The Private Papers of Mercedes Page.2 | ![]() |
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いくら代々城仕えで身元が確かだとは言え、男の俺が出会う前の逸話まで知るほど≪世継ぎ≫の姫に近しくなったのには理由がある。数少ない多属性使いの 俺とサプリームという娘が、他国でいうところの『ご学友』とかいう御大層なモノを仰せつかったからだ。 本来ならば≪世継ぎ≫の教育は時の最高位の導師に一任される。オールマイティである≪柱を継ぐもの≫を導く者は、魔導師のうちでもオールマイティな者しかなれない導師であるべきだからだ。 ところが当代の導師はかなりの(一説によれば齢四桁を数えてからでもすでに三桁の年月が過ぎているとか)高齢で、とてもその任には耐えられないので窮余の策が取られたのだった。 俺には闇の属性が欠けていて、魔導師志願だった祖母がオートザムから移り 住んだという変り種のサプリームには光と地の属性が欠けていた。二人合わせて全属性を取り揃えることで、≪世継ぎ≫の姫たちの魔法力を高める触媒になる ことが、俺たちに与えられた役割だった。 属性がある=魔法が使えるなんて単純なことではなく、日々の修行無しに魔法はモノにできない。それは≪世継ぎ≫といえども例外ではなかった。 『いずれ世界を統べる≪世継ぎ≫が二人もいるのは、国が二分される凶兆だ』 などと口さがないことが囁かれる一方で、『一人を≪柱≫に、一人を導師にせよ との天の配剤だ』と、当人たちの耳に届くところでも勝手な話ばかりが飛び交っていた。 「半人前の私たちが二つに別れたりしたら、目も当てられないのにね」 さほど気を悪くする風でもなく小さく笑うシルフィに、サプリームが尋ねた。 「じゃあ、どちらかが導師になるのは、ありですか?」 姉妹姫は顔を見合わせると、鏡に映る姿のように同じ角度で首を傾げた。 「私は人見知りするから、シルフィの方が導師に向いてるんじゃないかしら」 「メルとサピィに馴染むのにも、時間掛かってたものね、グロリアは…」 髪と瞳の色以外は背格好や面差しも瓜二つの姫たちだが、性格は対極だった。 初対面からいきなり「姫さまって呼ぶのはやめて。私も『メル』、『サピィ』って呼ぶから」と、当人の承諾も待たずにサクッとあだ名を決めてしまったのはシルフィ だった。そんな妹姫の所業に少しはらはらしながらも、グロリアは何につけても ほとんど否ということがなかった。
あらゆる魔法の入門編から応用編までを、四人で切磋琢磨を重ねつつ学ぶ日々は瞬く間に過ぎていった。そんな中で、抱いてはならない感情が、俺の中で抑え切れなくなってきていた。それに最初に気づいたのは、他人の心の機微に敏感なグロリアだった。そしてグロリアの勧めと計らいで俺は意中の人に想いを告げた。返ってきたのは聞きそびれそうなほど小さな、「私も…」という、普段の彼女からは意外なほどはにかんだつぶやきだった。サプリームまでもを共犯者に巻き込み、グロリアは≪柱≫に、シルフィは導師にという方向性が四人の中では決まりつつあった。いつもはっきりと自分の意見を言うシルフィの方が「心が強い」と言われてしまうかと内心危惧していたが、長老連中の見解は違っていた。自分を前面に 押し出さないグロリアの方が、自制心がある分だけ強いと判断されたらしく、 『グロリアを≪柱≫の継承者に』という方針が正式に打ち出された。 長老たちの決定がなされた後、シルフィと俺は国王に正直に告白した。逆鱗に触れるとまではいかなかったものの、「そなたの二親(ふたおや)はこの国で十指に入る魔導師だが、メルツェーデス自身はまだ駆け出しではないか。それにシルフィの相手には、武門の出の者をと考えている」との言葉が下された。家柄なんぞ いまさらどうにも出来ないが、まだひとつだけ道があった。 「それならば、魔法剣士では?私が魔法剣士になれれば、シルフィ姫とのことをお認めいただけますか?」 魔法剣士≪カイル≫――職位はあれど、ここ数百年≪認承の試練≫に挑んだ者すら存在しなかった。魔法も剣術も極めねばならないそんな面倒な職位など、誰も目指さなくなって久しい。 「ふむ…。よかろう」 自分の治世(世界を支えるのは≪柱≫だが)に珍しい魔法剣士がいるのも悪くないと考えた国王は、そんな条件を了解してくれた。
思い立ったが吉日とばかりに旅支度を始める俺の部屋まで押しかけてきた三人のうち、シルフィが真っ先に噛み付いてきた。 「メルったら、あんなこと本気で言ってるの!?魔法剣士だなんて…、ほとんど 伝説みたいな存在じゃない」 「伝説は大袈裟だ。しばらくなり手がいなかっただけだろ?」 「メルが剣を持ってる姿、見たことないのだけれど…」 小首を傾げたグロリアに、肩を竦めて俺は答えた。 「自慢じゃないが、剣を振るったことはないね。親父殿たちのように、魔導師を 極めるつもりでいたから」 上背はあるので親衛隊のスカウトから声をかけられることはしばしばあったが、まるで興味がなかったのでこれまで見向きもしていなかった。今になって、それを少しばかり後悔していた。 「それで魔法剣士だなんて、何を考えてるのよ、メル…」 「仕方ないだろ。武門の名家に養子にしてくれって訳にもいかないんだから。 それに、名ばかりじゃ多分ダメだ。国王陛下は剣の使い手であられるから、そう いう人物をと願っておられるんだろう」 「お父様の言うことなんて放っておけばいいわ。私は魔導師の…、ううん、ただのメルツェーデスでいいのに…。駆け落ちしたって構わないんだから!」 ずいぶんと俗な言葉を持ち出すシルフィに、俺は苦笑せずにはいられなかった。 「いずれグロリアが≪柱≫を継承すれば、ここから離れることになる。陛下の 手許にはシルフィしか残らないんだぞ?それが判ってて掻っ攫えるもんか。第一、そんな真似をすれば俺の両親だって立場がなくなる」 ヒートアップするシルフィをよそに、グロリアが不思議そうに尋ねた。 「ところでメルはどうしてさっきから旅支度なんてしてるの?親衛隊の訓練なら、ここから通えるのに…」 誰がそこに突っ込んでくるかと思えば、一番のんびりしているグロリアが指摘 してきた。 「親衛隊には入らない。他流試合で揉まれてくるほうがいいから、オートザムへ行こうと思う」 そういった俺に目を丸くしたのは、オートザムに縁のあるサプリームだった。 「なんでまた?!」 「オートザムには異邦人でも応募できる志願兵制度があるって言ってただろ? しかもド素人でも俸給が破格だって」 「そりゃ言ったけど…」 「親衛隊は正式入隊すればそれなりにもらえるが、俺は基礎の基礎から叩き 込まれる身だからな。同じ苦労するなら、稼ぎがあるほうがいいに決まってる」 「よかったわねぇ、シルフィ。メルがしっかり考えてくれていて」 「もぅ、グロリアってば暢気なこと言わないで。顔も見られない遠くへ行っちゃう のよ!?」 旅に必要なものを宝玉に仕舞い込んで、俺はシルフィに向き直った。 「お前の成年式までには必ず戻って魔法剣士になってみせる。だから、俺に しばらく時間をくれ、シルフィ」 「――戻ってこなかったら、オートザムまで押しかけてやるから…」 シルフィは少し拗ねたようにそうつぶやいた。 「いや、お前の精獣じゃ無理だ。俺みたいに、フェラーリ級のヤツでないとな」 ≪世継ぎ≫にはあまり用のない精獣の招喚が不得手なことを揶揄されて、 シルフィがふいっと顔を背けた。 「…成年式までに、私も跳ね馬≪フェラーリ≫と契約してみせるわ…」 「一緒に遠乗りに行けるのを楽しみにしとくよ」
両親にことの経緯と暇を告げ、シルフィたちの≪護り石≫をペンダントに仕立てたあの創師に両手剣≪ツヴァイヘンダー≫と、いまはまだ使えない魔法剣を創って もらい、俺はセフィーロをあとにした。
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「メルまでオートザム軍にいたとはな…」 メルツェーデスとランティスでは在籍時期に相当の隔たりがあるので、 周りからこれといった情報がなかったのも無理からぬことだった。「ど素人」 でも採用されていたのは、恐らくまだFTO他の機動兵器などが開発される 以前の話だろう。確かに異邦人でも志願は出来るが、ランティスが受けた 頃のファイターテストはかなりの難関になっていた。 幼い頃の自分が剣術の師と仰いだ者との不思議な縁を感じつつ、 ランティスはまたゆっくりとページを繰り始めた・・・
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サプリーム…祖母の代がオートザムから移住した魔導師の卵。マツダファミリアサプリームより 成年式…日本でいうところの成人式のようなもの 跳ね馬…地球で言う馬の姿の精獣。フェラーリとも呼ぶ゛ (ランティスの精獣と同種) |
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