welcoming morning   vol.4

 

 『…被雷ニヨリ左舷第二、第三えんじん出力低下中。通常ノ30%ガりみっとデス。安全航行ノタメ右舷側出力モ絞リマス……』

 リードアウトを目にしたイーグルがため息をつく。

 「…次の艦船改装会議では雷撃対策を重点的に取り上げて貰いましょうか。それにしても、『サブブリッジからの操縦訓練』って

ことでメインブリッジから退出してもいいとは言いましたけど……、みんなあっちで居眠ってるんじゃないでしょうねぇ…?」

 普段一番居眠ってる奴がよくも言うとジェオが肩を竦める。だが確かにこれだけ失速したら、戦闘中なら撃沈されかねない。

凝り固まった首をゴキッと鳴らすとジェオがインターコムに怒鳴った。

 「おいザズ!もそっとキリキリ修理出来ねぇのかよ!」

 『冗談じゃないや!これ以上急げってんなら、悪名高き中央研究所に人体用加速装置でも開発させてくれよ!それかザズ・

トルクさまの腕前の精密クローン20体寄越せっ!!』

 艦内移動用バイク制御システムもイカレてしまったので、ザズは文字通りNSX内を駆けずり回っているのだった。制御系と

関係なく動ける唯一の足がランティスの精獣だが、ザズを単独では寄せつけず、ランティスとのタンデムはザズのほうが嫌がって

いた。

 「イーグル…、上部カタパルトの射出口を開けろ」

 「バリアもダウンしてますからね…そんなとこ開けたら雨が入るじゃないですか」

 「俺が出る間だけでいい。精獣で城に戻る」

 「ずぶ濡れになりますよ?それに雷が酷い」

 「稲妻にやられるとでも…?」

 ・・・・そういえばこの男の得意技は稲妻招来でしたかね…避雷針よろしく魔法剣を天にかざし、敵に向かってリリースする…

この人を甲板に立たせておいたほうが安全航行出来たんじゃないだろうかとアクマな考えがイーグルの脳裡に浮かんだが、

時すでに遅し…。

 「あー…、そこの制御系も落ちてるぜ。手動でやるしか…」

 「…頼む」

 「あ゛あ゛ん?」

 GTO射出用ゲートなんてバカでかいものを人力で開けなければならないと解っていてその答えかとジェオが目を剥くが、

ランティスは真剣そのものだ。

 「……ジェオ、僕からもお願いします。ヒカルもきっと心細いでしょうから。NSXがこんなにもたついているのでは、ランティスの

精獣のほうが遥かに速い」

 「だぁぁぁ、しようがねえなぁ…。『白兵戦部隊ユニットA、力自慢を15人ばかり選抜して上部カタパルト射出口に集合だ!

大層な装備はいらん!』」

 『Aye, aye, Sir!(アイアイサー!)白兵戦部隊ユニットA、力自慢を15名選抜して通常装備で上部カタパルト射出口に向かいます!』

 「助っ人に行ってくらぁ。寝るなよ、イーグル」

 「俺も行こう…」

 ジェオの後を追って艦橋から出て行きかけたランティスの肩をぐいっとイーグルが引き戻す。

 「ランティス、なんて顔してるんです。ヒカルならきっと大丈夫ですよ。想いが力になるこの国でそんな暗い顔していちゃ

だめじゃないですか」

 

 ――イーグルは知らない……その昔、どうして彼ら兄弟が幼くして導師クレフに弟子入りすることになったのかを。『相次いで

父母を亡くした』とは話したが、母親が産み月になってその赤ん坊ごと亡くなったのだとまでは言った記憶がなかった。

 遠い想い出の中にいる母親と比べれば、光は健康そのもので、人並み外れた体力気力を持ち合わせている。それでも

異なる生命を胎内で育み、この世に生み出すという大事にあって、心配するなというほうが無理な相談だろう。

 

 結婚以来、なかなか子供を授からないことに光は焦りを感じているような、申し訳ないような顔をしていたが、ランティスの

ほうはまったく意に介していなかった。子供嫌いという訳ではないが、自身の母親の最期が頭の片隅あったせいか、光を

失うことのほうが恐ろしかった。

 だから光から子供が出来たことを知らされた時もあまり嬉しそうな顔をできなかったのだろう。それでも全てを知っていた光は

優しくランティスを包み込んで言った。

 「そんなに心配しなくても大丈夫。うちの母様、四人も産んだ多産系だよ?平気、平気……ね?」

 不安がない訳ではないだろうし、護ってやらねばならないのに気遣われては、まるであべこべだった。

 

 振り払えない懸念からついつい過保護になるランティスと、そんな不安ごと弾き飛ばしそうなぐらいお転婆な妊婦の光の

ふたり暮らしも間もなく終わる。

 ランティスがセフィーロ城に戻る頃には、新しく家族になった赤ん坊と二人で出迎えてくれることだろう。

 

 誰よりもまず、ランティスがそれを信じてやらなければ…。

 

 「大丈夫だ…。先に行く」

 「当然です。いま僕らが行っても仕方ありませんからね」

 おどけたようにウインクをひとつすると、イーグルは思いっきりランティスの背中を押していた。

 

 

 

 「おらおら、もっと腰据えて踏ん張らねぇとびくともしねぇぞ!」

 「お言葉ではありますが、GTO専用カタパルト射出口の人力開閉操作は白兵戦部隊訓練メニューに入っておりません!」

 「…おーし、今度から艦首リニアカタパルトと艦艇庫手動開閉もスペシャルメニューに入れてやる。つべこべ口答えしてねぇで

リキ入れろ!もたもたしてっと、シビレを切らしたランティスが装甲に大穴開けて出ていくぞ!チーフ=メカニックさまの仕事を

増やすなーっ!」

 「・・・・・するか・・・・・」

 破壊魔扱いのジェオにランティスがぼそりと反論していた。

 

 

 

 「…うう〜ん、いったいよぉ……。まだ産まれてくれないのかな……。風ちゃん、よく三人も産めたね…」

 「光さんったら。本格的な陣痛が来て、まだ半時間ほどじゃありませんか。私、フェリツィアさんの時には明け方から夕方まで

かかっていましたのよ」

 まだ少しかかるだろうからと、ランティスの不在で雑務を自分でこなすしかなかったクレフは隣室で一休みしていた。

 「ふうん。ウチはもうちょいサクッと産めたけどな」

 「風ので3回、光ので1回…4回も立ち合ってるけど、ちっとも慣れないわ〜。ちゃんと産める自信がつかなーい!」

 「海さん、私を3回とカウントするのはいささか違っているように思いますわ。なんと申しましても双子でしたもの」

 「それだって帝王切開じゃないんだから、踏ん張らないことには出て来なかったじゃないのぉ〜」

 「世の中のお母ちゃんみぃんなやってることやし、今から心配せんでええんやで?ウミ」

 「大丈夫ですわ。産みの苦しみなんてすぐに忘れられますから」

 「私は執念深く覚えてるわ、きっと…」

 「海ちゃん、子供に八つ当たりはダメだ!い゛たたた…っ」

 「当然じゃない。産まれてきた子供には何の罪もないもの。根本原因をこき使うのよ!魔獣で子守の得意なコって、誰か

いたかしら…」

 魔獣に縁のない子供たちはまずその見た目に畏れをなすのだが、見慣れて懐かれている(アゴで使っているは言い過ぎか…?)

海は気にも留めないようだ。アスコットが耳にしたら冷や汗をかきそうなことを言う海に苦笑しつつ、風は光への指導も忘れない。

 「光さん、呼吸法がおろそかになってますわ」

 「なかなか練習通りにはいかないよ…。くーっ」

 ランティスがオートザムに出向いて淋しくはあったものの、出産に立ち合ったりしたらい胃に穴が開くほど心配したんじゃ

ないだろうかと、呼吸法を思い出しながら光はちらりと考えていた。

 

 

 

 「ようし、もう一息だ!……雨もやんだか…?」

 「まだ土砂降りだ。いまは殻円防除で防いでる…」

 作業を円滑に進められるよう、ランティスなりに気遣っていたらしい。

 「そいつぁ悪かったな。濡れたら濡れたで大掃除のいい機会だったんだが…」

 「なんとか人ひとり通れる間隔を確保しました!」

 「……おい、それじゃ馬が通れねえだろが」

 「構わん、外で招喚する」

 「このてっぺんまでラダーで上がってくのか!?結構あるぞ」

 「あれ以上開けたら、また閉めるのが骨だろう」

 「んー。…にしても油汚れが酷そうだな、おい…。せっかくのシロクマがグリズリー(灰色熊)になっちまうぜ?」

 「どうせずぶ濡れになる。着替えるついでだ」

 濡れ鼠で光のもとに行こうものなら、海に叩き出されることだろう。

 「じゃ、気をつけてな。すぐにセフィーロ城に邪魔するよ。次に顔合わした時は『パパ』って呼んでやる」

 「・・・・俺はお前のパパじゃない・・・」

 「ったりめぇだ、馬鹿」

 「……手間をかけたな」

 「いいから、とっとと行け!」

 ここでも旧友に背中をおされつつ、ランティスはわずかな灯りがあるばかりのラダーをよじ登り始めた。

  

 

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