の店先で

あるものを前に真剣に考え込んでいた。

 「ねぇ、ランティス。うちのミニドラゴンってあれより小さくはならないんだよね…?」

 「ならない」

 半精半獣のアレックスはサイズが自在に変わるが、普通の肉体を持つドラゴンの

大きさが変わるはずもない。

 抱えていたときの大きさを腕だけで再現しつつ、光はまたランティスに尋ねた。

 「これぐらいだったら入ると思う?」

 「…おそらくな…」

 「すみませーん。これと、これと、これ、ひとつずつくださーい」

 そんなかさばるものを3つも買って何をするんだと思いつつ、支払いを終えたそれを

荷運び用の宝玉に仕舞い込むランティスだった。

 

 

 

――ランティスの次の非番の日・・・

 『今日はニューイヤーグリーティング作るからね』と宣言していた光はリビングにある

ローテーブルに真新しい白いテーブルクロスを広げ、その上に市で買い求めた物を

並べてほしいとランティスに頼んだ。

 「えっと、赤、緑、青の順に並べてね」

 言われるままランティスが並べると、光はあらかじめ用意していた蓋のようなものを

取付け始めた。

 「よしっと。火龍、風龍、水龍、ちょっとおいでー!」

 光が呼ぶと暖炉脇に積みあがっていたミニドラゴンが一番上の赤から順にぱたぱた

飛んでくる。

 「はい、火龍はここ。風龍はここと、水龍はこっちね」

 それぞれの身体と同じ色の籐籠のような柄のついた壺に入らせると、ぽんぽんと

上から蓋をした。

 「そのまましばらく待っててね。で、ランティスはこれに着替えてきて」

 赤地に白抜きという派手なペイズリー柄の大きな風呂敷包みを手渡し、光はにっこり

笑った。

 「旅してた頃に似たような服見てたと思うけど、これのポストイット貼ってるとこも

参考にしてね」

 地球の文献の中でもランティスが手にすることのない少女マンガを数冊、光は

彼が抱える風呂敷包みの上にのせた。

 「・・・・?」

 「さ、早く早く。私は先にレヴィンの支度するから」

 眉間にしわを寄せたランティスの背中を押して寝室に追いやると光は子供部屋へと

入っていった。

  

 レヴィンの支度をすませ自分も着替えようとした光が寝室に戻ると、風呂敷を

広げたままでランティスが難しい顔をしていた。

 「まだ着替えてなかったの?」

 「本当にこれを着るのか?俺が…」

 「そうだよ。それランティスのサイズで海ちゃんに仕入れてきてもらったんだもん。

私は着られないよ?」

 「・・・・」

 サイズよりもむしろデザインを問題視してほしいと思うランティスを置き去りにして、

光はウォークインクローゼットのほうで自分も着替えにかかっていた。

 

 異国情趣あふれる衣装を身につけた光が鏡の前の自分をチェックしていた。

 「これで大丈夫だよね…」

 いつぞや某国で着せられた物よりはかなりおとなしめなはずだから、ランティスが

硬直することもないだろう。むしろランティスは自分がそのなりをすることに相当な

抵抗を感じているようにもみえた。

 「旅してた頃、ホントに一度も着なかったのかな…」

 他の二国はともかく、あの国であの魔法剣士の姿は相当にきつかっただろうと思えた。

定期的な交流が増えた現在は、セフィーロらしい正装で、なおかつ快適に過ごせるよう

生地に工夫がなされていた。

 『心頭滅却すれば火もまた涼し』とでもいうのだろうかと、かの地でのことをあまり

話したがらないランティスに光は勝手にあれこれ想像を働かせていた。

 

 ニューイヤーカードで日頃逢えない人々に写真を添えて近況報告したい妻の気持ちも

判る。里帰りの折にもスナップ写真をいくつも持ち帰っているようだが、光の両親は

ことのほかこの一年ごとの便りを楽しみにしているという。

 『相変わらず日本全国武者修行の旅してるけど、私たちの子供の頃の写真と一緒に

孫たちの写真も持ち歩いてるんだって。「親バカ通り越して祖父(じじ)バカ」だって

翔兄様が呆れてた』

 光はくすくす笑っているが、それを言われるとランティスには痛かった。息子は三人

居るにしても、たったひとりの娘が産んだ孫を彼等が抱けない原因は光が異世界

なんぞに嫁入りしたことにある。光は地球とセフィーロを行き来することが出来るが、

ランティスも二人の間に生まれたレヴィンも次元の壁を越えられずにいるからだ。

生粋のセフィーロの人間の自分が行けないのは致し方ないとしても、光の血を

引く者にさえその壁は高かった。

 だから写真ぐらいしか孫に接する機会がない彼等の為に、レヴィンが着飾るのは

一向に構わない。だがしかし、自分までそれに乗るということはまた別種の障害が

横たわっていた。

 

 ――こすぷれ…この行為をそんな風に

               呼ばなかっただろうか……?

 

 着替えを済ませた光がウォークインクローゼットから出てくると、ランティスは

まだ件(くだん)の衣装と睨み合っていた。

 「もうランティスってば!レヴィンみたいにお着替えさせなくちゃならないのか?」

 「…いや、自分で着替える」

 もっと甘やかなムードがあればともかく、子供扱いではさすがに情けない。

 「着替えたら横笛も持ってきてね。ランティスが着替えてる間にドラゴン仕込んでくる」

 パタパタとかけていく背中を見送り、反論するだけ無駄だと悟ったランティスは黙々と

着替えにかかっていた。

 

 あの国の物ほど露出度が高くないのは有り難いがその分着こなしが難しいそれを、

光推奨の参考文献(少女マンガだってば・笑)をちらりと見ながらなんとか形にする。

 「・・・」

 鏡の中の自分の姿に深いため息を零しつつ、ランティスもようやく寝室を後にしたの

だった。

 

 

                                       NEXT

 

 

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半精半獣のアレックス…ランティス家のペットの位置づけだが、遠出のときの光の足の役目もある

              ≪炎狐≫ファイアーアーレンス。アーレンスフォックス消防自動車より

サーヴァント≪使い魔≫…家事を手伝うミニドラゴン。ランティス家には火龍・風龍・水龍がいる

               火龍+風龍⇒ドライヤー 火龍+水龍⇒給湯 などと使う 

いつぞや某国で着せられた物…jump!参照