welcoming morning   vol.3

 

 窓に叩きつける激しい雨。縦ばかりでなく横にさえ走る稲光が閃く暗い空…セフィーロは未明から酷い荒れ模様だ。

 「もう起きてたの、光?こっちも大荒れねぇ。私も雨の音で目が覚めちゃったわ。東京もそろそろ台風が上陸してる頃よ」

 灯りがついてるのに気づいてやって来た海は、光の実家との連絡役を引き受けて東京を覗いてきたばかりだった。

 「おはよう…、海ちゃん」

 「おはよ。もう産まれるってのにランティス居ないんですって?愛妻の初産だっていうのに、あの朴念仁ときたら…」

 当の朴念仁の妻の前でも海の言葉は容赦ない。

 「FTO−ψがここんとこトラブル続きだし、統括者としては放置出来ないよ」

 「ランティスの次に使える光は産休だし、仕方ないか。出産までに帰ってこられればいいわね」

 「あとは産むだけだもん。みんなも居てくれるんだし、大丈夫♪」

 「光の大丈夫はあてになんないんだけど、今回ばかりは信用するとしますか」

 「酷いなぁ、海ちゃんてば」

 苦笑いしながら光は胸元の輝鏡をまさぐっている。

 『絶対に大丈夫…。ランティスとランティスの母様が護ってくれるんだから』

 

 

 

 高校三年のクリスマス、故あってランティスの母親の形見の輝鏡を光が手にした。翌年のバレンタイン、正統な持ち主である

ランティスに返そうとしたものの、それは光とともに在ることを望み彼女の身体の中へ溶け込むように消えていった。かつて

ランティスの父が愛しき者を護るよう魔法をこめたそれは、ランティスの想いも受けてこれまで光を護ってきた。新婚旅行で

訪れたオートザムで度重なる危機に見舞われた二人だが、先々代の護り石だけでなくこの輝鏡があったから、乗り越えられた

ようにも感じていた。

 

 ランティスがオートザムへと旅立つ朝、それは唐突に光の手に戻ってきた。離れ難い想いを振り切るように抱擁を解こうと

した時、二人の間にまばゆいひかりがほとばしった。光を抱きしめようとする腕をひかりの圧力が押し返し、ランティスは妻の

二の腕をしっかり掴んでいるだけで精一杯だった。

 さやかな音をたてたそれを、我知らず光は両手で掬い上げるように受け取っていた。

 「凄いね。新しい主がもうすぐ産まれるって判ってるんだ…」

 優しい笑みを浮かべてそれを見つめる光とは裏腹にランティスの表情は苦しげでさえあった。最初の主と今の光の姿を

重ねるなというほうが無理だろう。輝鏡の鎖を首に掛けると、光はランティスをふわりと抱きしめた。

 「そんなに心配しないで。言ったでしょ?私の母様は四人とも安産だったって。母様と同じにつわりも軽かったから、お産も

きっと軽いよ」

 一から十まで母親と同じである確証など何処にもないが、そうでも言わなければランティスの懸念を払拭出来ないことを

知っているから、光はのんびりお気楽そうに装っていた。

 「…でも名前も決めなきゃいけないし、沐浴も手伝って欲しいから、なるべく早く帰ってね」

 「…ああ」

 強がるばかりでなく甘えてみせるあたり、風や海にレクチャーされたランティス取り扱いのツボを光はしっかりと押さえていた。

 

 

 

 「なぁにそれ?なんだかアンティークなペンダントね…」

 光の手元に目をとめた海が尋ねた。

 「これ?・・・・・ランティスの母様が持ってたお守りなんだ。大学受験の頃に貰ったんだけどね、産まれてきたら、今度は

この子にあげるんだよ。そしてこの子に大切な人ができたら、その人に譲って・・・・。そうやって繋いでいくんだ」

 「ふうん、素敵ね」

 愛おしげに腹を撫でていた光の顔が突然苦痛にゆがんだ。

 「・・・・・う、海ちゃん・・・・。私のほうも嵐が来たかも・・・・っつぅぅ」

 「陣痛が来たの!?風っっ!カルディナっ!!光が産まれるって〜っっ!」

 ここはやっぱり経験者が頼りと、光を支えつつ海が大声で叫んでいた。

 

 

 

 「…少しは落ち着いたらどうです…?」

 ほんの一瞬じろりと声の主を睨んだものの、ランティスはNSXの艦橋を歩き回っていた。

 この男のこれほど落ち着きのない姿は長い付き合いの三人にも初めてだった。あまりの低気圧ぶりに畏れをなしていた

ブリッジクルーはイーグルの許可が下りるなりそそくさと逃げ出して行った。オートザム最精鋭としてはあるまじき態度だが、

相手がコレでは責められない…とジェオも肩を竦めていた。コイツとダチじゃなきゃ俺だって逃げたいと天井を仰ぐ。

 「お前な、そのでけぇなりでウロウロしてると、チキュウのドウブツエンにいるシロクマとかいう猛獣に見えっぞ…」

 今日のランティスはお誂え向きに白い神官の出で立ちだった。

 「ああ!アズキや小さく切ったフルーツをたくさん入れて冷やすと、甘くて美味しいんですよね」

 どうも≪白くま≫情報が錯綜しているようだが、この場には突っ込む者もいなかった。

 「いらいらするのはいーけどさ、ってこともないけど、帯電してNSXの電装系壊すのやめろよな!」

 修理調整に追われているチーフ・メカニックのザズがビシリと指さしていた。

 「……だから、それは俺じゃない…」

 

 セフィーロの宙域に入るなり酷い磁気嵐に見舞われたNSXは、計器類の受けた過負荷のせいで全速航行から巡航速度への

ペースダウンを余儀なくされていた。

 戦時の緊張が薄れて久しいとはいうものの、悪天候にここまで足元をすくわれる事態はNSXのクルーにも初めての経験だった。

旧友三人組は間違いなく黒髪碧眼の魔法剣士のせいだと思っていた。迂闊に触れようとすると、静電気の稲妻が走るような

ヤツが居ては、艦内に避雷針を置いているようなものだと。

 「一刻も早く城に戻りたいのに、そんな真似をするか…」

 そう反論するランティスを三人が疑わしげな横目で眺めていた。

 

 精獣で駆けて行くにはまだ遠い。無論他に手立てがなければただひたすらに精獣を駆るが、当然のことながらNSXの

巡航速度にはまるで敵わないのだ。セフィーロでただひとり導師クレフだけが空間転位系の魔法を自在に操るが、いまは

光の出産に掛かりきりだろう。消耗の激しい魔法なので、ランティスを呼ぶ為に使って貰う訳にはいかない。

 気配に聡いランティスはこれまでセフィーロのどんな辺境に居ようとも光の波動を感じ取ってきた。

 授かって間もない時期は母体と新しい生命が未分化で渾然としていて波動が乱れた状態となるが、性別が判るぐらいの

頃になると確立された個としての波動を発するようになる。

 だからラファーガたちが子供を授かった時もクレフとランティスには早い時期から男女の双子だと判っていた。フェリオたちが

第一子を授かった時などは『風ちゃんたちは赤ちゃんが産まれてくるまで楽しみにとっとくみたいだから、勝手に性別教えちゃ

ダメだよ』と、光に釘を刺されたものだった。

 そして自分たちにようやく新たな家族を迎える兆しが見えた時も、やはり『教えないで』と念押しをされた。

 

 もう陣痛が始まって、間もなく産まれるだろうというのは、光のというより城の人々の慌てる空気で気取っているようなもの

だった。この期に及んでも、実はランティスにも授かった子供が男の子なのか女の子なのか確信が持てずにいた。

 まるで腹の中の子供に遮られたかのようにずっと光の気配が読めず、その乱れた波動をもって光と赤ん坊の存在を知るのが

やっとだった。

 『元≪柱≫と元≪柱≫候補の間に出来たのだ。……桁外れな力の…きかん気の強い子が産まれそうだな』

 やはり子供の性別を読みきれなかったクレフが苦笑いで、言外に『先の苦労が思いやられる…』と匂わせつつそう言っていた。

 

 さんざっぱら母親の腹越しに父親であるランティスの手を蹴っ飛ばしていた理由をいつか訊けるのだろうかと、なかなか妻の

ところへ戻ってやれない自身への苛立ちが隠せない顔に微かに不安げな影がさしていた。

 

 

 

  時折、落雷で地響きがするような荒れ模様にツインズが泣きだし、いつもはお姉さんぶっているフェリツィアも少しべそを

かいていた。風は海と一緒にランティス不在のまま初産を迎えた光をサポートしに行ってるので、子供らがどんなにびーびー

泣きわめこうとフェリオが構ってやるしかなかった。

 「どうしたんだ、フェリツィアまで…。この前のタイフウは泣かなかったじゃないか」

 「かぜがびゅうびゅうふくのはへっちゃらだもの。あめがいーっぱいふるのもへいき。でも、でもっ、ピカピカドッカーンはびっくり

するからやだ!」

 姫なのだから風の言葉遣いに似てくれればいいものを、見た目はともかく話し方がフランクになったりした時などは、間違いなく

自分の血を引いてるよなとフェリオは苦笑していた。

 「そうは言われても、天気なんざどうしてやることもできないからな…」

 片手でツインズのスイングベッドを揺すってやりながら、反対の手でフェリツィアを抱き寄せてやりつつフェリオがふっと笑った。

 「フェリツィアが産まれた日は…、凄くかぜが強かったんだぞ」

 「『フェリツィアは≪かぜ≫ぞくせいがつよいからだ』って、どうしクレフしゃまがいって……おっしゃってたもの」

 『言って』と言いかけ、ペチッと自分でほっぺたを叩いてフェリツィアが言い直していた。『さま』がどうにも『しゃま』に聞こえて

仕方がないが、家族はともかくフェリツィアの魔法の師であるクレフに失礼の無いよう風がきちんとしつけているのだろう。

 「……じゃあずっと天気が良かったのに、いきなりこの嵐ってのはまさか…」

 「だれかがよんでるの。おしろのなかとそと…」

 小さい子供のいうことをどこまで信じていいか判らないが、外には確かに雷を呼びそうな奴がいる。出産を間近に控えた妻の

そばを離れなければならないことになり、それはもう低気圧を背負っていても不思議じゃない奴が約一名、間もなくオートザムの

NSXで帰還するはずだ。

 あいつの血を引いた者なら低気圧…もとい、雷をビシバシ呼んでも不思議は無い…かもしれない。

 

 赤ん坊が無事に産まれて低気圧な父親が対面を果たすまで延々この荒れ模様なのだろうかと、フェリオが深いため息を

ついていた。

 

  

 

                                                             NEXT

 

 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

輝鏡の譲り渡しのくだりは「Silent....」から「step by step」あたり参照。

輝鏡の来歴については、「a long t im e ago」参照。

 

 

        このページの壁紙はさまよりお借りしています