7月 4日 vol.1              

 

 

 昨日に引き続き、というよりも、「残りの滞在期間中、朝飯ぐらい自分で食いに来い」とジェオに言い渡され、致し方

なくランティスは食堂で他の者たちと朝食をともにしていた。健康的とは言い難いが、食事抜きでも別段苦にならない

ランティスだったが、「嫁さん貰ったんだから、お前ひとりの身体じゃねーだろが!自分の健康管理も愛情のうちだぜ」と

説教をかまされ、もっとも過ぎる言い分に反論も出来ず言いなりになっていた。どうやら普段世話を焼かされっぱなしの

イーグルと離れているので、その矛先が自分に向いたようだと内心ランティスは苦笑を禁じえなかった。

 

 『……現在国内供給の20パーセントを賄う新世代エネルギー産生実験機関ダイナの広域点検作業が、一昨日から

7日間の予定で開始されています。期間中は省エネルギーを心掛けましょう…』

 TVの定時ニュースを見ながら食後のコーヒーを飲んでいたランティスが、取り放題の3皿目にがっついているジェオに

尋ねた。

 「新世代エネルギーというのは、精神エネルギーに代わるあれか…」

 「そうだ。身の回りのモンはともかく都市機能系だけでも他のものに置き換えていくように推進してるんだ。昔の

イーグルみたいになっちまわないようにな。ま、いまも、治ったとは言えんが…」

 現に一昨日も光を乗せて運転中に『発作』を起こして、人事不省に陥っていた。

 「完治してないんだから、専属運転手ぐらいつけたらどうだ?仮にも司令官なんだし」

 「あいつがそういう大仰しいもん嫌がるのは知ってるだろが。普段は俺かザズがやってるんだよ」

 ザズは隣接のノマド基地に出張中、そしてジェオはランティスの補佐役としていまこの場にいるのだ。

 「それは、…悪かったな」

 腹心二人が不在なのだからやはり代わりの者をつけるべきだろうと考えながらも、光に気を使わせないようにして

いるのかもしれないと思い、つい謝ってしまうランティスだった。

 

 

 書庫に戻り、新しい一冊の書き起こしを始めながらも、ランティスは思索に囚われていた。

 「あの手記と、これまで書き取ったものからみると、光属性か…?もしそうなら、誰かを連れてくる必要がある。

しかし…」

 ランティスに光属性は使えない。光属性と闇属性はそもそも使い手も稀だった。オールマイティな存在である

柱・エメロード姫と導師クレフ以外では、闇属性の使い手はザガートしか知らなかった。そういう点も、『魔法で兄には

遠く及ばない』とランティスが思っていた所以だった。光属性に至っては、いまのセフィーロに導師以外にいたかどうか

さえランティスには思いつけなかった。少なくともこれほど大掛かりな魔法を発動できるような使い手なら、とうに

城仕えになっていて然るべき存在なのだ。

 「こんな魔法を使えたというなら、相当の化け物だな、メルも…」

 ≪世継ぎ≫の学友に選ばれたのは、単に多属性使いだからということにとどまらず、やはり桁外れの魔法力あって

こそだっただろう。

 ボールペン(光たちが使っていたものをイーグルが気に入って、オートザムの技術屋に開発させた物)をもてあそびながら、ここ数年抱き

続けていた疑問がランティスの中でまた頭をもたげてきていた。

 「どうしてヒカルが柱の座についたのか…。そしてどうして柱候補にイーグルや俺までが名を上げられたのか…」

 

       ――セフィーロの柱になれるのは、誰よりも強い心の持ち主――

 

 導師クレフの許に残されていた史料の範囲内ではあるが、エメロード姫の代までは確実に全員が全属性使いだった

ので、口にするまでもなく、当然それも絶対条件なのだと誰もが信じていた。かつてクレフたちの柱候補探しが難航した

のもそのためだ。ところが、それが覆されてしまった。

 イーグルには魔法がまったく使えない。ランティスは桁外れな魔法力の持ち主だが、多属性使いとはとても呼べない。

そして最終的に柱を継承した光には炎属性しか使えなかった。

 ≪世継ぎ≫もいないまま柱が消滅したことも、柱の不在があれほどの長期に渡ったことも史実には残されていない。

もっとも、今とは全く違う言語体系の古代セフィーロ語からなる禁呪が紡がれた前史にはあったのかもしれないが。

禁呪を含めた前史の書は膨大な数に上り、ザガートが引き起こしたあの戦いで多くのトーラスクラスの優秀な魔導師

たちが失われた現状では、ほとんど手付かずとなっている。めぼしいものをランティスが囲い込んだのも事実だが、

どの道あれを読み解く力のある魔導師などいまのセフィーロにはいないのだ。

 当時、確実に全属性使いだったクレフは崩壊寸前のセフィーロ城を支えることで精一杯だった。魔導師たちの力の

結晶だったあの城は、導師クレフという要あってこそ形を成しえたのだ。ちなみに今のセフィーロ城は、光が柱を継承

したときに、彼女の強い願いで、クレフらの手を離れてもその形をとどめられるようになったらしい。さもなければ魔導師

たちの献身的努力で創りだされた緊急避難施設を、現在に至るまで使い続けられる筈もなかった。

 光による継承はあらゆる意味で衝撃的だった。海や風にとってはこれまで一緒に戦い続けた仲間を奪われ、あの

哀しい姫と同じ道を辿る運命に友が囚われたように思えた。セフィーロの者にとっては、エメロード姫の願いを叶える

ことで十二分に傷ついていた異世界の少女に、いままた世界という重荷を担わせ、彼女から故郷まで奪おうとしている

ように思えた。そしてそれはランティスも同じ。いやそれ以上に、亡き兄に、そして自分自身に誓った、『柱への道を

破壊すること』を為しえなかったばかりに、あの少女まで犠牲にしてしまったと…。

 当の本人はといえば、柱に選ばれたことに驚きはしたものの、意外にも周囲の者が思うほど苦にはしていなかった

という。エメロード姫の願いを叶えたことで心に深傷を負いはしたが、生来の天真爛漫な気質が失われていなかった

賜物だろうか。

 衝撃は別の意味でもあった。二つの史上初――セフィーロに生まれた(歴代の≪柱≫は全員が王家の血筋を汲んで

いた)者ではないことと、全属性使いではないこと。全属性使いでないどころか多属性使いでもない、炎属性のみだ。

(海・風と三人で『閃光の螺旋』という魔法を発動出来たというが、あくまで魔法騎士としての技で日常的に使えるもの

でもない) また魔法騎士の魔法は魔導師たちの魔法とは大きく系統を異にしており、呪文(スペル)からして違っている。

エメロード姫に招喚された魔法騎士に魔法を授けたのは導師クレフだが、そのクレフにも、『何故あのような呪文になる

のか解らない』と言わしめた代物だ。試しに魔法騎士の呪文を唱えようとしても、どうにもしっくりいかないというのが

クレフやランティスら実力派の一致した見解だった。

 かつてランティスは光に『炎の矢』の出力調整をさせようと試みたことがあったが、調整する代わりに新しい魔法を

生み出す結果に終わった。確かに魔法の成否も力の強弱も心ひとつにかかっているとは言え、『強く願えば新しい

魔法が増える』というのは、地道に修行をする魔導師の卵たちからすれば、羨望を通り越して嫉妬さえ覚えるほどの

出来事なのだ。

 一人考えてみたところで答えを導き出せるような事柄ではないのが解っていながら、ランティスの意識は導師クレフと

交わしたやり取りへと飛んでいた。

 

 

 

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 ダイナ…不治の病に至りかねない精神エネルギーの酷使を避けるべくオートザムで研究中の新世代エネルギー産生機関。トヨタ ダイナより

 トーラス…桁外れな魔法力と才能を要求される禁呪を解くことを目的とした隠れ里の総称。あるいはそこに住む者をさす。フォードトーラスより

 

 

                                          

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