あなただけの。vol.3

 

 

 

  ミラたちがこちらへ駆けてくるのに気づいたランティスが、光の睫毛を濡らす涙の雫を指でぬぐった。

 「ヒカルお姉ちゃーん!ランティスお兄ちゃーん!出来たよーっ!」

 ランティスの服の袖をぎゅっと掴んで、彼に小さく頷いてから、光はしゃんと顔を上げた。

 「何が出来たのかな?」

 「背が届かないから、お兄ちゃんもお姉ちゃんも座って!」

 「どうして俺まで…?」

 光の誕生日祝いを用意していたはずなのにと、ランティスは怪訝な顔をした。

 「どうしても!座ったら目をつぶってね!」

 光とランティスは顔を見合わせたものの、言われた通りにすることにした。目を閉じてミラたちの要望に

応えはしたものの、髪に何かを載せられた感触に、ランティスは『やられた』という表情を浮かべていた。

 「もう目を開けていいよ!」

 ランティスが光のほうを見ると、頭上には白やピンクや黄色の花をあしらった花冠が載せられていて、

三つ編みのところどころにも花を挿し込まれていた。光がランティスのほうを見て、くすりと微笑った。

 「ランティス、結構似合うね」

 ランティスのほうには真っ白な花だけで編まれたものが載せられていた。

 「この歳になってまでそう言われてもな…。どうして俺にまで?」

 「だってお姫様のコイビトは王子様だもん!どっちも冠かぶってるでしょ?」

 「王子なら本物が城にいるんだが。フェリオ王子は冠なんかかぶってないのにどういう発想だ」

 「ヒカルお姉ちゃんにもらった絵本に出てたもの。黒い服の時はお姫様を護る騎士様みたいだけど、

今日はお兄ちゃん白い服だったから、ちょっと王子様みたいかなぁって」

 「これは王子じゃなく、神官の服なんだが…」

 無駄な抵抗を試みているランティスに、光がくっくっと笑いを噛み殺していた。

 「ギリシャの結婚式みたいになっちゃった」

 光の一言に、抵抗を忘れたランティスが硬直した。

 「…ケッコンシキで、これをかぶるのか…?」

 いずれ光がこちらに永住できるようになったときには、きちんとケッコンシキを挙げると昨夜も誓った

ばかりだったランティスが、光の言葉に頭を抱えていた。

 「ギリシャ式にはしないから、そんなに心配しないでランティス」

 「『ケッコンシキ』って、なぁに?ヒカルお姉ちゃん」

 聞きなれない言葉に疑問符を飛ばしていた子供たちを代表して、ミラが光にそう尋ねた。

 「私たちの国の風習なんだけどね、『大好きな人と、生涯ずっと一緒にいます』って、みんなの前で

約束することだよ」

 「ふうん。じゃあ、いましちゃえばいいのに」

 ミラの何気ない一言に、光とランティスはふたりして固まっていた。

 「えっ?!」

 「!?」

 「ヒカルお姉ちゃんはランティスお兄ちゃんが大好きで、ランティスお兄ちゃんはヒカルお姉ちゃんが

大好きなんでしょ?私、知ってるもん!」

 確かにそれは事実なのだが、他人に言われてしまうのはどうにもこうにも気恥ずかしかった。

 「それは、その…」

 「いや、ケッコンユビワとか、色々と準備しなければならないから、いますぐには…」

 なんとかこの場を逃れようと言い訳を考えるランティスだが、一番出来ていないのは心の準備

なのかもしれなかった。

 「指輪があったらいいの?じゃ、私がお花で作ってあげる!」

 「それはダメだ」

 穏やかに、でもきっぱりと言い切ったランティスが、一輪の花を摘もうとしていたミラの手を止めた。

 「ランティス…?」

 「ケッコンユビワは、ヒカルと俺との間の大切な約束の証だ。だから、二人で考えて作るものなんだ。

解るか?」

 教え諭すようにゆっくりと語りかけたランティスに、しょんぼりしたミラがこくんと頷いた。

 「ごめんなさい、ランティスお兄ちゃん」

 言い過ぎてしまったかと少し焦っているようなランティスに苦笑して、光はミラの手を取ってしっかりと

包み込んだ。

 「お祝いしてくれてすっごく嬉しかったよ。結婚式を挙げるときは必ず呼ぶから、来てくれる?ミラ」

 「うん!きっとだよ!!」

 しばらく先になりそうな約束を交わし、遅くならないうちに帰るように言い残して、二人は子供たちと別れた。

 

 

 「お花の指輪でもよかったのに…」

 ブランチをすませたあと、ランティスに寄り添って市を見て歩きながら、光が小さく笑った。二人が

戴いていた花冠は、じゃれついたエクウスに散らされてしまい、いまは光の三つ編みを飾る花だけが

残っていた。

 「俺にも譲れないものはある。順番が違うからな」

 「順番…?何の?」

 そう聞き返しながら、光の目線は店先に並ぶあるものに吸い寄せられていた。

 「――その蒼い石が気に入ったのか?」

 「え?あぁ、なんかランティスの瞳の色みたいだなぁ、って思ってただけだよ」

 光が魅入られていた蒼い石を手にして、ランティスが店の女主人に声をかけた。

 「すまない。これを指輪に細工してもらえるだろうか?」

 「もちろん出来ますよ。創作室へどうぞ」

 「ランティス!私そんなつもりじゃ…」

 先に店に入っていったランティスを追いながら、おねだりしたように思われたのだろうかと、光は

少し焦っていた。

 「コンヤクユビワはどの指だ?ヒカル」

 「え――?」

 「ケッコンユビワよりコンヤクユビワが先なんだろう?以前、王子がそんな話をしていた」

 「そりゃそうだけど、でも悪いよ。私、お返しできないし」

 東京に飛べないランティスは光の実家に挨拶に行くことも出来ないので、結納を交わすわけでもない。

だからそんなものをもらえるとは、光はかけらほどにも考えていなかった。

 「そんなことは気にしなくていい。俺がヒカルに贈りたいだけだ。どうしても気になるなら、二十歳の

誕生日祝いとしてでも構わない。受け取ってくれないか?」

 「…ありがとう、ランティス。えっとね、この指にはめるんだ」

 光は恥ずかしそうに俯いたまま、左の薬指をランティスに示した。

 「じゃあ、貴女は左手の上にこの石を持って。貴方はこのお嬢さんの恋人なのかしら?」

 「ああ」

 「それなら貴方の両手で彼女の左手を包んであげて。そう。そのまま目を閉じて、お互いに相手のことを

想っていてくださいね」

 店の女主人であるところの創師は、重ねられた二人の手に自分の両手をかざし、静かに念を送り舞い

始めた。やがて手を重ねた二人をまばゆく蒼白いひかりが包みこんだ。

 「指輪、出来ましたよ」

 女主人の声に、二人がそっと目を開けると、光の左の薬指に蒼い石を戴く指輪が煌めいていた。

 「綺麗…。太陽の下で見てきてもいいかな?」

 「あぁ」

 子供のようにはしゃいでいる光に、ランティスが優しく微笑んだ。支払いを済ませてランティスが店から

出ると、光は空に自分の左手をかざしていた。

 「やっぱり!ランティスの瞳の蒼は、セフィーロの晴れた日の空の色と同じだね。ありがとう、ランティス。

私、大切にするよ!」

 はじけるような光の笑顔は、ランティスにとっては真夏の太陽よりも眩しかった。

 

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