Heavenly Starry Night    ・‥…━━━☆

 

 高校二年の一学期の中間テストを終え、三人娘はセフィーロでのお茶会を楽しんでいた。今日は光の高校総体

(インターハイ)都大会敗退の慰労会も兼ねていたので、ベッドで寝たきりのイーグルやランティスも珍しくその席に

顔を出していた。

 「今年のヒカルの誕生日、お前たち泊まりがけで来られんか?ガッコウはナツヤスミだろう?」

 突然そう切り出したクレフに三人は顔を見合わせた。

 「こちらでお祝いを?」

 風は小首を傾げたが、海は肩を竦めて苦笑していた。

 「誕生日にあのお兄さんたちが光を放すかしらねぇ…」

 兄たちのシスコンぶりを揶揄され、光は真っ赤になっていた。

 「そ、そ、そ、そんなことないよっ。インターハイも出ないから、部活も少しは休めるし」

 インターハイ常連の強豪校ならとんでもない話だが、そこはやはりお嬢さま学校。家族の一筆が必要なものの、

家族旅行等の為に休むことが出来なくはないのだ。もし奇跡の二年連続インターハイ出場が決まっていれば、今年

の決勝戦は8月8日、光の誕生日だった。

 新体操部や硬式テニス部に比べてどうにもパッとしなかった剣道部だったが、去年は中学時代に出場した大会を

総なめにした光が高等部に上がったことと、当時の三年生に突出して強い主将と副主将がいたのでインターハイ

初出場で初優勝という快挙を果たした。固辞しきれず二年生ながら主将に選ばれたものの、その先輩たちが抜けた

大幅な戦力ダウンはいかんともしがたかった。光の個人戦準決勝と団体戦決勝で都代表常連の名門校にぶち

当たってしまい、力及ばず今年は都大会で敗退していた。

 「私ががっくりきてるの覚兄様が心配してたから、海ちゃんや風ちゃんが一緒なら許して貰えると思うな」

 「でもどうして泊まりがけ?私たちのは昼間にお祝いのお茶会してくれたのに」

 疑問を投げ掛けた海にクレフが答えた。

 「千年周期でセフィーロに接近するミレーニア彗星と、それのもたらす流星雨が見られるからな。8日が最接近

だから、一番美しく見られるだろう。城下町では祭りもある」

 「千年周期ですか。それでしたらクレフさんでも初めてご覧になるんですね」

 「当たり前だ。私をいくつと思っとるんだ。セフィーロの者でも二度見た者はそうおらんだろう」

 「わぁっ、見たい、見たい!お祭りって、わたあめやりんごあめの屋台出るのかなっ?!」

 「ワタアメにリンゴアメ…?アメって、昔、ヒカルがくれたあれかしら?」

 小さな子供のようにワクワクしている光にプレセアが尋ねた。

 「んーっとね、あんな風に甘いんだけど、わたあめやりんごあめはお祭りの時しか買えないんだ。射的とか輪投げ

とかのゲームもあるんだけどね」

 「もう、光ったら。それは日本のお祭りでしょうが!」

 海のツッコミに光はペロリと舌を出した。

 「てへっ、そっか。でも楽しみなのは間違いないよ。頑張って覚兄様のお許しもぎ取らなきゃ!」

 そんな光の様子にイーグルはクスクス笑っていた。

 『すっかり元気になりましたね。泊まりがけというなら、ちょっとしたチャンスじゃありませんか?ランティス』

 「……」

 からかい八割、励まし二割の友をじろりと睨みつつ、ランティスは何事かを考えていた。

 

 

 

 そろそろ期末テストが始まろうかという七月のある日、夕食を済ませて紅茶を飲みながらニュースを見ていた海が

目を丸くした。いささかお行儀悪くカチャンと音を立ててティーカップを置くと、慌てて電話をかけはじめた。

 「もしもし、獅堂さんの…あ、光?」

 『こんばんは。どうしたの、海ちゃん』

 「どうしたもこうしたもないわよ!いま、ニュース見てびっくりしたんだから!」

 『ああ、インターハイの繰上げ出場のこと?学校にも午後に通達があったばかりだよ』

 「なぁに?個人・団体とも二年連続出場が決まったわりには、覇気がないわね」

 『だって…、人づてに聞いただけなんだけど、ほとんど練習にも来ない幽霊部員の喧嘩沙汰で出場辞退なんて、

真面目にやってた選手のコたちが気の毒じゃないか…』

 「連帯責任だものねぇ。でも出るからには、頑張ってね」

 『それはもちろん』

 「でも残念だったわね、お祭り行けなくて」

 『なんで?覚兄様もお許しくれたから、それは行くよ。お祭りの攻略とか、星が一番よく見える場所だとか、

いっぱい計画立てたんだしね。ただお祭りの日までは、とてもセフィーロに行けそうにないけど』

 「そうは言っても、光、8日は決勝戦でしょうが!」

 『あはは、海ちゃんってば甘い。いくらなんでもそこまで行けないよ。多分それまでには帰ってくるって。だから

クレフたちには言わないで。……もし私が行けなくても、海ちゃんと風ちゃんは私の分も見て来てね。あ、そうだ、

ムービーでいいから見たいな!』

 「彗星とかって、プロ用じゃなきゃ無理じゃないかしら…」

 『そっか。あのね、海ちゃん。私が行けなくて、もし流れ星に願い事をするなら…』

 「セフィーロにもそんな習慣あるのかしら?」

 『だから、もし、だよ。一つだけじゃなく、たくさんお願いしてもいいなら、私の分も入れてくれる?』

 「いいわよ。何をお願いするの?素敵な恋人が出来ますように、とか?」

 立候補している御仁がいるのに、光はこれっぽっちも気づいてはいないけれど。

 『そんなのじゃなくてね…』

 ≪そんなの≫扱いの誰かさんを気の毒に思いながら、海は光の願い事を聞いていた。

 

 

 

 ――8月8日夕刻

 「「こんにちは」」

 「待っとったで、お嬢さまがた…って、主役のヒカルはどないしたん?」

 いつものようにガバッと抱きつこうとしたカルディナが腕を広げたまま固まっていた。

 「実は…」

 光の繰上げ出場が決定して以来、海や風も学校行事に追われて一度も来られなかったので、光の状況説明から

始めた。

 「…光さんは個人でも団体でも、今日の決勝戦まで勝ち進んでらっしゃるんです」

 「それじゃ来られないよね」

 気の毒そうなアスコットの言葉に、海は小さく苦笑した。

 「『東京タワーの展望台の営業時間に間に合ったら、必ず行くから!』とは言ってたけど…」

 「けど…?」

 聞き返したフェリオに風が答えた。

 「インターハイって今年は山梨開催で、どんなに乗り継ぎがよくても、東京まで2時間近くかかるんです」

 「試合後の閉会式とか反省会とかも考えると、ちょっと微妙なのよね」

 「…って、誰がランティスに説明するの、それ…?」

 そういうパシリは是非とも遠慮したいアスコットが誰にともなく言った。

 「ヒカルが来ていないことはもう気づいてるから、私が説明しておこう。お前たちは祭りを見に行くがいい」

 海と風は顔を見合わせたものの、『お祭りのこと、あとで教えてね!』と光にも言われていた手前、案内して貰う

ことにした。

 

 

 

 祭りを冷やかしに行ったまま皆が星見に出払っている広間で、クレフは天蓋に映し出したミレーニア彗星と流星群

を肴に酒を楽しんでいた。

 「こんな日ぐらい、お前も付き合ったらどうだ?ヒカルもおらんのだ、少々酔っても構わんだろう」

 そう言いながら、クレフは海が土産に持参したロマネコンティのボトルの口をランティスのグラスに向ける。グラスに

手で蓋をして、ランティスが返した。

 「ヒカルが戦っている、こんな日にですか?遠慮しておきます」

 「戦っているとはいえ、真剣でもなければ、生命を取り合ってる訳でもなかろう」

 「手にする物がなんであれ、ヒカルはどんな時も真剣ですが」

 「ふむ、確かにな」

 ふっとランティスが、そしてクレフが広間の奥まった一角に視線を送ると、きらきらとしたひかりの粒子を纏った

大荷物に風変わりな衣装の光が姿を現した。

 「あっ、ランティス!クレフ!よかったぁ、もうこんな時間だし、絶対置いてきぼりだと思ってたんだ」

 「今日はまたずいぶん変わった格好だな。上着の前は…フリソデに似てるか?」

 まじまじと見ているクレフに光が苦笑した。

 「閉会式のあとの反省会は主将権限で後日にしたんだけど、着替えてたら電車に間に合わなくなっちゃうから、

剣道着のまま帰って来たんだ。電車でも東京タワーでも注目浴びちゃって、さすがにちょっと恥ずかしかったけど」

 カリカリと人差し指で頬をかく光を優しいまなざしで見つめながら、ランティスが尋ねた。

 「で、戦果は?」

 光はにっこり笑ってVサインを出してみせる。

 「えへっ、個人戦、団体戦とも二連覇達成っ!!」

 「よく頑張ったな」

 いつものように髪を撫でようとしたランティスの手を、光がかい潜って避けた。

 「ヒカル…?」

 「ごめんなさいっ。でも、汗だくでもうべったべたなんだ。急いでシャワー浴びて着替えて来るよ。そしたら星見に

連れてってね!」

 大荷物を手に二人の間をすり抜けようとした光のお腹がくるるるっと鳴いた。恥ずかしさにダッシュで逃げようと

した光を、ランティスは右腕で抱え込むようにして引き止めた。

 「ちょっと待て。食事も済ませてないな?」

 「済ませたよ!…お昼は…

 「軽くつまんでからにしないと、風呂で倒れるぞ」

 「でも汗臭いし…」

 なおも抵抗する光を、ランティスは問答無用でテーブルにつかせた。

 「食べられない物はあるか?」

 「辛い物じゃなければ何でも食べるよ」

 テーブルの料理を適当に取り分けてプレートにのせてやるのはいいが、大食い選手権の料理ばりにやけに大盛り

になっていた。

 「ランティス…、お前、女の子に食べさせるのに、その給仕の仕方はあんまりだろう」

 クレフに呆れられて初めて気づいたように、ランティスは少しだけ気まずげな顔をしていた。

 「…すまない。食べられるだけで構わないから」

 大食いだと思われているのか(海や風よりは遥かによく食べるし、空腹だと一番にへばるのも事実だが・滝汗)、

単に自分が食べる時と同じ調子で取ってしまっただけなのだろうかとちょっぴり乙女心を揺らしながら、光は大盛り

の皿に挑戦しはじめた。

 「美味しい♪もともと乗り継ぎがギリギリだったし、おまけに走りにくくって、買いに寄る時間もなかったから…」

 「確かにその足元では走りにくそうだな」

 道場の外を袴姿でうろつく時は足袋に草履を履くのが習慣になっているので、そのまま走っていたらしい。

 「それにその大荷物ではな。ヒカルならその袋に入れるんじゃないか?」

 クレフの言葉に喉を詰まらせて目を白黒させている光の背中を叩いてやりながら、ランティスは古風なこげ茶色の

帆布製の巾着型防具袋を見遣った。

 「ヒカルよりは導師のほうが楽に入れるサイズのようですが、お試しになられますか?」

 「…『師を敬う』ということを知っているか?ランティス」

 「一応は」

 飲み物を飲んでひとごこちついた光が、師弟のやり取りに割り込んだ。

 「胴やら面やらいろいろ入ってるからそんな余地ないよ。重くなるからクレフ放り込んじゃイヤだからね」

 「どいつもこいつも全く無礼な奴らだ…」

 失礼な教え子たちに憤慨して、クレフは風の土産のスミノフブルーをあおっていた。

 「クレフってば、お酒臭い…。そんなに飲んで大丈夫か?ウォッカってきつい筈だよ…ほらここ!アルコール度数

50%って!」

 「千年に一度の彗星と流星群がきて、ヒカルが二連覇を果たして、こんなめでたい日に飲まずにいつ飲むか、

っく…」

 どうみても泥酔モードのクレフに、光はちらりとランティスと顔を見合わせた。

 「…お前が身支度を整える間に、部屋まで送っておく…」

 「…そのほうがいいかも…」

 うとうとしかけてる酔っ払いを起こさないように声をひそめて話しながら、ランティスが光の口許に手を伸ばした。

 「パンくずがついてる」

 「うにゃっ!?」

 ちっちゃい子供みたいだと赤面するのと同時にピョコンと飛び出すネコミミ。そちらを向いても自分の顔が見える訳

でもないのに、うっかりランティスの指先が触れた方に顔を向けたのでパンくずと一緒にランティスの指までパクっと

いって、今度はネコしっぽが飛び出した。

 「ご、ご、ごめんなさいっ!」

 あっという間に綺麗に平らげられたプレートを見て、ランティスがくっと笑った。

 「指を食うな。まだ食べられるんなら、何か取るが?」

 さらに真っ赤になりながら、光はふるるっと首を振った。

 「もうお腹いっぱい!わたあめも入らないや」

 「ワタアメ…?トウキョウの祭りで売っているとか言ってたやつか…。時間が遅いから祭りのほうはそろそろ

店じまいを始める頃だが…」

 「もう食べ物も飲み物も要らないよ。千年に一度の星見に徹しよう!」

 「それなら、少し遠くなるがとっておきの場所がある」

 「やったぁ!じゃ急いで支度してくる。……クレフ、完全に寝入ってるね」

 遠来の主賓を前に酔い潰れた師のどの辺りを敬えというのかとちらりと思いつつ、こと酒癖に関しては他人を

とやかく言えた義理ではないランティスは深いため息をつくにとどめた。クレフを抱え上げてランティスが言った。

 「導師を部屋で休ませてから中庭にいく。そんなに慌てなくていい」

 「うん」

 ランティスの為にドアを開けたあと、早く出掛けたくて仕方のない光はやっぱり廊下を駆け出していた。

 

 

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