DANGEROUS LAN

 

 

 その数日後…。

 FTO適性検査の試験フィールドには場違いな機体が一機紛れていた。

 適性検査と言いながら、基本操作は睡眠学習とシミュレータで十二分に叩き込まれた

あとであり、ほぼ実戦形式で行われることになっている。実戦と違うのは重火器が使用

されないことぐらいだ。《初心者》が壊すことも前提のため型落ちの量産型が準備されて

いるのだが、その場違いな一機は明らかに最新型でその上カスタマイズされていた。

 「あンのばか・・・。やるかなとは思ってたがホントにやるか・・・?」

 試験フィールドを映し出す大画面を睨みつつジェオが呟いた。

 「あの最新型ってイーグルのFTOだろ!?ジェオの敵討ちに乗り込んでくれたんだ!」

 「俺はそんなこと頼んでねえぞ、ったくよ」

 レーザーソードによる模擬戦や徒手格闘訓練と違い、フィールドに入場するまでに

機体に乗り込んでいるからパイロットの顔も見えないし、特にアナウンスがあるわけでも

ない。値踏みをするほうは『○戦目で勝ったほう』と兵科人事局に希望を出す程度だ。

それも競合すれば目当ての新人が配属されるかは運任せとなる。

 通常のトーナメント方式でFTO適性検査のベスト4までを決定したあとに最新型が

参戦すると、今回限りの特別ルールが画面の下に映し出されていた。

 

 

 

 「それでそれで!?ランティスとイーグルの試合はどうなったんだ!?」

 真剣勝負の結果が気になるのはなにも体育会系育ちの光に限らないだろうが、

Choix de la mer≪海のチョイス≫で仕入れた地球産の紅茶が冷めるのも構わず、

ランティスとイーグル達が出逢うきっかけの話に夢中でぐぐっと身を乗り出していた。

 「お茶、こぼしちゃいますよ。冷めてしまったから取り替えましょうか」

 「ううん、もったいないから私はこれでいい」

 海にはありえないと非難されるし、風は少し困ったような苦笑まじりに手を引いて

くれるが、『食べ物(飲み物含む)を粗末にしてはいけない』という獅堂家の躾が

身に染みついている光は、こういうときに首を縦に振らなかった。

 「前に話しませんでしたか?ランティスが勝ったって…。なかなか食えないタント

だんたんですよ、あの人は…。あ、タントって知ってますか?セフィーロの動物

なんですけど…」

 「し、知ってるけど…っ。なんでタント?」

 地球で言うところのタヌキに似たタントには光も浅からぬ縁があるが、まさか

夫であるランティスまで親友からタント呼ばわりされていたなどとは露知らず、

もぞもぞとNSX司令官室のソファに座りなおしていた。

 「仮採用兵の適性検査っていうのは期間中毎日行われていて…。だからちょっとした

コネクションを使ってランティスが参加する日に絞って乱入したんです」

 「文句なしのエースパイロットのイーグル相手じゃ新兵勝てるはずないもんね」

 「さあ、それは…。やはり時の運も無くはないですよ。ところが乱入を決め込んだ回の

トップ4は今ひとつキレがなかったんです。レーザーソードの模擬戦やジェオとの徒手

格闘戦の話を聞けば、他の人達と相当の差があると思ってましたから…」

 「そりゃあ元親衛隊長なんだもの」

 にこにこと胸を張る光はどこか誇らしげだ。光にその気はないのかもしれないが、

さり気なく惚気(のろけ)られているなあとイーグルが小さく笑った。

 「乱入する日を間違えたのかと思うぐらいだった僕にも油断があったんでしょうね。

最後に残った一機がそれまでの倍の反応速度で動けるなんて、全くもって予想して

なかったんです…」

 

 どこで手違いが有ったのかとんだ無駄足だったなとイーグルは嘆息していた。きっと

また起動に失敗してこの場に出てこられなかったんだろうと結論づけ、最後の一機も

サクッと畳んで『軍人稼業も楽じゃない』と解らせられればそれはそれで一つの収穫

だろうなどと考えていた。

 小動物に狙いをつけた若い肉食獣のように、イーグルのFTOが型落ちの量産機との

距離を詰めていく。

 新型旧型の差があるとはいえ、FTOはもっと動ける機体なのだの見せつけたかった

気持ちもあり、いたぶるようにすれすれをすり抜けたりもした。

 これだけ接近されれば攻撃されるであろうという恐怖から大抵は慌てて腕ぐらい振り

回すものだが、そのトーナメント最後の一機は微動だにしなかった。

 残っていた四機のうち、二機は相討ち、もう一機はいまイーグルと対峙している最後の

一機が仕留めていたが、余りに小さな動きでとどめをさしていたので、狙ってそうした

のかたまたま巧く入ったのかイーグルにも判断しかねるものがあった。

 隙を狙って繰り出すフェイントにも反応しないそのファイナリストに決定的な一撃を

加えるべくイーグルのFTOが襲いかかると、いままでの緩慢な動きが嘘のように

振り向きざまの抜き打ちを決めていた。

 

 

 「魔物や魔獣なんかが相手だと間合い取らなきゃいけないから大振りするけど、

すごく最小限の所作で相手の動き止めちゃえるんだよね、ランティスの剣って…。

地球の時代劇でみるシノビみたいに無駄がなくって。真似したいと思うんだけど

なかなか上手く出来ないんだ、私…」

 かつての親衛隊長に本気で並ぼうとするその愛妻にイーグルがくすくす笑っていた。

 突然艦内に鳴り響いた警報に「うにゃっ!」と光のネコミミが飛び出した。

 『おーい、コマンダー!やっこさん怒り狂ってんぞ!』

 「なんだ…。意外に早かったですね…。NSXを破壊される前に司令官室にお通しして

下さい」

 『ったく、言わんこっちゃない…』と通信機越しのジェオのボヤきもイーグルはどこ吹

く風だ。

 「誰かお客さま来るの?それなら私おいとまするよ。あれはまた今度でもいいから…」

 「大丈夫ですよ、そんなに遠慮しなくても」

 この場合、光にいてもらったほうがむしろありがたい。

 ほどなくして、司令官室に低気圧が…、もとい、いっそ雷雲と稲光を背負ってないのが

不思議なぐらい不機嫌顔の男が現れた。

 「お客様ってランティスだったのか!お帰りなさいっ!魔物退治お疲れさま」

 ぴょこんとソファから立ち上がった光が弾むように駆け寄ると、ランティスは僅かに

笑みを見せ光をマントに覆いこんだ。

 「・・・・どういうつもりだ?イーグル・・・」

 光をしっかり抱きしめたままランティスが地の底から響くような低い声で訊ねた。

 「以前ザズがソーラータイプに改造したCDプレーヤーの調子が悪いというので、

持ち込み修理を引き受けていたんですよ」

 「それでどうしてNSXが大気圏外まで出てる?」

 「へっ!?大気圏外!?静かで気づかなかった・・・」

 「静かでしょう?新型エンジン。ハイブリッドタイプで環境にもすごく優しくなったんです」

 「ふうん、進化してるんだね」

 光は素直に感心しているが、ランティスの帰宅がもっと遅かったならどこまで連れて

行かれたか知れやしない。

 「ヒカルを誘拐する気だったのか?」

 「やだなぁ、人聞きの悪い。まだまだ新婚なのに、ヒカルを放りっぱなしで仕事に

うつつを抜かしてる貴方がいけないんですよ。いいじゃないですか、ちょっと気晴らしに

オートザムに遊びに行くぐらい…。新婚旅行のときはあんまりゆっくり出来なかったから、

レディ・エミーナが連れてこいってうるさいんです」

 「こ、困るよ!旅行の準備なんてしてないし、それにミゼットの準備がすっごく忙しいん

だもん。・・・あっ・・・・」

 「どうした?ヒカル」

 イーグルに向けるときと違い、その声はあくまで優しい。

 「ごめんなさい。遊びに来てたから、晩御飯の支度、まだ全然手つかずなんだ」

 「いつ帰るとも言ってなかったからな。外に出よう」

 イーグルとしても光と一緒にディナーを楽しみたいところだが、フェラーリ《跳ね馬》に

蹴られて大怪我するのは遠慮したかった。

 「えへへっ。なに食べに行こう?じゃあ、イーグルまたね!CDプレーヤーはまた

今度でいいから」

 腕を組んで…というよりランティスの腕にしがみつくようにしてうきうきと司令官室を

出ると、修理を終えたCDプレーヤーを持ったザズが艦内用バイクでやってきたところ

だった。

 「修理出来たよ、ヒカル。ちょうどいいや、荷物持ちがいるじゃん!ほいよっ!」

 ひとの嫁を掻っ攫(さら)っておいて、その言い草なのかとランティスの周りの気圧が

一気に下がった。

 

 

 バシィッッッッ!!!

 ガシャン・・・!

 

 

 「いってぇぇぇっっっ!!」

 CDプレーヤーを手渡そうとした瞬間に飛び散った火花に、ザズが手を滑らせて

落っことしていた。

 「・・・・あっ・・・・・」

 「・・・・・」

 斜めに落ちたせいで筐体が割れてしまっていた。

 「こンのくそ馬鹿クラッシャー野郎っっ!不機嫌オーラと高圧静電気ぶちまけてんじゃ

ねーやいっっ!!」

 「・・・・すまない、ヒカル・・・」

 「い、いいよ。そんなに高いものでもないしっ!必要不可欠って訳でないしっっ!」

 「謝んのはヒカルにだけかよっっ!・・・・もがっ、もががっ」

 光の持ち物を壊したのだからそれは詫びるが、人攫いに謝らねばならないいわれは

ない。

 文句をがなりたてようとしていたザズの口を司令官室の様子を見に来たジェオが

押さえつけていた。

 「勝手にお嬢ちゃんを連れ出したのは悪かった。だからNSXを壊さんでくれよ、

ランティス」

 その気になったらNSXの甲板さえぶち破れるような男を怒らせるのは得策とは

言えない。心底焦っているジェオが気の毒になり、光はランティスの腕にぎゅっと

しがみついて言った。

 「そうだ!前に連れて行ってもらったセフィーロの家庭料理のお店がいいな。

もっとセフィーロのお料理勉強したいから♪」

 「ヒカルがそうしたいなら…」

 ぴったりと寄り添い歩き始めた二人の背中にひょいと司令官室から顔を出した

イーグルが爆弾を投げつけていた。

 「ヒカルをシビレさせるのはほどほどにしなくちゃだめですよー、ランティス?」

 じろりと睨んだランティスが落とした小さな稲妻を間一髪でイーグルがよけたせいで、

廊下には小さな焦げ跡ができ、ザズの仕事をまたひとつ増やしていたのだった・・・・・。

 

                                                                               2012.9.19

                                                                              Thanks 3rd Anniversary ♪

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巨神アトラス…ギリシャ神話における両腕と頭で天の蒼穹を支える巨人と類似したもの。

          日産 アトラスより。

レディ・エミーナ…オートザム大統領夫人であるイーグルの母。

          トヨタ エスティマ・エミーナより。

ミゼット…光がセフィーロに作ろうとしている地球の幼稚園のようなもの。

          ダイハツ ミゼットより。

フェラーリ《跳ね馬》…ランティスの精獣の種族名。