Come On A My House
「つまらないなぁ…。今日も出迎えはあなただけですか」
ジェオがハンドルを握るコンバットヴィークルからひらりと降り立ったイーグルが
小さく肩を竦めた。
「お前の健診を城内総出で迎えるような暇はない」
立場的には同盟国要人である相手を掴まえてひどい言い草もあったものだが、
言われた方も気を悪くする様子がないのはやはり長年の付き合いあってのものだろう。
「お忙しい導師や王子殿下の手を煩わせるつもりはありません。あなたのところに
とっておきの可愛い女性(ひと)がいるはずなのに、彼女がこちらに居を移してかれこれ
二年…。健診を出迎えてくれたためしが無いなぁ…と」
「忙しいのはヒカルも同じだ。朝から夕方まで城下街のミゼットに詰めているからな」
ミゼットは光の提唱で開設されたばかりの地球の幼稚園と保育園の性質を併せ持つ施設だ。
実質面はなるべくセフィーロの者に任せるよう心掛けている理事長兼相談役の立場の光だが、
口で説明するより先に身体が動くタイプなので結局子どもたちの世話に明け暮れていた。
かてて加えてオートザムから導入するFTO-Ψの基礎訓練などもあるので、東京から
遊びに来ていた頃より多忙を極めているぐらいだ。
「それはそうでしょうけど…。どうせなら愛想なしのあなたに迎えてもらうより、
じゃれつく小動物のようなヒカルの熱烈歓迎を受けたいじゃありませんか……やだなぁ、
冗談ですよ、ランティス」
スペルの詠唱もなくピシッと足元に小さな雷撃を受けたイーグルが、小さく両手をあげて
「大切な今夜を控えて黒こげは困ります」と笑った。
意味深な口ぶりのイーグルに、ランティスが声のトーンを落として訊ねた。
「…導師との晩餐を断ってまでうちに来るというのは…、公に出来ない話か?」
「いえ…、ヒカルの手料理をご馳走になるだけですよ。待てど暮らせどあなたが愛の
巣に招待してくれないから、前回の健診の時にヒカルに直談判したんです。……あれ?
聞いてなかったんですか?」
そらっとぼけているが、おねだりをぎりぎりまでランティスに告げないよう口止め
したのはイーグルだ。彼らが押しかけてくると知ればランティスが仕事にかこつけて
不在にしかねない。そうなると旧知の仲とはいえ、光一人の家に男ばかりで乗り込むのも
無作法に過ぎるからだ。
ランティスがじろりと睨みつけると、イーグルはしれっと切り返す。
「今から用をでっち上げるのはナシですよ、ランティス。いつも忙しい光がせっかく
準備してくれたディナー、ふいにしてしまうのはあんまりでしょう?」
本当なら二人分だけ用意すればそれでよかったのに。
いや、光の負担になるなら城下に食べに出かけてもよかったのに。
「…よりにもよってこんな日を狙い撃ちでか?」
「一年目早々にあなたがすっぽかした結婚記念日ですよね?二年目は綿婚式でしたっけ」
言外に二人の時間を邪魔するなと牽制するランティスだが、当然それしきで怯むような
イーグルではない。
「已(や)む無く出かけねばならなかっただけで、ヒカルは納得していた」
親衛隊長をラファーガに委ねているとはいえ、厄介な魔物の徘徊などが重なれば手を
貸さない訳にもいかない。新兵練成期間であれば尚更、まだ未熟な彼らの安全をも
確保してやらねばならないので、いかに手練のラファーガといえど一人で率いるのは
手に余るというものだ。
「ヒカルは優しいひとですからね。ヒヨコ組に怪我させたくなかったんでしょう…。
けど、司令官職の僕から言わせればそれも甘いと言わざるを得ませんが」
正規軍であれば錬度の低い新兵の損耗率は当然ながら織り込み済みだ。
城内の者はみな二人の結婚記念日を知っている。だからその日は二人で過ごせる
ようにと、休みを取るよう勧めてくれてもいた。だが、普段二人が抜けた分をカバーして
くれる者の忙しさを知っているので、素直にはいそうですかとは休んでいられないのだ。
周りの皆に半ば押し切られるように、申し合わせて休みを取ってはみたものの、不測の
事態というのは起こるものだ。
結果、彼らが一年目の結婚記念日に一緒に過ごせたのは、ラスト数分。
何でもない日の休日ならいざ知らず、結婚記念日を、しかも一年目から台無しにして
しまったことでランティスは思わぬところ(ある意味予想通り?)から猛抗議されていた。
事情が解かっていて聞き分けの無いことを言う光ではないし、多分に国内の警備上の
手薄さが原因であるので、風も表立って口出しすることはなかった。
「立場的には風も言いにくいわよね。国として親衛隊の態勢がきちんと整っていれば、
休暇のランティスを引っ張り出さずに済むはずなんですもの。光は光で可愛い我が侭を
通せるタイプじゃないし。だから私がビシッと言わせてもらうのよ」
珍しく執務室まで押し掛けてきた海が仁王立ちでそうまくし立てるのを、ランティスは
黙って聞いている他なかった。
殴り込み…もとい、怒鳴り込みがあったからという訳ではないが、今年こそは二人で
ゆっくりするつもりだったのだ。親衛隊のルーキーも使える者が育ってきているし、
ミゼットでは光に懐いていたミラが率先して子どもたちの世話にあたってくれていた。
それなのに、こんなところから伏兵が…当の光を丸め込んだ邪魔者が涌いて出ようなど
誰が想像するだろう。
「まったく……いい性格だな、イーグル…」
「今の今まで知らなかったのかよ、ランティス」
イーグルとランティスのやりとりを聞いていたジェオが溜息交じりに頭を掻いていた。
秘密主義なのかなんなのか、ランティスは光との生活のことをほとんど話さないし、
東京とセフィーロを行き来していた頃より、セフィーロで暮らすようになった光と顔を
合わせる機会が格段に減っていて、近況が気になっていたのもイーグルの偽らざる本心
だった。気がかりだったのはジェオも同じで、積極的に加担しないまでもイーグルを
止めなかったのも事実だ。
ランティスのオートザム滞在中に共有した時間も少なからずあるので、あの調子で
新婚生活を送っていたなら光がさぞ苦労してるだろうとの心配もしているのだ。
可愛い妹分が難儀していないか確認するには、やはり家にお邪魔するのが一番だろうと
イーグルの策略を黙認したのだった。
「新婚旅行でオートザムに来た時、『お料理はこれから頑張るんだ』って意気込んで
ましたからね。そろそろセフィーロの食材やキッチンにも慣れた頃合いでしょう?」
実験台になるのはごめんとばかりに二年の余裕を持って現れるあたり、司令官殿は
ちゃっかりしている。
「キッチンの設備関係は随分トウキョウと勝手が違いそうな話だったしなぁ…」
菓子作りのみならず料理に手慣れたジェオは目のつけどころが違っている。
「……そう…なのか?」
「ヒカルと二年暮らしてその発言ですか…。語るに落ちるとはこのことですね。
日頃ヒカルを手伝っていれば、彼女が何に苦労してるかおのずと解るはずでしょう?」
「……エスプレッソは淹れてる」
むっとしたランティスが何やら偉そうに言い張るが、光はエスプレッソマシンを
持ち込んでいない。自宅で飲むのはアメリカン用の浅煎り豆であるにもかかわらず、
何故だかランティスが淹れるとやたらと苦くなるので、光が便宜上エスプレッソと
呼んでいるに過ぎない。同じ分量の豆で光が淹れるとちゃんとアメリカンになるのは、
密かにランティス家七不思議のひとつと言われている。
「どちらかというと僕は香茶のほうが好みなんですけどね。セフィーロの茶葉は
淹れるのにコツが要ったはずですが、ヒカルは上手く淹れられるようになりましたか?」
「………俺よりは上手い……」
「お前が基準じゃ判断しようがねぇな」
くっくっくと笑いながらジェオがまぜっかえす。
「その辺りも含めて今夜のお楽しみですね」
ジェオの言葉にイーグルもニコニコ笑っている。
「……お前たちが上から目線なのは気のせいか?とても押しかける側の言い分には
思えんのだが…」
『招かれる側』とは言わず『押しかける側』と言うあたり、ランティスも遠慮がない。
ちらりとイーグルと視線を交わしたジェオがランティスにガシっとヘッドロックをかけた。
「押しかけるだなんて人聞きの悪いこと言うなって。独り身の俺たちとしてはだな、
人生の先輩に円満な家庭生活のお手本を見せて貰いたいだけなんだからよ」
わざわざランティス家に来なくとも、オートザムには婚姻制度もあり、イーグルの
両親である大統領夫妻はおしどりぶりで知られているのにと、ランティスは胡散臭げな
まなざしを二人の友に向けるのだった。