7月 3日 vol.2
今は二人の結婚指輪に姿を変えた紅い石と蒼い石の来歴の手がかりを得たランティスが、メルツェーデスの枕元に
佇んでいた。
「あれを導師のところに置いて行ったのは、メルツェーデスだったのか…?」
クレフから渡されたあの木箱には、エリオの花とリアナの花と思われる彫刻が施されていた。その花の紋様で何故
思いつかなかったのだろう。生前のグロリアを知らないのでそちらは記憶にないが、二種の花のうち、リアナの花は
エメロード姫の前の柱であったシルフィの、「お印」と呼ばれる徽章に使われていた物だ。正式な城仕え以前だった
ランティスでさえ微かに記憶していたのに、どうして要職にあったクレフまでが気づかなかったのか。よもや王族の
形見の品が自分の物置に放置されてるなどとは思わなかっただけなのだろうか。
幼い兄弟に剣術の手ほどきなどをしながら、メルツェーデスはどんな思いでかの人との再会を待ち続けていたのだろう。
セフィーロの柱制度は記録に残る範囲で見る限り、ほとんど綱渡りのような危うさで存続してきていた。柱はセフィーロ
以外を愛することを許されなかったので、直系継承はまずありえなかった。ごく稀に子供を儲けた後に柱になった例も
あるが、その子供が柱に相応しい力と心の強さを具えているとは限らなかった。
同じ時代にグロリア・シルフィ姉妹のように甲乙つけがたい柱候補がいたのは、実はかなり稀有な例だった。しかし
それさえも柱の試練からついに還らなかったグロリアの運命を思うと、創造主≪モコナ≫の筋書通りだったのだろうかと、
ランティスは微かに顔をしかめた。
そして永い歳月が流れ、シルフィが病がちになった頃になってようやく、彼女が柱を継承した後に誕生した弟の
血筋に≪世継ぎ≫のエメロード姫が産まれたのだ。そのエメロード姫の悲恋の結末は、当代の者であればセフィーロ
国外の者でも知っている。
「柱制度に愛する者を奪われたメルと、愛する者を柱制度から解放しようとしたザガートと、柱制度の終焉を望んだ
俺か…」
その昔、ザガートとランティスに、『次代の柱を支える覚悟を』と言った心の内に、どれだけの葛藤があったのだろう。
早めの継承が成就すれば、残された幾許かの日々だけでもシルフィとともに過ごせると微かな望みを抱いていたのか。
けれどもその数ヵ月後、メルツェーデスのささやかな望みは、命尽きるまで柱であることを貫くと決めたシルフィによって
断たれてしまった。『二石を分かつこと勿れ』――そう木箱の蓋の裏に刻み込み、師の物置に紛れ込ませ、自分に
とっては何の意味も成さなくなった魔法剣をランティスに譲り渡してメルツェーデスはセフィーロから姿を消した。
「ザガートの選んだ道を知ったら…、いまの俺を知ったら、あなたはどんな顔をするんだろうな…」
惹かれあいながら、セフィーロの存続と引き換えにしてまで添い遂げることの出来なかったメルツェーデスとシルフィ。
自らとセフィーロをなげうってでも愛する人の心の自由を望んだザガートと、その人とともに逝くことを願ったエメロード姫。
人身御供を喰い散らす柱制度をなんとしてでも終わらせようとしたランティスと、柱ひとりじゃなくみなでセフィーロを
支えていこうと新たな秩序をもたらした光。
ただその人が希んでくれさえすればこれほどにも変わってゆけたのだと、そこに住まう者たちが考えたことすら
なかった形に国のありかたを変えているいまのセフィーロを、メルツェーデスはどう思うだろう。
「もう誰にもあなたやザガートのような想いはさせない。ヒカルがその道を示してくれたから」
ひとり立ち向かうのではなく、ただ犠牲になるのでもなく――遺される者たちの哀しみを知っているからこそ――
自分も幸せになる道を選び取った光。そしてランティスはその光のそばにあって、ともに世界を支えていく者のひとり
としての人生を歩みはじめていた。
「あなたに逢ったら話そうと思ってたことが結構あるんだ。いい加減起きないか?メル」
そういえば昔から酷く寝起きの悪い人だったなとため息をつきつつ、ランティスはまた書庫へと戻っていった。
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