7月 2日 - even if - vol.3              

 

 

 MAZDAを後にしてショッピングモールに着くなりまず軽くお茶をして、夕暮れ近い街をそぞろ歩く。

 「わりと人気の店と聞いてたんですが、ケーキはジェオやウミのお手製のほうがずっと美味しいですね」

 「あの二人ってプロ以上なんだね。レディ=エミーナもすごく上手いけど。あああ、お料理頑張らなくちゃ…」

 しかめっつらになった光にイーグルが苦笑した。

 「意志の力でなんとかなるんじゃありませんか?」

 「そうかな…。ていうか、そんなのアリなのかな」

 「大丈夫ですよ。ランティスはあなたの作ったものなら、何だって文句言いませんって」

 「…その言い方もあんまりだ、イーグル」

 「あははは、すみません。あ、あれなんかお土産にどうです?」

 「うわぁ、可愛い!赤・青・緑の三色あるんだ!三人お揃いでもいいかなぁ。お店に入って見てもいい?」

 「もちろん」

 いざ店に入ると、「あれもいい、いやこっちがいいかな…」と光は迷いに迷っていた。確かにこういう女の子らしい

買い物にランティスが付き合う図はイーグルにも想像がつかなかった。もしもそれすら光の為にやってのけると

いうなら、是非とも見物したいものだ(そして動画で撮影してジェオやレディ=エミーナにも曝してやる)と、少々

意地の悪いことを考えながら、店の中を行ったり来たりして悩んでいる光を眺めていた。

 

 ようやく三人お揃いになるお土産を買って店を出た頃には、すっかり街は夜の様相に変わっていた。

 「待たせてごめんね、イーグル。オートザムまではそうそう来られないし、何がらしくていいか迷っちゃって…」

 「いえ。ヒカルが楽しそうにあれこれ選んでいるのを見るのは、僕も楽しかったですよ。エスコートのしがいが

あるというものです」

 「エスコートされるのなんか初めてだよ。地球にいた頃は、後輩のエスコートするばっかりだったから」

 クスクスと笑う光にイーグルが不思議そうに尋ねた。

 「ランティスがしていたでしょう?」

 きょとんとした顔で光が首を捻った。

 「うーん…、付き合うまでは一緒にお城の外に出掛けることってそんなに多くなかったし、付き合い出してからも

あんまりエスコートって感じはなかったかも…」

 イーグルが療養していた部屋から広間まで送ったことは何度もあったはずだが、光の感覚ではあれはエスコートの

範疇に入らないということらしい。聞きしに勝る光のニブさに、よくもまあランティスの想いが伝わったものだと、奇跡の

ような気さえしてきた。

 「まだ客人が居座っているようですし、少し飲みに行きませんか?ランティスとじゃ外飲みには行けないでしょう?」

 「イーグル、車じゃないか!オートザムって飲酒運転OKなの?」

 「禁止に決まってます。帰りは管制システムのオートドライブに任せますから、大丈夫ですよ」

 「じゃあ、ちょっとだけ。海ちゃんや風ちゃんほどのウワバミじゃないから、そんなには飲めないんだ」

 「ヒカルを潰すほど酔わせたりなんてしたら、僕の命にかかわります。あなたのこととなると、本当に容赦ありません

からね、ランティスは…」

 「そうかなぁ」

 「あ、ここです」

 ネオンの映えるきらびやかなショーウインドウの狭間に、特に看板らしいものも見当たらないドアがひとつ。光の

身長より高い位置に紋章のような柄があるきりで、言われなければ独立した店だと思えず、左右どちらかの店の

通用口と間違えそうなたたずまいだった。

 ドアを開けたイーグルに仕草で促され、光が先に足を踏み入れる。やや暗いめの照明の落ち着いた雰囲気の

バーといった感じだった。

 「カウンターでも構いませんか?ヒカル」

 「うん。どこでもいいよ」

 数えるほどしか行かなかったが、海や風は「ボックス席のほうが内緒話が出来ていい」と言っていたが、光は

色鮮やかなカクテルなどが生み出される様が見られるカウンター席も嫌いではなかった。イーグルはといえば、

膝が当たりそうなぐらい小さなテーブルに光と二人きりというのは、さすがに自粛すべきだろうなどと考えていた。

 多少顔なじみになっているのか、店の主はイーグルに声をかけられるまでは構わないスタンスらしい。

 「何がいいですか、って聞いたところで読めませんよね。チキュウのお酒もずいぶん研究しましたから、そっちの

名前で言ってもらってもいいですよ」

 「うーん、そんなに知らないよ、私も」

 「そういえばザズが、『ヒカルみたいだ!』って言ってたのがあります。試してみますか?」

 「ザズのオススメって、アルコール度数高そう…」

 「それは大丈夫ですよ。彼女にはフェアレディを。僕はテラノを」

 「かしこまりました」

 背の高いコリンズグラスにビルドされるフェアレディを、光は興味津々といった顔で眺めている。見る間に色鮮やかな

フェアレディが生み出され、二人の前にそれぞれのグラスがコトリと置かれた。

 「乾杯といきましょうか」

 「何に?」

 「ヒカルとランティスの幸せな結婚に…」

 「イーグルの回復に…、って今頃遅い?」

 「いえ、ヒカルに祝ってもらえるのは嬉しいですよ。じゃあ…乾杯」

 「乾杯!」

 ルビーのような赤いお酒を一口飲んだ光がくすりと笑った。

 「地球のカシスソーダに似てるかも。イーグルのはウイスキーかバーボンに似てる感じかな」

 「味見してみますか?」

 「いいの?」

 「どうぞ」

 くんっと薫りを確かめて、ほんの一口というよりひと舐めしたかどうかぐらいだけ口にした光が、すっとイーグルの

前にグラスを戻した。

 「やっぱりバーボンに近い感じ。ロックはきついや」

 「これできつい…ですか」

 以前導師クレフに「フウのお気に入りの酒だそうだ」と言って一献頂いたSMIRNOFF VODKAはもっとずっと強烈

だった。確かに光は風ほどには飲めないのだろう。

 「ランティスって、かなりお酒に弱いの?みんなにからかわれちゃってるけど」

 「あれ、一緒に飲んだことないんですか?世間一般の基準からいけば、相当飲めるほうでしょう。ただ、限界を

超えると…」

 「抱き着いて寝ちゃうのか」

 「しかも寝てしまったら蹴っ飛ばしても起きやしませんからね。あの図体で外で寝られたら世間の迷惑です」(お前もだ)

 「あははは。アスコットに頼んで魔獣招喚して貰わなくちゃ」

 笑いながらグラスに伸ばした光の左手にきらめく結婚指輪を、イーグルが眩しそうにみつめている。

 「銀色の、燃えさかる炎…」

 「え?」

 「結婚指輪にしては、斬新なフォルムですね」

 カウンターに置かれたキャンドルの灯りを映して、きらきらと気泡のはじけるフェアレディを一口含んでグラスを置くと、

イーグルの言葉で初めて気づいたような顔で、光は目の前に指輪をかざした。

 「…言われてみれば、ファッションリングみたいだよね。ランティスのはシンプルな平打ちに石が嵌まってたのに。

二人の分、同時に創って貰ったのに、なんでかこうなっちゃったんだ」

 「あれ?見間違えてたのかな」

 イーグルの怪訝そうな声に、小首を傾げた光が視線を向けた。

 「ヒカルのは紅い石で、ランティスのが蒼い石で…、それも結婚指輪にしては変わってるなと思ってたんですが。

変だな、逆に覚えてたのか…?いや瞳の色と同じだから、魔法石ならそういうものかと勝手に納得していたし」

 ひとりぶつぶつと検証しているイーグルに光がクスクスと笑い出した。

 「大丈夫だよイーグル。勘違いじゃないから。私たちの指輪の石、昼と夜で色が入れ替わるんだ。結婚祝いに

クレフがくれた魔法石なんだけどね。今頃ランティスは紅い石の指輪をしてるはずだよ」

 「やっぱりセフィーロはおとぎの国ですね」

 「当たるひかりによって色が変わる石は地球にもあるけど、時間帯で変わるのは確かに不思議かも」

 「どんな風に変わるんです?徐々に紅から紫を経て蒼、それとも一瞬で?」

 「……まだ見たことないや。27日の夜に初めて石を見て、28日に指輪にしてもらってからも、バタバタしてたから。

今度じっくり見ておくよ」

 紅い色をしていた時は光の瞳そのものだと思えた石が、蒼いひかりを湛えているとまるでそこにランティスがいるかの

ような錯覚を起こさせる。

 「…これは、なかなか強力な牽制ですね…」

 聞き取れなかったのか「何?」と尋ねた光に、イーグルは曖昧な笑みで答えた。

 「どちらの石を持つかを決めたの、ランティスでしょう?」

 「残念でした!選んだのは私だよ」

 「おや、外してしまいましたか…。理由を聞いても構いませんか?」

 光は愛おしげに指輪に視線を落としたまま、ぽつぽつと答えた。

 「セフィーロで一緒に暮らすようになっても、夜は魔物退治に出掛けることも多いはずだし…」

 「寂しくないように?」

 「それもあるけど、一緒に行くって言っても、きっと却下されちゃうだろうから、力になりたいって言うか、無茶しないでね

って言うか…。うーん、なんだか惚気てるみたいだ」

 軽いカクテルでもほろ酔い気味なのか、自分の言葉に照れたようにふふっと光が笑った。

 「なんだかじゃなくて、確実に惚気てますね。聞いた僕がバカでした」

 「ザズはともかく、イーグルやジェオはまだ結婚しないの?大統領職はほとんど世襲できてるってきいたけど、

レディ=エミーナにせっつかれたりしない?」

 「…つい二、三日前にも言われましたよ」

 「イーグルってすごくモテそうなのに、結婚したい女性(ひと)はいないの?」

 他の誰でもない光に屈託なくそう尋ねられ、罪作りなまでのニブさにがっくりと脱力しないようにするのにイーグルは

全神経を注がねばならなかった。

 

 『――本当は、貴女を攫いたかったんですけどね…』

 

 いまここでそう言ったなら、光はどんな顔をするだろう。もしも相手がランティスでなければ、例えばジェオやザズが

相手でも、気持ちを抑え込みはしなかったろう。あるいは光の心がもっと揺らいでいたなら…。光に出逢ったのは、

ランティスよりもほんの少し早かったはずなのに――。

 

 『結婚したいのはランティスとイーグル!』

 

 そんな子供じみたことを言っていたこともあったというが、イーグル自身は少しもそんな風に感じたことがなかった。

光の心のベクトルは揺らいでいるようにみえながら、いつでもランティスの方を向いていた。

 住んでいる世界が違うということでは条件は同じ。一度は敵として相対した身だが、戦いを終えたあと、光がイーグルの

回復をどれほど願ってくれていたかも知っている。そしてかつて敵対したことを除けば何のわだかまりもない自分と違い、

ランティスとの間にはどうしても消し去れない壁が厳然としてある。『兄の生命を奪われた者と奪った者』――そのことで

ランティスが光を責めることは絶対にないが、光自身はたとえランティスを前にしなくともそれを忘れることなど出来はしない。

生涯消えないその痛みを抱えたまま、それでも惹かれあってしまった二人の間にどうして割り込めるだろう。そのどちらもが、

自分にとって大切な存在であるなら、なおさら…。

 ランティスの帰りを待ちながら、ひととき光を独り占めして、そして今度こそ本当に、封じ込めるのではなく忘れてしまおう

――そう心に決めながら、イーグルはグラスを空けた。

 「ああ、やっと別邸の客人が退散したようです。帰りましょうか、ヒカル」

 「うん」

 

  

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当サイト限定事項

フェアレディ…地球のカシスソーダに似たオートザムの酒。日産フェアレディZより(フェアレディZは赤!って勝手に思い込んでる私・笑)

テラノ…地球のバーボンに似たオートザムの酒。日産テラノより

二人が間接キスになったかどうかは…、ご想像にお任せします(なったとしても、光ちゃんはなんとも思ってないでしょうが←イーグル哀れ?)

 

                                          

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