6月30日 vol.4              

 

 

 ――オートザム北部方面軍ノマド基地。

 首都より早く夜の闇に包まれた地で、基地の照明設備だけが煌々と輝いている。他の灯りが見えないところをみると、

周囲には民間施設もほとんど存在しないらしい。ジェオやザズとともに巡航艦ウイングロードから降り立ったランティスの口許

からは、呼吸のたびに白い息が零れている。

  「やはり随分と寒いな」

  「ヒカルお嬢ちゃん…、結婚したのにお嬢ちゃんもないか…。連れて来なかったのは正解だな」

  「うーっ、さぶっ!酒でも飲まなきゃたまんないや。それにしてもランティスの知り合いってさぁ、なんでこんな僻地にいたの?」

  事情を知らされていないザズの質問に答えることが出来ないという以前に、ランティスにしてもその理由などまるで判らないのだ。

  「知らん」

  「端的な回答だな。さぁ、ザズはさっさとノマド基地司令官殿に到着報告に行けよ。お前は仕事で来てるんだ。きっちりしとかねぇと、

イーグルの部下の教育がなってないってことになるんだからな」

  あまりランティスが突っ込まれないうちに追い払おうという心算のジェオに、膨れっ面でザズが答える。

  「そういうジェオはどうなんだよ?」

  「俺はウイングロードのノマド基地到着後、離艦した時点で特別休暇に入ったからいーの!さぁ、行った行った!」

  「ンとにもぅ、なんか俺だけ貧乏クジ引いてる気がするよなぁ。技術指導なんて苦手なのに…」

  ぶつぶつ言いながらも迎えに寄越された小型CVT(戦術戦闘車両)に乗り、ザズは司令部へと向かった。

  「やれやれ、行ってくれたか。じゃ、こっちも出かけるとするか」

  ジェオ達の足として用意されていたふた回り大きなCVTに二人が乗り込むと、基地ゲートへと飛び出すように走りだした。

 

  車に乗ってからというもの、ランティスは一言も喋らずずっと瞑目している。そんな様子を運転しつつも、ちらちら気にしていた

ジェオが、ランティスの右頬にパンチを繰り出した。

 「お前…、人が運転してる横で寝てんじゃねーだろな?」

  ジェオの左手の甲は攻撃目標に到達する前にランティスの右腕に阻まれたが、どちらも骨に響いたらしく、腕を振りながら

しかめっ面になっている。

  「いきなり何をする」

  「なんだ、起きてたのか。それとも殺気で目が醒めたか」

  「両方だ。トランス状態に入っている時に、邪魔をするな。だいたい、寝てるかトランス状態か区別がつかんのか?」

  無理に覚醒された時特有の頭痛に眉間を押さえて呻くランティスに、ジェオはそっけなく答えた。

  「つくかい、そんなもん」

  「イーグルならそれこそ殴っても起きんだろうに」

  「俺は助手席の奴に寝られるのが嫌いだが、イーグルだけは別だ。あいつは自分が運転している時でも、寝ちまうからな」イーグル、LOVE♪

  まさか首都に残した可愛い新妻がそんな物騒な車に乗っているとはつゆしらず、ランティスが深い息をつく。

  「やはり全快は無理か…」

  「ヒカルお嬢ちゃんやセフィーロの人達のおかげで、生きる屍状態にならずに済んだだけでも奇跡なんだ。贅沢は言えんだろうさ。

着いたぜ」

 

  オートザムにいた頃、ファイターテスト前の健診とやらで病院施設を利用したことがあるが、この建物はやけに小さい。(もしも

光が見れば、『病院というより、診療所だよね』と言ったかもしれない)

 目の前の建物に居るはずなのに、未だランティスはメルツェーデスの気配を明確に拾いきれないでいた。セフィーロで眠った

状態の時のイーグルより昏睡が深いことも一因だが、決定的に違うのは、比べものにならないぐらいここは雑音が多過ぎるのだ。

オートザムの人々が精神エネルギーを利用する為に装着しているヘッドセットの力場が、ランティス自身の精神集中を妨げていた。

以前のオートザム滞在中もヘッドセットを装着せざるを得なかったので、逆に精神集中をしすぎないようにランティスはセーブをかけて

いた。それでは遠く離れた地で昏睡状態にあるメルツェーデスの気配など感じ取れなかったのも道理だろう。

 ランティスを伴い建物に入ると、既に顔見知りらしい看護士官にジェオが声をかけた。

  「よぅ、スリーピンビューティの関係者連れて来たぜ」

  ランティスには何のことだか意味が判らなかったようだが、永い間眠ったままのメルツェーデスは地球から持ち込まれたアニメ

映画の『眠れる森の美女』扱いされているらしい。(ランティスが知らなかったことは、彼らにとってこれ以上ない幸いと言える・笑)

  「おお!これはまた王子にうってつけのキャラですね。姫のお目覚めを祈りますよ」

 握手の為に差し出された手に応じながらも、ランティスは戸惑いを隠せない。

 「王子に姫?誰かと間違えていないか、ジェオ」

 『雷を落とされる』ネタが増えては敵わないとばかりに、ジェオがランティスの腕を引っ張った。

 「俺が案内するから、とっとと来い」

 「自分で歩くから引っ張るな!」

 首都以来の引きずられっぱなしに、たまりかねて抗議の声を上げたランティスだった。

 

 「ここだ」

 一つの病室の前で、ジェオが立ち止まりドアを開ける。ランティスは静かにベッドに眠るその姿に近づいた。あの魔法剣を

託されてから、いったいどれぐらいの歳月が流れただろうか。病のためか面差しはかなりやつれているが、それ以外はあまり

変わっていないようにも思える。(導師クレフにしても、ザガートとランティスが弟子入りした頃と、今もあまりかわらない姿を

見せているのだ) 今のランティスと変わらないぐらいの長身ではあったものの、剣士としてはかなり細身で、癖のある金髪が

伸ばし放題になっているので、姫と言われても致し方ないのかもしれない。

 「メル・・・。メルツェーデス・・・」

 枕元に膝をつき声をかけてみるが、やはりかなり深く眠っているらしく反応がない。ランティスは立ち上がると、ドアの傍で

待っていたジェオに訊ねた。

 「メルツェーデスの持ち物は?」

 「隣の部屋だ」

 手首をクイっと動かして『こちらだ』というアクションをしたジェオが隣の部屋のドアの認証キーを叩いた。どうやらこちらには

セキュリティロックが掛けられていたらしい。

 ドアと窓を除く部屋の壁ほぼ全面に書棚がしつらえられ、それこそ床面から天井近くまで本がびっしりと並んでいる。片隅には

まるで申し訳程度のような小さなクローゼット。

 「メルツェーデスって言ったか?あいつの家にあった荷物で、無事な物はここにあるので全部だ」

 「無事な物?」

 「なにしろあの患者が眠りだしてからどえれぇ年月がたってるんで、こっちも軍の資料を追うのが大変だったんだよ。この辺は

何度か大きな事故やら災害やらがあったから、軍の記録自体も飛んでる部分が多くてな」

 「それで周囲に民間施設があまり見当たらないのか」

 「そういうこった。で、その一発目の事故の時、周辺住民を助けるのに相当無茶やったらしい。それ以来眠りっぱなし・・・。

というのが概要」

 「病に倒れて以来世話になってると聞いたが?」

 「まぁ、とにかく入れや」

 

 促されたランティスが書庫のようなその部屋に入ると、ジェオは扉を閉じ、機器を操作してシステムを立ち上げた。一瞬、精神を

掠めていったノイズにランティスが眉をひそめる。

 「盗聴防止処置か」

 「俺だってここの人間全員を知ってる訳じゃないし、無条件に信用もしてない。情けない話だがな」

 ジェオの腕に装着されたギアが起動し、データがホログラムのように映し出される。

 「現時点で拾えた情報の限りじゃ、メルツェーデスが住み着く前から、この辺は土壌汚染が酷い地域だったみたいでな、

なんだってこんな辺境に来たのやら…」

  「判っていることだけでいい。こちらに開示してもらえるか?」

 その要請に応じ、ジェオが自分の腕のギアからランティスのギアに情報を転送する。メルツェーデスはセフィーロをから姿を消した

あと、ほどなくしてオートザムに来たようだ。ざっと資料に目を通してみるが、メルツェーデスが何をしていたのかには全く言及されて

いない。

 「環境浄化魔法の研究なんて一言もないようだが…?」

 「公式には確認されてない。噂だけだ。メルツェーデスが眠りっぱなしになる原因になった事故は、その規模からいけばもっと

被害が広域に及んでもおかしくなかった。なのにそうならなかったってのが、科学的に解明できなくて不思議だったんだろうさ。

その書棚がいわくありげだから、余計にそんな憶測を呼んだのかもな。で、さっき『無事な物』って言ったのは、メルツェーデスの

荷物を全壊のヤツの家から運び出したとき、いくつかは勝手に燃え出して消失したって証言があったからだ」

 「悪意ある他人に触れられないよう、魔法をかけてあったんだろう…」

 ランティスはそう呟きながら書棚の前に立ち、手近な一冊に手を伸ばす。ぱらぱらと頁をめくるランティスにジェオが声をかけた。

 「真っ白だろ?ここにある本という本、全部そんなだぜ。なのになんで燃やしてまで隠滅する?それとも燃やしたものだけが、

肝心の研究書だったってことか…?」

 「別に白くはないが…」

 淡々と答えるランティスに、ジェオは少しムッとして言い返す。

 「経年劣化で黄ばんでるといいたいか?」

 「いや、魔法で封印されているから、他人の封印を解く心得のある魔導師でなければ読めないだけだ。記述そのものも…、

魔法書記のようだな。それもかなり掠れてる」

 「魔法書記?」

 「インクの代わりに魔法で書いたと思えばいい。魔法書記は書いた者の状態に左右されるというから、メルツェーデスに何かあれば

本当に白紙になる可能性もないとは言えん」

 「可能性、ね。曖昧な話だな」

 「他人が書いた、それも時間の経っている魔法書記の実物は俺も初見だ。導師クレフも使わんから、そう詳しくはない」

 「便利そうなのに」

 「普通に書くほうが楽だ。腕が動かないなら別だが…」

 「なんでそんな厄介そうなことしたかねぇ」

 「腕が動かないんじゃなければ、あとは…、自分に何かあって封印が解けても、魔導師以外に見せたくなかった…、ぐらいしか

考えつかんな」

  書棚の本を手当たり次第といった感じでランティスが中身を確認していく。

 「そんなに物騒なこと書いてあんのか?」

 「…断片的でそこまで判らん。だいたい本の並べ方がでたらめ過ぎる」

 「あのな、お前には見えてんだろうが、俺達には白紙にしか見えてねーの。それをどうしろってんだ。無理言うな」

 魔法の使えない身には見えないのだということを、つい失念していたらしい。

 「あぁ、すまん。封印を解くのはいいが、そのあとが問題だな。全部読んで書き起こして整理するとなると、どれだけかかるか

見当もつかん」

 見渡す限り全部書棚の室内を見ているだけでも、圧倒されそうな本の量である。

 「魔導師以外見えねぇのが難点だな。なぁ、その辺だけちょこっと事情説明して、ヒカルお嬢ちゃんに手伝ってもらうってのは?」

 「ヒカルは魔法騎士であって、魔導師ではない」

 「?」

 「魔導師になる為には素質だけじゃなく、それなりの修練が必要だ」

 「まぁ、そりゃなんとなく判るけどよ」

 「ヒカル達はエメロード姫の『願い』を叶える為に招喚されるまで、魔法に縁のない世界で暮らしていたんだ」

 「だがイーグルのFTOを傷モノにするだけの、凄まじい魔法使ってたじゃねぇか」

 「それは魔法騎士として戦う為に授けられたものだ。剣だけでは、魔法を使う者には太刀打ち出来ないからな。修練の末に

会得した訳じゃないから、系統だてた知識は持ってない」

 「なるほど、そういうことか」

 「たとえ見えても、導師クレフの綺麗な走り書きもまだ読みとれないヒカルでは、ミミズののたくったようなメルツェーデスの字は

とても無理だ。見慣れてた俺でも読み違えそうなぐらいだからな」

 「魔法で書くのに書き癖まであんのかよ…」

 「メルツェーデスの意識が戻れば、すでに完成しているものなら、『魔法伝承』が出来るかもしれない。ただ…」

 自分の理解の範疇を超える事柄の連続に、ジェオはちょっとうんざりきていた。

 「何だ、それも問題あるのか?」

 「…魔法は人を選ぶ。確かに俺の魔法力は導師に次ぐかもしれんが、使える属性では遥かに及ばん。雷と防御ぐらいだからな」

 「で、隣で寝てるあいつはどうなんだ」

 「導師クレフ並みの多属性使いだった気はするが、メルツェーデスが魔法を使うところをあまり見た記憶がない」

 ランティスの発言にジェオが呆れたような声をあげた。

 「おいおーい、昔のこと過ぎて思い出せないってか…?」

 「じゃあ訊くが、お前、自分が五歳ぐらいの頃のことをそんなに明確に覚えてるか?」

 「そう言われたら…。五歳ねぇ、キンダーガーデンの頃だが記憶はねぇな」

 「両親を亡くして兄と導師に弟子入りしたのが五歳。その直後ぐらいにメルツェーデスと出逢ったことになるが、別れたのは

十の誕生日より前だ」

 イーグルにいい土産話が出来たという感じで、ジェオがにやりと笑う。

 「…お前の年の概算が出せるな」

 「計算するな。魔法に関しては導師クレフの指導を仰ぐことになっていたから、自分が魔法を教えるのは控えてたのかもしれん。

それはさておき…」

 「『伝承』してもらって、その魔法がお前を選ばなかったらどうなる?」

 眉間にしわを寄せたまま、ランティスはしばらく答えを躊躇っている。

 「使えないまでもこの身に封じることが出来ればまだいい。とりあえず導師クレフに引き渡すまでの仮の器となれれば……」

 「…封じられなかったら?」

 「前例を知らん。普通、魔法はそんなに強引に伝承するものじゃない。ここにある記述がすべて関わるのだとしたら、

周辺五〇〇〇ヘックスぐらいは退避したほうがいいかもしれん」

 オートザムでの戦略行動時の単位を持ち出したことで、ジェオにもその破壊力がすさまじさが実感されたらしい。

 「そんなことになったら、お前…!」

 「自分で実験してみる気にはなれんな、さすがに」

 「ぜってぇー(絶対)ダメだ!イーグルより先に、俺がお前を張り倒してでも阻止するぞ!だいたい、今朝、結婚式挙げただけで、

いきなりヒカルお嬢ちゃんを未亡人にする気か?!」

 「ミボウジン?」

 結婚制度がなかったセフィーロでは当然聞くはずもない言葉なので、鸚鵡返しにランティスが問う。

 「未亡人ってのは、夫に先立たれた妻のこと!なんでこんな説明までしなきゃなんねぇんだ…」

 「だからそんな実験はしないと言ってる。ヒカルを泣かせるようなことはしない」

 ちょっと驚いたような顔で、ジェオはランティスをまじまじと見ている。

 「お前…。言うようになったなぁ」

 ジェオに指摘されてひどく気まずそうな顔をしたものの、咳払いを一つしてランティスが結論を述べる。

 「一日も早い環境浄化を望むオートザムには申し訳ないが、これらの資料はセフィーロに持ち帰った上で整理させてくれ。

とても俺一人で、七日で処理しきれる量じゃない」

 「そりゃまぁ、大統領も新婚旅行まるまる潰せなんて鬼畜は言わねぇだろよ。しかし、持ち帰るって言っても、燃えちまう

心配はねぇのか?」

 ランティスは部屋中の書棚をぐるりと見渡したのち、目を閉じてさらに気配を探っている。

 「…大丈夫だ。俺の手にあるうちは問題ない」

 「お前一人で全部運ぶのか?これ」

 「持てる訳がないだろう。悪意ある誰かが持ち去ったりしなければ問題ないという意味だ」

 「そういうことか。良かったな。これで安心してヒカルお嬢ちゃんと新婚旅行の続きが出来るじゃねえか」

 肩の荷が下りたという風なジェオに、ランティスは渋い顔で答えた。

 「いや魔法書記の文字がいつ消えてしまうか判らんのに、そうもいかんだろう。悪いが紙と書くものを用意してくれ」

 ランティスの言葉に、ジェオは腕のギアを示すように上げてみせる。

 「こっちに入力するほうが早くねぇか?」

 「魔法を使いながらギアも使うのは精神疲労に拍車がかかるから、長丁場は無理だ」

 「判った。用意させる」

 了解したという風に右手を上げると、ジェオはメルツェーデスの蔵書庫から出て行った。

 

  

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当サイト限定事項

CVT(戦術戦闘車両)…普通はCVだけで、戦闘車両の意味合いがあります。無理に車関係から言葉を引っ張ってるので、後ろに for tactics とでも、つけるか、と(汗)

              指揮車両とでも思っていただければ。 CVTは無段階変速機から

トランス状態に関しては、魔神とファーストコンタクトしてるときの魔法騎士たちみたいな感じでしょうか。ちょっと目がうつろな感じか瞑目しています

魔法伝承に関するくだりも大嘘です。光ちゃんたちが魔法に選ばれたというなら、相手を拒否っちゃう魔法もあるかな〜、と

なんとなく機械モノと精神力の魔法の相性が悪そうに思うのは竹宮恵子さんの「地球へ…」影響かもしれません(^.^;

 

そうでなくてもうちのランティスよくしゃべってるのに、この辺くるともうしゃべりっぱなしです(汗)

てゆか、しゃべらなきゃ話にならない、というか仕事にならないからしゃべれ、みたいな…。

まぁ、イラスト集でもオートザムでは和んでたみたいだから、ご容赦を。。。

 

                                          

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