つつみこむ 〜includingセフィーロ狂想曲〜 vol.6
§セフィーロ狂想曲§
★5+1の受難★
「ヒカルも慣れてきたし、今日は部屋の外へ行こう」
そう誘われてやって来たのは、初めて二人きりで話した、あの中庭の噴水。
「水音や小鳥たちの声が聞こえて、いい感じだからな」
「雰囲気が大事ってこと?」
「確かに雰囲気はいいが、これで意外にどれだけ集中出来るかを問われる場所だ」
「ランティスってば、過大に期待してない?私、まだやりはじめたばかりなのに」
「ヒカルならここでもやれるだろう」
「んー、ランティスがそういうなら、頑張ってみるけど」
光は全く気づいていないが、ランティスは斜め後ろの茂みに潜む四つの気配を確実に感じ取っていて、
少々剣呑な表情を浮かべた。
その気配の主は、二人の魔法騎士、王子、招喚士の四人だった。今日に限ってランティスの執務室の
結界が早々に解かれたのを察知して、作戦司令(笑)のイーグル所有のオートザム製レーダーで居場所を
追いかけ、こっそり(ランティスにはバレバレだが)ついて来たのだ。アスコットの胸には、オートザム謹製
モコナ型ブローチに擬装された小型通信機が輝いている。
「部屋に連れ込んでやるだけじゃ飽き足らず、こんなところに連れ出してやろうだなんて、許せない〜っ!」
「ウミ!もっと声を抑えて!ランティスに気づかれちゃうよ」
「こうなったら、現行犯逮捕あるのみですわ。セフィーロでの刑罰はどうなっているんでしょう?」
「だから法律関係は不備が多いと言ってあるだろ?」
「それなら東京の法律で裁いてくれるわ!未成年相手によぉくぅもぉ〜っっ!」
「魔法は導師クレフと互角、剣術はラファーガと互角以上、逮捕したあとどうするよって話だからな。
というかそれ以前に逮捕出来るかが怪しい」
「ちょっとイーグル!なんか便利グッズ無いの?」
通信機にねじ込む海に、途切れがちなイーグルの思念が届く。
「無茶…い……。僕…ドラえも…じゃな…」
「やっぱり音声変換はかなり無理が有りそうですわね。疲れて作戦途中に離脱されるのは困りますから、
ここは私たちがなんとか致しましょう」
「事件は現場で起こってるんだからな」(時代が違う?)
風の言葉に、フェリオ王子がしっかりと頷いた。
覗き見したところで判るものでもないのに、あの連中は何をしているのかと呆れつつ、光と繋がる時間が
少なくなるのが惜しいランティスは外野を意識から締め出すことにした。
噴水の縁に腰掛け、いつものように、光を膝に乗せて背中越しにふわりと抱きしめ、光の左肩に顔を
埋めようとしたランティスの動きが不意に止まった。今日の光はベアトップの服なので、あらわになった
素肌にくちびるが触れてしまいそうだった。抗いがたい誘惑を振り切ると、少しだけ頭を傾けてこめかみを
肩に押し当てた。
「黒髪に黒い服…。それで首筋に噛みつくなんて吸血鬼みたい」
海たちの位置から見れば、確かに噛みついているようにも見えた。
「キュウケツキ?なんだ、そりゃ」
もちろんフェリオにそんなものは判らない。
「若い女性の生き血を啜る、地球のモンスターですわ。一応、想像上のものと言われてますが。
黒ずくめの衣装が定番ですね」
「なんかあんまりお腹いっぱいにはなりそうにないね、それ…」
育ち盛りで食べ盛りのアスコットが変な感想を述べている。
「ぃやぁんっ!く、くすぐったいよ」
零れてきた光の声に、茂みの四人と通信機の向こうが凍りつく。
「そこはダメだってば」
「ヒカル、気が散り過ぎだ」
「だって…、やっぱりここじゃ、…きゃうっ、無理だよぅ、ランティス」
「少しは我慢しろ。すぐに慣れる」
「慣れるって…、だからそこはヤダ!あん!噛んじゃダメって。やだ痛いよ!ねぇ、ランティスってばぁ!」
半泣きの光の叫びにブチ切れた海が、ガサガサと音を立てて、隠れていた茂みから立ち上がる。
「光を離しなさいっ!こンのむっつり…が〜っっ!水のーーーー龍ーーぅ!」
「…殻円防除…!」
海に仕掛けられ、いかにも面倒くさそうにランティスが魔法を発動する。天と地ほどの魔力の差があるので、
鏡が反射するように仕掛けられた術をまるまる術者にはじき返すこともランティスには出来る。いまはそのまま
返すと周りの小鳥や植物を傷つけるので、ランティスは叩きつけられたすべての魔力を一旦自分の手の内に
集約して彼らの頭上でぶちまけた。当然の結果として、四人は滝で打たれた修行僧のように水びたしになっていた。
「見てるだけならともかく、邪魔までするのか、お前らは」
光をかたわらに立たせて、ランティス自身も立ち上がり腕組みして海たちを見据えている。ランティスが離れても、
光はといえばまだ身をよじってバタバタ暴れていた。
「だ、だから、くすぐったいってば、やーん、今日は肩にとまんないでって。爪が、痛いんだって。ごめん、おやつは
持ってないんだから。海ちゃーん、こんなところで水の龍はダメだよ。鳥さんたちが怪我しちゃうじゃないか」
ランティスは今日はこれ以上無理だと諦め、自分のマントを外して光をくるみこむ。
「誤魔化そうったって、そうはいかないわ。光になにやってたのよ!」
ずぶ濡れの間抜けな姿のまま、それでも海はランティスの顔にビシッと人さし指を突きつける。
「メディテーションの何が悪い…?」
「「メ、メディテーション!?あれが!?」」
王子と招喚士はハモりながら顔を見合わせている。メディテーションならば確かに彼らにも出来るが、他人と
やった経験はついぞなかった。
「メディ…?なに、それ…?」
「メディテーション――瞑想…、ということでしょうか?」
風の言葉に、ランティスがこくりと頷く。
「お前たちの言葉では、それが近いだろうな。ジュケンベンキョウでヒカルがあんまり疲れているから、
リラックスさせてたんだが」
「でも、あんなやりかたは俺達でも知らないぞ、ランティス。というか、他人にするやりかたを俺達は知らない
というか…」
「本来メディテーションは自分で学び取るものだが、ヒカルにはそんな修行に割く時間がない。メディテーション
出来る者が出来ない者のサポートをするときは、身体的に接触しているほうがやりやすいのは知ってるだろう?」
王子と招喚士の二人はそろって首を横に振っている。
「まぁ、他人にメディテーションを施すやりかたは、神官を目指すような者でなければ学ぶ機会もないかもしれんな。
――ところで、そろそろ、俺が水の龍を差し向けられた理由が知りたいんだが、構わないだろうか?」
カツン、カツンと靴音を響かせて、ランティスが四人に近寄っていく。
「だって、結界なんて張って、二人っきりでこもってるから…、あの、その」
「慣れないうちは、ヒカルの気が散るからな」
「ですが、膝の上に乗せなくてもよろしかったのでは…?」
「ヒカルがメディテーションの途中で寝てしまうから、あのほうが受け止めやすい」
「それでも、お前がヒカルの肩に顔を埋める必要はないんじゃないのか?」
「お言葉ですが、王子。俺もそのほうが寝やすいので、ヒカルに枕になってもらってるんです。異世界では
GIVE AND TAKE というんだそうです」
「あははは、私ってば、ランティスの抱き枕だったんだね」
ひとり離れて小鳥と戯れている光の笑い声が、重い空気の中庭の遥か上空を滑っていく。
「あの、えっと、その…」
怒りのオーラを纏って近づいてくるランティスに、かつてのザガートの姿を重ねたアスコットはもうまともな言葉も
出てこない。
「お前、面白いものを着けているな」
海のために成長したアスコットよりさらに高い視点から睨みすえたランティスが、アスコットの胸の金色に
輝くモコナをむしりとった。表から裏からそれを検分したランティスは左手の親指と人さし指だけで、かつての
創造主の姿を挟み込む。
「お前たちが何を考えてたのかは見当がついた…。だがな、お前、年長者なんだから、こんなものを差し
出してないで、止めることを考えろ、イーグル!!」
「ウミやフウよ…は年長で…が、あと…二人は…知りませ…よ」
ここで弁明しておかないと何をされるか判らないイーグルは、ありったけの体力気力を振り絞って思念を
音声に置き換えた。ミシミシと嫌な音を立てて、金色のモコナがランティスの指二本に押しつぶされていく。
「問答無用。雷衡撃射…!」
ズズーンンンンと、中庭にも微妙に振動が響いてきた。遥か離れたイーグルの部屋では、寝たきりのイーグルの
ベッドの四隅をきっちりと狙ったランティスの魔法が炸裂し、壊れた天井の欠片や、引き裂かれた布団の羽毛が
イーグルの上に降りそそいでいた。ほこりまみれになりながら、イーグルが嘆く。
『どうしてこう、ここの人たちは容赦がないんだ…』
ひしゃげたモコナをアスコットに放り投げ、ランティスは光のほうに向き直る。
「今日はこちらに泊まるんだろう?」
「うん!お泊りなんだ♪」
「では、俺の部屋でやりなおそうか」
「ここ、片付けなくていいのかな?」
海が放った水の龍になぎ倒された植物が散乱する水びたしの中庭を、ランティスに駆け寄ってきた光が
気遣わしげに見回した。
「原因を作ったものが片付ければいい。――そ・う・で・す・ね?王子」
「判った。やればいいんだろう、俺たちで…」
「行こうか、ヒカル」
ランティスが光の肩を抱いて歩き出そうとしたとき、中庭の天井のほうから大音声が落ちてきた。
「ばかもーーーん!お前も年長者なんだから、少しは自重せんかっ!自分で壊したイーグルの部屋を
直してこい!」
突然響いた導師クレフの声に、虚空を睨んでランティスが言い返す。
「俺には修復魔法は使えません」
「使えるのに、ちゃんと覚える気がなかっただけだろう?!プレセアにも、他の創師にも頼むのは禁止だ!
本を見ながら自分でやってこい!それまでヒカルはこちらで預かる!」
「きゃっ!?」
「ヒカル…っ!?」
肩を抱いていたはずの光がひかりの粒子になって掻き消え、代わりにランティスの腕の中にはハードカバーの
本が数冊降ってきた。
「『よくわかるシリーズ 修復魔法入門』、『修復魔法 Q&A』、『創師のお仕事 創造 と 修復』、『創師に
なりたい人が読む本』…?どうしてよりによってこんな子供向けの本ばかり…」
「お前が大人ならば、『分別』があるはずだからな。それで充分だ。さっさと行け」
くくくっと、王子と招喚士が笑いを噛み殺しているのを、ランティスがじろりと睨むが、手にしている本が
児童書の山では、まるで迫力に欠けていた。
「…どうして俺が…」
声にならない台詞を残して、ランティスは中庭から駆け出していった。
★師匠と弟子の追想★
「お借りした本を返しにきました。蔵書庫に戻して構いませんか?」
「ご苦労だったな」
書棚の前で、もともと納められていたはずの場所の気配を探るランティスに、クレフが声をかける。
「お前、いつの間に他人に施せるほどメディテーションが上達したんだ?」
「――ヒカルが、話したのですか?」
「ああ。『私のためにしてくれていたのだから、あまり叱らないで』とな」
何ものからも護りたいはずの光にこんな風に心配をかけてしまう自分の自制心のなさに、ランティスは
深いため息を吐き出した。
「別に上達なんてしてません。現に、イーグルにも上手くやれなかったんですから」
「…それでも、意識は戻ったじゃないか」
「『起こしたい』のにそれでは、やはり失敗でしょう?ヒカルのときも上手くいったりいかなかったりで…。
だから先日も本を見せていただいたんです」
「あのとき調べていたのはそれか…。子供の頃はザガートがどんなに手助けしても上手くやれなかったのに」
「そう、でしたね」
光とのメディテーションを始めるまで、夜明け前の空のような紫色の瞳が心配そうに自分を見つめていた
ことさえ、ランティスは長い間忘れてしまっていた。
「魔法剣士になりたいというお前の希望もあったが、自分自身ですらメディテーションが上手く出来なかったから、
私はお前を神官に立てるのは諦めたんだ。今からでももう少しメディテーションの修行を積んで、神官として…」
「セフィーロにはもう『柱』はいない。『柱』に仕える神官も必要ないでしょう?」
「『柱』に仕えるばかりが神官の仕事ではないのは判っているだろう?」
手にしていた本を棚に戻しながら、ランティスは導師の提案を聞く耳を持ち合わせていなかった。
「民の悩みや苦しみを聞き、よりよい方向へ導く――、ですか?俺には向いていません」
「神官のようななりでウロウロしているくせに…」
「それは導師が、『鬱陶しいから、毎日毎日黒ずくめの鎧でウロウロするな』と仰ったからですが?」
「まったく…。一番弟子として、少しは私を助けようという気にならんのか?」
すべての本を戻し終えて、クレフの部屋から出ようとしたランティスが師を振り返る。
「『導師クレフのような苦労性の人は、楽をさせるとかえって老け込むのが早くなる』とヒカルたちが心配して
いましたから、それはやめておきます」
「ばかもーーんっ!!老け込むだけ余計だっ!」
クレフが投げつけたティーカップが、ランティスが閉じたドアに命中して砕け散る。
「……これは、私が片付けるのか…」
率先垂範――誰が見ていなくてもそうしてしまう導師は、気が短くても真面目な人だった。
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