7月 6日 vol.1              

 

 

 「見込みがありそうならくれてやる約束だったから、これ、お前にやるわ。今度逢うまでに使いこなせてなかったら、

没収するからな」

 そう言ってメルツェーデスは大きな蒼い宝玉の嵌めこまれた魔法剣を、まだ少年のランティスに手渡した。

 「…今度って、いつ…?」

 「さぁな。ま、明日とは言わん…」

 「…絶対、使いこなすから!」

 「自分で言ったんだから、その言葉を忘れるな」

 「約束する…それで、いったいどこへ行くの?メル…メル?!」

 ざぁぁっと一陣の風が吹き抜けて、そこにいたはずのメルツェーデスの姿が一瞬でかき消された。

 「ちゃんと魔法剣士になったんだな…

にしても、そいつぁシルフィ以上のじゃじゃ馬だ…。苦労するぞ?お前」

 背後から聞こえた声に、漆黒の鎧に身を包み、魔神を纏っていたときの真紅の鎧姿の光を抱きかかえた大人の

ランティスが振り返る。うざったそうに伸び放題に伸びた豪奢な黄金色の前髪を掻き揚げる仕草をするメルツェーデスの

表情はランティスからは見えなかったが、苦笑いしているのは声の調子で感じ取れた。

 「覚悟の上だ」

 「俺とシルフィは別れを選ぶしかなかった。ザガートは先代の自由を望み、その先代はザガートを追って逝くことを

選んだ。お前は…共に歩むことを選ぶんだな」

 「『誰一人犠牲にすることなく、みなと生きて幸せになりたい』――そう考えてはいてもずっと口に出せなかった。

俺には実現するだけの力がなかった」

 「自分で出来もしないことを軽々しく言うのは、ただの無責任な馬鹿者だ」

 「ヒカルは…なんの気負いもてらいもなく、ごく当たり前のことのようにその道を選び取ってくれた。せめてそばにいて

護り支えていきたい…俺がそう願うのはおかしいか?」

 いとおしそうに光を見つめながらそう言ったランティスに、後姿のメルツェーデスは肩を竦めた。

 「回りくどいヤツだ。……『愛してるから』だろ?」

 「…ああ…」

 「昔っから、言い出したらきかなかったよな、お前…。ま、自分で言ったことは貫け。じゃあな」

 軽く手をあげて心持ち振り返ったメルツェーデスの顔は逆光で見えない。何か言葉をかけたいのに、咽喉が固まって

しまったように声を出せないでいるうちに、メルツェーデスの姿はランティスの視界から消えていった。

 

 「――メルっ!!」

 ようやく出せた声にハッとして目を覚ますと、暗めに調光されたメルツェーデスの病室の壁際で、光を抱いたまま

眠ってしまったことを思い出した。

 「ただの夢か…それとも……」

 正直寝心地がいいはずもない場所で、ぐっすりと寝入っている光の頬にそっと左手を添えたランティスが動きを

止めた。

 「石が蒼い…」

 掛けられていたブランケットを少しめくると、光の左手の指輪の石は紅い色をとどめていた。いつもならこのぐらいの

時間帯は色が入れ替わっていたはずだった。

 「往ってしまったのか」

 メルツェーデスの気配はもちろん、この部屋で時折感じた違和感――サプリームの気配だったのだろうか――も

感じ取れなかった。

 「…ラン…ティス…」

 小さくつぶやいてまたむにゃむにゃと安心しきったように深い眠りに入り込んでいく光に、ランティスは羽根のように

軽いおやすみのキスを落とした。

 

 

 

 

 

 「おい、ランティス。折角イーグルが引っ張って来たんだし、ついでにテストしていけよ、FTO−ψ(サイ)

 ノマド基地での遅い朝食を済ませた後、基地内を四人でそぞろ歩きしながら気軽にそう言ってのけたジェオを

ランティスがじろりと睨んだ。

 「人使いが荒いな。昨日の今日でこれでも疲れてるんだが」

 ガイアでもない場所で、二日間も一人でこの都市を殻円防除で護った状態のまま、意識的に光属性の魔法を

使えない光のチャンネルを開く楔代わりになっていたのだ。ヴィラ=フィオーレで強引にトランスに持ち込まれて

以降の記憶が断片的な光が心配するので起き出してはいるが、今日帰国するのでなければイーグル同様寝て

過ごしたいところだった。というよりイーグルの場合「休職処分」をでっち上げるまでもなく、ファイターメカ三機起動が

祟って起き出せなくなってしまっていた。

 「そうは言っても、オートザムのパイロットじゃテストにならんだろが…」

 肩を竦めるジェオとランティスのやり取りに、光が疑問を投げかけた。

 「FTO−ψ…?FTOの新型なのか?」

 「まあ新型っつーか、セフィーロ配備用に開発中のノートゥング(霊剣)モデルだよ」

 光が興味を示したことに気を良くしたザズがニコニコと答えた。

 「セフィーロに配備?!FTOを?どうして!?」

 ただでも大きな目を真ん丸に見開いている光に、ザズとジェオのほうが驚いていた。

 「あれ、ヒカル知らなかったの?こっち来るたび、ずっとランティスがテストしてるのに…」

 「ほんっとになんも話してない奴だな、おめぇ」

 どこか呆れたような二人の物言いに、ランティスは淡々と答えた。

 「ヒカルは基本的に内政にも外交にも関わってない」

 「えっと、私、ずっと大学の単位取るのでいっぱいいっぱいだったしね、えへへ」

 事情が解らないもののなんとなくランティスが責められている気配に、光が言い訳をしてみせる。何かを言い渋って

いるランティスをよそに、ジェオが光に尋ねた。

 「昔のセフィーロには結界があったって知ってるかい?」

 「うん。そうやって≪柱≫が外敵から護ってたんだって聞いたよ」

 「それ、今はないだろ?」

 「だって、三国とちゃんと講和もしたのに、もう必要ないじゃないか」

 素直にそう答えた光にジェオが苦笑した。

 「セフィーロの面々もだが、ヒカルもたいがい平和だねぇ」

 「結界が、必要だった…?」

 光は困惑顔でランティスを見上げた。みんなまだ世界を支えることだけで精一杯で、国を護るほどの結界など張れる

筈もなかった。眉を曇らせている光の肩をランティスが宥めるようにそっと抱いた。

 「いや…」

 「確かに、講和条約の締結と同時に相互安全保障条約に基づく四カ国連合が機能しているから、現体制の路線を

踏襲する限り三国が国策として攻め込むってのはねぇだろう。だが反体制勢力は解らんぜ?」

 「そんな…」

 まるっきり考えたこともなかった可能性に光は言葉が続かない。

 「実際問題としてお嬢ちゃんたちを襲ったあの車の背後関係もまだ解らんしな」

 「…」

 「うーん…。この際だから一般的見解を教えとこうか?」

 「ジェオ!」

 咎めるような声音のランティスにジェオが向き直る。

 「もうこっちの世界で暮らしてくんだろ?本当のところを教えといてやらねぇと、お嬢ちゃん自身が危険になるぞ。

いくらお前だって四六時中張り付いてる訳にゃいかんだろが」

 教えずに済めばそれに越したことはなかったが、あの事件を考えれば確かに光が何も知らずにいるのは危険すぎた。

 「それで、だ…、あの時の関係者を除けば、セフィーロには≪柱≫システムがまだあるものと思われてる」

 「どうして!?私は…っ」

 ついつい声を張り上げてしまった光に、ジェオが人さし指を口許に立てて『静かに』のジェスチャーをしてみせる。

その辺りを行き来する者の全員が光の素性を知ってる訳ではないのだ。光が口ごもったところでジェオがその続きを

引き取った。

 「俺たちはお嬢ちゃんが何を考えてそう決めたのかをちゃんと知ってる。だから旧来の制度の復活もありえないと

解ってる。けどな、決めたのがお嬢ちゃんなら、お嬢ちゃん次第で何とか出来ると考える手合いも中にはいるんだよ」

 「私次第…?」

 「『みんなで支えること』を選んだのがお嬢ちゃんなら、また『一人で支えること』を選ぶことも出来るんじゃないかってな」

 「…私は、一人でなんか出来ないよ」

 一人きりで世界を支えたあの姫と同じように、追い詰められてまた新たな魔法騎士を招喚する……?そんな事態を

引き起こす訳には絶対にいかなかった。想像したこともない悪意を思い知らされて戸惑う光に、ジェオがさらに追い

討ちをかける。

 「極端な話、言うことをきかせられなきゃ、手っ取り早く生命を奪ってやろうなんて不届き者もいるかもしれん。その

次の座を狙ってな」

 エメロード姫の消滅とともに結界は消え、三国との戦いの間、迎え撃って出たのは光たちの魔神であって、その

魔神もすでにない今となってはセフィーロは丸腰といえた。親衛隊(柱はいなくとも名称はそのまま使っている)はどう考えても

地上戦力で、そこまで攻め込まれてしまったらもう本土決戦状態だ。第一、人や魔物・魔獣とは互角でも、戦艦や

ファイターメカと戦えというのがどだい無理な話だった。

 「…私に張れるかな、結界…」

 「これからのセフィーロは皆で支えていくのだから、ヒカル一人で抱え込むことはない」

 「だけどFTOやNSXみたいな機動力のある敵が来たら確かに困るよね。もう魔神もいないし」

 「だろ?それに何も敵性勢力の心配ばかりでもないんだよね」

 「四カ国間の交易にオートザムが供出した輸送艦FUNCargoI〜VIが就航してるんだが…」

 「それは知ってるよ。結婚式の案内状載せたライナーのことでしょ?」

 小首を傾げた光にザズが首肯して答えた。

 「それそれ」

 「基本的には自動運航してるが、旅行者なんかがいれば乗員も同行する。で、そのFUNCargoがセフィーロ近辺で

トラブった時に困るんだよ」

 「なにしろオートザム一を誇るNSXが最大戦速でぶっ飛ばしても、結構な時間がかかるからね」

 「えーっと、三国ではファーレンが一番遠いんだっけ…?」

 去年新婚旅行でファーレンを公式訪問した風が、「往復だけで地球なら世界一周ツアーに参加できそうでしたわ」と

笑っていたのを光は思い出していた。

 「チゼータがファーレンより多少近いぐらいだな」

 光の問い掛けにランティスが頷いた。

 「ランティスやごく一部の魔導師は単独じゃ渡れても、立ち往生した輸送艦引っ張るなんてのはホネだろう?かと

いって独立国のセフィーロに他国の艦隊を常駐させる訳にもいかねぇ」

 「オートザムから艦船だけ供出してもセフィーロには運用できる人材がいないし、乗員育成するのも大変なんだよ。

それに艦船はメンテナンスも手間がかかるし、エネルギーの消費もバカにならないんだ。その点FTOならスタンド

アローンでもかなりの戦力になるし、もちろん馬力もあるからね。艦船に比べりゃコンパクトだから、多少のことなら

修復魔法でいけるんじゃないかって話だし」

 ザズは自慢げに鼻の下を擦っている。

 「少なくともランティスはイーグル並みに乗りこなせるし、ご懐妊中の妃殿下はともかく、お嬢ちゃんたちも適性は

あるんじゃねぇか?」

 何の気無しにそういったジェオの言葉を、ランティスが言下に否定した。

 「ヒカルたちは乗せないと言った筈だ!」

 「ランティス…」

 強い語気で言い放ったランティスを戸惑い顔の光が見上げた。剣術は光が子供の頃から慣れ親しんだ剣道に近い

物だからランティスも取り上げようなどとは思わないが、FTOは基本的に戦う為の機体だ。彼女たちでなければ纏え

なかった魔神がいずこかへと消えたいま、光たちを戦いの駒にするのはもうまっぴらだった。それはなにもランティス

ばかりでなく、クレフやフェリオたちにも共通した思いだった。

 ここで離したら適性テストに連行されるといわんばかりに新妻の肩をぐっと抱いているランティスの手に、光の小さな

手が重ねられた。

 「ランティスはもう私たちを戦わせたくないと思ってるんだろうけど、もしも誰かがセフィーロの人たちの暮らしを脅かす

なら、私は何度でも剣を取るよ。私が生まれた日本は憲法上『戦争放棄』を謳ってるけど、それでも自衛隊っていう

陸・海・空の戦力を持ってる。もっぱら災害救助なんかに駆りだされることが多いんだけど…。実戦経験のない自衛隊を

『抜かずの剣こそ平和の誇り』って言い表わした人がいるけど、その通りだと思うんだ。FTO−ψが『抜かずの剣』で

済めばそれが最高だけど、手にしたことのない剣じゃ使いこなせないでしょ?これからのセフィーロはみんなで支えて

いくんだから、私も数のうちに入れてほしいな」

 「ヒカル…」

 「お前の負けだ、ランティス。お嬢ちゃんの言い分には文句のつけどころがねぇよ」

 そうは言われても、どこの世界に愛する女を進んでファイターメカに乗せたいと思う男がいるだろうかと、なおも

ランティスは渋っていた。

 「ヒカルの適性と言っても、一からレクチャーする時間はないし、タンデムのTypeミラージュがロールアウトしたという

話も聞いてないが…」

 ランティスのように操縦も魔法も一人でやってのけられる者は少数派だろうと目されていて、二人一組で運用する

為のFTO−ψ Typeミラージュと名づけられた複座型≪タンデム≫は、つい最近図面が引かれたばかりだった。

 「別にタンデム機じゃなくたって、お嬢ちゃんぐらい膝に乗っけて飛んでみりゃいいじゃねぇか。コンバットフライトする

訳じゃないんだからよ」

 「…っ!」

 いったい何を言い出すのかとランティスが文句をつける前に、光の方が歓声をあげた。

 「やったぁ!一緒に乗せて貰えるの!?魔神とどう違うのか、一度でいいから見てみたかったんだ、あれ」

 「…どうしてあんなものに乗りたがるんだ…」

 オートザムに滞在していた頃、ランティスはなにも好きこのんでFTOに乗っていた訳ではない。腕に覚えのある、

いわば流れ者のランティスが職を得るには傭兵ないしは軍人稼業というのが一番手っ取り早く、そのために必要と

言われたから乗ってみたに過ぎない。正直言って乗り心地のいいものでもなく、嬉々として乗りたがる妻の気持ちが

さっぱり解らなかった。

 「だって、子供の頃に兄様たちと見てたロボットアニメを実地でやれるんだもん!魔神よりずーっとメカっぽいしね。

日本じゃまだああいうの実用化されてないから、兄様たちに自慢出来ちゃうよ。ここまで来るのにNSXに乗ったのだって

結構自慢できるんだけどね。えへっ」

 意外な一面を見た気がして茫然とするランティスだったが、すぐにあることを思い出し内心でため息をついた。

 『…そういえば、…じゃじゃ馬だったな…』

 もう少ししっかり手綱を握っておかないと、とんでもないところに駆けていってしまうかもしれないと、ランティスは

肝に銘じていた。

 

 

 

   

 

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FTO−ψ…セフィーロ配備用に開発中のFTOノートゥング(霊剣)モデル。FTOをベースとして操縦者の魔法使用を前提に設計されている。

                 ψは超能力者全般を意味する言葉 psi から。トヨタ SAIとのひっかけ。オートザムのものから見れば、魔法も超能力も同じような

                 ものらしい。

ガイア…セフィーロ各地に点在するずば抜けて魔法増幅力の高い場所。セフィーロ城があるのもそのひとつ。トヨタ ガイアより。

輸送艦FUNCargoI〜VI…オートザムから供出された自動運航可能な輸送艦。大掛かりな交易の足がないセフィーロと三国の間に運航されたのが

               始まり。今ではチゼータ、ファーレン、オートザムの各国間でも運航されているので全6航路ある。

               FUNはFo(u)r United Nations の略称 トヨタファンカーゴより。

抜かずの剣こそ平和の誇り…新谷かおる氏(原作:史村翔氏)の『ファントム無頼』の神田二尉の名言。

FTO−ψ Typeミラージュ…FTO−ψのタンデム仕様(単独操作も可能)。フランス ダッソー社のミラージュ戦闘機(一部に複座あり)と

                 三菱 ミラージュより。 

 

 

                                          

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