7月 6日 vol.2              

 

 

 一足先に首都に戻った軽巡航艦ストーリアから降ろされ、片膝を地面につく格好で停止しているFTO−ψの

すぐそばに立ち、光は「うっわぁっ…」と子供のように嬉しそうに見上げていた。

 「これって、コクピットに上がってくのにコツが要るんだよね。ランティスが上がるとこ、ちゃんと見ておかなくちゃ…。

ホラ、魔神のときはいつも勝手に吸い込まれちゃってたから…」

 ザズが光のためにデザインしたとかいうふわっふわのミニスカート姿なのに、あの高さまで自分で上がるつもり

なのかとランティスは軽い頭痛を覚えた。

 「きゃあっ!」

 有無を言わさず光をお姫様抱っこでかかえ上げたかと思うと、ランティスはトントンと軽い足取りでコクピットまで

駆け上がった。

 「おーおー、器用なヤツ…」

 「ちぇーっ!!何だよっ、見せつけちゃってサ…!」

 呆れたりやっかんだりする声に構いもせず、FTO−ψのシートに腰掛けたランティスは膝の上に光を座らせて

コクピットを閉じ、ヘッドセットの上からつけたゴーグルに表示されるCIGARSのチェックを始めた。

 「操縦系統、計器類、燃料、姿勢調整系、エンジン系、セーフティ…コンディション、オールグリーン」

 『ったく、毎度毎度律儀だねぇ…。お前が乗る前にちゃんとザズがチェックしてるってのによ』

 「信用はしてるが、他人任せは趣味じゃない」

 ヘッドアップディスプレイを兼ねたゴーグルだけでなくメインパネルの情報もチェックしていくランティスの姿にしばし

ぽーっと見蕩れたあと、光はぼそりと零した。

 「FTO−ψって、乗りこなすの大変そう…。魔神でこんなことしなかったもの」

 「そうなのか?」

 「うん。ホントに『纏ってた』だけ。考えたとおりに動いてくれてたから…」

 「今からでも降りて構わないんだぞ」

 「それはイヤだ。一緒に行きたいっ!」

 可愛らしいふくれっ面を見せた光にランティスが苦笑する。

 「しょうのないヤツだ」

 『CIGARSのチェック終わったんなら、いちゃついてないでさっさと上がれよっっ!』

 「…い、いちゃついてって…っ!」

 ザズのクレームに光は真っ赤になり、ランティスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 「……ザズ、あとで話をつけるからな……。FTO−ψ、Go!」

 NSXからのリニアカタパルトを使った発進と違い、きついGがかかることもなく上昇するFTO−ψの中で、都市を

覆うドームの微細な疵が残っていないかをチェックしつつ、ランティスは光の様子をも窺っていた。

 「気分は悪くないか?」

 「え、なんで?私、ジェットコースター大好きだもん!もっとガンガン動いても平気だよ!」

 『よく言った、お嬢ちゃん!!いくぜっ!!』

 ジェオのGTOが上がってきたことには気づいていたが、同じようにドームの確認作業に当たるものだと思っていた

ランティスには多少の油断があった。FTO−ψがロックオンされたことを知らせる警報音がコクピットに鳴り響き、

メインカメラが完成したばかりだという連装ライアットガンの銃口をこちらに向けるGTOの姿を捉えた。

 「コンバットフライトじゃないといったのは、どこの誰だ…。ヒカル、しっかり掴まっていろ!」

 「はいっ!うっわぁぁぁ、フリーフォールだぁっっ♪」

 全出力をカットされ落下するFTO−ψの中で、光はランティスにぎゅっとしがみついて悲鳴を上げたもののやけに

楽しげだった。初弾をかわされたGTOはなおもFTO−ψに照準を合わせていた。

 『おらおらっ、もう一丁!』

 無敗を誇っていたイーグルのFTOに量産機で土をつけただけあって、ふたたび出力を上げたランティスのFTO−ψは

常人離れした動きで撒き散らされた弾をレーザーサーベルで叩き落していく。それでもばら撒かれた弾数があまりに

多いので、落としきれなかった数発がFTO−ψに迫っていた。これが模擬戦であれなんであれ、光の場合考えるより

先に身体が動いてしまっていた。

 「紅い稲づ…」

 「ヒカル、よせっ!」

 魔法を唱えはじめたのに驚いて、ランティスは強引に光の口をくちびるで塞ぎ、スペル無しでFTO−ψの外に

殻円防除のひかりの壁を展開した。殻円防除に阻まれた模擬戦用のペイント弾は、蛍光ピンクの花を透明な壁に

咲かせて散っていった。

 『ちっ!一発ぐらいマーキングしてやりたかったんだがなぁ…』

 悔しげなジェオの声を黙殺して、ランティスはため息をついた。

 「こんなところで攻性魔法を唱えるな…」

 「え?だってランティスの魔法はちゃんと使えたじゃないか!それに、そのための機体だって…」

 「まだ実験機だから確実とは言えない。だから防御魔法で試してるんだ。それにFTO−ψと繋がってないヒカルが

魔法を唱えても、ここで発動するだけなんだが」

 そういってランティスは自分のヘッドセットのチューブがFTO−ψのコンソールに繋がっていることを光に指し示した。

 「ご、ごめんなさいっ」

 口を塞がれたときに飛び出したネコミミをしゅんと垂らして涙目で見つめてくる光の頭を、ランティスはわさわさと撫でた。

 「いや、俺が言っておかなかったからな」

 「……結婚式以来だね……キス  、したの…」

 小さく呟いた光に顔を近づけようとして、ふと思い出したようにインカムを切って邪魔っけなゴーグルを外すと、ランティスは

頬に触れた手を滑らせてくいっと顎を掬い上げた。

 「さっきはすまなかった…」

 そっと触れるくちびるは、いまそこにある柔らかな感触を確かめるように何度も何度も繰り返し重ねられた。

 「――また『いちゃついてる』って怒られちゃうよ?」

 「…今度は否定できないな」

 仕方なさそうにもう一度ゴーグルをはめなおしインカムのスイッチを入れた途端に、ジェオの怒鳴り声がランティスの

耳に突き刺さった。

 『…ぁに通信切ってんだっ!!いちゃつくのは家でやれ!家で!!』

 あまりの大声にランティスは顔をしかめ、漏れ聞いた光はまた真っ赤になっていた。

 

 ドームに異常がないかの確認を終えたFTO−ψとGTOは巡航艦ウイングロードに格納され、オートザム首都艦隊

基地への帰投の途についた。

 

 

 

 首都艦隊基地では突然消えた光の無事を確認しようとレディ=エミーナまでがカルディナばりの熱烈なハグで

出迎えた。体調不良で転地療養確定の一人息子より心配なのかとランティスたちは苦笑していた。FTO+二機

曳航の無理が祟ったイーグルはこのまま光たちとセフィーロに向かう為にストレッチャーに載せられていたのだ。

 イーグルの肩までブランケットをかけてやると、エミーナは微苦笑した。

 「もう慣れたのよ。眠っていても、あの頃よりはずっと顔色もいいしね」

 「ちゃんとエミーナの代わりに看てますから」

 そう言った光にエミーナはいたずらっぽく笑った。

 「あらダメよ、ヒカル。新婚旅行の間、ちっともランティスといられなかったんですもの。これ以上この子が独占

しちゃったら、ランティスが拗ねるわよ」

 まるっきり子供扱いだがあながち外れているとも言えないエミーナの指摘に、ランティスは返す言葉が見当たら

なかった。

 「大丈夫ですよ、ね?」

 にこにこっと見上げてくる天然系な愛妻の髪をくしゃりと撫でて、不承不承頷いた。

 「…ああ」

 「エミーナも時間があったら、またセフィーロに来て下さいね。今度は私が案内出来るように勉強しておきますから」

 「楽しみにしてるわ」

 NSXの士官が駆けてきて敬礼すると、直立して申告した。

 「サブコマンダー!発進準備完了しましたっ」

 「おうっ」

 ジェオはエミーナに向き直り敬礼した。

 「それでは、コマンダーをお預かりして行きます」

 「いつも世話を焼かせてごめんなさいね」

 「いえいえ、イーグルの世話を焼くのは、ジェオの趣味ですから」

 「るせぇっ!」

 ザズとジェオのいつものじゃれあいを光は声を立てて笑いながら眺めていた。

 

 

 

 

 セフィーロ圏内へ近づいたところでランティスがクレフ宛てに知らせたので、以前イーグルが療養していた部屋が

すでに用意されていた。

 着陸シークエンス開始後にキャッチした輸送艦FUNCargoIIの航法トラブル信号のせいで、ジェオたちは半舷上陸を

取る間もなく光たちを降ろしただけで出航していった。

 「…確かにセフィーロにも足は要るみたいだね」

 光はFTO−ψの適性テストにはなまるを貰って上機嫌だった。ただし魔神と違ってかなり操作が複雑なので、そちらの

問題はあったが本人はやる気十分だった。

 『FTO−ψが制式化される迄には絶対マスターする!』と宣言して、ジェオとザズには拍手喝采を浴びていた。もちろん

ランティスが頭を抱え込んだのは言うまでもない。

 光の発案で準備が始まっているミゼット(日本で言う幼稚園)の指導やら、本人のセフィーロに関する勉強も手をつけた

ばかりなのに、この上まだFTO−ψのオペレーティングまで学習するとなると、下手をすれば大学生活より忙しくなり

かねなかった。

 心身ともに熟睡状態のイーグルを部屋に寝かせたあと、光とランティスは並んで廊下を歩いていた。

  「イーグル、びっくりするだろうなぁ。目が覚めたらセフィーロだなんて…」

 光はクスクス笑っているが、ランティスは小さくため息をついた。

 「あいつのことだ。遠慮なく惰眠を貪れると驚くより先にまた寝てしまうだろう」

 「ひどいこと言って…」

 ランティスの言葉を咎めているようでいて、まだ笑っている光もまたそれを否定出来なかった。ふと光が廊下で立ち

止まり、ランティスを見上げた。

 「じゃあ…」

 「待て、どこへ行く?」

 「どこって、自分の部屋に…。きゃう!」

 光をお姫様抱っこすると、耳元で囁いた。

 「お前の部屋はこっちだろう?」

 「あ、そうだっけ。…あのっ、歩けるけど?」

 「ヒカルは掴まえておかないとどこへ行くか判らないからな」

 いつものようにひとりでに開くドア。これからはランティスだけの部屋じゃなく、二人の部屋でもあった。ドアから一歩

入ったところで光は大きな声で言った。

 「ただいまぁ!」

 「……ただいま……」

 大人になってからは言ったことのない言葉を、酷く言いづらそうにぼそりと呟いたランティスに、光は少し驚いたような

表情を浮かべたあと、花開くように微笑んでぎゅっと抱きついた。

 「お帰りなさいっ!」

 

 

 

 

 ――二人が帰る場所へ――

 

 

 

 

   

 

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CIGARS …Controls(操縦系統)・Instruments(計器)・Gas(燃料) ・Attidude(姿勢=トリムの調整)・Run-UP(エンジン)・Safety(保安装備)

               飛行機の離陸前点検に準じる

ミゼット…光の提案による日本の幼稚園に相当するもの。ダイハツ ミゼットより。(Midgetには「ちび」という意味がある)

 

 

 

                                          

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