つつみこむ 〜includingセフィーロ狂想曲〜 vol.1
――ランティスは光を抱きしめるのが好きだった。
光を抱きしめているととても暖かい。
それは遥かな昔、夜明け前の空色の瞳を持つ、彼とよく似た面差しの兄が穏やかに微笑んでいたころ、
たゆとう金色の髪の少女がこの国を支えていたころ、ランティスが好んでいたかの城の陽だまりの
暖かさを思い出させてくれる。
はじめのうちは、ほんの時折しか逢えない少女がただ愛おしくて、二人きりになると(いや、人前でも
構わないが)腕の中に納めずにいられないだけだった。
★魔法騎士のまどろみ★
「内部進学だし落ちることはないんだけど、入学試験の成績別でクラスが決まるらしいから、先のコト
考えたら頑張っとかなきゃダメなんだ」
高校受験を控えた冬休み、ランティスの執務室にやってきた光は、ありありと寝不足が見て取れる
疲れた顔で無理に笑顔を作っていた。
幼かった頃、真夜中に兄が何度もそうしてくれていた記憶を頼りに、自分にも出来るだろうかと、
ふとランティスは思いついた。剣の修行にばかり重きを置いていた過去の自分を、いまは少しばかり
恨めしくも思う。そんな風に自分の中では理由付けが出来ていたものの、当の光に事前説明もなく
ランティスがふわりと抱き寄せたので、驚いた光の頭からはネコミミがぴょこんと飛び出した。それにも
構わず、ランティスは自分の額と光の額をコツンとぶつける。小柄な光とその体勢になるためには、
脚を組んでから膝の上に座らせなければならなかった。
「えっと、あのっ、私、熱なんかないよ」
「あぁ、熱はないな。熱を測っている訳じゃない」
それでこんな状態なんて、あとはキスぐらいしかないんじゃないかと、恋愛ごとには鈍いと定評のある(?)
光でも倍近くに心拍数が跳ね上がる。そのドキドキは抱きしめているランティスの腕にも間違いなく
伝わっているはずだった。何とかそれを誤魔化したくて、光は慌てて言葉を探す。
「ランティスって、すっごく睫毛が長いんだね。いつも前髪で隠れちゃってて気づかなかったよ」
そんな光の胸中を知ってか知らずか、ランティスは穏やかに話しかける。
「少し落ち着け、ヒカル」
「こ、こんな状態で、落ち着けないようっ!」
「一緒に数をかぞえていこう。小さな声でいい、ゆっくりと…」
「「1…、2…、3…、4…、5…、6…、7…」」
ランティスの低く優しい声は、それだけでも光を穏やかな眠りに誘ってゆく、催眠術のような心地よさが
あった。
三桁を数えるころには、光は不思議な感覚に包まれていた。
『なんだか…、身体が浮いてくみたい…。すごく、気持ちいい…』
声には出さなかったはずなのに、それはランティスにも伝わっていた。
『そのまま、委ねればいい』
『う…ん』
そうしてランティスと光は、ふたりだけの≪ファーストコンタクト≫を終えた――。
それからは逢うたびにそれをするようになった。ランティスだけでなく、光のほうも少しずつ慣れてきたので、
いまでは数をかぞえることもない。ランティスの声を聞けなくなったので、それはそれでちょっぴり残念だなと
光は思わなくもなかった…。
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