MIDNIGHT SNOW

 

 

 「お疲れさまでした!お先に失礼しまぁすっ!」

 コートを羽織りながらアルバイト先の保育園を飛び出していく光を、本職の保育士たちが気遣わしげに

見送っていた。延長保育担当者二人が子供の体調不良で抜けて困っているのを見兼ねて、『二十四日は

絶対四時に上がらせて下さい!』と前々から言っていた筈の勤務を六時迄延ばしていたのだ。

 「デートの約束をしてるんじゃないの?」となかばからかいつつ尋ねたベテラン保育士に、からかわれた

ことに気づかない光は生真面目に答えていた。

 「大丈夫です。理由を話して解ってくれないような人じゃありませんから」

 『今日はお泊りだし…』という言葉は、喉まで出かけたのを慌てて飲み込んだけれど。

 せっかくのクリスマスだというのに、働く親を待ち侘びていつもより寂しい想いを募らせている子供達を

置いていけなかった。零歳児や一歳児はベテランの保育士にお任せだが、もう少し大きい子供なら

遊んで紛らわせてあげられるかもと、手伝いを買って出ていたのだ。

 

 いつものようなスニーカーじゃない足元は走りにくくて敵わないけれど、最大限急ぎ足で駅へと向かう。

理由を言って解って貰える自信はあるが、ただ逢いたくて逢いたくてしかたがないから、ひとりでにピッチが

上がってしまうのだ。

 大学のゼミのテストとバッティングしてしまい、ランティスの誕生日に行けなかったのも痛かった。付き合い

はじめるまでも付き合いはじめてからも、ランティスはなかなか光に誕生日を教えてくれなかった。『いまさら

祝う歳でもない』とはぐらかされ、やっと偶然イーグルから聞き出したのは去年の誕生日の二週間前だった。

 後になってクレフに聞いたことだが、ランティスの兄・ザガートも五年違いの同じ日に生まれたのだという。

あの伝説の戦いでザガートの生命を奪った光をランティスが責めたことは一度もないし、きっとこれからも

ないだろう。それでも彼自身は亡き兄に対して、その生命を断った者に自分が生まれた日を祝って貰うと

いうのは、いくばくか気持ちの整理をしきれないことなのかもしれない。

 過去の事実は厳然として動かせない。それをおしてもなお二人がともに生きることを望んだ以上、どんなに

苦くても少しずつかみ砕いて飲み込んでいくしかなかった。

 

 

 クリスマスイルミネーションがまばゆい東京タワーは、雪がちらつく聖夜を過ごす恋人たちで溢れていた。

 『あの時も雪だっけ…』

 大学受験の直前、悲しみに打ちひしがれていた光の為に、たった一度だけランティスは東京にやってきた。

『偶然の積み重ねの結果で、おそらく二度とは出来ないだろう』と言ってランティスは多くを語らなかったが、

未知数の危険を考えれば二度とやってほしくないと光も切実に願っていた。

 

 この光景をあと何度一人で見れば、ランティスと二人静かな夜をセフィーロで迎えることになるだろう。

 

 きらきらとさんざめくひかりの下を、腕を組み寄り添い歩く恋人たちをちょっぴり羨ましく思いつつ、展望台へと

急ぐ。海や風と一緒ならガールズオンリーを気取って賑やかにそこへと向かうのだが、自分勝手な予定変更に

付き合わせる訳にはいかないので、『バイトで遅くなるからゴメン!先に行ってて』とメールで詫びた。

 『ランティスさんにお会い出来たら、その旨伝言しておきます』と風から返信が来て、海からは、『会えたら、

ね(^.^; 』と追伸がきた。ランティスが広間に出て来ていなければ、彼の部屋近くへは光でなければ立ち入れ

ないことが多々あるのだ。それは光以外が通れない結界が張られていたりするせいだ。勿論クレフも立ち入る

ことは出来るが、それは同等以上の魔法をぶつけて結界を破壊した場合に限る。以前にクレフがその実力

行使に出た時、セフィーロ城営繕担当の複数の創師から、『火急の用でもない場合にそこまでやるのは

やめて下さい!』と連名で上申書が提出されたらしい。

 光にはまだセフィーロの文字は読めないが、そういった結界が張られている(最近ほんの微かにだが、『今日、

もしかして張ってる…?』と気配が判るようにはなってきた。ただし正答率は七割)日に彼の机に広げられている書物はたいてい

古めかしい代物だ。『結界を張ってまで隠さなきゃならないその本には、いったい何が書かれているんだ?』と

追及したら、『前にヒカルが勘繰っていたような本じゃない』と、くすりと笑われてしまった。

 気づいているのかいないのか、そういう時のランティスに光はもの凄くどきどきさせられてしまう。大人の男の

色気とでもいうのか、それを海や風に話しても『そう(でしょうか)…?』とあっさり疑問形で返されてしまったが。

 『仏頂面が愛想良くなっただけじゃないの…?』、『私たちにはよく解りませんけれど、光さんだけが感知

出来る特殊なフェロモンということでよろしいのではありませんか?』と、扱いが人間離れしてきたので、

他人に同意を求めるのはそれきりやめた。

 

 その納得出来ない表情の光を見て、これは諦めないなと踏んだのだろう。『大きな声では話せない』と

言って、ランティスは光に膝に座るようにと促した。そんなに不味いことを聞いてしまったのかと神妙な

面持ちで膝にちょこんと座ると、ランティスはそのまま光を抱きしめ、『実は俺にも解らない』と耳朶を甘噛み

しつつ囁き、そのまま光を落としにかかる。

 「解らないって、どうい…う…」

 尋ねようとする光の言葉ごと封じたくちびるから舌を割り込ませ咥内を探る。くちびるの柔らかさを

むさぼるだけむさぼると、光の耳元にぼそりと囁きかける。

 「…古い言葉で記されているから、解き明かすまでは解らない…」

 くすぐったそうにきゅっと身体を強張らせるものの、光も躊躇いがちにランティスに応え始める。首筋と

背中に縋りつく仕種がいじらしくて堪らない。

 「んっ……。でも…、結界なん…て…」

 「…禁呪は誰の目に晒してもいいものじゃない。…ここにあることを知られたくない……。判るな…?」

 光の背中に回されたランティスの手は、ブラウスをたくし上げそっと滑り込む。柔らかな二つのふくらみを

隠すそれのホックを大きな手が外そうとしたとき、光はランティスの胸を押し返した。

 「あんっ…、ダメ!ランティス、お仕事中じゃないか」

 こういう時に流されてくれない生真面目さはいったい誰に似ているんだろうと、ランティスは光の家族

写真の顔を思い浮かべていた。

 

 

 

  

 「到ちゃ〜っく!」

 一人遅れてセフィーロ城の広間に現れた光は、パンパンっ!とプレセアが打ち鳴らしたクラッカーの

ようなもので歓迎された。

 「メリークリスマス♪ザンギョウ、お疲れさま!」

 「いやぁん。なんちゅーかいらし(可愛らしい)格好してんの!ランティス悩殺モード全開かいな」

 城内の暖かさに光が白いぼんぼりつきのコートのリボンを解くと、がばっと光をハグしたカルディナが

速攻でファッションチェックを入れた。

 「ののの、悩殺って。あははは、これはクリスマスにありがちな衣装だよ」

 「光さんにしてはなかなか大胆な胸元ですこと」

 「ベアトップなんて、光の胸でよく止まってるわね」

 風と海の容赦ない言葉が、光にぐさりと突き刺さる。

 「その…少しパッドは入ってるよ。それになくても形状維持できるようになってるもん」

 「「ぷっぷぷーっ♪」」

 昔聞きなれた鳴き声とともに、ポヨンポヨン弾んで光の胸に飛びつく白い影が二つ。

 「え゛え゛え゛ーっ!?モコナ!?モコナなのか!?ちっちゃくなって、しかも増えてるっ!!」

 懐かしそうに頬擦りする光を見て、プレセアが笑った。

 「沈黙の森で見つけたんだけど、それは多分『モコナモドキ』よ。あの創造主に似てるけど、別物なの。

いたずら好きの性格と散らかし屋なところはそっくりだけどね」

 「へぇ、モコナモドキっていうんだ…。名前は?」

 「名前?特に決めてないけど…」

 「じゃあ私が決める!おでこの石が青いほうがココナ、黄色いほうがロコナ!それでいい?」

 「「ぷぷぅ♪」」

 モコナモドキは承認したようだが、他の者達は『モコナって額の石の色が変化してたけど、モドキは

どうなんだろう…』などと考えていた。

 モコナモドキたちはさっそくいたずら好きの本領を発揮し始めた。光の胸のパッドをポイポイッとほっぽり

だすと、その場にさっさと潜り込んでいた。

 「こ、こそばいっっ!あ、でもふわふわだぁ♪」

 「・・・この場に男性陣が居なくて良かったわね…」

 苦笑いのプレセアに海も同意する。

 「確かに。そんなとこに収まったりして、ランティスにカミナリ≪稲妻招来≫落とされたって知らないわよ」

 「パッドより数段ふっくらしてますわね。光さんの胸元にいる間は大丈夫なのでは…?」

 「そないゆうても、今夜は三人ともお泊りなんやし、ずーっと服着てる訳、ないわなァ…?んふふっ

 色っぽい大人の女性の意味ありげな発言と視線に、光は真っ赤になっていた。

 「あははは、えーっと、その・・・・」

 その手の話をみんなとするには、まだまだ修行が足りなかった。

 

 

 

 

 ランティスはクレフの急ぎの使いで出かけているということだったが、おっつけ帰るだろうという話だった

ので彼の部屋で待とうと光は思った。

 かつて常春だったセフィーロに生まれた四季は、雪降る聖夜を演出していた。室内から見るのは美しいし、

連れ立って歩くのもロマンティックだが、仕事で出ている身には凍える寒さだろう。ましてやランティスは

精獣で空を駆けているのだ。

 「身体冷えてるだろうし、お風呂の準備しておこうかな…」

 勝手知ったる彼の部屋…というほどでもないが、バスルームを覗き、入浴剤(これは光が地球から持ち込んだ

ものがほとんど)を選ぶ。さすがに地球のように≪追い焚き機能≫はないので、お湯を張るのはもっとあとだ。

 バスルームの鏡に映った光の姿は、いつもよりかなり胸が豊かだった。モコナモドキたちが、そこに

居座ったまますやすやと寝入っていたからだ。

 「普段からこのぐらいあったらなぁ・・・」

 ランティスは何も言わないし、光の教育実習中にちょっかいをかけてきたいたずらっ子に教育的指導

≪おしおき≫までやっていたが、大きいのはイヤってこともないんじゃないかと密かに思い悩んでいた。

 「まぁ、こればっかりは、ね」

 頭を切り替えて居室にもどり、何か温かい飲み物も用意しなくちゃと、城下町で選んだダイニング

ボードから耐熱グラスを取り出す。寒い時期だし、甘さを控えたホットレモネードあたりがいいだろう。

 ひと通りの準備を終えたところで、光は窓辺に立ち外を眺めた。ランティスはどんな辺境にいても光の

来訪が判るのだと言っていたが、光の方はさっぱりその手の気配が判らなかった。ランティスが遠くから

呼びかけてくれていても、雑念が多いと気づけないことも少なからずあった。降り積もる雪を透かし見る

ように、静かに心を研ぎ澄ませてみる。

 『…ヒカ…ル…』

 ランティスの声が聞こえた気がしたが、もう一度心の耳を澄ませてみる。

 『ヒカル…もう少しで…着くから…』

 「ランティス!お帰りなさい」

 そういうにはまだ少し早いのだが、光はぱたぱたとバスルームに駆けていき、バスタブにお湯を満たし

はじめた。その用意だけすると、待ちきれない光はケープコートを羽織って雪降るバルコニーに出て

ランティスの姿を探す。凍えてかじかんだ手にはあっと白い息を吹きかけながら、雪でぼんやりと白い

草原を見遥かす。

 黒い精獣に漆黒の鎧の黒ずくめの影を見つけ、光は思いっきり手を振っていた。

 「お帰りなさぁい!」

 精獣で空駆けてきたランティスがバルコニーに飛び降り、そのまま光をぎゅっと抱きしめた。

 「どうして中で待たない?こんなに冷えて…」

 「少しでも早く顔を見たかったから…。寒かったでしょ?お風呂の用意、出来てるよ」

 みぞれ混じりの雪に濡れて冷たい光を抱き上げると、部屋へと入り込む。

 「風呂に入るのはヒカルが先だ。風邪を引いてしまう」

 「平気だよ。ランティスのほうがずっと寒いところにいたんだから――!」

 有無を言わせずランティスが光をバスルームへと運ぶ途中で、軽く肩に羽織って

いただけのケープコートがするりと落ちた。光が子供みたいに足をばたつかせて

抵抗しているせいで、白いふわふわのファーに縁取られたサンタレッドの

ブーティーが両足ともすっぽ抜けて飛んでいった。小さく唱えた呪文で

鎧とマントがすうっと消え去り、いつもの黒ずくめのアンダーウェア姿になると、

ランティスは幾分不思議そうな顔をしていた。それもどおりだろう、彼の逞しい胸に

当たっている、いつもよりふくよかな光の胸がむにむにと動いたの

だから。ありえない現象に『自分はそんなにも疲れていたのだろうか』と

困惑しつつ、バスタブのそばで光を下ろそうとしたとき、むにむにどころか

ぷにぷにが光の胸から飛び出した。

 「「ぷっぷぷぷぅぅぅ〜!!」」

 ココナはランティスの顔にへばりついて視界を遮り、ロコナは体勢を立て直そうとした

彼の足の着地点に入り込んで踏まれ、その衝撃で爆発的に膨らんでランティスの

バランスを完全に奪い去った。頭を振ってランティスがココナを払い飛ばしたときには、

もうそれは目前だった。光だけを放り込んで怪我をさせてはいけないと、ランティスは

自分の身体を光のクッションにするようにして抱き込みながら、バスタブにはまった。

 

 

 

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                                                                                                                       illustrated by ほたてのほ さま

                                                                                                                               

 

        このお話の壁紙はさまよりお借りしています