welcoming morning   vol.5

 

 まもなく夜明けを迎えるはずのセフィーロの空は叩きつけるような雨と雷鳴をもたらしていた。ずぶぬれのまま精獣を駆る

ランティスはふと思い出す。

 「そういえば…あの日も酷い雨だったか…」

 光が東京とセフィーロを行き来する生活に終止符を打ちランティスの許に嫁いだ日も雨なら、ふたりの間に授かった新たな

家族をこの腕に抱く日も雨・・・・。

 

 結婚式の朝、一足先に支度に向かう前の光の部屋をランティスが訪れるとほんの少しだけ困ったような笑顔を見せていた。

 「風ちゃんの時はお天気良かったのに、すっごい土砂降りになっちゃったね」

 室内で執り行うのだから天候は関係ないだろうにと思いつつ、窓辺に立つ光の肩をランティスがそっと抱いた。

 「雨では嫌か…?」

 「結婚式ぐらいは晴れたらいいなと思ってたけど…。雨も嫌いじゃないよ。生きとし生けるもの全て、水無しでは生きて

いけないんだもの。それに雨の日だけのとっておきがあるじゃない」

 「とっておき…?」

 何か特別な物があっただろうかとランティスが考え込んでいると、焦れたように光が言った。

 「わかんないかなぁ・・・。虹だよ、に・じ!」

 滝や水撒きで現れるひかりの屈折現象をそんなふうに呼んでいたかと思い浮かべていると、先回りした光が付け加えた。

 「そりゃあ滝とかでも見えなくはないけど、空にかかる大きな虹は人には造れないでしょ?」

 もしも光がそれを望むならなしうる魔法を探さないではないが、そういうことではないのだろうなとランティスは自らを戒めていた。

 「雨上がりの空気のすがすがしさだとか、そういう些細なことでも、ランティスとふたりならまた特別かな…なんてね」

 自分の言葉が気恥ずかしくなったのか照れ臭そうにランティスの胸に顔を埋めた光が窓に映り込む。溢れる愛しさを行動で

表そうとした刹那、甘い空気を引き裂くノックの音が響いた。

 『光ぅ、起きてる?そろそろドレスのお仕度始めるわよ』

 結婚式の朝までオアズケを食うなんてつきがないなと思いつつ、光を得る以上の幸福を願うのは罰当たりなことだとさえ

思っていた。

 

 間もなく我が子をこの腕に抱くのは『それ以上』の身に過ぎた幸せであるようにランティスには思えていた。けれど光が

心から待ち望み、その願いを人知を超えた大いなるものに許されたのなら、もたらされるままに受け入れればいいのかも

しれない。

 産まれたての赤ん坊と同じぐらい、まっさらな心で向き合っていけばいいのかもしれない。

 

 

 

 自分たちの部屋のバルコニーに近づくと精獣を降り立たせる時間も惜しいとランティスが飛び降りる。

 部屋が水浸しになるのを構っている余裕もなくランティスは浴室へと向かう。よもやこんな事態を予測していた訳でも

なかろうに、白い神官の服ひとそろいと、鎧用のアンダーウェアひとそろいがローチェストの上に用意されていた。

 『お帰りなさい。約束通り風ちゃんちで大人しくしています  光』

 結婚式の時、まだセフィーロの文字を書けず結婚証明書にローマ字でサインを入れていたものだが、いまではすっかり

流麗かつおおらかな光らしい手蹟(て)を物にしていた。

 身の汚れとともに幾許かの心の澱を洗い流すと、髪を乾かす時間も惜しかったので光ご用達のドラ&イヤー・サーヴァント

≪使い魔≫を招喚する。

 身支度がきちんと整わないことには、王子夫妻のところに身を寄せている光に逢えようはずもないからだ。

 

 

 

 部屋を出ようとしたランティスの背後、窓の外ではまた特大の雷が落ちた。

 「・・・・・」

 産声以前の自己主張の烈しさに、フラットにしたはずの感情のゲージを揺さぶられるランティスだった。

 

 

 

 城内のさまざまなところに結界系の魔法を応用したショートカット≪近道≫を仕掛けているランティスだったが、今日ばかりは

自分の足で長く遠い廊下を歩いていた。赤ん坊だってこれまで安寧に過ごしてきた母胎から、母と苦労を共にしながらこの世界に

産まれ出ようとしているのだから。駆けていくのはこの歳にしては落ち着きがなさすぎる。…と、自らに言い聞かせながらも

ストライドは普段よりもっとずっと大きかった。

 

 

 

 華美過ぎない繊細な彫刻を施された大きな扉を押し開いた時、ランティスはひさかたぶりに愛する妻の波動と新たな家族の

波動を感じ取った。

 「よう。つい今しがた産まれたぞ」

 「ああ。元気に泣いてるようだな」

 「素直じゃねぇなぁ。嬉しいならもっと嬉しそうな顔しろよ」

 「これでも十分喜んでいるつもりなんだが…」

 「ふふーん。嬉しいよりも、『ヒカルを取られた』って顔してるぞ」

 訳知り顔でちらりと横目で見るフェリオにランティスが微かに仏頂面になる。

 「・・・・・」

 「『何で解るんだ?』って顔してるな…。当然だろ?≪来た道≫だからな!俺なんてもう1/4しか構ってもらえないんだ。

お前んちはまだ1/2じゃないか」

 そんな単純に割り切れる物でもないだろうが、もったいなくも慰めてくれている気持ちは伝わっていた。

 「おっそ〜い!赤ちゃんもう産まれたわよ」

 産室から顔を覗かせた海が軽くランティスを睨んでいた。

 「ヒカルと子供は…?」

 力強いふたつの波動を感じ取っていたので揺るぎなく無事を確信しているのに、それでもそんな言葉が零れてしまうのは、

やはりランティスも人の子というところだろう。自分の感覚以外にも証が欲しいのだ。

 くんっと湯上がりの香りを嗅ぎ取り、海はふむふむと頷いていた。

 「NSX艦内に高性能エアピュリファイアがあるからったって、オートザムから帰ったそのままで来たら追い返してやろうと

思ってたんだけど、ちゃんと身奇麗にしてきたのね、感心、感心!元気な姿は自分で確かめればいいわ」

 通せん坊していた海が脇に避けてランティスを請じ入れる。

 「お帰りなさい、ランティス。……黒い髪に蒼い瞳の男の子だよ」

 産湯で清められ、父親の神官服に張り合うかのように真っ白な産着に包まれた我が子の顔を光がランティスに見せていた。

 「…抱いても構わないか」

 「そんなの当たり前じゃないか!ほうら、あなたの父様だよ」

 職場(ミゼット)でも風の子供たちの世話でも慣れた光に比べ、逞しい腕(かいな)であるだけでは抱かれ心地がいまひとつ

だったのか、みどりごはまた火がついたように泣きはじめた。

 「派手に泣かれてるわねぇ。フェリオは三人とも上手くあやしてたのに…」

 「コワモテもほどほどにすることだな」

 苦笑いの海の言葉に、やれやれとソファーに座り込んでプレセアに肩を揉んでもらっているクレフがチクリと追い打ちをかける。

 「大丈夫だよ、ランティス。そのうち慣れるって…」

 父親自身が抱っこすることに慣れるのか、はたまた息子が父のコワモテに慣れるのかを言明しない辺りが母となった妻の愛

だった。

 「名前、もう決めた?」

 「考えてはいたが…。トオル=レヴィンはどうだろう…」

 片付けをしながらそれを耳にした風が海と顔を見合わせひそひそと囁き合う。

 「トールって…北欧神話の雷神…?」

 「レヴィン・・・・・英語のLEVINだと、『稲妻』でしたわね」

 「今日の天気、まんまじゃない…。いいのかしらそんなアバウトなネーミング…」

 そんな会話が交わされていることに構いもせず、赤ん坊をしっかりと抱いたまま、いつの間にかモノにした魔法書記で光の掌に

我が子の名をしたためていた。

 

 ≪亨=レヴィン≫

 

 「…とおるって日本語だったのか!?よく漢字まで判ったね」

 光の声に海と風が目を丸くしていた。

 「一年目の結婚記念日…紙婚式に漢和辞典を貰ったからな」

 その昔、光が持ち込んだものは自分で使わなくなった中学生程度向けだったので、一般向けの物を改めて贈ったのだった。

もっともそれだけでは絞りきれなかったので、ランティスはこっそり光の長兄・覚に頼んで名付け事典なるものも取り寄せていた。

 「サトル、マサル、カケル、ヒカル…。お前たち兄妹と同じ、三音の≪る≫で終わる、漢字一文字の名前にしたかった。

亨の字には、『天上の意をあきらかにするもの』という意味がある……。日本名のほうがシドウの家には馴染み易いだろう?」

 ただの一度なりとまみえることはないかもしれないあちらの家族を思いやってくれる優しさに光がふわりと笑みを浮かべていた。

 「亨=レヴィン…。いい名前を貰ったね」

 「雨も止んだようですわね…。まぁ…!」

 窓際でカーテンを開けていた風の声に皆の視線が集まる。

 「どうしたの?風……。わぁ…、すっごく大きな虹!そこから見える?光」

 腕に抱いていたレヴィンをベッドに寝かせようとしたランティスを光が遮った。

 「待って、ランティス。レヴィンにも虹を見せてあげたい。ちゃんとは見えないかもしれないけど、感じて欲しいんだ」

 産まれた日のことなど記憶に残るとは思えないが、大仕事を終えたばかりの愛妻の願いを聞き入れない訳にもいかない。

しばし考えていたランティスがレヴィンを光の腕に戻すと、光の胸元にあった輝鏡が突然まばゆいきらめきを発し始めた。

ひかりの粒子になったそれがレヴィンの中に溶け込むように消えてく。

 「…あ、引継ぎ完了…かな?」

 「・・・・・」

 引き継がれる瞬間など記憶になかったのでランティスにも答えようがないが、特にむずがるでもないのでそういうことだったの

だろう。ランティスはブランケットをめくるとレヴィンをあやしている光の膝下を持って抱え上げ窓辺へと歩み寄った。

 「レヴィン…あれは虹っていうんだよ。雨と雷が激しかったけど、レヴィンが産まれたこと、お祝いしてくれてるみたいだね」

 

 父の腕の中で泣き疲れていたのか、小さなあくびをしたレヴィンがうとうとと眠り始める。そんな息子の寝顔を若葉マーク付きの

両親が優しく見守っていた。

 

  

 

                                                         2011.8.20 up

                                                                                                                               2011.7.12に達成した

                                                         カウンタ032175記念として

                                                         リクエスト権を獲得された

                                                         レオン様に献呈

 

                                                        2011.9.19 

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ドラ&イヤー…炎属性と風属性のミニドラゴン。光のドライヤーがわり(「M IDNIGHT SNOW」参照)

亨=レヴィン…LEVINはトヨタレビンより。LEVINと言えば「ハチロク」ってことで 8月6日生まれ。

タイトルは Chappie さんの 「Welcoming Morning」よりいただきました。ちょっと不思議なノリの歌です♪

 

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