7月 5日 vol.5              

 

 

 ――オートザム標準時1910、ノマド時間1840――

 

 廊下の窓から煌々と照明の灯る基地を見遣る。軽巡航艦ストーリアへと避難民を運ぶシャトルが行き来するのを

眺めたあと、書庫に戻りかけたランティスが怪訝な面持ちでまた視線を窓の外に向けた。

 「…」

 ふとここにあるはずのない気配を感じたように思ったが、寝不足続きでそのまま徹夜をしていては、どこか感覚も

おかしくなっているのかもしれないとランティスは小さくため息をついた。歩き出そうとして、今度は確かな人の気配に

振り返った。

 「シャトルで上がったんじゃなかったのか?」

 「一度は上がったんだがな…、お前に直接伝えなきゃならんことがあって降りてきた。――あのなランティス、その、

お嬢ちゃんのことなんだが…」

 脂汗を流していないのがいっそ不思議なほどしどろもどろなジェオの代わりに、ランティスが静かに言った。

 「イーグルが連れてきたのか…。いや、ヒカルが無理を言ったのか」

 そう言ってはみたものの、NSX単独でのセフィーロ侵攻時と違い艦隊単位での作戦行動中に民間人の光を帯同

したりすれば、ますます大統領令息への風当たりが強くなるだけだ。イーグルが光に弱いのは判っているが、こんな

危険な場所に連れてきたがる男ではないことも知っていた。

 「いや、なんつーか…。レッド・アラート発令直後に別邸からいきなり姿を消したらしい。物のたとえじゃないぜ。

イーグルとレディ=エミーナの目の前から掻き消すように消えちまったんだそうだ。最後にイーグルが確認したのは

30分くらい前、ノマドの直近だ」

 「…転移魔法は使えないはずなんだがな」

 「殻円防除だって使えなかったのに使ったんだろ?」

 ランティスは大きく息を吐き出した。

 「それなら間違いない。ヒカルはもうここにいる」

 「お前でも来たのに気づかないとはね」

 「少し気配が違うし、思い違いであってほしかったんだが…」

 「気配が違う、か…。イーグルは未確認なんだが、その直前にウイングロードの艦長に目撃されててな。お嬢ちゃんには

連れがいる」

 「連れ?」

 怪訝そうなランティスにジェオはオッティから電送されたデータのプリントアウトを見せた。

 「ラフなスケッチだが、だいたいそんな感じらしい。透けて見えてたそうだ」

 赤みがかった栗色の髪に、光と同じ紅い瞳。子供の頃に見たあの女性によく似た顔立ち。≪柱≫の試練を越えられずに

消えた≪世継ぎ≫――光の結婚指輪の石の本来の持ち主と思われる女性。

 「…グロリア姫、か…」

 「心当たりがあんのか?」

 「かもしれない、という程度だ。もしも本当にその人なら、ヒカルを連れてここへ来るだろう」

 意味ありげなランティスの言葉が気にはなったが、あまり時間もないのでジェオはそれを諦めることにした。

 「そろそろイーグルが到着する頃だ。俺も上がってくる」

 「ああ」

 

 

 ――オートザム標準時1950、ノマド時間1920――

 

 ひと足先に天蓋外殻の補修にかかっていたイーグルのFTOを見て、ストーリアから発進してきたGTOのジェオが

苦笑した。

 「気分はお絵かきだな。にしても、何なんだこりゃ。GTOがでっかい荷物つきで驚いたぜ」

 『中央研究所で極秘裡に開発中だった流体硬化テクタイトです。本来はFTOなどの機動兵器の装甲強化用らしい

ですが、使える物なら何だって使いますよ。スプレーガンのほうが広範囲に撒きやすいでしょう?』

 噴霧しては角度を変えて確認しつつ作業を進めているFTOは、さながら白いスモック姿の画伯だった。

 「中央研のブツねぇ。よくそんなもん知ってたな」

 『教えてくれたのはザズですよ。おしゃべりは手を動かしながらにしませんか』

 「わりぃ。操作方法は…っと、なるほどね。俺は第四エアロック側の亀裂から修復にかかってくる」

 『ジェオ。…嫌な仕事を押し付けてすみませんでした』

 「気にするな。あのお嬢ちゃんならきっと大丈夫だって」

 『異世界に消えるはずだった僕を、この世界に連れ戻ってくれた女性(ひと)ですから…』

 「だから今度は、俺たちがあいつらを無事セフィーロに帰してやらなきゃな」

 『そうですね。向こう側、お願いします』

 その言葉を合図にGTOはバーニアを全開にして離れていった。

 

 

 ――オートザム標準時2200、ノマド時間2130――

 

 書庫でじっとしている気分になれず廊下の窓から作業中のFTOを見上げているランティスのところに、ノーマル

スーツのヘルメットを外したままのティーダが駆けてきた。

 「ティーダ、まだいたのか」

 「そりゃ患者がいるからな」

 他の患者ら同様メルツェーデスを避難させることも検討されはしたが、大量の彼の蔵書を一緒に動かすことが

出来ずに、ランティスがここで護ることになっていた。

 「すまない」

 「すまないのはこっちだ。退避命令が出たからって、患者ほっぽりだして医者が逃げちゃあね。それより、彼が

覚醒したみたいなんだ」

 余命幾許もないメルツェーデスの傍にいても医者が出来ることはほとんどなく、だからこそ新婚旅行もそっちのけで

ランティスがここまで来たのだ。

 「メルが…?」

 たくさんのチューブで機械に繋がれたメルツェーデスは、殻円防除を維持し続けることで手一杯のランティスには

隣の部屋にいてさえ感知しきれなくなっていた。

 先に病室に駆け込んだティーダが「あんた誰だ?!」と声をあげる。ベッドの傍に佇む熱を持たない黄金色の炎に

包まれた人の姿にランティスは茫然とした。

 「ヒカル…」

 いくら限界一杯だからとはいえ、こんなに間近にいて光の気配を感じ取れないなど考えられなかった。誰何(すいか)

された光がランティスとティーダにぼんやりとした視線を向ける。

 ≪あな…た、だ…れ…?≫

 光のようでいて、違う誰かのような声は、光に影を重ねている者の声なのだろうか。

 「あんたの知り合いか?なぁランティス。俺の目か頭が変になっちまったのかな。あの人が宙に浮いてるみたいに

見えるんだが…。ついでになんかダブってるし」

 「確かに少し浮いてるな。あれは…俺の妻だ。透けているほうは知らん」

 「嫁さん?!いま、『誰?』とか言われてたじゃないか」

 『ここまでくる転移魔法の為にグロリアがテイクオーバー(乗っ取り)したんだ。だからグロリアのほうが前に出てる…』

 ずいぶんと昔、まだ子供だったランティスが聞き慣れたメルツェーデスの声が、鼓膜を通さず直接頭に響いていた。

 「メルツェーデス…。ヒカルに何をした!?」

 『ひさかたぶりだっていうのにご挨拶なヤツだ。それにしてもあのちびがでっかくなったもんだな。セフィーロもずいぶん

変わったようだし…。とりあえず、そのうるさいの、止めてもらっていいかな?そこの君』

 自分が言われたのだと気づいて、ティーダが慌てて枕元で流し続けていたライブラリーリーダを止めた。

 「うるさいといいつつよく寝ていたな。そんなことより、これはメルの差し金なのか?」

 『差し金とは人聞きが悪い…。来てほしいとは思ったが、こういう形になったのはその二人の選択だ。二人ともが

ここへ来ることを望んでいた。しかしいまのグロリアにそこまでの力はない。そしてそれは力があるのにまるっきり

使いこなせてない。だからグロリアがそれの身体を使う格好で魔法を発動した。…それだけの話だ』

 「それ呼ばわりはやめてもらおう。ちゃんとヒカルという名前が…」

 ランティスがそう言いかけたとき、本震並みの余震がノマドを襲った。ティーダのほうに倒れ掛かった大きな医療機器を

支えてやりながらランティスが振り返ると、光の姿がゆらりと消えていくところだった。

 「ヒカル!?」

 姿を消した光の気配をどんなに探ってみても、少なくともランティスが張り巡らせた殻円防除の内側には居なかった。

 「ヒカルをどこへやった…?」

 怒鳴りつける訳ではなく、腹の底から絞り出すような低い声にランティスの怒りが滲んでいた。

 『だから俺がどうこうしてる訳じゃないって言ってるだろう。今の余震で天蓋が崩れ落ちかけてるから支えに行った

ようだな。お前の壁の外にいる』

 「今この街はランティスの壁で護られてるんだ。その外なんて…そこは汚染大気が入り込んでる場所じゃないか!」

 『まぁ少しの間ならグロリアが護るさ。もたもたしてるほど時間はないがな。下手に開いた場所を残してると弱いん

だろう。「天蓋全部に≪うわぐすり≫をかけて閉じてしまえ」と外の連中に伝言に行ってくれないか?そのあとはこっちで

何とかするから、と。通信機を使うとコイツが壁を維持しきれなくなるんでね』

 「しかし俺の仕事は…」

 渋るティーダにメルツェーデスは穏やかに告げた。

 『これでも自分の状態ぐらいは解ってる。残りの時間…やりたいようにやらせてくれ』

 ここにこのまま残っても自分がしてやれることがないのを充分に知っていたので、ティーダはその願いを聞き入れる

ことにした。

 「判った。シャトルで上がって伝言してこよう」

 ティーダはふっきるように病室から飛び出していった。

 「勝手に話を進めて…。全部閉じて、中の汚染大気をどうするつもりだ」

 『浄化すればいい。その為にお前、ずっと魔導書書き取ってたんだろう?』

 「あれが完成してるなら魔法伝承で…」

 『光属性だからお前じゃダメだ。無理にやってもこの周辺が丸ごとふっ飛ぶぞ』

 悪い予想が当たったことにランティスは奥歯をぎりっと噛みしめた。

 「なら、メルがやるのか?セフィーロから導師を呼ぶのでは時間がかかりすぎる」

 『何を寝ぼけたことを…。何の為にあれを呼んだと思ってる?お前に逢わせる為じゃないぞ』

 「寝言は寝てる間に言ってもらおうか…。ヒカルに光属性は使えない」

 『やれやれ。寝言を言ってるのはお前だ。全然使い物になっちゃいないが、あれはセフィーロの≪柱≫だ。生まれが

生まれだからちょっと毛色は変わってるみたいだが、柱である以上はオールマイティー(全属性使い)なんだよ』

 「ライブラリーで今のセフィーロの状況も聞いていたんだろう?!セフィーロにはもう柱は…」

 『自己欺瞞だと解ってるって顔してるぞ。確かに先代までと違って一人で支えてる訳じゃないんだろう。お前という

伴侶を持つことも出来たんだしな。けどやっぱりセフィーロの中心にいるのはあれだ。それが解っていながらクレフも

お前も≪あれをセフィーロの為に使うこと≫に躊躇いがあって、あれの力のコントロールをなおざりにしてきたから

世界のバランスも悪いまんまなんだよ。あんなに≪使えない柱≫なんて前代未聞だ…』

 ずけずけと言いたい放題なメルツェーデスの言葉の数々が核心を突いていただけに、ランティスは返す言葉もなく

拳を握り締めていた。

 

 

 

 天蓋外殻の補修作業を進めるFTOとGTOにもクラス6の余震がキャッチされたとき、ストーリアからようやく到着した

ウイングロードに移乗したザズからの通信が入った。

 『イーグル、ジェオ!いまの余震でまた亀裂が増えちまった。天頂方向がもうもたないよ!』

 『ちくしょう、二機じゃ追いつきゃしねぇ』

 ジェオの苛立ちはイーグルのものでもあった。ストーリアに新型を置いてはいるが、流体硬化テクタイトのタンクと

スプレーガンが2セットしか用意できなかったので、実際作業に当たれるのはFTOとGTOだけだった。

 『イーグル!いまストーリアから入電した。「開いてる部分があることで弱くなるなら、いっそ全部覆っちまえ」と

下で言ってるらしい』

 「『覆ってしまえ』って…入り込んだ汚染大気ごと、ですか?」

 『それは「こっちでなんとかする」と≪眠り姫≫が言ってたんだそうだ』

 オッティからの通信にイーグルが思案顔になった。

 『うわっ、なんだよこんな時にっ!モニターが…』

 ザズの声のうしろでウイングロード艦橋内のざわめきが聞こえていた。

 「どうしたんです?オッティ」

 『ちょっと待ってくれ、イーグル。――ストーリアと、ウイングロード以下十隻のノマド上空待機中全艦艇のモニターに

障害が起きてる。原因は不明。音声は問題なさそうだが、映像がイカれちまってる』

 「全艦、ですか…。オッティ、避難状況はどうなってます?」

 『各艦が今出てるシャトルを収容すれば完了だ』

 「それではシャトル収容後、ストーリアを含め、艦隊は一時ここから退避してください。あとはこちらで引き受けます」

 『…了解』

 オッティとのやり取りの間にジェオから特秘回線でギアに入った通信に目を通したイーグルが、補修作業を進める

かたわらで天頂付近をフライパスした。

 「――見せたくなかったのは、これだったんですね…」

 ひび割れて今にも崩れ落ちそうな天蓋外殻のすぐ近くで、両手で押し返すような姿をした光が支えていた。ノーマル

スーツ無しではいられないはずの汚染大気の中で、光の身体はぼうっと輝いていた。

 「魔法で身を護ってるのか…。だけどこんなところに出てくるなんて、無茶なことして…」

 いつまでも光をそんな場所にとどまらせる訳にはいかない。もう彼らの提案に乗ってみるしかイーグルにも打つべき

手段はなかった。

 「ジェオ!天頂付近を固めたあと、残りの部分にも噴霧して天蓋外殻を強化してください」

 『了解っ!急いでやらないとな』

 

 

 

  

 ――オートザム標準時2305、ノマド時間2235――

 

 『もうじき向こうの作業も終わるな…。ここに来た時、グロリアに伝承しておいたから、天蓋が閉じたら始めるだろう』

 ランティスが病室に飛び込んだ時に見た光を包んでいた黄金色の炎――あれは光属性の魔法伝承だったのだ。

正確には光ではなくグロリアに伝承したようだが、結果的に使われるのは光自身の力だ。しかもその属性の魔法を

使ったことのない光の心に強引に押し入って、勝手にその力だけを利用するとメルツェーデスは言っているのだ。属性

魔法の中でも別格の光属性を、こんなに急激に、無理やりに使わされたりしたら精神崩壊を起こしてしまいかねない。

それでもこの街を救うためだと言われたなら、光が拒めないだろうというのがなお悪かった。

 光が事故に遭った時に使った殻円防除や、首都からここまで来るのに使った空間転移魔法のような無属性魔法なら、

使える上級者が補助しながら初心者の心身を少しずつチャンネルが開きやすいように馴らしていくというのも確かに

ひとつの手段ではあった。

 だがそんな時間の猶予もなくグロリアが立て続けに光をテイクオーバーし(乗っ取り)続けた為に、ここに来た時の光は

ランティスのことさえ解らなくなっていた。

 『テイクオーバーも何度もやると上書きされるっていうしな……。グロリアが連れて行かれた異世界から来たんだろ?

紅い髪に紅い瞳のセフィーロの≪柱≫…。案外生まれ変わりなんじゃないか?』

 「たとえどんなに姿が似ていようが、ヒカルはヒカルだ!勝手なことを言うな」

 『精神崩壊起こすよりは、テイクオーバーのほうがまだマシだろうに…。運が良ければ、あれの意識も少しは残るさ』

 「ヒカルは誰にも渡さない。誰にも傷つけさせない」

 『そうは言っても、悠長に構えてるほど余裕はないぞ。どうする気だ?』

 「…俺が行く」

 光の心が土足で踏みにじられるのを黙って見過ごすことなどできない。心ならずも光のことを他人に委ねるのは、

ランティス自身の力が及ばなかった時だけだ。

 『ここを護るだけで精一杯の癖に、相変わらず頑固なヤツだ』

 くすりと小さく苦笑したメルツェーデスは、「絶対に精獣フェラーリ≪跳ね馬≫と契約する!」と言い張ってきかなかった

幼いランティスを思い出しているようだった。

 『仕方がないな…。お前自身の魔法が綻びないように、意識をしっかり保っとけよ。あそこまで飛ばしてやる』

 「…メル?」

 メルツェーデスが紡ぎだしたのはのは、彼が知るはずもないいにしえのセフィーロ語の呪文(スペル)だった。呪文の

始まりとともに軽い金縛り状態になっていたランティスがドンっと背中を突き飛ばされた。ランティス並みにガタイのいい

ジェオやラファーガに全力で不意打ちのタックルを食らってもこんなには衝撃を感じないだろう。ふとメルツェーデスの

ほうを見ると、彼の右手の黒耀石の指輪に手を重ねる薄茶の髪に黒い瞳の女性がいた。その姿は光に影を重ねていた

グロリアのようになかば透き通っていた。

 『あ、もしかして私を見て硬直してる?私、サプリーム。先々代の神官になりそこなったトーラスの魔導師でーす。

それにしても、メルってばやることが乱暴だよ。自分で使ったこともない魔法いきなり他人に使っちゃうなんて…。

ねぇ、大丈夫?気分悪くない?』

 『むしろお前のその自己紹介に呆れてる気もするがな、サピィ。コイツが俺にやったメディテーションに較べりゃ、

至極かわいいもんじゃないか。クレフに聞いてはいたが壊滅的に下手だな、お前…』

 光とセッションするようになってから人並みには上達して、昏睡状態にあったイーグルを起こせるまでになったのに、

ずいぶんと酷い言われようだと顔を背けてランティスはギクリとした。

 自分がグロリアやサプリームのように透けていて、はっとして振り返るとそこに彫像のように動かない自分の身体が

あった。

 「これは…幽体離脱か…?」

 『幽体離脱だかリダレーンだかアストラル体分離だかよくは知らんが、その状態ならあの場所まで行けるだろう。

とっととあれのチャンネルを開いてこないと、グロリアが勝手に使うぞ』

 『だけど大丈夫かな…。グロリアってば相変わらず人見知りっぽいし。彼が行ったら、あの子連れて逃げ出しちゃう

かもしれないよ』

 『――そこにいるんだろう、シルフィ。手を貸してやってくれないか』

 『思い残したことはないつもりだったのに、こんなところに囚われているようじゃ駄目ね』

 いつの間に姿を現したのか、亜麻色の髪に蒼い瞳の先々代の≪柱≫が実体のほうのランティスの結婚指輪の石を

指先で弾いていた。いわくつきの魔法石どころか、こんなとんでもないモノが憑いていようとは、寄越した導師も想像だに

しなかったに違いない。

 『まさかオートザムで四人が勢揃いしちゃうなんてね』

 クスクスと楽しげに笑うサプリームにメルツェーデスが釘を刺した。

 『笑ってないで、俺の不肖の弟子のサポートよろしく』

 『はいはい。うちのお祖母様の故郷を守る為だしね』

 『シルフィはグロリアの説得を』

 メルツェーデスの言葉にしばし考え込んだシルフィがランティスを真正面から見据えた。

 『精神崩壊は論外だとしても、いっそグロリアがテイクオーバーしたほうが、セフィーロ全体としては安定していくと

思うのだけど…。毛色の違うあの子をどう導いたらいいのか、クレフにもあなたにも正直解らないんでしょう?』

 それはかつてセフィーロを支えていた者の、冷徹だが忌憚のない提言だった。

 「たとえ世界が少々バランスを欠く状態になろうとも、セフィーロの為に一人を犠牲にするようなやり方は二度と

選ばないと決めている。その点への口出しは控えて貰おう」

 元≪柱≫への畏敬の念も遠慮会釈もないランティスの言葉に、シルフィはくすりと柔らかな笑みを浮かべた。

 『「メルチェーデシュ」なんて言ってた舌っ足らずのおちびさんが、一人前の口をきくようになったのね。メルより大きく

なっちゃって…』

 拝謁を賜わったことはないが、何しろ相手は元≪柱≫だ。一度は将来を誓い合ったメルツェーデスの動向が気に

ならないはずはなく、彼が剣の手ほどきをしていた子供を記憶していても不思議はない。ただ大の男が二言目には

『あんなに小さかったのに…』などと言われてしまうのは、特にランティスのような性格では居心地が悪いことこの上

なかった。   

 

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