MIDNIGHT SNOW  vol.2

 

 

 

 

バッシャーーン!

                                                                                                                      

                                                                                                                               

 

 

 

                                illustrated by ほたてのほ さま

 

 

 

 

 派手に上がった水しぶきで頭までずぶ濡れの二人は、ケホッとむせつつ顔を拭った。

 「…大丈夫か、ヒカル」

 「うん、ランティスも大丈夫か?」

 「さっきのあれはなんだ…」

 「プレセアが拾ったモコナモドキ。ロコナとココナって名前つけたんだ」

 「「ぷっぷぷー♪」」

 偉そうに返事をしたモコナモドキ二匹を、やつらがどこから飛び出したかを                            

確実に見ていたランティスが光に気づかれないようじろりと睨んでいた。

 「「ぷっ!?ぷぷぷぷーっ!」」

 セフィーロ唯一の魔法剣士を本気で怒らせてしまったことを悟り、ヤバイとばかりにモコナモドキ二匹は

脱兎の勢いで逃げていった。

 「…お風呂、嫌いなのかな……?」

 ピント外れなことを言いながら、詰め物が一気になくなったせいでぶかぶかになった胸元を光が押さえ

ようとすると、ランティスはその手をとらまえてぐいっと引き寄せた。

 きつく抱きしめてくちびるを奪う。息を継いで、「待って、まだ服着たまま…」と言いかけた言葉ごと、

その舌を絡め取る。

 「…逢いたかった…ヒカル」

 「んんっ…。ね、とりあえず…お風呂で…あたたまって」

 「ヒカルといるほうが…ずっとあたたかい…」

 光の背中に回された右手がワンピースのホックとファスナーを探り当て、濡れている服とは思えない

ほど鮮やかにジィィィィっと引き下ろす。

 「…待って…、こんな明るいとこ……やだ……」

 ワンピースから腕を抜こうとしたランティスに、くちづけから逃れた光は胸元を押さえていやいやと

首を振った。

 「なら、灯りを落とそう」

 ランティスが軽く手を振ると、棗球ぐらいのほのかな灯りにバスルームが包まれる。光の目が慣れるより

先に、ランティスは上着を脱ぎ去っていた。引き締まった体躯と厚い胸板。これまでベッド以外で抱かれた

ことがなかった光は、薄明かりに照らし出される濡れた肌のランティスの前で少し目のやり場に困っていた。

 『…あの胸に、抱かれてるんだ…』

 そんな恥じらいで目を伏せる仕種が、たまらなく愛おしい。今度はなされるがままに腕を抜き、夜目にも

白い肌理細やかな肌がランティスの熱情に火をつける。

 ぐっと抱き寄せて、もういちどくちびるを重ねる。小鳥の羽根を撫でるような優しいくちづけが、やがて

奪いつくすほどの激しさを帯びていく。

 柔らかなくちびるから、頬をなぞり、耳朶を何度も甘噛みしながら、吐息だけで囁きかける。それは

彼女だけに誓う愛の言葉であったり、愛しいその人の名前であったりした。

 そうしたとき、決まって彼女はくすぐったそうに身を捩る。普段はかなりくすぐったがりなくせに、それを

精一杯耐えている風情にひどくそそられてしまう。

 耳たぶの柔らかさを味わい、細い首筋から華奢な肩へ、そして鎖骨をなぞるようにしてふくらみを探り

当てる。硬く起ち上がった右の頂を口に含み、舌先で転がしながら、右手の指は左の稜線を滑っていく。

たまりかねて背を仰け反らせて逃れようとすると、ぐっと引き寄せてランティスは光を離さない。

 くちづけるときも、もっと深くお互いを求め合うときも、光はいつでも最初に少しだけ強張ってしまう。

 『いやなんじゃないよ。怖いわけでもなくて……ただ何ていうか、すごくどきどきしちゃうせいだと

思うんだ。結婚の約束までしてるのに、変だよね、私…』

 もしかすると光が好まないことをしているのではないかと気にかけていたランティスとは別のところで

光自身も戸惑っていたらしい。自分が躊躇えばきっとそれは光にも伝わってしまうだろうからと、ランティスは

それもまた光らしさなのだと受け入れることに決めていた。

 

 

 ――まるで、ガラスペンのようだ――

 

 

 愛しい人をその腕の中に抱きながら、ふとランティスはそんなことを考えていた。

 去年の誕生日、『使いづらくなった羽根ペンの代わりに』と、光は異世界のガラスペンというものを

ランティスに贈っていた。

 「万年筆のほうが断然便利な筈だけど、雑誌で見かけてこっちのほうがきっとランティスに似合うって

瞬間的に思っちゃったんだ。インクつけながら書くってことでは、羽根ペンとそう変わらないと思うし。それに

この澄んだ蒼が絶対ランティスって感じだし」

 贈られた包みを紐解いたランティスに光は微笑いながらそう言った。手に取ったそれは光が持っていた

異世界のどの筆記用具より冷たく硬い感触だった。

 「硬質ガラス製だから、少々のことでは割れたりしないはずだけど、でも基本的にガラスだから、

少しは加減してね?」

 以前シャープペンシルをへし折ったランティスに光が一応の忠告をしていた。光の持ち物を壊したことは

申し訳ないが、初めて光がランティスの誕生日祝いにと選んだものを壊すなどありうべからざることだった。

 「判った。大切に扱う」

 光が持ってきた異世界製のインクにもセフィーロ製のインクにもそのガラスペンはよく馴染んでくれた。

慣らす為にしばらく書き物を続けていると、次第にランティスの手の熱を移して冷たさも和らいでいった。

 いまでは仕事でも私用でも書き物をするときは必ずそれを使っていた。手にしたときの凛と張り詰めた

冷たさと、手に馴染んでほのかな熱を帯びたときの感触と――どこかそれを選んだ愛しい人に似ていると

思ったのはいつ頃だったろう。

 遠く離れた世界に暮らす二人は毎週のように逢える訳ではない。声すら聞くことも叶わない。ようやく

逢えて二人きりになると、いつもほんの少しだけぎこちないくちづけから始まる。何度もくちびるを重ね、

腕の中に抱きしめるうち、その強張りが解け、肌を合わせる頃にはしっとりとランティスの手に馴染む。

 

 

 ――想いのすべてを抱く腕に込めて、その華奢な身体を壊してしまわないように――

 

 

 「……も、だめ……ラン…ティス……。わた…し……」

 光の途切れ途切れの喘ぎに、『…このぐらいで…?』と声には出さず、まだ満たされないランティスは、

ベアトップの服でも目立たない場所をきつく吸って愛し合った証を刻む。

 「…ほんと……に、…もう……のぼせ…ちゃう…」

 そういう意味かといきなり熱の冷めたランティスが、くたりとした光を膝立ちにさせ、しな垂れかかった

身体を抱きしめる。

 「すまない…」

 「ううん…。あんまり……長湯出来ない…たちなんだ…ごめんなさい…」

 優しく濡れ髪を撫でながら、ランティスが苦笑した。

 「それを先に言え」

 「たまには…、その…こういうこと……したいのかな…って……」

 したくないとは言わないが、湯あたりされては意味がない。ランティスが小さく呪文を唱えると照明が

元の明るさになり、モコナモドキぐらいの赤と緑の二頭のミニドラゴンが、バスタオルを持ってパタパタと

飛んできた。

 光はぼうっとしたまなざしを音のするほうへと向けた。

 「…なにこれ…?」

 「サーヴァント≪使い魔≫だ。髪を乾かすのが大変なんだろう?」

 確かにセフィーロにはドライヤーがないので、長い髪の光と海はそこそこ苦労している。だがそれと

ちっちゃいドラゴンに何の関係があるのか、光にはさっぱり見えなかった。

 ランティスはドラゴンから受け取ったタオルで光の上半身を拭いて立ち上がらせると、ふわりとそれで

包んだ。さっと光を抱え上げるとバスタブを出て、バスルームの入り口まで歩いていく。

 「もう大丈夫か?」

 「うん」

 「少し涼んでいろ。≪ヒカルに、彼女の望む風を、彼女の望むだけ≫」

 両肩辺りで羽ばたいていたドラゴンにランティスがそう命じると、ドラゴンは光のほうにパタパタと

ついて来た。

 「わぁ、来ちゃったよ」

 「髪を乾かす風を送らせればいい。お前が望むだけそうしているから」

 「…ある意味確かに『ドラ』『イヤー』だ…」

 「?」

 妙な駄洒落についていけず怪訝な顔をしたランティスに、光はふるるっと首を横に振った。

 正統派ドラゴンと頭上の突起が耳に見えなくもないドラゴンを引き連れて、光は部屋へと戻った。

 ランティスの部屋にドレッサーなんて物はなく、ラグの上にペたりと座り込んで髪を広げる。

 「それじゃドラゴンさん、よろしくね」

 赤いドラゴンは小さく炎を吐き、緑のドラゴンが風を巻き起こす。ほどよい温度の風が光の濡れ髪を

瞬く間に乾かしていく。

 「ひゃあ、凄いターボだ。微妙にナノeの潤い感だし♪」

 十年一日の同じ髪型ばかりなので、お正月前ぐらいしか美容院に行かない光だが、そこで使っていた

馬鹿でかいドライヤーは上等な分、仕上がりのしっとり感が違っていた。市販されているというので家電

量販店に見に出掛けたが、あまりの重さに普段使いは断念したのだった。

 ランティスがゆっくりバスを使っていても乾かせるかどうかと思っていたので、驚きの速さだった。

 おろしたままの髪をふぁさりと広げ、光はドラゴンたちに礼を述べた。

 「ドラゴンさんたちありがとう。おかげですっかり乾いたよ」

 ニコッと笑った光の言葉に照れたように、二頭のドラゴンは光のそばをパタパタ飛んでいた。

 「今度はご主人さま…ランティスのほう手伝ってあげて。ちゃんと乾かしておかないと寝癖ついちゃうから」

 無頓着なようでいて隙のないいで立ちしか見せたことのなかったランティスのそんな秘密を知ったのも、

こうして二人きりの夜と朝を過ごすようになってからだ。

 それだけ自分には心を許してくれているのだという気がして、ひそかに楽しみにしているのだと言ったら

ランティスはどんな顔をするだろう。

 どんな顔……で、はたと光も困惑を覚えていた。バスタオルを巻いただけなどといういかにもな格好で

ランティスを待った経験がまだなかった。

 「こういう時ってどこで待てばいいんだろ…やっぱりベッド?…あははっ、そ、それもなんだかなぁ…。

ティーテーブルも変だし、執務机の椅子も変だよね…。うーん…」

 ソファーでもあれば無難にその辺に行くのだが、あいにくランティスの部屋の来客は立ちっぱなしと

相場が決まっている。ティーテーブルのチェアやベッドに座り込むのは光ぐらいのものだ。

 王道のベッドという選択肢を取れるほど、まだ光は大人の女になりきれてはいなかった。

 所在なげに部屋を見回していた光がふと立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。

 「まだ降ってたんだ、雪…」

 東京と違い白夜を気取るかというほどのイルミネーションもない真夜中のセフィーロの闇を、しんしんと

降り積もる雪が白く染め変えている。ランティスが出て来る気配に思わず光は端のほうに寄せられていた

カーテンをくるりと巻いて中に潜んだ。

 髪をすっかり乾かし、バスローブを着たランティスが光のいないベッドを見てくすりと微笑い、窓辺へ

やってきて不自然に巻かれたカーテンを開いた。

 「見つかっちゃった。ばれるの早いなぁ…」

 「これで隠れたつもりだったのか。隠密行動には不向きだな」

 「別に。ちょっと隠れてみただけだよ」

 「こんなところにいたらまた身体が冷えるぞ」

 「外、見てたんだ…。東京も今日は降っててさ、雪の舞う中、寄り添って歩く恋人たちがちょっぴり

羨ましかったり…。いつになったらランティスとあんな風に過ごせるのかなって」

 話すたび光の吐息で窓が白くなる。窓に映る表情がかげっているように見えて、ランティスはそっと

背中越しに抱きしめる。

 「トウキョウに行けなくてすまない…」

 しっかりと包んでくれた逞しい腕に光はそっと手を重ねる。

 「勘違いしないで。責めてる訳じゃないよ。場所なんてどこだっていいんだ。ただ、『ランティスと二人で、

静かに雪降る景色を見たいな』って思ってた…。だから、私の望みは今ちゃんと叶ってるよ。

ランティスは…?」

 「俺の望みは、いつもヒカルが叶えてくれる…」

 「やだなぁ。神様じゃないよ、私…」

 小さく苦笑いした光を軽々と抱き上げて、ベッドへと運ぶ。

 「≪神に祈る≫習慣はないが…」

 異世界の美術書には多くの女神がいた。お前が新たな世界にひかりをもたらす女神であるなら、

その先駆けとなり闇を払おう。豊かな生命を育む水をもたらす女神であるなら、その公平なる分水嶺となろう。

市井にひっそりと暮らす町娘であるなら、人々の中にうずもれるようにして、ともに歩んでいこう。

 たとえ女神であれ町娘であれ光が光であることにかわりはなく、ランティスがそれ以外の何を望むと

いうのだろう。

 

 けれども思ったすべてを言葉にするのは何かが違うような気がして、二人の夜をもう一度始める為に

ランティスは愛しい人の顎をくっと掬い上げた。

          

 

 

 

 

                                      2010.12.4

                                               カウンタイベントでリクエスト権を獲得された

                                               Sanaさまに献呈

                                               2010.12.24一般公開

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モコナモドキ…設定集にあるような、凶悪な顔のじゃありません。モコナのミニチュア版ぐらいのものです

 

もしかすると、もう少しアダルト向けをご所望だったかなと思いつつ

ここらあたりがいまの限界でございます (_ _(--;(_ _(--; pekopeko 

イメージ曲はカズンさんの冬のファンタジーあたりいかがでしょうか

 

Sanaさまに差し上げたものをそのまま公開では芸がないかなぁと思い、

絵師様にモコナモドキパッド入り光ちゃんの絵をお願いしました

 

 

        このお話の壁紙はさまよりお借りしています