「おっじゃまっしまーす!ここがヒカルんちかー」
「いらっしゃーい!入って、入って」
ドアが開くなり遠慮なくきょろきょろ見回すザズの声に応えて、光が来客を招き
いれていた。
「ヒカル。お招きありがとう。レディ=エミーナからヒカルの好きなオーリスの
パイと綿婚式のお祝いを預かってきました」
「うわぁ、ありがとう!レディ=エミーナのパイは新婚旅行で一緒に作って以来だ!
嬉しいなぁ。デザートにお茶と頂こうっと」
手土産の袋を抱き潰さんばかりの光の喜びようにイーグルがにこにこ笑っている。
「へぇ、意外にシンプルな室礼(しつらい)なんだな…。もそっとヒカル好みの可愛い系
なのかと思いきや…」
「・・・・」
三人三様の言葉を聞いているのかいないのか、テンション低めな無言でいるのは
もちろんここの主だ。
「あははは。可愛い小物とかは確かに好きだけど、そういうのあんまりランティスに
似合わないんだもん。なるべくシンプル系にしたんだ」
あんまりどころかまったくの対極と言っていい。調度品選びはほとんど光に任せきりで
ただの荷物運びについていったようなものだったが、ランティスの好みを多分に慮って
くれていたらしい。
「ヒカルのセレクトだからでしょうね。シンプルさの中に暖かみがある」
「ランティスはなー、ほっとくと服と同じですぐ黒ずくめになっちまうもんな。
オートザムの宿舎でもコイツの部屋だけ度外れて薄暗かったんだぜ」
「…結婚前の部屋は今も執務室に使ってるけど、そんなに黒ずくめかなぁ。ほとんど
天然木とかだし…。確かに少し黒めの木かなぁとは思うけど」
リビングのソファにゆったりと腰掛けたイーグルとジェオの言葉に、用意してあった
お茶を淹れながら光が小首を傾げている。
「ランティスが自分で買い揃えた訳じゃないからその程度で済んでるんですよ」
「ほえ?そうだったの?」
「余っていたものから適当に選んだ…」
「…オートザムから帰国したばかりの頃は要注意人物扱いだったんですよねぇ?
ランティスは…」
さらりと爆弾を放り投げたイーグルに光は目を丸くするばかりだ。
「え、どうして?」
「どうして、って…」
素で問い返されイーグルのほうがジェオと顔を見合わせている。二人の躊躇いに
気づかず、ザズがさらりと後を続けた。
「そんなの怪しすぎるからに決まってんじゃん!ヒカルはそう思わなかったのかい」
「だから何が怪しいんだ?あ、異国帰りだから、何か風土病持って帰ってるかも
しれないとか?」
「はぁん。そいつぁある意味生物兵器だな…」
「…昔のことはもう…」
話を遮ろうとするランティスに構わず、ザズが起爆装置を押した。
「そーじゃなくてさー、オートザムのスパイじゃないかと思われてたってこと!
全っ然、これっぽっちも疑わなかったの?ヒカル」
「そんなこと…っ!ランティスと話したら、どれだけ真っ直ぐな人かすぐに判るのに…」
ランティスの傍らに立っていた光は愛する者を庇うように肩を抱(いだ)いていた。
「真っ直ぐ?かなりひねくれてる気もするがなぁ…」
「ヒカルにだけ素直だったのか、ヒカルの見る目に問題アリなのか…。きっと両方だよな。
でなきゃランティスと結婚するなんてキトクなことしないよなー」
「き、奇特って…」
肩に添えられた手にきゅっと力が入ると、ランティスは光の手をそっと包み込んだ。
「気にするな」
「実際問題として何でランティスの部屋がこんな辺鄙(へんぴ)なとこにあると思う?」
二人のスイートホームに押しかけておいて『辺鄙』とはジェオの言いようもかなりの
ご挨拶だ。
「それは…いろいろとあるんだよ…」
ランティスは時折人目に晒したくない古文書の解読をしていることもあり、おいそれと
他人が紛れ込まない、セフィーロ城の離れ小島とも揶揄されるここの部屋の立地は実は
かなり都合がいい。だが、イーグルたちがそれを知っているかどうか、また、話して
いいものかどうか判らないので光は言葉を濁していた。
「諸手をあげて中枢に迎え入れるには訳あり過ぎて、とはいえ戦力としては出来れば
確保しておきたい…。その妥協点がここだったんだろ?」
「…国を統べる立場にあれば、当然の判断だろう…」
あの頃、先の柱の実弟でセフィーロ王家の最後の一人であるところのフェリオも放浪の
旅から戻ったばかりで、国を束ねていたのは導師クレフだ。そのクレフにしてみれば、
いかにかつての愛弟子とはいえ、要職にありながらそれを投げて失踪していたランティスを、
しかも敵国のひとつから舞い戻ったばかりとあればその扱いに苦慮するのは想像に難くない。
「それを思えば、よく導師の名代を務めるまでに信頼回復出来たなってひそかに感心して
いたんですよ」
「そうそう。クビにさえならなきゃ、他人の評価我関せずなタイプだもんな、こいつ」
「・・・お前たち、何をしに来た・・・」
いまさらながらの暴露話にランティスが苦虫を噛み潰したような顔で唸った。
「そりゃあ、ランティスを肴にしてヒカルの手料理をごちそうになりに、ですよ」
「お、おなかすいてるよね。すぐに用意するから…」
弄(いじ)って遊ぶ気満々な三人に、これ以上ランティスがからかわれてはかわいそうと
ばかりに慌ててキッチンに向かった光の悲鳴があがった。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
大きなストライドでキッチンに歩いていくランティスの背中を見送り、三人が顔を
見合わせる。
「・・・しゃべってて、鍋、焦がしたか?」
「自動調理システムはなさそうですしねぇ」
「少々焦げてても、ヒカルの手料理なら食べてみたいんだけどなぁ」
ぞろぞろとダイニングキッチンを覗きに行った三人の目に、テーブルの上の灰色の
大きな物体が映りこんだ。
「ンだ、ありゃ…」
「うおぅっ!でっけー野良犬!?」
素っ頓狂なザズの悲鳴に光が言い返す。
「ひどいよ、ザズ。野良犬じゃないったら!」
人さえ紛れ込まないところに野良犬(セフィーロに犬がいるかどうかも謎だが)が紛れ込むというのも
どうにも解せない。
「……アレックス、ダウン!」
低い声で指示を出すランティスに、灰色のそれはすたっと床に下りてご馳走を平らげた
美味しい口周りをぺろりと舐めていた。
「風ちゃんに教えてもらって作ったのに…ミートローフ丸ごと食べられちゃった…」
「・・・ランティスの家にペットがいるとは思いませんでした・・・」
「ペットじゃないよ。アレックスは通い精獣さんなんだ」
「なーる、精獣ならどこでも出入り自由か…」
「招喚契約はしていないが…ヒカルが街へ行くときの足になっている半精半獣だ」
「テーブルに上がるなんて行儀悪いぞ、お前」
念願の光の手料理をさらっていったそれに、ザズが文句をつけていた。
「こんなことしたことなかったんだけどなぁ、ごめんね、ザズ。でも氷室のサラダと
大鍋のサファリのシチューは無事だから」
「…氷室…?」
「あそこにアイスブルーのちっちゃい龍がいるでしょ?あの子が…氷龍がいるから、
地球でいうところの冷凍冷蔵庫になってるんだよ、あの棚」
棚の上から睥睨していたかと思うと、お愛想にしっぽを一振りし、それに合わせて
微小な氷の欠片が一同に降り注いだ。
「つべてっっ!」
「もー、氷龍もそういういたずらしちゃダメだよ!」
科学万能のオートザムの三人から見れば、ドラゴン管理の氷室などというものが
現存していることがにわかには信じられない。これまで何度もセフィーロで接待
されていた彼らだが、台所を覗いたことは勿論なく、いまさらながらのカルチャー
ショックに見舞われていた。
光のいう大鍋が掛けられた台にも、下に妙な空間があり、ジェオの疑念を掻き
立てた。
「ちなみに調理の火力はなんで賄ってるんだ?…ああ、ヒカルの魔法か?」
聞くだけ聞いたものの、彼女が炎の魔神を纏う者であったことを思い出した
ジェオが自分で答えを導き出した。
「違うよ。微調整は未だに下手なんだ。炭づくりならともかく、料理向きじゃ
なくて…。火龍、出ておいで!」
光がそう声をかけると、件(くだん)の空間から紅いミニドラゴンが顔を覗かせた。
「サーヴァント《使い魔》のミニドラゴンはみんなお利口さんだからね。
微妙な火加減から中華向きの大火力までコントロール出来るんだよ!」
光がいいこいいこと火龍の頭を撫でると、棚の上から見ていた氷龍もパタパタと
飛んできて、光に纏わりついて頭をぐいぐい押しつける。
「もう、氷龍はあんまり持ち場離れちゃダメだよ。いつもアリガトね」
氷龍の頭を撫でていると、腹を満たして鎮座していたはずのアレックスまでが
のそのそ近づいて、氷龍を尻尾でぽーんと撥ね飛ばした。
「そんなコトしちゃダメじゃないか、アレックス!みんな順番だよ!!」
光は先着順と思っているらしいが、サーヴァントと半精半獣では精獣の血を引く分、
ファイアーアーレンスのアレックスのほうが格上らしく、吹っ飛ばされた氷龍も、
リビングの暖炉脇の定位置から飛んできた水龍・風龍も大人しく炎狐アレックスの
気が済むのを待っていた。
「…なんつーのか……初々しい若奥さんってーより、サーカスの猛獣遣いに見えるのは
俺の気のせいかね…?」
ボソリと呟いたジェオのことばに、くすくす笑いながらイーグルが答えた。
「あながち間違いじゃないでしょうね。ほら、ここにもご機嫌ナナメの特大の黒いヤツが
もう一頭…」
こらえ切れずに噴き出したザズを、もう一頭呼ばわりのされたこの家の主が小さな落雷と
ともに睨みつけたのだった……。
SSindex へ 2013.6.30up
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
…当サイト的ラン光結婚記念日ながら、相変わらずラブラブが足りません(^.^;
正確にはmy houseじゃなくてour houseなんでしょうが…
タイトルは早朝によく見かけた某アイドルグループが唄うりんごとはちみつのカレーのCM曲から。
ミゼット…光の提案で開設された幼保一元施設のようなもの。ダイハツミゼットより
FTO−ψ…先代の柱の消滅後、結界がなくなったセフィーロ防空用に開発中の魔法使用前提のFTO。
トヨタSAIより
レディ=エミーナ…オートザム大統領夫人。イーグルの母親。トヨタエスティマエミーナより
オーリス…地球で言うりんごの王林に似た果物。トヨタオーリスより
アレックス…光を気に入っている半精半獣。ファイアーアーレンス《炎狐》アーレンスフォックス消防自動車より
サファリ…地球で言うビーフに近い食材。日産サファリより
サーヴァント…使い魔。火龍・水龍・風龍に加えて、光が生活するようになってから氷龍を迎えた模様