The Private Papers of Mercedes  Page.1
 

  出世したいだなんて思ったことは

  生まれてこのかた、一度たりともなかった

 

  ただ

  生涯をともにしたいと望んだその人に見合う

  地位が必要になったから

  俺は魔法剣士になると決めた

 

 

 

The Private Papers of Mercedes

 

 

 

 俺の生まれた国にはいわゆる王家が存在する。隣国であるチゼータには王族、ファーレンには皇族がいてそれぞれ国を治めている。それらとセフィーロが大きく

異なるのは、必ずしも『王=統治者』ではない点だ。

 有史以来、セフィーロは≪柱≫と呼ばれる者によりその全てを支えられてきた。大地も、海も、天候も、それらのもたらす恵みも、全ては≪柱≫の心ひとつに

掛かっていた。

 ≪柱≫の条件は『セフィーロで一番心強き者であること』だと言われていて、

王家の一員か否かは何ら関係はなかった。ただ、これまで市井の民から≪柱≫が生まれた例がなかった。

 王家の血筋に某か特別な物が在るからなのか、単なる偶然なのかは誰にも

解らない。だが、何代かに一人、≪世継ぎ≫と称される『柱の継承者候補』が

王家に生まれてくるのは紛れもない事実だった。

 ≪世継ぎ≫とは世間一般でいう『王家の血筋を繋ぐべき者』ではなく、文字通りセフィーロという『世界を継ぐべき者』だった。

 生まれたての赤ん坊の心が強いか弱いかなんて、産みの親にだって判りは

しないが、≪柱≫には心の強さ以外にもオールマイティであることが求められて

いた。自然界の全てを統べる為には、全ての属性の魔法が扱えなければ

バランスがとれないからだ。これこそ天分というより他にない、当人の努力では

いかんともしがたい≪柱≫たる者の条件と言われていた。

 

 両親とも城付きの魔導師だった俺が生まれた数年後、極めて珍しいことに一度に二人の≪世継ぎ≫の姫が王家に産まれた。

 少し赤みがかった栗色の髪に紅い瞳の姉姫はグロリア、亜麻色の髪に蒼い瞳の妹姫はシルフィと名付けられた。

 双子の愛らしい姫たちは、この世に産まれ出た時に、それぞれその瞳と同じ

紅い石と蒼い石を小さな手に握り締めていたという。生まれつき魔力の高い者が≪護り石≫と呼ばれる魔法石とともに生を受けること自体はそう珍しいことでは

ないが、たいていの者はその身のうちにそれを秘めているにすぎない。従って、

力の強い魔導師が身体の外から何となく感知する程度の物だ。こんな風に誰の目にも明らかに見える、しかも美しくカットされたような形で≪護り石≫を持つ者はかなり稀有な存在だった。

 

 姫たちがまだ幼いうちは綺麗な刺繍を施された小さな袋に入れて肌身離さず

持っていたが、はっきりと自分の意志を示せる歳になると、創師の力を借りて宝飾品にして貰うことになった。

 まずは姉姫グロリアの分から始めようとした創師の身にちょっとした異変が

起きた。グロリアとともに精神統一をしてみても、少しもインスピレーションが

沸いてこないというのだ。それはセフィーロ最高位の創師にとって経験したことのない事態だった。

 『≪世継ぎ≫の姫君のご用向きを承りながら、何たる失態か…』と内心蒼白に

なっていた創師に、姉姫は、『疲れているので、また後日にしていただけないで

しょうか』と申し出た。それを創師が断るはずもなかった。

 「たまたまグロリア姫とは相性が悪かったのだ」と自分に言い聞かせつつ、創師は妹姫シルフィの分の仕事にかかった。ところがまたしてもその創師は同じ事態に陥ってしまった。

 『相性云々の問題ではなく、もしや才能の枯渇…!?』

 蒼白を通り越して土気色の生気の抜けた顔つきの創師に、妹姫もまた『日を

改めて…』と申し入れ、お咎めがなければそれで良しとばかりにその場を取り

繕った。その後、他の仕事は今まで通り何の問題もなく出来た。それなのに姉妹姫の仕事だけが駄目というでは、あらぬ疑いを持たれかねない。『≪世継ぎ≫は二人も要らぬ』と双子の姫を疎む声も、世には少なからずあったからだ。そういう

考えでいるから、姉妹姫の意向には添えないなどと思われれば、国王の不興を

買うのは必至だった。

 数日後、創師の元にふたたび≪世継ぎ≫の姫が訪れた。そして、『出来れば、二人分を一緒に創ってほしい』と、姫たちの側から提案がなされた。

 いわゆる想い人同士が揃いで持つような品なら、そういうやり方は一般的だがと思いつつ、先日の不調法の手前、創師は姫の仰せに従うことにした。

 創作室の魔法陣の中に入り、左手に軽く≪護り石≫を握り込んで胸に当て、姫たちは向かいあい、お互いの右手の指を絡めて顔の高さで握り合う。二人の心が静かになったところで、創師は全身全霊を傾けて念を送りはじめた。前回二度も

失敗したのでヒヤヒヤしていたが、今度はちゃんとあるべき形が視えていた。

 創師の舞いが終わった時、姉妹姫の掌の上には、シンプルな仕立てのお揃いのペンダントがあった。

 「うふふっ、思った通り」

 くすくすと笑うシルフィに創師が怪訝な顔を向けた。

 「私たち、二人で一揃いだからかしらね、って、あのあとグロリアと話してたの」

 「いつかは一人前になれるのかしら、不安だわ」

 同時にこの世に生を受けた姉妹姫は、その≪護り石≫さえも『二つで一揃い』と主張しているように思わせる、そんな出来事だった。

 

                                        

                                            NEXT

The Private Papers of Mercedes…メルツェーデスの手記、の意。オートザムでランティスが入手した

メルツェーデス…城仕えの魔導師の両親を持つ修行中の魔導師。メルセデスのドイツ語読み

グロリア・シルフィ…いずれどちらかがセフィーロの柱になると言われている双子の姫

            日産グロリア、日産ブルーバードシルフィより

オールマイティ…すべての属性の魔法が使えること。また、その者