A Happy New Year !! Vol.2

 

 

 

 「プレセアにお願いしたいことがあるから連絡取ってみてくれる?」

 翌日の朝食後、遠くの者と話す為の一種の思念波である≪声≫の調節が上手くない光の代わりに、

プレセアのそばにいるはずの導師を呼んだ。

 『おはようございます。導師、プレセアは今そちらに?ヒカルが頼み事があるらしいので…』

 『……プレセアなら沈黙の森だ』

 最近は城の創作室で仕事をするほうが多いのにとランティスが怪訝な顔をすると、それを見ていたかのように

バツの悪そうな≪声≫が届いた。

 『夕べちょっとやりあってな…』

 またかとも言えず、両手の人差し指を打ち合わせて、光にジェスチャーでクレフ夫妻の喧嘩を知らせた。光は

両手で自分の口を押さえつけて、笑い出さないようにこらえていた。

 『…沈黙の森に行くなら、ついでに伝えてくれぬか。「誤解だから帰ってこい」と…』

 どれだけ間が悪いのか、導師夫妻が揉めると決まってランティスに仲裁役が回ってくるのだ。今回は光の用件で

うっかり地雷を踏んだようなものだが、全く関係ないときでも、この師匠はこの手の交渉術を最も不得手とする一番

弟子に厄介事を押し付けてくるのだ。

 夫婦生活のキャリアでいえば王子夫妻とラファーガ夫妻のほうが上だが、まさか王子を使いっ走りにする訳には

いかないし、ラファーガでは沈黙の森まで行く足にも困る。その点ランティスならその桁外れな魔法力にモノを

言わせて、魔法を使えない筈の沈黙の森の奥深くにあるプレセアの家までクレフ同様精獣で乗りつけることが

出来るからだ。

 本来であればクレフ自身が出向くべきところだが、王子を補佐する立場の者がたびたび私用で城を空ける

訳にもいかない。その点ランティスなら市中の見回りから辺境の魔物退治、導師の火急の使いまでこなすので、

少々ほっつき歩いていても誰も不思議に思わない。だいたい生半可な腕の者を沈黙の森に送り込むなど、

安定したセフィーロでも言語道断だった。先代の世の末期ほどではなくとも魔物はいるし、人に馴れない生き物も

少なくないのだ。

 『……一応伝えます』

 『頼んだぞ。あれがおらぬと、スイフトの夜泣きがお前ばりに酷くなるのでな』

 一人息子を気にかけているのか、それにかこつけてちくりと嫌味を言っているのか量りかねる師の言葉に、

内心むっとしがらもランティスが言い返した。

 『……ヒカルの留守で夜泣きが酷くなるのは、息子のレヴィンですが…』

 『ふん。お前も昔はびーびー泣いとったではないか』

 人に頼み事をするのにその言い草かとランティスのこめかみがぴくりとひくついたが、妻子の前で朝っぱらから

不機嫌な顔も見せたくない。

 『とにかく、伝えるだけは伝えます。では』

 不機嫌な顔にはならなかったものの、精神的に疲れたランティスがふうっとため息をついた。

 「…ごめんなさい。タイミング悪かったみたいだね」

 申し訳なさそうな光の髪を大きな手がくしゃりと撫でる。

 「いや、どのみち俺のほうにお鉢が回ってくるのは時間の問題だった。沈黙の森に帰ってるらしい」

 「あははは。…変なこと教えちゃったかな。『喧嘩して顔も見たくないときは、≪実家に帰らせて頂きます!≫って

やるんだよ』なんて…」

 帰ったところでもともと一人暮らしだったプレセアのこと、沈黙の森の家に誰が待つ訳でもないのだ。

 

 

 フェリオ王子と鳳凰寺風が結婚式を挙げたのを皮切りに、セフィーロ城ではちょっとした結婚ラッシュになった。

異世界生まれの三人娘を娶る者だけがすればよさそうなものなのだが、女性陣にはなにがしかアピールするものが

あったのだろう。ランティスと光の結婚式より半年ほど早く、やはり婚姻制度のあるチゼータ生まれのカルディナを娶る

ラファーガが、あちらの慣習に則りチゼータで式を挙げた。

 チゼータでの挙式に列席するオートザムのイーグルが、NSXでセフィーロに立ち寄り一行を拾い上げてクスクス

笑っていた。

 「六月に王子殿下の式、七月と十月に定期検診、十二月にラファーガ殿の式。遠征ばかりでサボってるみたいに

思われてるんですよ、僕」

 「日頃の行いが良くないからだろう」

 当然のことのように答えるランティスに、イーグルが言い返す。

 「ランティスにだけは言われたかありませんね」

 「お前ら、『どっちもどっち』って言葉、知ってるか…?」

 「うーわ、ソレ言っちゃあ身も蓋も無いよな」

 一人娘の海はなかなか踏ん切りがつかなかったようだったが、『売れ残りのクリスマスケーキになる前に!』とか

なんとか、ランティスたちにはよく解らない理由をつけて二十五歳目前でアスコットのところに嫁いできた。

 国内的にはこれで終わりかと思っていたら、導師クレフがプレセアと暮らすことにしたと宣ったのだ。他国から

招くことはせず、ごくごく内輪、と言ってもどちらもすでに家族はないので、城の者だけで祝って貰えれば、という

ことだった。

 哀しい恋に殉じたかの姫への申し訳なさに、クレフは自分の幸せなど考えないようにしていたのだが、そんな

クレフの気持ちもプレセアの想いも知っている光に諭されてしまったのだ。

 「エメロード姫は…、そんな風にクレフとプレセアが我慢することを望むような人だった…?クレフたちが

そう思ってるなら、私たちなんて……」

 その恋心ごと、光たちがこのセフィーロから葬り去ってしまったのだから。たとえそれが他ならぬかの姫の願いでも、

聞き入れてしまったのは光・海・風の三人だ。

   ――ただ愛する人とともにいたい。

   ――そのかたわらでこの国の行く末をみつめていたい。

 朝露を纏って野に咲く可憐な花に、陽射しにきらめく澄みきった岩清水に、夕映え雲たなびく空を渡る風に、

その人の面影を探しながら、かの姫が生命と引き替えにしても残したいと願ったそれに相応しい姿になっている

だろうかと心の中で問いながら。

 もしも…、万が一、千万が一姫が恨み言を繰りたいのなら、その相手は光たちであってクレフやプレセアでは

ない筈だと。

 そうして結婚した二人だったが、たいてい些細な誤解が原因で喧嘩となりプレセアが実家に、もとい、沈黙の

森の家に帰ってしまうのだ。というより、他の夫婦はみな妻の実家が遠すぎて、ふいっと帰るわけにもいかないから、

たとえ喧嘩をしたとしてもすぐに修復する努力をしているだけだ。(夫のほうが頭を冷やしに出て行くことはあるようだが・爆)

 

 

 「…スイフトが大泣きしないうちに、プレセアのところに行こうか。向こうでニューイヤーカードの写真撮るから、

ランティスも新しい神官服に着替えてね。レヴィンの支度してくるから」

 「ああ」

 何ゆえプレセアのところまで出向いてシャシンを撮るのだと疑問に思いつつも、大人しく従うランティスだった。

 

 

 

 

 「こんにちはーっ!プレセア、いる?」

 沈黙の森の奥深くにある家の玄関先で光が大きな声で呼ばわった。扉を開けたプレセアが三人の客に目を

丸くする。

 「ヒカル…。ランティスはともかく、レヴィンまで連れてどうしたの?」

 「プエセア、こんにちはっ」

 光のスカートの裾を掴んだままのレヴィンが挨拶するが、まだちゃんとプレセアと言えずプエセアになって

しまっている。そんなレヴィンの頭をプレセアが撫でながらくすくす笑った。

 「偉いわね、レヴィン。ちゃんとご挨拶ができるじゃない。そういうところはヒカルに似たのかしら」

 仏頂面と言う訳でもないが、無言でつっ立っているこの国唯一の魔法剣士にちくりと刺している。

 「あのね、あのね、似合ってる?」

 レヴィンが着ているのは父であるランティスの漆黒の鎧のミニチュア版で、プレセアがレヴィンの為に作って

やった物だった。ご丁寧に地球のおもちゃのライトセーバーに、ランティスの魔法剣の柄のカバーまで被せて

やっている。(魔法剣士ごっこか!?)

 「うふふっ、かっこいいわよ、レヴィン」

 「ほら、レヴィン。他にプレセアに言わなきゃいけないことがあるでしょう?」

 「あ・・・・。あぃがとうございました!」

 どうにも言葉の途中のラ行がまだ言いにくいらしいが、ぺこりと頭を下げたあとでにこっと笑うのを見るにつけ、

父親の無愛想さが際立ってしまうなとプレセアは思った。

 「ランティスもおそろいにすればよかったのに。ふふっ」

 「いや、それは…」

 父と子でおそろいなんていうのも、ランティスにとってはばにーちゃんやうさちゃんに匹敵する石化要件だった。

 「それにしても・・・クレフの使いにしては、ヒカルやレヴィンまでいるのは変ね」

 すっと笑顔の消えたプレセアがぽつりと言った。

 「『誤解だから帰ってこい』とは仰せだったがな。確かに伝えたぞ」

 「ランティスってば…。説得になってないよ、それ。まぁ、私たちが来たのは別件だけどね」

 「スイフトが夜泣きする前に帰って欲しいそうだ。仔細を聞いていない俺が口出しする筋でもないからな」

 子供のことを持ち出されるとプレセアも弱い。小さく肩を竦めて気分を切り替えるように無理に笑顔を作っていた。

 「誤解ね・・・。いいわ、帰りましょ。それよりヒカルの用はなに?」

 「えっとね、いつかお城に連れてきてたモコナモドキ、沈黙の森の家のあたりで放し飼いにしてるって言ってたから、

ちょっと借りたいなと思って…」

 そんな光の発言に、内心「うっ…」と思ったのはランティスだ。そんなことは一言たりとも聞いていなかったからだ。

 「いいわよ。ロコナ~っっ!ココナ~~っっ!ヒカルが遊びに来てるわよ~っっ!」

 プレセアが手をメガホン代わりにして大声で叫ぶと、どこからともなく「「ぷっぷぷ~♪」」と鳴き声が返ってきた。

 ぱよ~ん、ぱよ~ん、ぽわ~ん、ぽわ~んと弾みながら、ランティスの後頭部に猫キックならぬモコナキックを

かまそうとしたココナは、殺気を読んで振り向いた魔法剣士の右掌に蹴りを入れてそのままガシッと捕まえ

られていた。額の青い石を人さし指でグッと押さえて、『いたずらばかりするならこちらにも考えがあるが…』と

ランティスは無言の脅しをかけていた。

 黄色い石を冠するロコナはレヴィンの頭を踏み台にして光の胸元にぱふっと飛び込み、これまたランティスに

ジロリと睨まれていた。

 そんなランティスに気づきもせず、光はモコナモドキたちとの再会を喜んでいた。

 「ロコナもココナも元気そうだね!一緒に写真撮ろう!!あのね、プレセア。お正月のお楽しみにしておきたい

から・・」

 「はいはい。中に入って城に戻る支度をするわ」

 「勝手言ってゴメンね」

 「いいのよ。わたしもいつも楽しみにしているから」

 そういってプレセアは扉の中に消え、ロコナを肩に載せた光はいそいそと三脚にデジタルカメラをセッティング

し始めた。

 光を茫然と眺めていたランティスが放り投げたココナを、レヴィンがボール代わりに放り投げてきゃっきゃと

遊んでいる。

 「・・・・・来年はラパン…いや、ウサギ年なんだろう?どうしてコレなんだ…」

 唸るように呟いたランティスに、またちゃっかりと腕の中に納まったロコナの耳を軽く引っ張って光が示した。

 「だってラパンは冬籠もりしてるって言ったじゃない。で、思い出したのがこの耳の感じ!ちょっとふっくらめの

ラパンに見えるでしょ?他の動物さんじゃこうはいかないし」

 『断じて見えない!』と声を大にして言いたいところだが、代案を出せないのでは説得できるとも思えない。

そうこうするうちに光はさくさくとセッティングを終えた。

 「さぁ、その大きな切り株に掛けて!ランティスはレヴィンを膝にのせて、レヴィンはココナ抱っこして。私が

ロコナを抱っこするから。ロコナ、ココナ、私が『チーズ!』って言ったら、シャッターが下りるまでじっとして

このカメラ見ててね!」

 「「ぷぷぅ!」」

 「レヴィンもなるべくじっとしてるのよ?」

 「ぷぷぅ!」

 面白がってモコナモドキの真似をする一人息子に、眉間に皺を寄せた父は頭痛を覚えていた。

 「じゃ、タイマーいくよっ!」

 スカートが翻るのも構わず光が切り株へとダッシュする。ランティスの隣にすとんと座るとにっこり極上の

笑みを浮かべた。

 「はい、チーズ!!」

 

 

 

 

 

 カシャッ!!

 

 

 

 

 

 

 『A Happy New Year !!

 

  みなさんお元気ですか?

  レヴィンも来春からミゼット(日本で言う幼稚園のことだよ)に通います

  ランティスのお休みが取れたら、また留守番頼んで里帰りするね』

 

 

 元旦の朝、居間の炬燵に集いながら、覚は妹一家からの年賀状をみんなで見ていた。

 「亨ももう幼稚園なのか…。早いもんだね」

 「毎年毎年、『これでもかーっ!?』ってぐらい仏頂面だけど、今年はまた一段とひでぇよな、我らが義弟は…」

 感慨深げな覚をよそに、翔が呆れたように苦笑いした。

 「それにしても結構似たような動物がいるんだな、向こうにも…。かなりメタボなウサギだけどサ」

 あちらの世界の創造主そっくりのその姿に不敬極まりない発言を優がしたとき、玄関で呼び鈴が鳴った。

覚が立ち上がるよりも先に、廊下を小走りに玄関へ行く足音がした。

 「覚さん、門下生の方々がお年始におみえですわ」

 「ああ、いま行く」

 一言そう妻に答えてから、年賀状を炬燵に置いた覚も居間をあとにした。

 

 

 

 

  

 

   illustrated by 光・ロコナ・仕上げ加工:ほたてのほ さま、ランティス・レヴィン・ココナ:3児の母 さま

                                                2011.1.1

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スイフト…クレフとプレセアの息子。スズキ スイフトより

             このお話の壁紙はさまよりお借りしています