7月 2日 - even if - vol.1
光は朝食後すぐにもMAZDAへ出掛けるものと思っていたが、レディ=エミーナの「午前中は大統領に
会談予定があるから、およしなさい」の一言で午後からとなった。休暇で不在ならともかく、MAZDAに
居るとなれば立場上イーグルも顔出しせざるを得なくなるからだ。
レディ=エミーナも「あまり気は進まないんだけど、公務だから行ってくるわね」と迎えの車で出掛けて行った。
「相手が会いたくない人でも、ニコニコ応じなきゃならないんだろうね。大統領夫人って大変そう」
「ま、僕の母親ですから、ポーカーフェイスは得意ですよ」
「そんなとこも母様似なんだ」
顔立ちのよく似た二人が揃ってとぼける図を想像して、光がクスクス笑い出した。
「いやだなぁ。何を一人で笑ってるんです?」
「内緒!ランティスのこと教えてくれなかったお返し!」
「ヒカルには敵わないな…。一昨日の夜、ランティスと話したんですが、あなたの体調を気にかけてましたよ。
熱が下がったことを伝えたら、安心してました」
「ランティスに余計な心配かけちゃったな…。メルツェーデスさんって、ずいぶん状態が悪いの?正直言って、
お見舞いで二晩も泊まってくるとは思わなかったんだけど」
ランティスが光に何処までどう話したか、もう少し突っ込んでおくべきだったと悔やみながら、そんなことは
おくびにも出さずにイーグルがかわす。
「昏睡状態が続いてると聞いてます。あの頃の僕にヒカル達がそうしてくれていたように、一生懸命呼びかけて
いるのかもしれませんね。…ランティスから何か聞いてます…?」
「メルツェーデスさんのこと?クレフの兄弟子なんだって。ずいぶん前に聞いた話で、その時ちゃんと名前を聞いた
記憶はないんだけど、『弟子入りしたばかりの頃に、クレフの兄弟子にあたる魔法剣士に剣の基礎を叩き込まれた』って
話してくれたことがあったんだ。多分、それがメルツェーデスさんのことだと思う。彼に憧れて魔法剣士目指すように
なったみたい。だからきっと、いま、辛いよね。どうして私、こんな時にランティスの傍に居ないんだろう」
きゅっと唇を噛み締めている光の頭を、イーグルは宥めるようにぽんぽんと叩いた。
「大丈夫。あなたの想いはちゃんとランティスに届きます」
「ここはセフィーロじゃないよ」
「それでも同じ空の下でしょう?セフィーロと違って、ほぼ一年中暗い灰色ですけど。メルツェーデスのことで意識を
割いてる時でなければ、ランティスは僕に聞かなくても、あなたの体調ぐらい感じ取れたんじゃないかなと思いますよ」
オートザムのヘッドセットの力場がランティスの精神集中を妨げていることなど、長い付き合いでありながらイーグルは
露ほども知らなかった。イーグルに言っても仕方のないことを、ランティスが口にしなかったからだ。
「そういえば、セフィーロの見回りでかなり辺境まで行ってても、私が東京から飛んで来たのが判るって言ってた。
今回も顔見る前に風邪引いてるのバレちゃってたし」
「ヒカルがトウキョウにいる間も、ランティスはずっとあなたのことを気にしてましたよ。…もう話してしまっても構わないかな。
きっとランティスは自分では言わないだろうから」
いったい何が告げられるのかと、光は少し不安げな顔をしている。
「ダイガクジュケンの年、『地球のクリスマスに合わせて1日だけ遊びに行くから』って言ってたのに、来なかったことが
あったでしょう?」 ※1
不意に触れられた傷口の痛みに、光が眉根を寄せる。
「…よく知ってるね」
「たまたまその日、セフィーロに行ってましたから。ランティスには『タイミングのいい奴だ』って、嫌がられましたけど。
ヒカル達が来るならと待っていたけど、夕方になってやって来たのは妃殿下だけでした。約束していて来ないと、
心配させると思ったんでしょうね」
「海ちゃんは家に来てくれたから…。あの時、自分のことだけで手一杯で、そこまで気が回らなかったんだ。
ごめんなさい」
「謝ってほしくて話してるんじゃあ、ないですよ。『光さんは試験前にショックなことがあったせいで、再試と補講を
受けなくてはならなくなったんです』って教えてくれました」
「…『気持ちは判るけど、受験生なんだから、しっかりしなくてはいけないよ』って、あの時、初めて覚兄様に成績の
ことで叱られたな…」
「でも妃殿下が来る前から、ランティスはもう感じ取ってました。『このひと月ぐらい、ずっとヒカルが泣いているような
気がしてならない』って。『それなのにどうして自分はそばに行ってやれないんだ』って、悔しそうでした」
出来ることなら自分の愛する人を家族にも紹介したい――そんな想いから、光も風も海も、何度もそれぞれの想い人を
連れて東京に飛ぼうと試していたことがあった。三人で飛ぶときによくやるように手を繋いでみたり、それでは駄目だと
判ると、「ちょっと恥ずかしいけど」と言いつつ、広間で二人きりになり抱き合うようにして試したりもした。数多く試したのは、
この世界で一番意志が強いはずの二人だったが、それでも『二人の願い』を叶えることは出来なかった。「絶対に
諦めない!」が口癖の光がぴたりとその試みをやめたのは、セフィーロから東京へ持って帰ろうとした物を立て続けに
失ってしまったからだ。たとえ唯一のものでも、それが物であるうちは諦めもつくが、万が一にも愛する人を喪う訳には
いかないかった。
「魔法騎士か柱候補じゃなきゃ通れないのかな、あの道」
「だから僕に、『手を貸せ』と…」
「手を貸すって言ったって、どうやって?私たち三人がかりでやっても、一人も連れて飛べなかったのに」
「そうらしいですね。それに僕だって、意識して行った訳じゃなくて、いわば創造主に強制連行されただけですから。
帰りは帰りでヒカルにお任せだったし。だから上手くやれてたのかどうか、今でも判らないままなんです。戻ってきて
からも、あいつ一言も話さなかったし」
「…どうして私が諦めたか、イーグルにも言ったことあったよね?」
「ええ、覚えてますよ。『物を失くすならともかく、人を亡くす訳にはいかない』と」
「一緒にいたなら、どうしてランティスを止めてくれなかったの!?」
いまになってイーグルを責めてみても仕方がないのは判っていたが、それでも光の口からはそんな言葉が零れ出て
しまう。
「あの頃のランティスは、セフィーロじゃないどこかへ頻繁に意識を飛ばされていました。その原因は、…はっきりとは
判りません。『それならいっそ向こうへ行けるんじゃないか』って」
「そんな無謀な…」
「僕もそう言いましたよ。その『向こう』っていうのが、なにもヒカルのいる世界だとは限らないんですからね。だけど…、
僕が言うのもなんですが、あの人も言い出すと聞きませんから。『いま行かなくて、いつ行く?』と譲らなかった」
あの後、ランティスに『どうやって東京まで跳んだの?』と何度尋ねてもはぐらかされた筈だ。共犯者(=イーグル)の
存在も、自分が試した不確実な方法も、多分ランティスは一生口にする気などなかったのだろう。
『妖精の誓約』まで持ち出して一番しゃべりそうなプリメーラには口止めしたものの、よもやここで当の共犯者に
ばらされるなどとは思ってもいなかったに違いない。
「本当にもう、無茶なことするんだから…」
「だからしっかりあいつの手綱を握っていてくださいね、ヒカル」
自分のやったことを棚に上げてにこりと笑ったイーグルを、光は軽く睨んでいた。
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サブタイトルの even if は 平井堅さんの曲で 「7月2日」 のイメージ曲です (槇原敬之さんの「彼女の恋人」もアリかも)
※1…「Silent....」参照
もともと昔スーパーファミコンで出た「FRONT MISSION」のサカタ=リュウジというキャラに入れ込んでいた頃に、同じような話を書いてました(笑)
(ネット環境どころか、PCもなかったのでワープロでちまちまと…)