7月 5日 vol.4              

 

 

 ――オートザム標準時1605、ノマド時間1535――

 

 「・・・グルっ!?おいっ、イーグル、いいかげん起きろっ!!」

 ハッとして目を開けると、心配そうなオッティがイーグルの二の腕を掴んで身体をゆさゆさと揺さぶっていた。

 「オッ…ティ…?」

 「だぁぁ、脅かしやがって・・。そろそろタウンビーに差し掛かるからと思ってインカムで呼んでも返事がないし、また

発作が起きたのかと思って寿命が縮まったぜ…」

 オッティが抑えていた両腕を振り払うようにして起き上がると、イーグルは思わず自分の両の手を確認した。少し

汗ばんではいるものの、血に汚れてはいないことに安堵のため息が零れる。

 「…夢か…」

 それは、もしかすると『あったかもしれない現実』。そんな選択肢が現実にならなかったのは幸運に過ぎないのだから。

 オッティはベッドサイドに備え付けのドリンクサーバーでスポーツドリンクをチョイスすると、イーグルに差し出した。

 「酷い寝汗だな。『…嫌な夢を見たときは≪バク、バク、バク≫って言いながら、枕を三回叩くといいんだ』とさ」

 スポーツドリンクを一気に飲み干したイーグルは、オッティの謎の言葉に苦笑した。

 「何ですか、それ…」

 「ヴィーが読んだチキュウの本にそんな話が出てたらしい。バクってのは人の夢を喰う生き物なんだと」

 「…チキュウの慣習なんですか…」

 しばらく考え込んでいたイーグルがやにわに上体を捻り、「バク!バク!バク!!」といいながらオッティの枕を

ぼすぼすと叩いた。

 「そりゃ叩くっつーより殴ってるんじゃね?俺の枕だぞ」

 「すみません。あんまり夢見が悪かったんで」

 オッティはチェストからタオルを取り出しすとイーグルに投げ渡した。

 「相当うなされたみたいだな」

 「僕が…自分の手でヒカルを殺していたんです」

 目をぱちくりさせたオッティが苦笑いで答えた。

 「あー・・、彼女を幽霊呼ばわりしてたせいか?悪い悪い」

 「いえ、違います。9年前、確かに僕は彼女を殺そうとした瞬間もありましたから」

 9年前というキーワードにオッティがぎくりとする。女子供に手を上げるなどということのないイーグルが生命まで

奪おうとした女性…。セフィーロの魔法使いが伴侶に選んだという相手……。

 「彼女がセフィーロの…」

 事件性はなさそうだとはいえ、丸一日も消息の判らない女性を公開捜索に踏み切れないのも道理だった。そんな

人物がこのオートザムで行方知れずになっているなどと知ったら、強硬派の暴走は目に見えている。古参幕僚たちの

いる前で、イーグルが詳細を話さなかった訳をオッティはようやく得心した。特に指示はなかったものの、オッティの

独断で『来訪者捜し』をキャプテンズオンリーにしたのは大正解だったようだ。

 「なぁイーグル…。セフィーロの物語はあの戦いのあと俺も結構読んだ。先の姫君の悲劇がノンフィクションだとして…、

セフィーロのあり方をあれほどドラスティックに変えた人物なら、少々のことじゃへたばりゃしないと思うぜ?」

 「オッティ…」

 「あの魔法使い以来でお前のFTOをキズモノにしたのも、そうなんだろ?」

 「本当にいやなことを覚えてる人だなぁ。そうですよ。ヒカルはとても可愛いけれど、結構手ごわい女性(ひと)なんです」

 「お前を袖にするような女、オートザムじゃ見ないからな。世界一手ごわい女じゃね?」

 おどけてウインクしたオッティの鳩尾に、立ち上がりざまのイーグルのボディブローが炸裂した。

 「げっ!……お前…本気で、殴るな…」

 「世の中には思ってても口にしちゃいけないことがあるって知ってますか?オッティ」

 「・・・・さーせん(すみません)・・・」

 「咄嗟に腹筋絞ってたからホントはそんなに入ってないくせに」

 「ぬかせ…っ!ほえほえした顔で氷柱三段割りかます男がマジになってたろ!」

 「いえいえ。まだ起き抜けですから。さて、行きましょうか」

 「おう」

 オッティはまだ鳩尾のあたりをさすりながらさっさと出て行ったイーグルの後を追った。

 

 恐ろしくエネルギーを喰うΣユニットの急速チャージの為にペースダウンしているウイングロードとクロスロードを置いて、

巡航艦ロードスター以下8隻がやや先行していた。

 「先行中のロードスター以下8隻に異状ナシか…」

 ギアに各艦艦長から特秘回線で定期的に入ってくるメッセージを確認して、オッティが肩を竦めた。

 甲板を行き来するピットクルーらの耳をはばかって抽象的にそう言ったオッティに、イーグルが尋ねた。

 「ロードスターで、いま、ノマドとタウンビーの中間ぐらいでしたか」

 ギアの表示データをイーグルに転送しながらオッティが頷いた。

 「ちょいノマドよりだな…。いざとなったら、ノマドの避難民を載せたままタウンビーに寄港したっていいじゃないか。

焦るな、イーグル」

 オッティはさりげなさを装いつつも、『大丈夫だ』というようにイーグルの肩をがっしりと掴んだ。

 「そうですね。まずはノマドをなんとかしないと…」

 二人のいる場所に駆けてきたピットクルーが敬礼しながら申告した。

 「GTO、新型ともにΣユニットのチャージ完了しました!」

 「よしっ!待たせたな、イーグル」

 「ありがとうございます。それじゃあ、先に行きます。すっからかんになったらユニットを放り出しますから、回収

お願いしますね」

 「了解。貴重な試作品を使い捨てちゃ、工廠長に絞められっからな。ちゃんと拾ってくよ」

 コクピットに駆け上がったイーグルに敬礼して、オッティが艦内に駆け戻る。それを確認して、イーグルは三機を

一斉に起動しウイングロードから飛び立っていった。

 

 「こちら、ウイングロード。Σユニットのほうは順調か?」

 『FTO以下三機、問題ありません。申し訳ありませんが、そちらからノマドのジェオを呼んで貰えませんか?GTOに

搭乗して貰うのにシャトルで出てきてほしいんですが、ギアで呼んでも応答がなくて…。ドーム内にとどまってるなら、

誰かに呼びに行って貰えないかと』

 「了解」

 

 

 

 

 

 ――オートザム標準時1745、ノマド時間1715――

 

 ランティスの負担を少しでも軽くする為にギアやヘッドセットを外したまま一時避難の民間人の整理を手伝っていた

ジェオを、ストーリアのデッキクルーがようやく見つけてイーグルの伝言を伝えた。デッキクルーに「次のシャトルで

上がる」と返事をして、ジェオは書庫のランティスのところに顔出しした。

 「ったく、無理しやがるぜ…。イーグルのヤツ、工作艦がわりにFTOとGTOを引っ張って来やがったらしい。おっつけ

到着するはずだから、俺も上がって天蓋外殻ドームの補修に回る。だからもう少しこらえててくれ」

 「無茶なことを…」

 「全くだ。ケリがついたら強制的に休職処分にしてもらうよ。そうでもさせなきゃ、休みゃしねぇ」

 「イーグルの経歴に瑕(きず)がつくぞ」

 「それを補って余りある手柄は立ててるさ。じゃな」

 書庫を出ていくジェオを見送り、ランティスはひとりごちた。

 「それが済んだら、俺のほうだな」

 持久戦の挙げ句に限界以上のミッションを要求されているが、失敗することは許されなかった。

 

 

 

 

 

 ――オートザム標準時1835、ノマド時間1805――

 

 ウイングロードでの急速チャージ分を使い果たす頃には、先行していたロードスターに追いつくところまで辿りついていた。

 「いまだにオッティからの知らせもない…。ヒカル…、いったい貴女はどこに…?」

 その呟きを聞いていたかのように、オッティの押し殺したささやきがギアから届いた。

 『お待ちかねのお客様がお見えだが、艦長室だな。ちょいとデートのお誘いに行ってくる』

 「いまどこにいるんです?オッティ」

 『第一級戦闘配置中だぞ。艦橋に決まってる』

 第三者に知られないように事を運ぶとなると、自分で動き回るしかない。副長以下自分のクルーを信じていない訳では

ないが、物事を秘匿する為には関係者は少ないほどいい。

 「ナンバーワン、しばらくここを頼む」

 「…了解しました」

 さすがにこの状況下では少々驚いたようだが、オッティと組んでから長いので、察して頷いてくれた。ここでぐだぐだごねる

ヤツじゃなくて助かったと安堵の息をつきつつ、オッティは艦橋を後にした。

 戦闘配置中の帰室に驚く艦長室の立哨を追い払い、オッティは呼吸を整え、インカムでイーグルを呼んだ。

 「これから艦長室に入るから、お前、そこで立ち会えよ」

 『はい?』

 「いや、密室に女性と二人きりはマズイだろが」

 『ヴィーと提督、それからランティスには黙っておきますけど?』(…には?)

 こんな状況下にくすくす笑っているイーグルに、オッティがしかめっ面をした。

 「いいから立ち会えって」

 『はいはい』

 自分の部屋だというのに、これ以上は無理と言うぐらい静かにドアを開ける。中からぼそぼそと話し声が聞こえてきて、

オッティが首をかしげた。

 「何か話してる…。反応はヒカルさん一人分だったんだがな」

 立哨がいて鍵も掛かっていた場所に入り込んだのだから、その誰かもやはり魔法で入ったのだろうかと考えつつ、

さらにドアを開く。そこにはデスクのフォトフレームをじっと見つめている者たちがいた。一人は間違いなくイーグルの

捜していた女性だが、真っ白なドレスを纏った赤みがかった栗色の髪の女性が光と重なるように透けていた。

 『…結婚式だ…』

 ≪ケッコンシキ・・・?≫

 『結婚ってね…≪大好きな人とずーっと一緒にいる≫って…約束することなんだ。結婚式っていうのは…、その約束を…

みんなの前ですることだよ。私も…式を挙げたばかりで…』

 ≪好きな人と・・・ずっと・・・一緒に・・・≫

 人ならざる者を目の当たりにしてしばし我を忘れていたオッティは、ヘッドセットのカメラをその二人に向けたまま

ゆっくりと声をかけた。

 「はじめまして、ヒカルさん。貴女の友人のイーグルが心配していますよ」

 光は少しぼんやりとした視線をオッティに送ったが、その透けた女性のほうが明らかに怯えて光の背中に隠れて

しまった。

 ≪もう・・行きましょう≫

 『そうだね…。少し、休めたし…。お邪魔…しました』

 律儀にそう言ってオッティに軽く会釈をすると、光は幻の女性と一緒にゆらりと消えていった。

 「――あっ!・・・すまんイーグル、逃げられた。ヒカルさんはともかく、あのもう一人はホンモノ…だったよな…??」

 『もう一人?こちらにはヒカルの姿しか送られてませんが…。誰か同行者がいたんですか?ノイズが酷くて音声が

あまりよく解らなかったんですが…』

 「なんか俺、幽霊に怯えられた気がするし」

 オッティがそうぼやいた時、FTOのコクピットで鳴り響くアラームの音がギア越しにも聞こえた。

 「そっちに行ったのか!?」

 『くっ、新型のコクピットのほうです。ヒカルっ!ヒカル、返事をしてください!!貴女がノマドへ行きたいなら僕も同行

します。お願いですから、そのままそこにいてくださいっっ!』

 ≪……あの人の、いる場所へ……≫

 その言葉はイーグルが聞きなれた光の声だったような気もするし、別の誰かの声だったような気もした。イーグルが

手を打つ間もなく、光の反応は新型のコクピットから消えていた。

 『…どうしていつも、僕の手は貴女に届かないんだ…っ』

 ガツンとコンソールを叩きつける音と心のうちを絞り出すようなイーグルの苦い呟きを聞かなかったことにしようと

密かに誓い、オッティは艦橋へと戻っていった。

 

  

  

 

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