DANGEROUS LAN

 

 「なんか派手なことしたいよなぁ。『部屋のドリンクサーバーが壊れた』とか、

『エアコンが効かねぇ』とか…こういうちまちました修理依頼ばっかじゃなくってサ…。

言ってるシリからオーダー入ったしっと。んー、……『軍籍番号ETR-PRE.CEF1219

LTSxxxx…。ランティス………』んが〜っ!コイツまたかよっっ!?仮採用から7日で

6回目の修理依頼って喧嘩売ってんのかぁぁぁ!!??」

 オートザム軍の技術部で様々な修理依頼のオーダーをこなしているザズ・トルクが

目をむいていた。

 「すげーな、おい…機械音痴なのか、そのランティスって…? ランティスなに? 

-PREは仮採用だって判るけど、ETRで始まる所属なんかあったっけか…?」

 修理依頼書は軍籍番号とフルネームで書くのが原則だ。

 「ETRはエトランゼ…傭兵だってさ。セフィーロ出身って話だけど、あそこファミリー

ネームがないらしい」

 「へえ、セフィーロ!?すっげえ綺麗な国なんだろ?そんなとこからよくオートザムに

来る気になったな、そいつ」

 生存が脅かされるほど環境汚染の深刻なオートザムに生まれ育った者からすれば、

話でしか知らないとはいえ常春の美しい国を出て傭兵稼業をやるなんて超絶物好きな

話だと思えた。

 「ここに来る前はチゼータやファーレンにも行ってたらしいぜ。ニュースソースは明かせ

ないけど」

 度重なる修理依頼にドタマに来て、なんだってこんなやつが仮採用になったんだと

気になったザズが自分で調べたのだ。いくら同期で気安い相手でも軍用コンピュータに

ハッキングしたなんてバラすほど迂闊ではなかった。

 「ふうん。ファーレンはともかく、チゼータみたいにちまっとした国にわざわざ行った

なんて、相当好きモノだな」

 にひひひひと笑う同期にきょとんとしたザズが訊ねた。

 「好きモノ?」

 「チゼータは暑いらしいからな。肩出しヘソ出しは当たり前なんだとよ。ナイスバディの

女が多いって聞くし、目の保養ってもんじゃん?」

 「喋りだしたらうるさいとか言わね?」

 「そんなあれもこれもなんて贅沢言っちゃあ、いつまでたってもオンナ出来ねーぞ?」

 同期とはいえかなり年下のザズの頭を帽子の上からかいぐりかいぐり撫で回して

笑っている。

 「るっせ!俺はオンナより次期FTOのほうが気になってんだ」

 「ガキだねー。それにしてもそのランティスってやつは何をそんなにぶっ壊すんだ?

…文明の利器に慣れてないとかか?」

 ファーレン・チゼータ・セフィーロと較べオートザムの機械依存度は群を抜いている。

ことにセフィーロとでは天地の差と言っていいほどなので、不慣れな操作で壊してしまう

ことも有り得るだろう。

 「これだよ、これ!!」

 オートザム生活の必須アイテムのバッテリーパックと頭から繋がるチューブを掴んで、

ザズがわさわさと振ってみせる。

 「『バッテリーパックが煙吹いた』が2回、『チューブが熔けて火ィ噴いた』2回、『入力

信号異常で居室管理用コンピュータがクラッシュした』が1回・・・・・。どれもこれも『精神

エネルギーが強すぎる』ってのが原因でさ・・・最後のなんて『DoS攻撃でも食らったの

かよ!!??』ってぐらいの過剰っぷりだったんだぜ?これでも一応、修理のたびに

強度倍がけにチューンしてやってたのに、どんなバケモンだよ・・・」

 「へぇ…、確かにそりゃ技術部泣かせだな」

 「最初にバッテリーパックが煙吹いたのがレーザーソードでやりあう模擬戦中だった

らしいんだけどさ…」

 「…レーザー消えただろ、それじゃ」

 電源がイカれれば、当然機械物はそれまでなのだから。

 「レーザーユニットほっぽり出して、背中に隠してたウズマキガイみたいなの手にしたと

思ったら、そこからいきなり光の刃が伸びたんだってよ」

 「はあ???」

 「『魔法剣』だってさ。『セフィーロには魔法使いがいる』なんてバカみたいなホラ話だと

思ってたら、ホントにいたんだよ」

 「そういうレア物は是非この目で見たいな!」

 「徒手格闘訓練とかなら見られるんじゃね?」

 「んじゃ、このシフト明けたらちょっと格闘場覗いてみようぜ。ところで、今度は何を

壊したって?そいつ」

 修理依頼書の軍籍番号と名前を見ただけでぶち切れていたザズは内容をまだ確認

していなかった。

 「なになにー・・・あンの野郎ーーーーーーっ!!『FTO適性検査での起動時に操作

コンソールがショートした』だぁぁぁ!!??」

 最前線での使用が前提なので各種部品の強度も相当なものなのだ。戦闘中に並列で

いくつもの命令を処理出来るように、複数回線で余裕を持たせてある。それを起動する

だけでショートさせるなんて、よほどの不良品でなければ考えられないことだった。

 「げー・・・あれのチューンナップはかなり面倒そうだなぁ、おい。けどまぁ、ここで実績

上げりゃ、FTO専任のお声がかりも夢じゃないんじゃね?頑張れよっ、ザズ」

 バシンとザズの背中を派手に叩いて『お前に任せた!(俺は知らんからな!!)』と

ばかりに、その同期は次の修理依頼書を手にしていた。

 「ちくしょーーーーーーーーーーー!ジェオに頼んで、徒手格闘訓練でたっぷり絞めて

もらうからな、クソ馬鹿クラッシャー野郎ーーーっ!!!」

 ぎりりと歯を食いしばりながら、ザズはFTOの図面を呼び出し強化計算を始めていた。

 

 手が空いてうとうとと仮眠を取る同期を時々小突きながら、完全徹夜で強化計算を

終えたザズが工作班へデータを送信した。

 「・・・終わった・・・ああ、眠い・・・帰って寝る・・・・」

 「おつかれっ!!さ、格闘場覗きに行こうぜ!」

 そこそこ睡眠を取ってすっきり顔の同期を、寝不足と画面の見すぎで腫れぼったい

目をしたザズがじとっと睨んだ。

 「俺は寝る…。ヤツの始末はジェオに任せたから…」

 オートザム軍に於いて、徒手格闘でジェオ・メトロに敵う者はいないのだ。だから徹夜

明けのザズが安眠を貪っていても、間違いなく仇(かたき)は討ってくれるだろう。

 「そういうなって。魔法使いなんて滅多に現物見られるもんじゃないんだからよ。おら、

行くぞ!」

 小柄なザズは無理やり格闘場へと引きずっていかれたのだった。

 

 

 正規・傭兵とも、オートザムのファイターテストには仮採用制度がある。一定期間、

一通りの訓練を課してみてそれに適応できないような者を雇うのは経費の無駄に

なるからだ。そしてその仮採用者の訓練はそれぞれの隊が新入りに目星をつける

値踏み期間でもあったので、格闘場には野次馬が鈴なりになっていた。ひと勝負

つくたびに大きな歓声が上がるのは、上層部黙認のトトでも繰り広げられているの

だろう。

 「いつもよりギャラリー多い気がするなぁ。で、ザズ、魔法使いの顔知ってんのか?」

 もちろんそれはハッキングしたときにばっちりと見覚えていた。

 「あいつだ。いま立ち上がったやつ」

 なかなかおあつらえ向きのタイミングできたらしい。格闘場に入ってきたザズに

気づいたジェオがぐっと親指を立てて『任しとけ』と口を動かしていた。

 「・・・って、でかっっ!」

 「ジェオと目線変わんないじゃん、あいつ」

 ジェオの前に歩み出たランティスを見た二人があっけにとられていた。オートザム軍

徒手格闘ぶっちぎりナンバーワンのジェオ・メトロは身長でもぶっちぎりナンバーワン

なのだが、そのジェオと拳ひとつ分と変わらないのだ。

 「ガタイのよさはジェオのが上だ。あいつがぶん投げられるのも時間の問題だよな」

 一礼するなり速攻で仕掛けたジェオがランティスを背負い投げた。

 「やりぃっ!!・・・・・・・・・でぇぇぇ!!??」

 格闘場の床に叩きつけられること必定と思われていたランティスだったが、身体の

バネを生かして難なく体勢を立て直していた。

 ザズだけでなく場内のギャラリーから沸いた歓声の意味を取り違えていたジェオの

一瞬の隙をランティスは見逃さなかった。

 セフィーロ式格闘術とは勝手の違うオートザム式格闘術で仕掛けられたさっきの

投げ技を、ランティスはそっくりそのまジェオに仕掛け返していた。

 

 ダンンッッ……!

 

 その日生まれて初めて背中で存分に床を味わったジェオは、ついでに生まれて

初めての脳震盪(のうしんとう)を経験して担架で運ばれたのだった。

 

 

 

 大統領職にある父の補佐を渋々引き受けていたイーグル・ビジョンは部下でもあり

親友であるジェオ・メトロが床に沈んだ瞬間を見はしなかったが、噂話はあっという間に

その耳に届き夕刻にはケーキを片手に見舞いに訪れていた。

 「やぁ、気分はどうです?」

 「・・・面目ねぇ・・・」

 医務室に運ばれて小一時間ほどで意識は戻っていたのだが、翌朝再検査をするため

一晩の様観入院を申し渡されたジェオはベッドで所在無げに過ごしていた。

 「ドクターの許可は頂いてます。気分なおしに甘いものでも食べませんか?」

 「…おう…」

 仮にも様観中の患者にあれこれさせる訳にもいかないので、イーグルがてきぱきと

ティータイムの用意をする。とはいえ病室のこと。談話室にあるドリンクサーバーから

ケーキに合う飲み物を取ってくるだけだ。

 「・・・・仮採用の傭兵だったそうですね。ジェオを投げ飛ばすだなんて、少年少女向け

空想小説に出てきた巨神・アトラスばりの大男でしたか?」

 「そこまでじゃねぇよ。俺よりちっと低くて細身なぐらいかね。セフィーロの出らしいぜ」

 「セフィーロ…ですか」

 「ザズのやつが手ぇ焼かされてるみたいで、『代わりにシメてくれ』って言われたのに

…ザマねぇわ」

 ジェオと技術班にいるザズ・トルクという少年メカニックが時折つるんでいるのは

イーグルもよく知っていた。イーグルのFTOの乗りこなしのカッコよさはダントツだと

感激し、いつかその専属メカニックになりたいと言っていたからだ。

 そのザズが仮採用の傭兵の何に激怒して階級を超えた友人に『シメてくれ』と頼んだ

のかとイーグルが訊ねると、ジェオが苦笑交じりにそのいきさつを説明した。

 「……クラッシャーですか……。昨日適性での起動に失敗してるってことは、修理

対応が終わればまた出てきますよね。楽しみだなぁ」

 いたく興味をそそられているふうなイーグルにジェオが眉根を寄せた。

 「何企んでる?イーグル」

 「いえ、特には…」

 にこにこと笑うその顔にあっさり騙されないだけのキャリアをジェオは持ち合わせて

いたが、いくら問い詰めてもイーグルはのらりくらりとはぐらかすばかりだった。

  

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