A Happy New Year !! Vol.1
12月のある日のこと、レヴィンが寝入ったことを確認すると光はそっと子供部屋を抜け出した。
「ねぇ、ランティス。今度のニューイヤーカードどうしよう?」
「………」
どうしようと言われても、ニューイヤーカード…東京でいうところの年賀状は光たちが持ち込んだ風習なので、
結婚以来ランティスはずっと光任せできたのだ。毎年この時期に光が言い出すリクエストに内心ヒヤヒヤしている
ことを、ランティスはずっと妻には黙っていた。
「来年は卯…うさぎなんだよね」
「ウサギ……?ラパンか」
「うん、そう。……ラパンとかアーレンスって、高校生の時に覚えた言葉だ…」
高二の秋、二人きりで出掛けたエルグランドの森で出くわした事件はいまも鮮明に覚えていた。その悲惨さも
さることながら、二人の、というより光がランティスへの想いをはっきりと自覚するきっかけにもなったからだ。
少し悲しげな光が何を思い出したのか判っているのだろう。ランティスはしっかりと妻を抱きしめた。
「…大丈夫だよ。ありがと」
「ラパンのシャシンを撮るのか…?」
「せっかくうさぎさんがいるんだもの。でもお城の中庭とかこの森では見ないね」
結婚してしばらくの間はセフィーロ城で暮らしていたが、ランティスと光の間に生まれた一人息子・亨(とおる)
=レヴィンが来春にはミゼットに通う年齢になることもあり、通いやすいようにと城下街にほど近い森の中に居を
移したばかりだった。
「ラパンはあの森辺りでしか見かけないな」
「いくらエクウスが速くても、ちょっと行ってくるって距離じゃなかったよね」
見た目はランティスの幼い頃に生き写しだというレヴィンは、どちらに似たのか相当な甘えん坊だった。光が
東京に里帰りするときなどは、何日も前から言い聞かせて、城へ連れて行ってフェリオ王子夫妻の子供たちに
遊んで貰ってようやく夕方まで持ちこたえる有様だった。
親衛隊長のラファーガが妻・カルディナの里であるチゼータに帰省していた時、辺境での魔物退治に出掛けた
ランティスの耳にまで留守番でむずがるレヴィンの泣き声が届いて驚かされたものだった。勿論、音声ではなく
思念波としてだが、導師クレフは、『こういう時の声のでかさはお前似だな、ランティス』と、こめかみをひくつかせ
ながら苦笑いしていた。『弟子入りしたばかりの頃のこやつの夜泣きに、どれだけこっちが泣かされたか…』などと
妻に愚痴られた日には、導師の口か妻の耳を塞ぎたくてしようがなかったものだった。
「いずれにせよこの時期では無理だ。ラパンはとうに冬籠もりして外にはいない」
「うさぎって冬眠したっけ…?」
日本の幼稚園や保育園では情操教育の一環としてうさぎや小鳥を飼っているが、冬眠なんてしていただろうかと
光は首を傾げていた。
「……エメロード姫以前のラパンは通年活動していたように思うが、気候の変化に順応していってるんだろう」
「そうか…。人間みたいに、暖かい服着込めばいいって訳にいかないよね、動物さんたちは…」
永遠の常春の国から、うつろいゆく四季の国へ―― 言葉の上では簡単だが、そこに生きるものが背負った
変化を光は申し訳なく思った。
「うさぎ…じゃなかったラパンは冬籠もりか…。うーん。バニーちゃんかうさちゃんか…」
ばにーちゃんにもうさちゃんにもランティスは聞き覚えがあった。ばにーちゃんは前のうさぎ年に光たちがやり、
うさちゃんはミゼットの園児向けクリスマス会とやらの劇に助っ人で出たアスコット夫妻が着ていたラパンの
着ぐるみだ。
十二年で一巡りするエトとかいう代物…以前のウサギ年は光たちが二十歳になる年だった。いったい誰が
言い出したのか知らないが、「いまなら未成年の若気の至りですみますわ」(この言い方で判るだろ・爆)と、三人
そろってばにーちゃんなるものの衣装で写真を撮っていた。王子は大歓迎し、アスコットはのぼせて鼻血を出し、
ランティスは固まっていた。我に返ったランティスがようやく光に訊ねたことはといえば、『イーグルたちにもこれで
送るのか…?』の一言だけだった。きょとんとした顔で『ダメなのか?』と聞き返されると、絶対に駄目だとは
言えなくなってしまった。
年始に来た光たちに会ったイーグルが、『やぁ、素敵なニューイヤーカードでしたよ。一生物としてデータ保存
しておきました』とにこにこ笑っていたのにむっとしたものだった。
「………三人で、ばにーちゃんか……?」
知らず知らずのうちに難しい顔になっていたのだろう。光はぶんぶんと首を横に振った。
「三人で…。意外な提案だね。ランティスってば好きだったの、アレ…?」
好き嫌いの問題だけでなく、出来れば家の中だけにしてほしいような、だがしかし子供の前であれは
どうなんだろうかとランティスは思い悩んでいた。
「でもさぁ、海ちゃんはともかく、妃殿下の風ちゃんがあれやっていいのかな…。対外的にはマズくない?」
三人の組み合わせを勘違いしているらしい光にランティスが尋ねた。
「家族シャシンにはしないのか…?」
結婚して以来、「日頃会えない人に『元気でやってるからね』って意味合いをこめて写真を入れよう」との
光の提案で、ニューイヤーカードはずっと干支に因んだ生き物と家族の写真だった。
最初のカードは『結婚しました☆彡』の言葉をそえて、結婚式のスナップを使ったから苦労せずにすんだが、
いかに愛妻と一緒でも写真を撮られることは苦手だった。嫌がるランティスに光は、『魂抜かれるなんてただの
迷信だよ…?』と苦笑いしたものだ。そんな心配をしたつもりはなく、ただ、瞬間的に笑えと言われても上手く
いかないから、普段よりコワモテになってしまうだけなのだ。
毎年毎年、干支に合わせた動物を探しに行くのもなかなかハードだった。ランティスが子供の頃に使っていた
『子供のための生き物図鑑 セフィーロ編』を導師クレフの蔵書庫から借りてくると、光は隅から隅まで目を
通していった。驚いたことに日本の干支と対応する生き物がセフィーロにはすべて揃っていたのだ。(創造主の手抜き?)
それなりに大きい物はまだよかったが、地球のネズミに相当するコペンを探し出すのは困難を極めた。
ランティスは人並み外れて気配に敏く、それを頼りに見つけた獲物も少なくないが、コペンに関しては文献でしか
知らず、再生後のセフィーロではその生息地も大きく変化していた。ランティスは苦難の末、辺境の野生肉食獣の
徘徊する森でコペンのつがいを確保した。十二年後に同じ轍を踏みたくないのが半分、多く食い荒らされていた
コペンの保護目的半分で、動物の扱いにも長けたアスコットにそのコペンを預け、飼育を頼んだ。
カルディナとは別の意味で商才に溢れた海の薫陶を受けたおかげか、アスコットもだいぶちゃっかりしたことを
言えるようになっていた。
餌代はたかが知れているし、手間もそれほどでもないが、飼育を引き受ける代わりに、魔法を教えてほしいと
言い出したのだった。アスコットの魔法の師であるクレフは、放浪の旅の分、国政・外交などの知識が不足気味の
王子の補佐として多忙を極めているので、弟子の指導まで手が回らないのだ。
いまとなってはクレフの一番弟子でもあるランティスは魔法剣士として魔法を究めてもいる。攻撃魔法も防御
魔法も桁外れで、無愛想ではあるが、クレフのような癇癪持ちでないこともポイントが高かった。
「バニーちゃん?・・・・・やりたいの?ランティス」
光のバニー姿を見るだけならいざしらず、いや、赤の他人に見せることにも相当の抵抗感があるが、それを
自分がする……?頭の中の何処をつついてもそんな考えが浮かぶ筈もなかった。
「いや、俺は遠慮する。レヴィンもちょっと無理だろう」
在りし日の母親が幼いランティスに花冠なぞ被らせて面白がっていたが、バニーとなるとそれを遥かに凌駕した
インパクトがあるように思えた。
うさちゃんにしても、光とレヴィンはともかくランティスにはとても出来そうになかった。
いずれにせよ、元親衛隊長の、いや、セフィーロ防空戦力であるFTO−ψ部隊長の威厳がた落ちないで立ちと
思われた。平たい話、部下に示しがつかないし、義兄たちがどんな反応をするか考えたくもなかった。
「レヴィンは父様っ子だから、ランティスがやらなきゃやらないよ。何でもランティスの真似したくてしようが
ないんだから」
「そうか…?…怖がられてる気がするんだが……」
「『地震、雷、火事、親父』ってぐらいだから怖がられてるぐらいでもいいのかも。ランティスってば、ホントに
雷落とせる父様だしね、ふふっ」
小さく笑った光がランティスの右腕にもたれかかった。
「もう八年半経ったんだ…。ランティスと結婚してから。長かった?それともあっという間だった?」
もたれられていた腕を抜いて背中に回すと、左腕を膝の下に入れて抱え上げ、膝の上に座らせる。
「どうだろう…。瞬く間だったような気もするし、ずっと昔から、ヒカルとこうして寄り添っていた気もするし……。
お前はどうなんだ?」
「私?うーん…、結構難しいこと聞いちゃったんだね。レヴィンを授かるまでは、ちょっと長かったかな」
ほとんどハネムーンベビーと言える子供を授かっていたフェリオ王子夫妻の一年後に結婚したランティスたち
だったが、子供にはなかなか恵まれなかった。『遠距離恋愛が長かったし、もうしばらく二人でもいいかなぁ。
ランティスがいれば二人きりでも幸せだよ』と、他人に聞かれるたびにそう答えた言葉に嘘はなかったが、
幼い頃に両親を亡くし、兄と二人で弟子入り生活をしていたランティスに家族を作ってあげたいとも、心の中で
痛切に願っていた。
オートザムへの新婚旅行から戻るなり、光自身のセフィーロに関する学習と、FTO−ψの適性パスとその訓練と、
光の発案で立ち上げることになった地球の幼稚園に相当するミゼットの準備と、手慣れているとは言い難い家事とで
心身ともにオーバーワーク状態だったのもまた確かだった。
さすがは元魔法騎士と言うべきか、『魔神より難しそうだ』と言っていた割にFTO−ψの操作関連は三人娘の
中では一番にマスターし、鮮やかな紅にカラーリングされた光専用機はレイアースと命名された。少し微妙な
面持ちになったランティスに、光はにこりと笑った。『≪柱≫を弑する者じゃなく、今度こそセフィーロを護る者で
あって欲しいんだ』
光たちが心で纏っていたという三魔神。遥かな昔よりセフィーロを見守りしそれらが、どれほどの想いで
許されざる恋に心折れたエメロード姫の願いを叶える者に手を貸したのだろうかと、人ならぬ者の苦悩さえ
慮っている光の決意は確固たるものだった。
――ひとり犠牲にすることなく
そして、ひとり犠牲になることなく
それは新婚旅行から戻った翌日、皆にお土産を渡すために開いたお茶会の席で、光がクレフらセフィーロの
中核を支える者たちと交わした大切な約束。
「もう二度と、誰ひとりエメロード姫のような苦しい想いはさせん。
もう二度と、異世界から魔法騎士など招喚はさせん。
そのためにセフィーロは生まれ変わっていくのだから、
そのためにこの国を愛するみなで支えていこうと動き出したのだから…。
時にその選択の正しさに自信が持てなくなることがあっても、
ひとりで抱え込んだりするな。
生涯をともにすると誓ったランティスが、
お前たち二人の新たな暮らしを祝福した人々が、
そばにいることを忘れるな……」
最初に光たちが招喚されセフィーロの危機を告げたあの日以上の真摯なクレフの語り口に、ランティスに肩を
抱かれた光もしっかりと頷いていた。
「ランティスと出逢ってから結婚するまでに九年、結婚してから来年の結婚記念日で丸九年。私の人生で
ランティスを知らなかった時間が十四年…、もう知り合ってからの時間のほうが長くなっちゃってる。そう思うと
あっという間だったのかな」
レヴィンを授かってからはとりわけ早かったように思う。ランティスの母はとうになく、光の母もセフィーロには
来られないので、心細くなかったといえば嘘になる。でもそれは風とて同じで、それでも三人の子供を育てている
姿は光や海にとっては頼もしい限りだった。
「ランティスがいて、レヴィンがいて、みんながいて……。普通の暮らしって、あったかくっていいね」
地球規準でいけば相当に変わった生活の筈だが、光にとってはもうそれが当たり前のことになっていた。
「あ、ニューイヤーカードのネタ思いついた…!」
「それは、また明日にしないか…?」
「ふふっ。レヴィンも大人しく寝てるしね」
光の顎を掬い上げたランティスのうなじで両手の指を絡めると、光のほうからふわりとくちづける。それを合図に
相変わらず華奢な妻を抱え上げると、ランティスは主寝室へと姿を消した。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°
ラパン…うさぎに似た動物。ダイハツ アルトラパンより。ラパンはフランス語のうさぎ
(エルグランドの森での事件に関しては「課外授業」参照)
ミゼット…光の提唱で始められた幼稚園に該当する物。ダイハツ ミゼットより
エクウス…ランティスの漆黒の馬のような精獣。光が命名。ヒュンダイ エクウスより
コペン…ねずみに似た動物。ダイハツ コペンより
FTO−ψ部隊編成のいきさつについては「14days」参照
このページのどこかに悩殺モード(笑)バニーちゃんコスプレへの入り口があります(2011.1.11追加)
可愛いモードのバニーちゃんはほたてのほさまのブログでご覧になれます