あなただけの。vol.2

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 魔獣と違い人を脅えさせることのないエクウスは、人通りが少なければそのまま城下町へ入っていく。

以前に光が交わした約束を知っているランティスは、いつも通りある家へとエクウスを向かわせた。その

家近くの野原では数人の子供たちが遊んでいて、ひとりの少女が光たちに気づいて駆けてきた。

 「ヒカルお姉ちゃん!ランティスお兄ちゃん!」

 その少女は城へ遊びに来たり、見回りに出た時に顔を合わせているので、ランティスにもすっかり

懐いていた。

 「久しぶりだね、ミラ。元気にしてた?」

 「うん!」

 普段通り気軽にエクウスから飛び降りようとした光を、ランティスがぐっと抱いておしとどめる。

 「待て。その格好で飛ぶな」

 膝丈の柔らかくて薄いシルクサテンのワンピースでジャンプすれば、どう考えてもあられもない姿に

なりそうだった。

 「あ、そっか」

 着慣れない服装への配慮がついついお留守になっていた。先に降りたランティスが横乗りしていた光を

お姫様抱っこで抱え降ろす。

 「ありがとう、ランティス」

 そんな二人の姿を見ていたミラが、にこにこと笑って言った。

 「今日のヒカルお姉ちゃん、お姫様みたいだね」

 「ほえ?」

 お姫様とも大人の女路線とも遥かに離れた、実に光らしいリアクションだった。

 「いつもは、お姫様じゃないのか?」

 片膝をついて子供の目線に合わせたランティスがミラに尋ねた。

 「騎士様みたいだよ!魔物やっつけたりしてカッコイイの。今日はドレスだし、ヒカルお姉ちゃん、

なんだかすっごく綺麗。お姉ちゃんの異国の服はちょっと変わってるけど、その白いのはとっても素敵だね」

 「昨日は、特別な日だったからな」

 ランティスのその言葉に、一瞬『えっ!?子供に何言うの!?』的な表情をして、光が引き攣った。

 「ランティスっ!?」

 確信犯のランティスはそんな光の動揺をさらりと流して言葉を続けた。

 「ヒカルは昨日で二十歳になった。ヒカルたちの国では、一人前の大人と認められるんだそうだ」

 もっと別な意味でも大人になったとは、さすがに言わないけれど。ランティスがちらりと見遣ると、変に

ドキドキさせられた光が軽く睨み返していた。

 「お誕生日だったんだ!おめでとう!私もお祝いしたいな」

 「気持ちだけで充分だよ、ミラ」

 「特別な日なんだもん!もう少しだけここにいて!ね?ヒカルお姉ちゃん。ランティスお兄ちゃん、ヒカル

お姉ちゃん連れて行っちゃダメだよ!」

 釘を刺されて苦笑しながらランティスが頷く。エクウスとは張り合えても、さすがに少女とは光を取り合え

ないらしい。駆けて行ったミラを眺めながら、二人は野原にそよぐ風を吸い込んだ。

 「綺麗に咲いてるね…。こういうところで子供たちが駆け回っちゃうのって、どこの世界も同じなんだな」

 優しく見守る光にランティスが尋ねた。

 「ヒカルもそうだったのか?」

 「私は年の近い子が近くにいなかったから、たまに翔兄様にくっついてったぐらい。ランティスは?」

 「物心ついたころには城住まいだったから、静かに中庭探険ぐらいだな。駆け回ったりした日には、

導師の雷が落ちる。外に出るのは薬草摘みの為だから遊ぶ訳にはいかなかった」

 「そっかぁ…」

 少年たちが追いかけっこしながら、ふざけて取っ組み合いをしたり、座り込んだ少女たちが思い思いの

花を摘むさまを見ていたランティスが、静かに向き直り光に告げた。

 「ああしてあの子供たちが…、いや、この国に生まれたすべての者が故郷と呼べる場所を失わずに

すんだのは、お前がいてくれたおかげだ。ありがとう、ヒカル」

 「でもランティス、私は、もう…」

 何も知らない子供たちの近くで、光が『元・柱』であることを口にはできなかった。まだまだ柱のいない

セフィーロに馴染めず、その復活を求める民も少なくないので、城外の者には誰が『元・柱』なのか

伏せられていた。ランティスはそんな光の両肩にそっと手を乗せる。

 「解ってる。だがあの時選ばれたのが俺かイーグルだったら、この情景は有り得なかった…」

 重い病で永遠に目覚めることのない自分とともに柱システムごとセフィーロを閉ざしてしまおうとした

イーグルと、願ったのは柱制度の終焉のみで自らの生命さえ顧みることのなかったランティス。二人が

漆黒の闇を焦がれるように見据えていた時、光だけがひかり射す方向を、敵であったイーグルの手さえ

曳いて目指していった。

 生命を賭けてランティスの手に親友を取り戻してくれたことにも、彼らが、そしていまは亡き者たちが

愛したこのセフィーロを救ってくれたことにも、いままできちんとした言葉にして礼を述べたことが

なかった。あの無数の白い羽根が舞い散る中、腕の中に二人を受け止めた時は、とても言葉には

ならなかったから。そして国を立て直し、新たなセフィーロを動かしていくために、日々は瞬く間に

過ぎてゆき、改めて礼を述べる機会を逸してしまっていた。

 「ランティス…」

 「セフィーロを、そしてイーグルを救ってくれてありがとう」

 「イーグルのことは、私ひとりの力じゃなかったよ。海ちゃんや風ちゃん、それにランティスが、

モコナに…世界の創造主に剣を突きつけてでも、私たちが還ることを強く願ってくれたから、ここに

戻ってこられたんだ。私のほうこそ、ちゃんとお礼言ってなかったよね。ありがとう、ランティス」

 まっすぐにランティスを見つめた光の視線が、少し伏せられたあと子供たちに向けられた。

 「でもセフィーロのことは…ホントはまだよく判らないんだ。『みんなで支えていくこと』を私は望んだけど、

それをみんなが喜んでくれてるのかどうか、とか」

 子供たちの耳に届かないようにと、小さな声で光は呟いた。

 「柱ひとりに頼りきっていたから、あの悲劇が起きたんだ。ヒカルの選択は正しかった」

 「エメロード姫の近くで、姫の苦しみや哀しみを見ていたクレフやランティスたちがそう考えてくれてるのは、

私にも解ってるよ。でも何も知らない人たちにしてみれば、すべてのことから護ってくれる母様を奪われた

ようなものなんじゃないかなって…」

 「子供はいつか独立しなければならないんだ。親離れ子離れにしては、払った代償が大きすぎたが…」

 その多くを背負い込まされた光を、ランティスがそっと抱き寄せ、言葉を続けた。

 「新しいセフィーロの歴史はまだ始まったばかりだ。結論を急がないでいい。『みんなで支えていく』の

だから、ヒカルひとりで抱え込まなくていいんだ。ともに生きていくと約束した俺が、お前のそばにいることを

忘れるな」

 「うん…」

 

 

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