Traveling Stone 《旅の石》
ランティスの部屋に置く為のティーテーブルのセットを選んだ日に約束した
光の《旅の石》を探しに、昼下がりの城下町を二人でそぞろ歩く。セフィーロの
城下には定住して店を構えている者と、国内の町を渡り歩く行商人の店が混在
している。
《旅の石》ひとつをとっても扱う店は多数あったが、ランティスが目星を
つけていたものはいずれも行商人が扱うもので、光がセフィーロを訪れた日には
もう彼らはそれぞれ次の町へと旅立った後だった。世に二人と居らぬ魔法剣士の
お声掛かりとあらば出立を延ばす者もあっただろうに、その手の職権乱用を思い
つかないあたりが朴念仁の朴念仁たる所以(ゆえん)だった。
「行商出来るぐらいには、街の外も安全になったってことだね。ランティスが
見立ててくれた《旅の石》を見られなかったのは残念だけど、それはそれでいい
ことだと思うな」
たいてい日帰りでやってくる彼女たちなので、時間のロスがないよう事前に
探していたランティスに、屈託なく光は笑った。
「多くの行商人はキャラバン…商人たちで隊を組んで移動している。腕の立つ
者も数名雇ってな」
「へぇ!? セフィーロにもキャラバンって言葉があるんだ! 地球でも同じ
ような使い方してるんだよ。遠いようで近いね」
ニコニコ笑う光とは裏腹に、ランティスの脳裡にはどこぞの創造主の単なる
手抜きだろうという黒い考えが過(よ)ぎる。
常設の店では光に相応しい石を見つけられず、行商人が入れ替わりに店を開く
場所を当たっていこうと中心地から外れた辺りへと歩く二人の後ろから声を
掛けるものが居た。
『《旅の石》をお探しで?』
鼓膜ではなく、直接頭に響いた言葉に顔を見合わせたのも刹那、ランティスは
その背に光を庇って振りかえった。
『これはこれは…、驚かせてしまったようで申し訳ない。ずいぶん昔に病で
咽喉を潰しまして魔導師さまに教わった《声》で話している商人でございます』
光の腰にも届かぬ背丈で目深にフードを被るずんぐりとした風体(ふうてい)に
ランティスが目を眇(すが)めた。城下の見回りには三日と空けずに出ているが、
定住の商人の中に《声》で話す者があった記憶はなかった。
「行商…人、か?」
疑念まじりのランティスの声に、小さくクツリと笑ってその商人はこたえた。
『行商の…人とは申せませんな。ビートに名を連ねる者にございます…。
《旅の石》なら、稀な品を揃えておりますよ』
「ビート・・・」
押し留(とど)めるようなランティスの腕をかいくぐり、ひょっこりと光が顔を
覗かせた。
「人間・・・じゃないの? あ、プリメーラみたいな妖精さんなのか?」
「ビートは地精の一種族だ」
『さすがは魔法剣士さま、よくご存知でいらっしゃる』
「魔法剣士と名乗った覚えはないが…」
殺気や敵愾心を感じている訳ではないが、ランティスはいまだ警戒を解かない。
『ご城下に出入りしていながら、この国唯一の魔法剣士さまを知らぬ者は居り
ませんよ。このような格好では怪しまれましょうが、ただでも人様を驚かせる
なりのビートが、エメロード姫亡き後の戦乱で顔に酷い傷を負いましたゆえ、
皆様を怖がらせぬようフードを被っております。何卒(なにとぞ)、ご容赦を・・・』
軽く頭(こうべ)を垂れた地精の姿を目にした光はきゅっと唇を引き結び、爪が
掌に食い込むほどぐっと両の手を握り締めていた。行商が出来るほどの安定を
喜んだのもつかの間、あの混乱の癒えぬ傷跡を唐突に突きつけられたのだ。
一連の出来事に光たちが負い目を感じる必要など髪の毛一筋分たりともないと
ランティスは…いや、クレフをはじめとした城の者は折に触れ言い聞かせては
いるが、その慰めを三人の魔法騎士が心から受け入れている訳ではなかった。
そしてそのことは――彼らもよく知っていた。
震えるほど強くマントを握りこんでいる右手を、片膝をついたランティスの
大きな手がしっかりと包みこむ。
「ヒカル…。城へ戻るぞ。急ぐ物でもない、またの機会にすればいい」
光は何かを話そうとしているが、食いしばりすぎた口元は強張りからか言葉を
上手く紡げない。
「折角だが連れの具合が悪くなった。石選びは出直すことに…」
「…ま、待って、ランティス! 私は大丈夫!!」
光の大丈夫ほどあてにならないものがないことをランティスは承知している。
「今日はよせ。揺らいでいては無理だ」
「《旅の石》は決められないかもしれないけど、初めて地精さんと出逢ったし、
なかなか逢えるチャンスってないと思うんだ。だからどんな風にお仕事してるか
ちょっと覗いてみたいなって…。ダメか?」
まだ将来の何かをしかと約束した訳ではないが、いずれこちらで暮らそうと
している娘が、この世界のことを知りたいと懇願しているのだ。ランティスが
それを拒めようはずもない。
「…わかった。見せてもらうだけかもしれん。それでも構わないか?」
『もちろんですとも。もう少し街から外れますが、ささ、こちらへ…』
訊ねるランティスに揉み手するような仕草を見せて、その商人は二人を誘った。
最後に市の店を見てから数分は歩いただろうか。木立が生い茂り、道が曲がり
くねっているせいでほとんど人気のない大きな木の根元にランティスは魔法の
気配を感じた。
ビートがさっと手を振るうと、魔法のヴェールが消え去りこじんまりとした
露店の品が現れた。
『店を離れるたび出したり仕舞ったりは大儀ですからな。魔法で目くらましを
しておりますよ』
「へぇ、地精さんも魔法使えるんだね」
「ヒカル、その言い方では失礼にあたる…。古き種族に名を挙げられる妖精は
みな魔法の使い手だ。地精はそういう古い種族だからな」
「ご、ごめんなさい。私、よく知らなくて…」
『いやいや、人の子がビートと接する機会なぞそうはありますまいよ。さてと、
《旅の石》でしたな。こちらのお嬢さんならロゼあたりがよろしいかと…。稀な
品が自慢の当店の中でも、ロゼは珍品揃いでございます』
ひとくくりに《旅の石》と呼んではいるがいくつか種類があり、その中から
ランティスが光のために見繕っていたのは確かにロゼばかりだった。頭から
すっぽり被った布切れごと手を伸ばし、ビートは淡いばら色の石の並ぶ一角を
示した。
「・・・ホントに変わっ…個性的な石ばかりだね」
「・・・・」
ランティスが無言でいるのも道理で、どれもこれも相当に変わった代物だった。
宝飾品の場合は客の要望を取り入れて加工することも多いので切り出したままの
石を置いている店も中にはあるのだが、《旅の石》は携行するのが前提で買いに
来る客がほとんどなので、地球で言うところのラウンドカットやオーバルカット
などに加工済みで並んでいるものなのだ。
『われわれは地精…。この大地から生まれた物はその姿形のまま活かしとう
ございますゆえ、人の子の店に並ぶ品のように研磨は致しておりませぬ。二つと
ない石たち…、どれもこれもこのセフィーロに生まれたままの姿で愛(め)でて
戴きとうございます』
「愛でる…。そっか、人間は便利だからって使っちゃうけど、地精さんたちに
とっては大切な仲間なんだね。なんとなくだけど、そういうの、判る」
『ほほう、可愛らしくて聡いお嬢さんを石たちも気に入っているようだ。人の
耳に届く言の葉こそ紡ぎませんが、石たちは訴えておりますよ。「ともに旅が
したい」とね』
「んーっと、ひとつあればいいんだけど…。ランティスはどうやって自分の
《旅の石》を選んだんだ?」
少し困った顔で頬を掻きながら、光はランティスを振り返った。
「俺のはみな魔法石だ。いずれにせよ、瞳の色か髪の色に近い物から選ぶ」
「そっか…。だからロゼばかり見てくれてたんだね。あとは?」
「最終的には『石の呼ばわる声』だな。だから俺では選べない。お前が心で
感じとるものだ」
魔法騎士として彼女らがこのセフィーロに降り立ったとき、導師クレフが
授けた防具にも魔法石は備わっていたが、それらは既にエメロード姫の声に
応(こた)えた光たちを認めていたからこそその力を貸していたのだ。
「『揺らいでいては無理』っていうのはそういうことなんだ…」
『確かに並の石ならば然様(さよう)でございますな。しかしながら、ここに
ございますのはどれも力の強い石ばかり。呼ばわる声も大きゅうございます。
触れるのはもちろん只でございますゆえ、その手に取ってみなさるといい』
その声に誘われるように、無造作に地面に広げられた麻のような布の上を
いざり寄り、光は淡いばら色の石を間近に覗き込む。
「ふうん・・・自然の石なのに、不思議だなぁ・・・。鳥さんみたいなのや、
龍みたいなのもあるんだね……」
丸まって眠る猫のような石、おすわりしてる犬のような石、とぐろを巻いて
鎌首もたげた蛇のような石、鏡餅のような石……色んな形の石を見ていた光が
ある石に目をとめた。
「ランティス見て! これってモコナみたいじゃない?」
にこにこ嬉しそうに振り仰いだ光に気のせいだ、眼の錯覚だと言い包めたい
ところだが、「ような」というレベルを超えているのでは誤魔化しようがない。
大欠伸したアレがそのまま石化したかのようにそっくりなのだ。光とイーグルに
柱の座を競わせる為に地球へ連れ去った時にも、こんな大口を開けていたなと
ランティスは苦りきっていた。
『おや、その石がお気に召しましたか?』
「え? んーと、ちょっと懐かしいコのこと、思いだしたかなーって…。
それにしても、ここにある石、どれも持ち歩くにはすごく大きいよね」
そのモコナの似姿の石は光の手に余る程の大きさがある。持ち歩くには確かに
大ぶり過ぎるというものだ。
『品定めして頂くのに良きよう大きいまま置いとりますが、この店の石には
みな地精一族門外不出の魔法を施しておりまする。その石は鼻先を擦ってやれば
お望みの大きさ、重さになる仕掛け…』
「へぇ、便利なんだね」
『その石もさかんにお嬢さんを呼んでおりますよ。触れれば声も届きやすく
なるというもの。ささ、手に取ってお試しあれ』
「実験してもいいの!? 石だし、落っことすと壊れちゃうよね。ちょっと、
触るだけ…ちっちゃくなーれ」
鼻先あたりをちょいちょいと指先で触れた時、額の丸い膨らみ…モコナの額の
丸い石のような部分がキラリとひかり、小さな悲鳴を上げた光とその手を咄嗟に
掴んだランティスはその口に吸い込まれていった。
光とランティスを吸い込んだモコナの石はふわふわと宙に浮き上がり、強い
ひかりを発したかと思うと忽然と姿を消した。
『【つつく】と【擦る】ではちと違いましたな、当代の姫。ほほ。良い旅を…』
パタパタと店仕舞いを始めた自称ビートの頭からフードがずり落ちると、白い
頭にウサギのような長い耳がぴょこりんと動いていた。
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆
キャラバン…地球の言葉、まんまの用法(をい)。日産キャラバンより。
ビート…セフィーロに住む地精の小人族。『こびとビート』とのひっかけ。ホンダビートより。
ロゼ…地球のローズクウォーツに似た色合いの石。ランドワゴンROSEトヨタハイエースロングDXベースの
キャンピング カーより 。