7月 2日 - even if - vol.2              

 

 

 午後になってMAZDAに出向き、光を連れたイーグルは勝手知ったると言った風情でジェオの部屋へと入り込む。

ドアが開くのと同時にともった照明がさまざまな機器を照らし出した。

 「地球のAV機器みたいなのがいっぱい…」

 「もともとヒカルたちが持ち込んだ映像や音楽を再生する為の機器を開発したのが始まりですから、似てくるのかも

しれませんね」

 最初の頃は電池式CDラジカセや予備バッテリーと一緒にミニDVビデオカメラまで持ち込んだものだった。いまでは

オートザムで開発された、充電池を備えた太陽光発電で電源を賄うミニDVプロジェクタがセフィーロでも使えるように

なっていた。大規模な電源供給設備がないセフィーロでは、モニタで見るより壁やスクリーンに投影するプロジェクタ

方式が馴染みがよかったらしい。(魔法で何かを映し出すのと似ていることも、受け入れやすかったのかもしれない)

 光はサークレットからミニDVのカセットテープを取り出し、イーグルに手渡した。50型相当の大画面に、セフィーロ城

近くの草原で模範試合をするランティスとラファーガが映し出された。

 「実家でダビングして、オリジナルのほう持って帰って来たんだけど、こっちの世界でも音が出ないね。一度ダメに

したものは、ダメか…」

 光の呟きを耳にしながら、イーグルはじっと映像に見入っていた。

 「このあと、二人が切り結ぶんだけど、そのときラファーガが何言ったのかを知りたいんだ。ラファーガが、何を言って

ランティスを怒らせたのか…」

 問題のシーンも含め最後まで一通り見終わったところで、イーグルが尋ねた。

 「これ、いつ頃撮ったんです…?」

 「三年ぐらい前。私の二十歳の誕生日の、少し前だったと思う」

 

 

 音声が駄目になっていようが、イーグルには腹心のジェオでさえ知らない特技があった。特殊工作員の訓練課程の

一つ、読唇術を修得していたのだ。

 ともにエメロード姫の親衛隊長を拝命していたとは言え、セフィーロ唯一の魔法剣士であるランティスと剣闘師の

ラファーガでは、戦闘力(キャパシティ)が格段に違う。何と言ってもランティスの魔法力は神官にも立てるレベルなのだ。

その気になればNSXの装甲を生身でぶち破れるランティスが一切の容赦なく魔法を使おうものなら、ラファーガと

いえども瞬殺だ。ランティスにしても訓練をおろそかにしている訳ではないのだが、ラファーガからすれば適当に

あしらわれているように思えてプライドが傷ついたのだろう。

 

 『新たな柱の親衛隊長の座でも賭けねば、本気になれんのか、ランティス!』

 

 地雷を踏むとはこのことだ。エメロード姫の次の柱に選ばれた光は、「この国を愛するみんなでセフィーロを支えていく」

ことを願ってその座を降り、やがて異世界生まれのひとりの娘としてランティスとの愛を育みはじめた。風が高校在学中に

婚約したフェリオ王子たちに較べれば、確かに光とランティスは付き合い始めたのが遅かった。だがひとたび気持ちが

固まれば、すぐにも婚約して当然と思われていたのに、なかなか動きを見せなかった。お互いをただひとりの特別な

存在として認識して三年程にはなっていただろうか。光と寄り添い生きていくことを望んでいながら、ランティスがまだ

踏み切れずにいた頃だ。

 『トウキョウに行けない俺と暮らす為に、ヒカルはセフィーロにとどまらなければならなくなる。それがヒカルにとって

いいことだとは思えない…』

 ランティスと想いを通わせている光は確実に先代のエメロード姫とは違う。それでも光が東京に居るときに気候が

不安定になりやすいセフィーロを考えると、本当に光が柱の座から降りられたのかどうかランティスはずっと確信が

持てなかった。

 その懸念に対し、のちに光は『みんなで支えるんだから、私もそのひとりだよ。もちろんランティスもね』と、自分に

言い聞かせるようにして言ったランティスの言葉をそのまま返して、屈託なく笑ったらしいが、一番ナーバスになって

いた時期のランティスに一番言ってはならないことをラファーガは言ってしまったのだ。あの程度の吹っ飛ばされかたで

済めば、まだマシというものだろう。

 

 

 「本当に、見当がつきませんか?何を言われてランティスがあんなに激したのか…」

 母と見ていた時にふとよぎった考えを見透かすようなイーグルの言葉に、光がきゅっとくちびるを引き結んだ。

 「私のこと、かな」

 「ずいぶん漠然としてますね。だけど、たとえばの話、『ヒカルのような子供を相手にするとは、ロリコンか!?』とか

言われたって、あんなには怒らないと思いますよ?」

 「イーグル、たとえ方ひど過ぎ。二十歳近くになってたのにそれはあんまり…」

 「だからたとえば、です。…解ってるんでしょう?ヒカル」

 「――ランティスは…、私が≪柱≫って呼ばれるのを嫌ってる」

 エメロード姫のようにたったひとりでセフィーロを支えているとは思わない。ランティスと愛し合っていても、世界が

壊れていくとも思わない。それでも日本に呼応するがごときの四季のうつろいはなにゆえなのか、考えたことは一度や

二度ではない。以前光はその疑問をランティスにぶつけてみたが、「気候の違う三国の影響だろう」と軽くかわされて

しまった。けれども光が居ない時のセフィーロの不安定さを彼女に伏せていた気遣いが、ランティス自身もそれを

信じきれていない証左だった。城の者が言わなくとも、街へ出て話をすればいくらでも光の耳に入ることぐらい、

ランティスが気づかなかったとも思えない。

 いつだったか風が教えてくれた話を光は思い出していた。まだ三国と戦っていた頃、クレフやフェリオたちは新たな

柱候補が見つかったらエメロード姫の生涯を話して聞かせるつもりでいたのだという。たとえその話を聞いた柱候補が

柱になることを拒むことになったとしてもやむを得ないとの覚悟でいたのだと。結果的にそれが世界の消滅を招いても、

二度と人柱を立てるような真似はすまいと決意していたらしい。

 クレフもランティスも他の皆も、まだ大人とは言えない歳の光に逃げ道を用意してくれていたのだろう。光が一身に

セフィーロを背負い込んで潰れてしまわないように、そしてもし、地球での普通の生活を望むのなら、それを阻むまいと。

 「ヒカルは、嫌じゃないんですか?」

 「≪柱≫って呼ばれること?もう違う、とは思う。でもランティスほどには拒絶反応ないかも。きっとランティスは

兄様たちのことでずっと苦しんでたから、余計つらいんだよ。ひとりきりで世界を支えることなんて出来ないけど、

みんなが手を繋ぐ為の中心軸の一部にならなれるかもしれないって思うんだ」

 「強くなりましたね、ヒカルは」

 「そんなことないよ。私だけじゃ無理だけど、ランティスやみんながいるから」

 初めて出逢った時から、彼女が生涯の伴侶に選んだ男と同じ強い輝きを湛えた瞳をしていたが、あの頃ランティスが

危惧していた『強すぎるが故の危うさ』をいつの間にか乗り越えたようだった。光ひとりが押し潰されることのないよう

静かに支え続けたランティスの想いを、光はきちんと受け取って自分の力に換えていたのだ。

 「いまさらラファーガ殿に親衛隊長に就任されても困るでしょう?」

 「一般人にそんなの要らないよ。いざとなったら私だって戦えるし。それにランティスがそばにいるんだから」

 「あれでヤキモチやきですしね、あいつ」

 「あははは。今頃くしゃみしてるかもしれない」

 「ノマドは寒いところですから、風邪だと思ってくれるでしょう」

 「イーグルってば…。だけど、レディ=エミーナの言う通りだね。本当にもっとちゃんとランティスと話さなくちゃ」

 最初のうちは一度は柱に選ばれた義務感のようなものが確かにあった。けれどもランティスと生きていくことを

決めた頃には、柱であろうとなかろうと、そんなことはもうどうでもよくなっていた。ただランティスのそばにいることを

何より一番に望んでいるのだと、きちんと彼に伝えていただろうかと、結婚式まで挙げてから考えている自分に少し

呆れてもいた。

 そんな光の独り言めいた呟きに微かに寂しさの滲んだまなざしを向けていたイーグルが、右腕のギアに目線を落とした。

 「まいったな…。別邸にレディ=エミーナの客人が押しかけて来てるそうです。しばらく時間潰しをしなきゃいけなく

なっちゃいました」

 「じゃあ、街に行ってみたいな。ウインドウショッピングがしたい!」

 「見るだけですか?」

 「うーん、海ちゃんや風ちゃんたちのお土産買うかも。ランティスはそういうの見て歩くの、ちょっと苦手そうだし」

 「判りました。ご案内しますよ

  

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