welcoming morning   vol.1

 

 「乾杯…」「かんぱぁい♪」

 軽くグラスをぶつけると、涼やかな音とともに紅く澄んだ液体も揺れる。多分これが、二人きりで祝う最後の結婚記念日

…今日は四年目の花婚式だ。

 ランティスと光がそれを口に含み、舌の上で転がしたあとコクリと飲み込んだ。

 「美味しい♪…抱えきれないほどの花束貰って、旦那さまとゆっくり食事して…。それだけでも贅沢だなって思うんだけど、

やっぱりこういう日にはワインが飲みたいかなぁ」

 一見赤ワインのようにも見えるが、海が結婚記念日用にと東京で買ってきてくれた有機栽培のクランベリージュースだ。

≪酒は鬼門≫が定説のランティスだが、その酒癖も家庭内で出る分には一向に差し支えないので(嫁は大変かもしれないが・爆)

光と二人きりでならこういう折ぐらいは飲んでいるのだ。

 「今は…いや、当面酒は控えたほうがいい」

 「解ってるよ。そういうことは地球もこっちも同じだもん。私より先にこっちが酔っ払っちゃうよね、きっと…」

 クスクス笑いながら、かなりせりでてきた腹部を愛おしげに撫でる。そんな妻の肩をランティスが抱き寄せ、光も甘えるように

しな垂れかかった。

 「ほら…、あなたの父様も待ってるよ。私の誕生日には逢えてるかなぁ…」

 だいたいその頃だろうと思いつつ、子供に関して迂闊に答えると妻の機嫌を損ねかねないので、ランティスは沈黙を守っている。

身篭ってからというもの、腫れ物に触るかのように扱うランティスに微苦笑しつつ、光はランティスの手を自分の腹に触れさせた。

 「よく動いてるでしょ?ふふっ。ひとりで居る時より、ランティスが居る時のほうが活発に動くんだよ。父様がそばに居ること

判ってるのかなぁ…」

 「・・・・」

 まだ見ぬ我が子にばかり想いを馳せる妻に微妙な沈黙を守っていた夫が、くいっと顎を掬い上げる。すっかり母親モードに

入っていて一瞬きょとんとした表情を浮かべたものの、蒼い瞳を見つめ返した光がいたずらっぽく微笑った。

 「キスだけだよ…?」

 それより先がお預けなのは承知の上なので、答えもせずにランティスはくちびるを重ねようとした。

 「……ったたっっ!!」

 二人のくちびるが触れる寸前、光がびくんと身体を屈め、蹴っ飛ばされた自分の手をランティスが憮然とした面持ちで見ていた。

 「いったいなぁ、もう…、足癖悪いんだから…。今、思いっきり蹴られちゃったね」

 もう何度目だか解らない我が子の蹴りにランティスが小さくため息をついていた。

 

 

 

 「…聞きたいことがある…」

 親衛隊とその候補生の中から誰をFTO−ψ部隊に割り振るかの書類選考をしていたランティスがぼそりと言った。

 「ぁん?」

 「なんだ、薮から棒に…」

 書類から目を上げたフェリオとラファーガがランティスに答えた。

 「…産まれてくる前の子供に蹴られたか…?」

 「………は?」

 ぽかんと聞き返したフェリオとは対照的に、この男もそんな話をするようになったのかと幾分感慨深げにラファーガが答えた。

 「…二人も入っていては窮屈だったんだろうな。カルディナはよく蹴られていたようだ」

 「ああ、そういう話か。フェリツィアはフウに似ておしとやかだから、あんまり聞かなかったな。ツインズは・・・やっぱり狭かったん

だろう、もぞもぞも二倍増だったらしい」

 半年ばかり前に産まれた双子の第二子・第三子を≪ツインズ≫とまとめて呼んでは、フェリオは風のお小言を貰っていた。

 「いや、母親じゃなく…」

 「何が聞きたい?具体的に言えんのか」

 「『スキンシップが大事だから』と、ヒカルが腹に居る子供に触れさせようとするんだが…」

 「ああ、あれはなんとも妙な感じだよな…」

 「『妻子を養わねば』と、気が引き締まる思いがしたものだ」

 「……触れるたびに蹴飛ばされる…」

 難しい顔で唸ったランティスをフェリオがまぜっ返す。

 「嫌われてんじゃないか?」

 「元気がいい証左だろう」

 「性別、とっくに判ってるんだろ?」

 「『教えないで』と言われているが・・・・」

 ランティスは微妙に語尾を濁していたが、フェリオはあまり気にとめなかったようだ。

 「なんだヒカルもか。地球じゃ結構早くに知らされるらしいのになぁ。名前を考えるのも身の回り品を準備するのも、判ってりゃ

楽だろうに…」                              

 「判っていても少しも楽ではなかったが…」

 かつての苦労を思い出し、ラファーガがぼそりとこぼしていた。

 「二人分…、しかも男女じゃな」

 双子が生まれててんてこまいしたのはフェリオ・風夫妻も同じだった。

 「それにしてもランティス。お前、腹の中の赤ん坊に蹴られて気に病んでいるのか」

 「んなナイーブな柄か!?」

 確かに神経質に過ぎるのかもしれないが、ほぼ百パーセントに近い確率で蹴飛ばされれば気にもなるというものだ。尋ねる

相手を間違えていただろうかとため息をつきつつ、ランティスはまた書類に意識を振り向けていた。

 

 

 

                                                             NEXT

 

 ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

FTO−ψ…結界のなくなったセフィーロの防空用に開発された、魔法使用可能なFTO。ψ(サイ)はトヨタSAIより。

       (初出は「14days」)

フェリツィア…フェリオ王子・風夫妻の第一子にあたる姫。チェコ・シュコダ社製より。

      

        このページの壁紙はさまよりお借りしています